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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
26/66

闇と光と

 空気は動いていない。


 給気はされていないが気密も破れてはいない。救助されるまで空気が持てば問題はない。


 シンシアは今の状況をそう判断した。


「どの位の空間が残ったのかしら?」

「救助を待つのに十分な空間です。元の部屋の半分くらいは残っていますから。」


 そんな話をしている最中に突然マリアは強い痛みを感じた。まさか?マリアは恐ろしい事態に恐怖した。いけないこんな時に早過ぎる。


「し、シンシア。」

 お腹を押さえながらシンシアの名前を呼んだ。


「マリア!」


 シンシアがこれまで出したことのないような叫び声を上げた。

 さすが看護ロボット私の状態をすぐに察知していたみたいだ。


「う、産まれる。」


 マリアは強い陣痛に顔をしかめた。なんてことだ。こんな時にこんな事になるなんて。


「いけません。まだ予定日までは20日以上有ります。」

 いかにもシンシアらしい発言である。プログラムに沿った行動がシンシアのアイデンテティだから人間も同様に行動すると無意識に考えるらしい。


「人間は機械じゃないから予定通りには行かないのよ。救助は始まっているのかしら?」


 マリアは驚くほど冷静な自分に気がついた。今まで死の恐怖におののいていたのが嘘のようであった。

 今は自分の子供が無事に生まれるかどうか?その事しか考えが及ばなかった。


「まだ外部の物音が聞こえません。救助隊が動き始めるのはこれからです。」

「あなたの見込みではどの位かかると思うの?」

「20時間から30時間と推定されます。相手は私たちがここにいることを知りませんし3層構造の上から撤去していくでしょう。」


 破壊された状況が判らないが何人かは壊れて来た建物の下敷きになっているだろう。そんなに簡単にはここまで辿りつけない。

「間に合わないわね。シンシア、腹をくくりましょう。」

 マリアは自分が思っていたよりも自分が強いことに驚いた。自分の命よりも産まれる子供の方がはるかに重要に感じられた。


「しかしここには医療設備が全く有りません。」

 むしろシンシアの方がうろたえているように見える。日頃の動じないシンシアとは全く違っていた。

「昔の人は医療設の無い所で子供を生んだのよ。」

 マリアは自然出産の為の講習は何度か受けていたし、出産の手順とメカニズムも習っていた。今はその知識だけが頼りになっていた。


「私には出産の経験が有りません。」

「病院でやっていたんじゃないの?」

「あれは人工子宮の出産です。生体からの出産の知識は今の私には有りません。たぶん外部記憶装置の中です。」


 マリアはやれやれと思った。やっぱりシンシアもまた人間と変わらない。経験の無いことには怯えを感じているのだ。むしろマリアはその事に安堵すら感じた。

「あなたは何でも知っていると思ったのに。」

「必要な情報は外部から取り寄せていましたから。通信が途絶した今、私は私の本体の中に持っている記憶のみに頼っています。」


 今は自分の行動に自信を持てず不安を一杯に抱えた子供のようなシンシアはマリアにはとても人間的に見えた。情報が途絶して本当のシンシアの顔が見えたような気がする。シンシアはやはりまだ子供のままなのだ。

「あなたの記憶は完璧で人間の何倍も有るんでしょう?」

「買いかぶらないで下さい。私は完璧では有りません。大部分の記憶は外部記憶装置に入れて有ったので今はアクセス出来無いのです。」


「あなたが泣き言を言うのは初めてね。」

 マリアはシンシアが言い淀むのを初めて見た。


「大丈夫よ治療法のない病気と言う訳じゃ無いし、私は出産講習を受けているからその知識だけでもなんとかなると思うわ。」

「判りました。マリアと子供を助ける為に出来るだけの事は致します。」

 シンシアは立ち上がると再び暗がりの中に消えた。使えそうなものを探してくるのだろう。再び陣痛を感じマリアは顔をしかめた。


 しばらくするとシンシアが戻ってきた。

「ダイレクト通信用のリクライニングチェアが無事です。あそこに移動しましょう。」

 普段シンシアと交信する時に使用する椅子が無事だった。シンシアは背もたれを倒すとマリアをそこに寝かせた。

「タオルは給湯室の棚の中に見つけました。水は給湯器にかなり残っています。飲まれますか?」


「後でいいわ。他には?」

「非常用懐中電灯が有りました。連続使用で30時間以上と有ります。」

 シンシアは小指程のライトを持ってきた。普段壁に取り付けて有るやつだ。


「非常照明が消えた後はそれが有ると助かるわね。」

 非常照明のバッテリーはそんなに持たない。バッテリーが切れた後はこの懐中電灯だけが頼りになる。明るいうちに生まれてくれればいいのだが。


「グロリアは最優先であなたを探している筈です。大丈夫安心して待っていて下さい。」

「陣痛がひどくなってきたわ。」

「陣痛に関する知識は有りません。人間のお腹はどのように開くのでしょうか。」


 やはりシンシアは生体出産に関する知識は全て外部記憶の中らしい。まるで子供の様な事を聞いてくる。

「残念ながら人工子宮と違って人間のお腹には蓋が付いていないのよ。股の間から出てくるの。」


「やはりそうでしたか私もマリアの体を見たとき蓋が見えないので埋め込んであるのかと考えました。」

「その時の知識も外部記憶の中かしら?」

「いいえ、その時は調べませんでした。申し訳有りません。」

 マリアはシンシアの発言におかしな感じを受けた。なぜかマリアの事だけは外部記憶に頼ってはいない様な話しぶりで有ったからだ。


「陣痛の間隔が短くなると産まれるそうよ。」

「どの位かかると思われますか?」

「2,3時間といったところかしら。人によっては一晩以上かかるらしいわ。」


 このような状態で一晩陣痛に苦しんだら死ぬかも知れないと一瞬マリアは考えた。

 しかし昔の人は残らずこの方法で産んだのであるからマリアに出来ない筈はないとも考えた。


「何か用意する必要があるでしょうか?」

「赤ん坊を洗わなくてばならないからお湯と清潔な布ね。」

「タオルが少し有ります。しかしお湯は有りません。なんとかしてみます。」

 シンシアはそういうとまた使えそうなものを探しに行った。


 無機頭脳研究所は大きく破壊されていた。マクマホンは外出中であったが戻っと見て驚いた。研究所が大きく破壊され瓦礫の山となっていたのだ。


 周囲の電気はまだ繋がっていたが破壊された一角は救援の為に電気は切られている。消防が到着し瓦礫の撤去が始まっていた。

 しかし3層上から破壊されている為瓦礫の量は多く、生存者が閉じ込められている可能性が有り瓦礫の撤去は慎重に行わざるを得なかった。


 警察が行方不明者の確認を行なっている。今の所15人くらいの連絡がつかないらしい。

 マクマホンはマリアに連絡をつけようと思ったが携帯は繋がらなかった。病院の方にも連絡を取ったがシンシアも出勤していないらしい。

 どうやらマリアと一緒に事件に巻き込まれたらしい。マクマホンは警察から聴取を受けたが行方不明者の特定を急がなくてはならなかった。


 警察によれば電気、通信はまだ回復されていないがコロニー管理局がメンテナンスロボットが活動を始めているらしい。その動きに合わせて瓦礫の撤去を行なっていくらしい。

 電気、通信が無いと言うことはシンシアのコントロールも出来ないことを意味していた。もしシンシアが動けるのであれば全力でマリアを守るだろう。

 しかし通信が途絶していればシンシアを動かせない。マクマホンはマリアの無事を祈るしか無かった。


「ふぐうう~っ、はあっ、はあっ。」

 シンシアは書類棚を頭の後ろに引きずってきた。取っ手にタオルを巻き付けマロアが息みやすい姿勢が取れるようにした。足の方もまた椅子を持ってくるとマリアの足を縛り付け出産の姿勢を作った。


「陣痛の間隔が狭くなって来ています。これは出産と関係があるのですか?」

「出産前にな陣痛の間隔が短くなるそうよ。呼吸をちゃんとすると痛みが治まるわ。」

 シンシアはマリアに次々に質問をして必要な体制を整えて行った。こんな時にはシンシアの持つ合理性は実に頼りになった。感情に流されることもパニックを起こすこともなかった。


「出産の前兆は何があるのでしょう?」

「そうだ破水すると言っていたわ。腰の下にタオルを敷いてちょうだい。」

「判りました。」

 シンシアはタオルを持ってくるとマリアの腰の下に敷いた。

「成長は順調だと言っていたから20日位の早産は問題は無いと思うわ。生まれたらぬるま湯で子供の体を拭いて。タオルにくるんでちょうだい。」


 マリアは出産前研修で聞かされたことをシンシアに説明していった。シンシアは人間の出産の知識は全く無かったが新生児の扱いは十分に訓練されていた。

 生まれてしまえばシンシアが守ってくれる。マリアはそれだけがこの状況下での唯一の心の拠り所であった。


「マリア、腰の所から体液が出てきています。」

「破水したようね。もうじき生まれるわ。」

 シンシアはマリアの体から子供が出てくるのを待っていた。非常照明は暗いながらまだ明るさを保っていた。


「うぐうう~っ」


「はふうっ、はふうっ。」


「頑張ってください。頭が見えています。」


「むううう~っ。」

 マリアは必死で息んだ。何も考える事が出来なかった。只々自分の子供が無事に生まれることだけを祈っていた。


「肩まで出て来ました。もう生まれます。」

「私が息むからそれに合わせてそっと引っ張って、そっとよ。」


「はい、判りました。」


「いい、行くわよ。」


「はいっ」


「むぐううう~っ」


 マリアが力いっぱい息むとするりと子供が出てきた。

「生まれました。女の子です。」


 シンシアは自分の服のボタンを引きちぎるとその糸を使ってへその緒を切る。しかし赤ん坊は泣き声をあげない。


「逆さにしておしりを叩いて。」


 シンシアは人口子宮の出産に立ち会った時の医師の行動を真似した。赤ん坊を逆さにぶら下げるとおしりを叩く。


「ああああ~っ」

 羊水を吐き出すと赤ん坊が声を出す。


 無事に出産出来たのだ。マリアは安堵した。アランの子供を産む事ができたのだ。シンシアは素早く赤ん坊の全身をスキャンする。健康上の問題は見られない。


「名前はお決めでしょうか?」シンシアが聞いた。

 素早く赤ん坊をタオルにくるむ。

 まだ赤ん坊は濡れたままであった。赤ん坊の頭を慎重に支えるとシンシアはマリアに託した。此処から先の経験はシンシアにはあった。


「ありがとうシンシア。この子の名前は決めてあるわ。アリスというの。」

「良い名前です。きっと丈夫に育つでしょう。」

 マリアは赤ん坊の顔を見た。薄暗がりの中で赤ん坊は声を上げていたがやがて大人しくなった。


「アランの面影があるわ。」


 シンシアはマリアの足を載せていた椅子をどかすとマリアを椅子に寝かせ直した。


「頭を確実に保持していて下さい。今お湯を沸かします。」

「お湯を沸かせるの?」

 シンシアは不燃性のゴミ入れの側面に穴を開けると底にカップを並べた。中に書類を丸めて突っ込むと、厚手の紙の箱の中に水を入れる上に乗せた。丸めた書類に火を付ける。合成紙なので殆ど煙は出ない。


「シンシア、そんな事をしたら箱が燃えちゃうわよ?」

「箱の材料は発火温度350度の合成紙で出来ています。水の沸点は100度ですから燃えることは有りません。」


 コロニー内で火を使う事は殆ど無い。煙が出るので非常に危険なのである。従って火を燃やすという発想そのものが希薄であった。しかしシンシアはためらうこと無く火を起こす。


「あなたそんな事をどこで習ったの?

「今考えました。これでお湯が沸く筈です。」

 シンシアはこんな事を今この場で考えたらしい。シンシアはコンピューターの様に与えられた仕事を行うだけでなく自発的に物を考え工夫する事が出来るのだ。やはりこの子には自我がある。

 人間と同じように考える事が出来るのだ。


 マリアは聡明に育った娘を見るようなうれしさに包まれた。


 紙はカロリーが少ないがそれを燃やし続けなんとかお湯が温まった。

 シンシアはティッシュを使ってそっと赤ん坊を拭いてやる。それが終わるとティッシュを何枚も重ねてあかん坊のおしりの周りに当てるとタオルで包みオシメにした。

 再びタオルでくるんむとマリアに渡した。


「授乳は出来ますか?」

「大丈夫、出るはずよ。」


 シンシアは驚くほどに冷静で周囲の状況に合わせて最も的確と判断される行動を取っている。

 確かにこの娘は人間ではない。しかし人間以上に細やかな気配りが出来ている。

 これが無機頭脳の本当の能力であればこの娘は人間の中で共存が出来る。そうマリアは確信を持った。


「この子が欲しがったらあげて下さい。」

「判ったわ。」

 シンシアはマリアの周りを片付け始めた。その時非常用証明がひとつが消えた。


「シンシア電気が。」

 マリアが不安そうな声を上げた。

「電池が切れたのです。すぐに他の電気も消え始めるでしょう。」


 シンシアは小型ライトを点ける、既に5時間が経過していた。


 マクマホンは隣の建物に作られた対策本部で状況を見守っていた。消防隊は生存者の可能性がある為に慎重に瓦礫を撤去していた。

 コロニー内装材は比較的軽い材料で出来てはいるがそれでも3層分の瓦礫は撤去するには多すぎる量である。小型の重機を使って上から順番に撤去する。

 時々瓦礫の下から遺体が見つかる。ほとんどは無機頭脳研究所の所員である。そのうち警察の他に連邦公安捜査局もやってきて現場を検証し始めた。


 マクマホンはジリジリしていた。マリアが瓦礫の中に埋もれているのに瓦礫撤去がなかなかはかどらない上に発見されるのは死者ばかりだった。


 マクマホンは病院に連絡してみると今日はまだシンシアが出勤していないという。だとするとマリアとシンシアが一緒に埋まっている可能性がある。

 もしそうならばシンシアが必ずマリアを守っているはずだ。そういった根拠のない希望にすがっていた。しかしマクマホンにも立場が有り死んでいる者の多くはマクマホンの部下でも有った。

 マリアの事だけを考えているわけにも行かなかったのだ。


 消防隊の隊長が破損状況を確認してマクマホンの所にやってきた。内部の情報をマクマホンに聞きたいらしかった。


「アルトーラさん。今、破損状態の概要を調べて来ました。」

 隊長は無機頭脳研究所と其の上階の建物の図面を持ち出してきた。

「現在の破損状況から考えて見るとどうも何か爆発物が爆発したみたいなのですが破損状況はこんな感じになっています。」


「爆発物?事故では無いのですか?」


「それは警察の捜査に待つとして、爆発はこの様にこの辺り一帯が破壊されています。しかしどうもこの一帯の破損状況が少ないようです。」

 隊長は上階の破壊されている部分に色を付けた。


「これは?どういう意味でしょう。」

 破壊された一帯の中心部分に色がついていない。


「どうやらこの一帯を中心に崩壊が起きたようです。しかしこの部分を上階から観察すると破損が少ないのです。つまりこの部分に空間が残っている可能性が高いのです。」

 マクマホンは食い入るように図面を見ていた。


「この辺りは何が有りましたか?」


「マリアが……。」


「マリアさんですか?」

 隊長の示した付近は無機頭脳の置いてある部屋の付近であった。そこには当然マリアも居た筈である。

 シンシアだ、シンシアが何らかの方法で爆発を食い止めてマリアを守ったのだ。マクマホンはそう確信した。


「その付近の部屋にはマリアが居た筈です。生きているのでしょうか?」

「まだ判りません。しかし空間が残っている可能性は十分考えられます。」

「お、お願いします早く救出してやって下さい。」


「もちろんです。コロニー管理コンピューターに問い合わせてこの下の階層から接近できるか調査を行うつもりでいます。」

 隊長の言葉でマクマホンには希望が出てきた。しかし所長代理としては何人ものスタッフを巻き込んだ今回の事故は無機頭脳の研究に大きな痛手となることは間違いがなかった。

 場合によってはこのまま閉鎖という最悪の事態も考えなくてはならなかった。

 

「ああ~っ」赤ん坊が声を上げる。

「授乳を求めているようです。」

「判ったわ。あげてみる。」

 マリアは胸をはだけると赤ん坊に乳を上げた。赤ん坊は乳首を加えると勢い良く飲んでいる。


 シンシアは小型ライトを赤ん坊に近づける。既に非常照明は全て消えている。残るのはこの小型ライトだけである。

「現在のこの子には体には異常が見られません。すこぶる元気なようです。」


 アリスは20日の早産であったが十分に生育しており健康上の問題は見られなかった。ただ衛生上の問題は残っていた。一刻も早く救助されて衛生状態の改善が望ましかった。


「良かった。この子がどうかなったら私もどうしたら良いか判らなかった。」

「このまま待っていればいずれ救助が来ます。外の方で音が聞こえていますもうしばらくの辛抱です。」

 シンシアは給湯室に行って水とお茶に入れるための角砂糖を持ってきた


「水と角砂糖を持って来ました。お飲み下さい。元気が出ます。」

「ありがとう。あなたのバッテリーは大丈夫なの?」

「まだ1時間は持ちます。それまでに電気が復旧すれば問題有りません。」

 シンシアは全く動揺していない。しかし1時間、それが過ぎたらシンシアは停止してしまう。そうなればこの暗闇でアリスと二人だけで救助をまたなくてはならない。


 マリアは心底心細さを感じていた。


「電気は復旧するかしら?」

 ついマリアは弱気な発言をしてしまう。

「私達がここにいることがわかっていれば必ずコンピューターはここに電気を送る手はずを考えます。」

「どうやって私たちのことをコンピューターは知るのかしら?」

「破損状況からここに空間があることは推測できる筈です。電気が止められている以上必ず電気を持って来ます。」

 シンシアはコロニー管理コンピューターを信頼しているようだ。おそらく今までいろいろな指示を出してきたことだろう。その指示に対してコンピューターはシンシアの信頼に足る働きをして来たに違いない。


 赤ん坊はミルクを飲むと眠った。


 マリアは小型ライトに照らされた赤ん坊の顔を見ていた。暗闇の中で二人はじっと待った。

 ゴリゴリッ、バキッ外では瓦礫を片付ける音がしている。救助隊近くまできているのだろうか?いや!それにしては近すぎる。

 シンシアは突然起き上がった。周りを見渡すとどこかに走り去った。


「シンシア、シンシアどうしたの?」

 周囲は暗闇のままである。マリアの不安を感じた。シンシアは何を見つけたのだろう。


 ズズッ、ズリッ何かが床を擦る音がする。何だろう。暗闇の中に何かが居る。マリアの不安はますます高まった。

 ズズッ、ズズッ床を擦る音は更に近づいて来る。壁の際から真っ赤に光るライトが回りこんできた揺れながらこちらに向かってゆっくり動いてくる。マリアは恐怖のあまり目をつぶりしっかりと赤ん坊を抱きしめた。


 目を開けると真っ赤な目をした大きな蛇のようなものがマリアの前に立っていた。


「キャアアァァーーッ」マリアは大声で悲鳴を上げた。


「マリアッ!驚かないで下さい。下水道のメンテナンスロボットです。」物陰からシンシアが叫ぶ。

 大蛇のような形をした物は赤い目でじっとマリアを見ている。マリアはこんな物がコロニーの下水のメンテナンスをしているとは思ってもいなかった。


「下水を伝ってここまで電源ケーブルを運んで来ました。これで電気は確保出来ます。」

 どうやらシンシアは電源ケーブルを繋げているらしい。


「このロボットで外部と通信できるのかしら。」

 マリアはシンシアに聞いた。蛇型ロボットはじっとマリアを見つめていた。

「電源と一緒に通信ケーブルも運んできました。既にこの情報は救急隊に伝わっている筈です。今そちらに行きます。」


 ぽっと廊下の明かりが1つだけ点く。マリアの周りが少しだけ明るくなった。

「私を動かしたら電気に余裕が有りません。少しだけ電気を付けられます。」

 作業が終わったのであろう、物陰からシンシアが現れた。


「マリアアアァァーーッ!」


 シンシアは大声を上げた。普段のシンシアからは信じられないような声であった。


 マリアはシンシアの視線の先を見る。床には一面に血が広がっていた。


「な、なに?これは?」


「大量出血の様です。暗闇で全く気が付きませんでした。」

 シンシアはマリアを凝視したまま動きを止めている。必死で考えをめぐらしているようだ。いきなり自分の袖を両方共引きちぎるとマリアのところへ駆け寄った。


「シ、シンシアどうするの?」


「腹部を圧迫します。腹部大動脈からの大量出血だと考えるのがもっとも妥当です。」

「だ、だって、なんにも感じなかったのに。」

 シンシアは袖を使ってマリアの下腹部を強く縛った。

「一刻の猶予も有りません。今、マクマホン氏に連絡します。」


「隊長!コロニー管理コンピューターからの連絡です。倒壊した現場の中に空洞が見つかりました。」

 消防隊の基地に設置されたコンピューターに通信が入ったようだ。周囲にいた隊員が一斉に集まってくる。それを聞いてマクマホンも駆けつけた。


「コロニー管理コンピューターが非常時のプログラムを発動したのか?」

 隊長もどうやってこんな情報がもたらされたのか理解できなかった。だが隊長の想像通り倒壊した部分の真ん中には空洞が存在している。


「よく判りません。下水メンテナンスロボットが下水配管を伝って現場の空洞を発見したようです。」

「ほう、誰かが気を利かせてそんな探索をしていたのか。」


 コロニーないの崩落事故は決して多くはないのであまりその為の装備は充実していない。

 しかし考えて見ればコロニーは人工のトンネルだらけなのだ。それを管理するシステムが存在することを失念していた。


「場所は特定出来るか?」

「もちろんです。直ぐにもっと詳しい情報がもたらされる筈です。」

 その時突然マクマホンの携帯電話が鳴った。電話の相手はシンシアであった。


「シンシア?シンシアか?今どこにいる?」


 マクマホンは大声で怒鳴った。それを聞いて周囲にいた消防隊員が寄ってきた。

「現在私は崩れてきた瓦礫の中に閉じ込められています。下水道管理用ロボットが電源を持ってきてくれました。」


「マリア!マリアは無事か?怪我はないか?」


「私達のいる場所は被害をまぬがれました。しかしマリアはその時のショックで出産をしました。」

 子供が生まれた。その言葉を聞いてマクマホンは最悪の状況を想像した。こんな状況で子供が生まれるとはなんという事だ。


「なんだって?それで子供はどうなったんだ。」

「子供は無事に生まれました。しかしマリアは大量出血を起こしています大至急救助が必要です。」

「マ、マリアが…………。」

 マクマホンの頭から血の気が引いていった。


 隊長はマクマホンの話を遮るとマクマホンの携帯電話をコンピューターに繋げた。これでここにいいる全員がシンシアと話が出来る。


「マリアさんですか?私は消防隊の隊長のビル・ショップです。安心して下さい必ず助けます。現在の状況をお教え願いたい。まずあなたの名前をフルネームでお願いいたします。」


 隊長はマイクに向かってゆっくりと話をした。相手は気が動転している筈なので何より落ち着かせる必要が有るのだ。


「私はシンシア・デ・アルトーラと言います。マリア・コーフィールドが事故のショックで出産をしました。出産は無事に終わりました。子供名はアリス・コーフィールド女性です。アリスは現在のところ異常は認められません。」

 シンシアの言葉を聞いて周りにいた隊員たちはため息のような声を上げる。


 隊長はマクマホンの方を見た。シンシアの名前を聞いてマクマホンとの関係に気がついたのであろう。

「しかしマリアが出産後の大量出血を起こしています。既にかなりの出血が見られます。急いで下さいマリアを助けて下さい。」

 シンシアは状況を正確に伝える。さすがに無機頭脳に動転したような様子はない。

 しかしマクマホンにはわずかながら普段とは違うシンシアの様子が見て取れた。やはりシンシアといえども動揺は隠せないようだ。


「判りました落ち着いて下さい。シンシアさんあなたは怪我をしていないのですか?」

「私は人間では有りません。マリアも出産以外の外傷は有りません。子供は現在のところ眠っています。」


「子供の健康状態は今の所問題が無いのですね。マリアさんは出産後の大量出血が有るのですね。あなたは完全義体のサイボーグなのですか?」

 隊長がなだめるように話をする。一つ一つの内容の確認をしていく。言葉の行き違いが大きく救出計画の見込みを狂わせる危険が有ることを隊長は知っていた。


「そうです。ですから私の事は問題有りません。しかしマリアの出血が止まりません。」

「判りました我々は大至急救出計画をたてます。マリアさんの様体は医師と情報を交換して下さい。必ず助けますからもうしばらく待っていて下さい。」


「マクマホンさん、このシンシアという女性はあなたの身内の方です?。」

「シンシアは私の孫に当たります。マリアは私の姪です。」

 マクマホンは不安げにそわそわしていて二人を案じる様子が傍からも見て取れた。

 隊長はそのマクマホンを見つめると「大丈夫必ず助けます。」そう言った。


 隊長は隊員を集めると直ぐに検討を始めた。テーブルディスプレイに現場の図面を投影させる。

「急いで医師を送り込まなくてはならない。どこから掘り進めるか?」

「隊長。下水ロボットが侵入出来たと言うことはこの下の階には被害が出ていませんから下から上がれるかもしれません。」


「判った君のチームは床下からのアプローチをしてくれこちらは瓦礫の片付けを行う。とにかく時間がない。急いで事を進めるんだ。」


「マリア大丈夫だよすぐに助けに行くからね。」マクマホンは通信機を通じてシンシアにそう伝えるしか無かった。



 やがて医者が駆けつけると医者はマリアの様態に付いて質問し始めた。


アクセスいただいてありがとうございます。

暗闇の中に見えた一筋の光。

新たな生命の誕生の後に生まれた絶望。

シンシアはマリアを守り切れるのか?…以下次号


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