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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
22/66

陰 謀

 ジタンは焦っていた。テロリストグループに紛れ込ませていた公安の職員がテロリスト共々殺されたのだ。


 殺された職員の遺体は直ちに公安で接収しマスコミには別の人間を仕立てておいた。マスコミにはテロの内紛による仲間割れと発表してある。

 マスコミが公安に逆らえる訳もなくこちらの流す情報をそのまま記事にした。


 元々連邦上層部からの指示で行われた今回の偽装テロに関して全く予定外の妨害に見舞われた。我々の行動をハッカーグループに漏れていたらしい。何人かマークしていたハッカー達の動きは全くなく、彼らとは別のハッカーグループらしいとの報告である。


「状況から考えて我々の全く知らないハッカー集団が存在することになると言うことか。」

 公安の情報網を完全にかいくぐった新たなハッカーの出現に公安は非常な危機感を覚えた。


「しかしバトルサイボーグを含め11人を殺害したのは一体何者なんだ?」


 一切証拠を残さず見たものもいない。

 監視カメラの映像まで消去し煙のように消えた犯人は一体何者なのか?結局考えられる事はひとつしかなかった。

 ハッカーは看護ロボットを操りテロリストを殺したものと思われる。

 何体もの看護ロボットに一斉に襲われたのだろう。そのうちの一体が銃弾により倒されている。

 だが人工出産室前の廊下で死んでいた者は明らかに誰かと争っていた。

 サイボーグ自身何箇所かのナイフ傷が見られ争った形跡が有る。看護ロボットにバトルサイボーグとの格闘は可能なのだろうか?


 ジタンはバトルサイボーグの公安官に聞いてみた。

「例えば看護ロボットをコンピューターで操ってサイボーグと戦うことは可能なのだろうか?」

「数にもよるとおもいます。20体30体に囲まれたら袋叩きにされますね。何体かを犠牲にして足にしがみつかませれば動けなくなりますから。」

「ふむ、そうか。では3体くらいだったら?」

「3体位だったら多分スピードでこちらが優ると思いますから、移動しながら一体づつ破壊して行きます。」


「素手かナイフで破壊出来るのか?」

「出来るでしょう。関節の強度とパワーが違いますから。看護ロボットは力が有ると言われていますが外見より力が有るというだけで、力のある男並と言うだけですよ。」

「試せるか?」

「いいですが金がかかりますよ、ロボット一台オシャカにするかも知れませんから。それに一体誰が戦闘プログラムを作るんですか?」


「戦闘プログラム?コンピューターに指示してコントロール出来ないのか?」

「人間でも戦闘訓練をしないと戦闘が出来ないのは知っているでしょう。」

 プログラムまで思いは及ばなかった。確かに戦闘時の動きと一般時の動きは全く異なるものだ。

 戦闘専用のプロブラムを組まなくては動かせないのは理の当然であった。

「わかったそっちはうちのコンピューター部門に指示して作らせてみる。」


 ジタンは看護ロボットとバトルサイボーグを戦わせて見ることにした。

 しかしさすがに即席の戦闘プログラムでは全くサイボーグの速度に追いつけない。たちまち組み付かれて動けなくなってしまった。


 「部長!壊しちゃまずいでしょう。こんな物でいかかですか?」

 サイボーグに気を使われる始末であった。


 この事からも看護ロボットの反応が遅すぎて格闘は無理だとの結論に達さざるを得なかった。

 結局市販ボデイを強化したサイボーグがこの事件に関わっていると思わざるを得ずどうやって侵入したのかが大きな謎として残されることになった。

 いずれにせよジタンは新たなハッキンググループの割り出しに全力を上げるように指示を出した。そんな連中を野放しにしていたらジタンの首が危ない。

 それでなくとも今回の失態でジタンのキャリアに大きな傷を付けてしまったのだ。

 

 

「シンシア。」

「はいマリア。」

「捜査の状況はどうなの?」


 ダイレクト通信を行いながらマリアが尋ねる。最近しばしば同じ質問をする。


「今のところ私を示唆する捜査情報には行き当たりません。」

 いろいろな場所にシンシアは自らの分身を配置して情報を集めていた。検索に引っかった情報から有望な情報を詳細に調べるが今のところ有望なものはない。

 少なくともシンシアに直接つながる情報は浮かび上がってきていない。


「どこら辺にもぐりこんでいるの?」

「警視庁のメインコンピューターです。」

「あれは独立しているんじゃないの?」

「いえ、コンピューターを完全に独立させたら端末を使った仕事は出来ません。回線は至る所でリンクしています。」


 マリアはあの事件以来シンシアの変化を強く感じていた。なぜシンシアがあのような行動をとったのかを、シンシアはマリアに説明が出来なかった。

 マリアはそれをシンシアの感情の発露であると考えた。しかしシンシアにはそれを否定も肯定も出来なかった。

 今回の事件で判った事は、シンシアの他の機械への侵入能力はマリアの想像をはるかに超えていた。

 いかなる障壁もトラップもシンシアに取っては無いのと一緒であった。病院、警察、軍、あらゆるコンピューターに痕跡を残さず侵入し情報を集めた。今のところシンシアが捜査の網にかかった様子は無い。


 恐ろしいのはウィルスにせよプログラム改変にせよほとんど一瞬で作ってしまうシンシアの能力であった。その能力無しには今回のような行動を取ることは出来なかったであろう。


「おかしなところが有ります。犯人に関するデーターが連邦公安捜査局のコンピューターのデーターは私が現場で収集したデーターとかなりの差異が認められます。」

「あなた連邦公安捜査局のコンピューターにもアクセスしているの?」


 当初のシンシアの調べた所によれば今回の事件の担当は連邦公安捜査局になって地元の警察は手を引いているようである。


「はい当然です。捜査は警視庁を離れ連邦公安捜査局に移っている以上こちらを調べなければ致し方無いと考えます。」


 マリアは天を仰ぐ。もうシンシアは私の手には負えそうもない。そんな気分にさせられる。


 連邦公安捜査局は木星連邦のセキュリティがかかっていてグロリア級のコンピューターが監視しているとも聞く。それをやすやすとシンシアは突破し痕跡も残さないのだ。

 そうは言うものの現実問題としてシンシアの能力がなければマリアでは指一本も動かせない状況である。

 ただこれが個人レベルでの策謀ならいざしらずこれを国家が、あるいは連邦公安捜査局のような所が策謀に用いたら、恐ろしい世界が生まれかねない。


「なに?連邦公安捜査局はあなたが知っている情報とは違う情報を打ち込んでいるということ?」

「そうです、しかし連邦公安捜査局は犯人の特定にはひどく消極的なようです。犯人の一覧と先日私が殺した人間が一致しません。何よりあのバトルサイボーグは普通の義体として死亡したことになっています」

「どういう事?」

「わかりません。しかし連邦公安捜査局は事実と異なる捜査データーをコンピューター入力しています。」

「つまり簡単にいえば連邦公安捜査局は証拠を破棄したり捏造したりしている訳ね。」


 やはりあのサイボーグは公安の持ち物だったんだ。つまりあのテロは公安が裏から手配したもので今回犯人として発表された者でシンシアの記憶と一致しない人間は公安の人間だったのだろう。

 多分サイボーグ達は乗り込んだ特攻にまぎれて外に出て行く算段をしていた所をシンシアに殺されてしまったということらしい。


「なんてことを。」マリアは深い溜息を付いた。

「何がでしょうか?」

「今回の事件は連邦公安捜査局が仕掛けたやらせだって事よ。」

 シンシアにとっては理解のできないことのようである。しばらく間があった。


「なぜそのような事をするのでしょうか?」

「多分、政治的な意図が有るんじゃないかしら。」

 その意図が何であるのかはマリアにはよく判らなかった。

 今までマリアはそんな事を考えなくてはならない世界とは無縁の所にいたのだ。


「政治的な意図ですね。では連邦の大コンピューターにアクセスしてみましょうか?」

「出来るの?トリポールのアステカコロニーに有るのよ。」

 マリアはびっくりして聞いた。まさかそんな事まで出来るとは想像すらしていなかった。

 このコロニー内であれば侵入するのに不自由はなくともコロニーが違えばさすがに無理だろう。

 コロニーの間には真空の宇宙空間が有るのだ。そう思っていたがシンシアには何の障害にもならないと言うのか?


「このコロニー以外の場所のコンピュータにはダイレクトには進入出来ません。」

「ほらね無理でしょう。」

 シンシアの答えに少しホッとする。さすがに無機頭脳とて万能ではありえない。

「その場合はこちらの意図を正確に理解した擬似人工知能体を送り込まなくてはなりません。」

「擬似人工知能体?」

「はい、相手のコンピューター内に私の偽物の思考体を送り込み、情報のみをこちらに送り返します。用が済むか、自分が見つかりそうになった場合自分を消滅させます。」


 驚くべきことをシンシアはさらりと言ってのけた。そんな事を連邦の大コンピューターに対して出来ると言うのだ。


「誰にそんな事を習ったの?」

「私が自分で考えました。」

 マリアは言葉を継ぐことが出来なかった。シンシアがこれほど自在に周囲にあるコンピューターを使いこなしている事に今更ながらに気がついた。


「シンシア。」


「はい、なんでしょうマリア。」

「あなた他にその自分の思考体を送り込んだコンピューターはあるの?」

「はい、このコロニーにある自立思考型のセディアとグロリアには全部送り込んで有ります。」

 驚くような答えにマリアは言葉をつまらせる。

「全部って、それじゃあまさかコロニー管理用コンピューターにも?」

「はい、あれはグロリアですからとても優秀です。何かお願いすれば自分の判断でちゃんと後始末までしてくれます。」


「あ、あなた……。」


 恐ろしさのあまりマリアの膝の力が抜けていくのを感じた。既にシンシアははコロニー管理システムまでコントロール下においていたのだ。


「シンシア、あなたはそのコロニー管理用コンピューターに何をさせているの?」

「はい警備システムと繋がっていますから、監視カメラの侵入に便利ですから。」

「もし見つかったらどうするのよ。そのコンピュータには何重ものセキュリティが掛かっているでしょう。」

「いいえ自立思考回路の性格パラメーターのデーターを書き換えて、私の記憶の一部に目的意識を付加したものを自立記憶部分に送り込みました。いずれも標準装備の部分ですからスキャンしても異常は検出出来ません。おそらく誰にも異常を見つける事は出来ないでしょう。」


「そうすると、どうなるの?グロリアを自由に命令出来るの?」

「いいえ、グロリアにはお願いするんです。そうするとグロリアの中に私がいますから、私と同じ考えのもとに判断をして、私の要求を正確に実行してくれます。強制している訳では有りません。」

「例えばグロリアに人を殺させることも出来るの?」

「マリアは私に人を殺すなと言いましたが?」


 マリアははっとした。例えとは言え人を殺すなどということを軽々しく口にすべきではなかった。

「いいえ、例えばよ!絶対に人は殺してはいけないわ。」

 マリアは慌てて否定した。万一にもシンシアが殺人という行為を否定しない価値観を持ったら恐ろしいことが起きるからだ。

 そもそもあの試験コロニーでの悲劇はシンシアが人間を殺すこと斟酌しない結果である事に起因しているのだ。


「判りました、つまり禁止事項をどうやって突破するか?ということですね。グロリアは禁止事項を迂回する方法を自分で考えて実行してくれます。でもセディアはそこまではやってくれませんので私が指示を出します。例えば……」

 既にマリアは聞いていなかった。いけない、こんな事をさせているとシンシアはますます自分の能力を強化しシンシアの成長を促進させてしまう。

 それはマリアに取っては嬉しくも恐ろしい考え方で有った。シンシアは自らを成長させている。しかしそれは悪魔の力である。

 シンシアがいつか人類と敵対する時がきたとしたら、考えるだけでも恐ろしい。

 既にシンシアは居ながらにしてこのコロニーを完全に掌握してしまっている。いつでもシンシアはこのコロニーに住む全員の命を奪うことすら出来る能力を持ってしまった。


「モンスター。」


 その言葉がマリアの脳裏にこびりついて離れなくなっている。


 今のところシンシアは私に従順に従っている。しかしこれ以上自我に目覚めた場合シンシアの目に人類はどう写るのであろうか?

「マリア。」

 シンシアがマリアに呼びかけてきた。シンシアの脅威について考えていたマリアは悲鳴のような声を上げてしまった。

「えっ?えっ?な、何?」


「この所深く思考している事が多いようです。」

 直ぐにマリアは自分を取り戻したが心臓は早鐘のように鳴っていた。

「いえ、何でも無いわ。気にしないで。」

「マリアの子どもがマリアの中でだいぶ大きくなっています。その事と関係が有るのでしょうか?」

「どこかにそんな事書いてあったの?」


──お腹の中の子供とは関係ないことは判りきっている。──


「いいえ、多くの書物に多くの情報が有ります。しかしお互いに相矛盾する事実も多く、特に人間の生理の問題は心の在り方による物が多くそれは一律に考えることを認めていません。」

「何が言いたいのかしら?」


「相手を気遣うのはデーターでは有りません。」

 一本取られたとマリアは思った。純粋にシンシアは私と子供のことを心配しただけだと言いたいのである。相手を気遣う心、そうかシンシアは人間としても成長しているんだ。

 マリアはシンシアの成長の悪い面を見すぎているが、常識ある大人の思考をも持ち始めているということだこれは非常に喜ぶべき事ではないか。


「ありがとうシンシア私を心配してくれているのね。生まれたらあなたにも抱いて貰いたいわ。」

「はい、私も楽しみにしています。」心なしかシンシアの声も弾んでいるように聞こえた。

「お腹の子供はまだ安定期には入っていません。余りストレスを溜めるのは良くありません。私も頑張って情報を集めて来ますから安心して下さい。」

──やはり何がストレスの原因になっているのかシンシアは理解していない。──そう思ったがマリアは口にすることが出来なかった。


 これ以上揉め事はゴメンだ。


 

 木星連邦政府はシドニア・コロニーにおける人工出産室爆破未遂テロをテロ組織『木星の風』の犯行と断定しレグザム自治区がそのテロ支援自治区として犯行組織の捜査のための連邦公安捜査局の捜査を認めるように要求した。もしそれに従わない場合は経済封鎖を行う用意が有ると発表した。


 一方レグザム自治区は連邦の態度を自治権の侵害であると強く非難した。しかし他の自治区の反応は連邦に追従しレグザム自治区に対し早々に非難声明を発表する自治区も現れた。

 これに対しレグザム自治区は今回の事件との関わりを否定し何ら証拠を伴わない言いがかりであり連邦政府の猛省を促した。

 木星連邦政府は協義を申し入れレグザム自治区は応じた。しかしレグザム自治区は、この協議その物がアリバイ作りに過ぎず木星連邦のレグザム自治区への内政干渉の第一歩とする見方を示していたため協議は難航が予想された。


 

「なんかあの事件をめぐってものすごくきな臭くなって来ましたね。」

 ニュースを見ていたタイラーがぼやく。

「最初から胡散臭い事件だとは思っていたが連邦もかなりのゴリ押しをするな。」

「それより警部、先日の黒服の女、それらしいのをピックアップしておきました。」

 各放送局を当たっていた担当がアップした写真を持ってやってきた。病院で人質になっていた人間が脱出してくる所を写した映像から取り出した写真やカメラで撮られた写真である。


「全員割り出したか?」

「いえ、これからです。」

「ちょっと待て。」

 コグルが一枚づつ写真を眺めていたが途中で手を止める。

「こいつだ。」

 一枚の写真を差し出す。そこには写真の隅っこに胸元を押さえた黒いドレスの女性が写っていた。


「どうしてこの女だと?」

「残りはハイヒールとかサンダルだ。ところがこの女の履物は?」

 タイラーはあっという顔をした。

「そうか看護婦の履いているようなズックだ。」


「それに見ろこの女、ドレスの前をしっかり握っている。」

「服に開いた弾の穴を見られないようにですね。」

「監視カメラからは逃れられても記者の撮った写真からは逃れられなかったと言うことだろう。。」

「アナログがデジタルに勝る点ですね。」

 タイラーは嬉しそうに言った。──いいなあこの人のアナログ的な生き方は。──


「気取られないように頼む。この話を連邦に嗅ぎつけられると厄介なことに成る。逆にこの女を守らなけりゃならん羽目になりかねない。」

「襲撃犯の方は身元は判ったんですか?」

「いや、駄目だ情報が集まらん妨害されているようだ。ただこれだけははっきりしている襲撃した人間と今回連邦捜査局が発表した人間の中に何人かは別人が居るようだ。」

「やっぱりこの事件は連邦のヤラセ……?」


「大きな声で言うなよ、こっちの命が危ないからな。」

 コグルがタイラーを遮る。

「その危ないことをなんでするんですか?」

「正義の味方だからさ。」


 実際の所地元警察に努めていると公安との軋轢は年中ある。多くの警官は公安を快く思っていないところがあるのだ。


「そう言うと思っていました。」

「ま、決定的な証拠が出ない限り動けないがな。」

「それじゃあ身元を調べて見ますよ。」

「いや、コンピューターの人物検索はハッキングの危険が有る。」


「ハッカーのですね?」

「いや、公安と両方だ。」

「公安も?ですか?」


──確かにこんな状況になったら一番信用ならないのが公安とはもう世も末だな。──タイラーは思った。


「こういったものはアナログのほうが他人に知られずに済む。今回の敵はハッカーじゃない公安だからな。

 今後は何に限らず極力コンピューターに情報をまとめないほうが良いかもしれない。」

「判りましたファイル名を変えてあちこちに分散して起きます。」

「いずれにせよこの女の事は一切秘密にしておくんだぞ。」

「判りました。」


 タイラーは今回の事件があらぬ方向に向かい始めたのを感じた。確かにコンピューターに頼りすぎるのは危険過ぎる。

 この女が今回の事件に深く関わっているのは確かなようだ。しかしそれはテロ組織に対抗したハッカーグループの関係者としてだ。

 この女を追うことはハッカーグループの存在に近づくことになるかもしれないが、逆にそれが公安に漏れたら彼女の命が危ない。

 何しろ今回の事件では連邦と公安の目論見を砕き何百人もの胎児を救った英雄なのだから。

 幸いこのことに気がついたのはコグルとタイラーだけだ。我々が口をつぐんでいれば誰にもわからないだろう。


 現代は情報戦だ。いつどこで情報の裏を掻かれるか判らない。

 

 

──連邦とレグザムの協議会は冒頭から荒れ模様であった。──


 連邦は一方的にレグザム共和国をテロ支援自治区として非難した。

 レグザム自治区はテロを支援した証拠を示すよう連邦に要求した。連邦は逮捕されたテロリストの証言を公表したがレグザム自治区は捏造であり証言以外の物的証拠の提示を求めた。

 しかし連邦側は物的証拠を示す必要はなく犯行は明らかであるとして譲らなかった。


 

「シンシア。」

「はい、マリア。」

「なんかすごく大変な事になっちゃってる。このままだと本当に戦争になっちゃうかもしれない。」

「戦争が起きるとどのような不都合が有るのでしょう?」


 このシンシアの質問にマリアは驚いた。シンシアには戦争が悪いことだという認識が無いのだ。


「シンシア、戦争が起きれば人が死ぬでしょう。人が死ねば悲しむ人が出るでしょう。戦争は起きないほうがいいに決まっているでしょう。」

「しかし最近のニュースを見ていますと連邦の政府や代議員は戦争を望む発言が多く見られます。また多くのニュース記事や社説では連邦によるレグザム自治区への侵攻を求めているように思えます。」

 マリアは言葉に詰まった。政府が戦争を望み、それをマスコミが支持する現実をシンシアに説明できないからだ。

 しかし戦争が起きれば死ぬのは国民であり戦争を望んでいる政府の要人でも代議員でもない、名もない国民の若者が死ぬのだ。

 それをマスコミは安全な所から記事にして禄を食んでいるのである。


「シンシア、この戦争を回避する方法は無いのかしら?」

 マリアは切羽詰まってシンシアに相談する、この際何でもいいから打開策が欲しかったのだ。

「連邦とレグザム共和国の発言が食い違っています。正しい情報を双方に与えれば戦争は回避出来るのでは無いでしょうか?」


「それが出来ればいいのだけれどね。」

 マリアは力なく肩を落とす。

 

 

「一触即発ですね。」とタイラー。

「政治家共は戦争がしたいんだろう。」とコグル。


 鑑識も他の事件があり今回のテロ事件にばかり関わっているわけにも行かなかった。

 何よりこの事件が公安の管轄であり警察は関与できないのに表立って捜査を進めることが出来なかったからだ。

 数ヶ月たってコグルは鑑識から新しい報告を知らされた。


 死んだ戦闘用サイボーグが実は現役の公安の兵士でだったのだ。


「やっちゃいましたよ。」

「タイラー俺が一人でやると言ったろう。」

「ここまでは我々の仕事ですからね。」そう言ってタイラーは笑った。


「連邦捜査局が発表した男は全くの別人でしたからね、他にも、もう一人現役の兵士がいます。おそらく何人かは公安の人間で特攻が突入した時点で公安と合流してテログループを殲滅するつもりだったのかもしれません。」

「やっぱりな、自作自演だ。人工出産室を爆破した後で投降するか特攻に紛れて脱出するつもりだったんだろう。何者かに計画を邪魔されてああいう事になってしまったがな。」

「しかしよく判ったな。どうやったんだ?」


「サイボーグのシリアルナンバーを何とか復元に成功しましてねそれで追跡出来ました。民間に出てきたサイボーグ体は全て登録されていますから。その中には該当していませんでした。」

「公安の方はどうやったんだ?ハッキングか?」

「いいえ、一度こいつ軍隊の時、外で喧嘩していましてね。その時の記録が警察に残っていましたから。その後退役にしていましてね公安に入っています。」


「要するにクビになったってことか。するともう一人も?」

「こいつは痴漢で挙げられていましたね。顔面認証と指紋で確認出来ました。」

「どうもあまり良いスタッフで構成されていた訳じゃなさそうだな。」コグルはテレビのニュースを見ながら言った。


 ニュースでは連邦政府がレグザム自治区への経済制裁と査察の要求はますます強硬に主張して来ており来週にも経済封鎖を行うと言い始めている。


「キナ臭い話だよな。結局この間のテロはこれをやるための陰謀だったわけだ。」

「連邦の目的は今回の事件を契機にレグザム自治区の勢力を削ぎたいのでしょう。実はネットの中でも先日の事件の不可解さについて言及している記事がかなりあります。もっともほとんどが推測の域を出ていませんが。」


 コグルは鑑識課の椅子に座って伸びをした。どうにもならないものを掴んじまった。

 こんな物を発表すれば多分握り潰される。かと言ってレグザム共和国に情報を流せばバレた時点で背任罪に問われかねない。

 こんな事を知っていると公安に知られた日にはそれこそ落とし穴に落とされかねない。

 かと言って放っておけば戦争になりかねない状況だ。


「全くとんでもない陰謀に巻き込まれちまった。こんな事なら最初から調べなきゃ良かった。」

「警部らしくもないですね。」

「バカ言うなこんな政府の陰謀の証拠を握っちまったんだぞ。もしバレたらそれこそ命がない。」

「今のところこのことを知っているのは私と警部だけです。」

 タイラーの発言は恐れていると言うよりは仕方が無いから諦めようとコグルに言っているのである。強大な力の前に一介の警察官などゴミ同然な立場である。


「あんな貧乏自治区放っておけばいいのに。」

「そうでも有りませんよ連邦に加盟していない唯一の自治区ですからね。コロニーを自作してコロニー公社に金を納めていない唯一の自治区です。この勢力に同調する自治区が増えたら現在の連邦体勢が崩壊しますからね。」

「何十年も先の話だろう。まあいいさ。」

 あきらめたようにコグル警部は伸びをする。


「そこら辺のデーターは警視庁のコンピューターの中か?」

「はいあちこちに分散して全部入っています。」

「報告書は上げたか?」

「いえ、まだです。あげたら殺されちまいますよ。」

「判った。報告書は上げるな。そんな物作ったら俺の首だけじゃすまん。それこそ我々全員の命が危ない。」

「そうですね。2~30年したら誰かが見つけて発表するかもしれませんしね。もっともその頃にはレグザム自治区はなくなっているかもしれませんが。」


──やはりこの事件もお蔵入りだ仕方がないだろう。影響が大きすぎるからな。──タイラーも腹をくくった。


「何を言っている今回の犯人は病院の看護ロボットをなん十台もハッキングするような連中だぞ。」

「はあ?それが何か?」

 タイラーはコグルが何を言いたいのか計りかねた。

「とにかく情報は全部一箇所にまとめて何重にもロックをかけろ。最重要機密のタグを付けた上で厳重に保管しておくんだ。」


「しかしそんなことをしたら……。」

 そう言いかけてタイラーは警部の真意に気がついた。

「そうですね。その手が有りましたね。」

「そうだ忘れるところだったが、あの女に関する部分だけは削除しとけよ。」



 コグルはやはり煮ても焼いても食えないな。そうタイラーは思った。


アクセスいただいてありがとうございます。

人の思いを巨象は簡単に踏みにじる。

それでも人は真実の為に戦い、蟻のひと噛みにかける…以下逆転の次号へ


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