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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めちゃいました。―― 作者:たけ まこと

第二章 ――成  長――

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彗星狩 ――2――

 いよいよ核パルスエンジンの反射板の取り付けの日がきた。

 ミッションの中で最後の大物の工事である。これが終了すれば後は細々とした部品を取り付け、動作テストを行えば工事は完了である。

「大皿の切り離しは終了した。いつでもいいぞ。」
「移動用モータのチェックも終了した。」
 ロケットの前方に取り付けられた核パルスエンジンの反射鏡が船から切り離された。

「バーニヤ起動。大皿を回すぞ。」
 バーニヤを使って反射板に回転力が与えられるゆっくり回る鉄の皿だ。回転を与えなければ大皿の姿勢は不安定なものとなり移送そのものが難しくなる。
「ロケットモーター起動、動かすぞ!」
「了解。」

 皿の中心に取り付けられた逆回転する装置によって方向を固定されたモーターでゆっくりと船から小惑星に向かって皿が移動を始める。
 その移動速度は800メートルの皿の直径に比べるとあまりにも小さい。移動していることが全く判らないくらいである船から彗星までの約3000メートルを一週間かけて移動する。
「現在のところ良好。移動方向に障害物なし。速度毎分0.6メートル。」

 予定の位置まで来ると減速し、皿を固定する土台から投げられたロープによって土台に引き寄せられ固定する。
 最初は中心部の回転する部分のみを固定し、その後バーニヤをふかして回転を止め、位置を合わせ残る土台に固定するのだ。

 無重力状態でこの様な大質量の固定化は非常に難しい。
 コロニー外壁は重くても一枚数十トンであるのに対しこの反射鏡は5000トンも有る。非常に難しく危険な作業である。
 もし取り付け角度が少し違えば柱脚は其の巨大な慣性力によって壊されてしまう。
 速度は小さくともその慣性力は非常に大きく簡単に止めることは出来ないのだ。

 機械室の掘削がある程度進むと全員の義体補給用デッキをその中に移した。
 今までは外に固定していたがやはり室内のほうが精神的に安定する。
 義体用の補給デッキは各人の義体の燃料や栄養分の補給を行う。完全義体の体は休息を必要としない。しかし人間の脳はそうは行かない。
 それでも4時間ごとの休憩をはさみながら一日16時間の勤務をこなす。

 肉体を持たない彼らに取って娯楽といってもは限られたものに成る。
 例えば映画や音楽はその体のまま見ることが出来た。
 酒を飲みたいと思えばそれに近い効果を出す薬品が直接投与された。麻薬も同様である。
 女が欲しいと思えば3D画像を見ながらオルガスムスに達する薬品が投与された。
 これらはいずれも効果時間が短く作業前の時間帯は自動的に投薬が制限された。

 結局彼らの向かう関心事は家族の事だけであった。
 肉体を持たないことは肉欲を求められないことを意味するからだ。
 存在するのは薬品による快楽だけである。しかもその使用はその義体の安全装置によって制限を受けていた。
 何しろ完全義体化するということは一生の間ICU(集中看護室)に入っているのと同じ事である。

 あらゆる健康上の危険性は排除される。何しろ肉体は脳しか無いのだから事は思ったより簡単である。中にはその安全装置を外し思う様薬を楽しむ者も出てくるわけだがそういった人間は例外なく唯一残った肉体である脳が破壊される。そうなればまともに義体を扱えずそのまま死ぬまでの間脳の保存処分を受けることに成る。

 パヴォニは事故により使えなくなった体を捨てる事により家族を守る選択をした。
 しかしその事に対する精神的葛藤は殆ど無かった。なぜなら多くの友人が義体となり宇宙空間での作業により多くの収入を得ている事を知っていたからだ。
 何より動かない体のまま一生を送るより義体となり普通の人間のように暮らせると考えるのは当然の成り行きであった。
 何しろ肉体があったとしても首から下の感覚はまったく無いのだ。

 それよりは自由に動ける機械の体を求めるのは人として当然の成り行きであった。
 しかしその事自体が木星政府。否コロニー公社を元とするバラライト・コングロマリットの木星コロニー推進計画の一環に過ぎないことは体を失って初めて気が付いた事であった。

 宇宙空間での過酷な仕事に義体は不可欠であった。
 しかし肉体を捨て義体になると言う事がどのような意味を持つのか知っている人間は決して完全義体と成る事は無いだろう。
 その為には自ら進んで完全儀体となる為の社会的階層が必要であり、それが地球からの卵子移民の層で有った。

 大地を自らの手で作る事を宿命つけられたコロニー国家の大地を作るための使い捨ての社会的階層として位置づけられていた。
 無論そんな事は一切その階層には知られないような情報統制が行われ学校教育においても儀体の有効性を教え込まれ、儀体に対する拒否反応を起こさないように育てられた。
 社会的には完全に区別された階層に有る卵子移民の子供たちは義体化し成功した人間のみを成功者として学校で教育された。
 子供たちはいずれ義体化し、成功を収める事を夢見て競って儀体化テストを受けその結果に一喜一憂した。
 学校のカリキュラムにも儀体化適正訓練を導入し、義体コントロールの訓練に勤しんだ。

 パヴォニ自身生活のために止む無く義体化手術を受けたが義体化されて初めて義体の本当意味を知ることになった。
 全ての感覚が偽物なのだ。子供を抱いた時に感じる暖かさも柔らかさも全てが偽物であることに気付いた。それでも全身麻痺の状態よりははるかに良かった。
 だからパヴォニはその選択に後悔はなかった。たとえその為に莫大な借金を負ったとしてもである。
 その借金も彗星捕獲作業に2回従事すれば返済できたからだ。その作業の死亡率が非常に高かったとしてもパヴォニに選択の余地は無かった。


 彗星捕獲作業の合間はコロニー建設現場で作業を行った。こちらの方が安全ではあったが借金の返済に二十年近く必要であった。
 たとえ危険性が高くとも彗星捕獲のほうがはるかに率が良かったといえる。
 しかし自ら進んで肉体を捨て去った人々は失ったものの大きさに愕然とした者も少なくなかった。
 そしてそれを行わせたのが一体誰で有ったのか思い至る者も少なくなかった。彼らは卵子移民の持つ意味を理解しそれに反発した。

 最初は小さな集まりであった。しかしやがてその様な反儀体の運動は徐々に大きさを増し、やがて彼らは結束し第一期の「木星の風」を名乗るNGOを立ち上げた。
 自らの子供たちにその様な選択をさせない為に自らのコロニーを製造する運動に発展していった。
 バラライトを頂点とするコロニー公社と財閥支配から抜け出すためである。

 彼らの中の一部の成功者は自らの全てを投げ打って自分たちのコロニーを作ったのだ。
 コロニーを実際に作っているのは彼ら義体を持った者たちであり、その材料と成る彗星を捕獲してくるのもまた彼ら義体の者たちで有った。

 艱難辛苦の末最初のコロニーがカリストの軌道上に出来た時に多くの卵子移民の子供たちが移り住み始めた。
 当時カリストはまだ開発されておらず軌道上占有権を主張する事が容易であったからだ。
 バラライトに代表される木星連邦の支配者層はこの事に強く危機感を抱いた。
 卵子移民層が反乱を起こせばコロニーを作るための人員確保ににも支障をきたす事になる。生身の人間を使う事はコロニー製造コストの大幅な増加を意味するからだ。

 木星圏は木星から輻射される強い放射線の為生身での作業には作業時間に制限が設けられていた。
 放射線に対する防護処置を施された作業用の儀体にはその様な制限は無く自由に作業を行う事が出来たのだ。
 表立った紛争こそ無かったが水面下における抗争は激しい物が有った。

 しかし多くの義体保有者を抱える彼らは木星公社の管理するコロニーに住んでいないためにあらゆる法的手段が使えない状況であった。
 逆に居住者の多くに義体保有者が多い事に目を付けた木星連邦政府は彗星捕獲事業とコロニー製造事業の下請け組織として活用する事に思い至り彼らを自治区として認める事になった。
 こうしてレグザム自治区が誕生した。

 自治権を獲得したとはいえその経済の大半を木星連邦とコロニー公社に頼っているレグザム自治区は逆に木星連邦の支配を認める形になった。
 それに反発する一部の者達は第2期の「木星の風」と言う政治結社を設立し木星連邦と相対した。
 レグザム自治区にはコロニー製造ノウハウは十分に有ったがコロニー公社との取引の関係上おおっぴらに新規物件を建設することも出来ずカリスト軌道上の自治区周辺のみのコロニー建設にとどまっていた。

 木星政府としてはコロニーの材料としての彗星確保は殆ど必要がなく木星内の衛星からの補給で十分にコロニー製造は可能であった。
 短期間に木星コロニー群の建設が進み地球と経済的にも十分対抗できるようになったのはその為であった。
 しかしコロニー製造の要である高性能コンピューターの製造は思うに任せず地球からの輸入に頼っていた。地球政府はその支払を彗星で求めたのである。
 木星政府にとって彗星捕獲は自らの手は汚したくはないが必要な作業でありその担い手としての卵子移民集団の育成が有ったのだ。

 パヴォニがその事に気がついたのは義体となってこの仕事に従事するようになってからだった。
 パヴォニ自身は決して子供たちを義体にしたいとは思わなかった。しかし彼らの仕事はやはりコロニー建設作業に成るだろう。
 外殻建設作業は給料は良いがやはり危険性が高い。生身で始めた者も多くはやがて義体に変わっていく。

 いずれはその事で子供たちと喧嘩をする時が来るのかも知れない。パヴォニはそんな事がおきないことを強く願っていた。


 柱脚からのワイヤーが反射板に結び付けられる。同時に反射板に取り付けられたモーターが作動し反射板の回転が止まる。

 ゆっくりとワイヤーが引かれ反射板が柱脚に向かってゆっくり引っ張られる。
 ワイヤーの張力と移動距離を精密に測定し反射板の速度を監視している。
反射板が正確に柱脚に向かって正しい角度で進行させる必要がある。それもできるだけ遅い速度で無くてはならない。

 一旦上がった速度を落とすことは出来ないのだ。出来るのは加速だけであるからもし角度がずれたら反対側を加速して調整を取らなくてはならない。
 同様のことを行なっていけばどんどん重い反射板の速度は上がっていくのだ。

「現在速度毎分0.2、角度はS-S-Eにマイナス0.1」

「よし、3番ワイヤーにトルク2、2秒、4番ワイヤーにトルク1、2秒」

「了解。」

 柱脚に取り付いた各担当者から状況報告が上がる。パヴォニは目の前に現れる数値を読み込んでゆく。今の所大きな変動はない。

「接触予定時間は3時間後。」
「ようし、全員気を抜くな。」

 反射板が柱脚に引き寄せられ3時間後には接触する。それまでにできるだけ反射板の角度を柱脚に垂直に成るように調整し続けなくてはならない。
 今回の作業はこの時のために全てが有る。もし失敗したらもう一度柱脚を作りなおさなくてはならないのだ。

 それは帰還軌道の変更を意味し余分な数カ月、場合によっては数年を浪費しなくてはならないのだ。

 コリン・ピリンガーは柱脚の取り付けボルトを弄びながら反射板が近づいて来るのを見ていた。
 反射板の取り付け金物がここに接触したらボルトを挿し込んで締め付ければ良い。その後反射板に付ける補強部材を組み上げればそれで完了だ。今回のミッションもそれで終わる。そうすれば家に帰れる。

 センサーに目をやる。角度は許容範囲内だこのまま接触を待てばいい。
 このボルトを締めれば後は補強用のトラスの組み立てだけだ。今回のミッションも大過なく終了する。
 もう少しだ、もう少しで家族のところに帰れる。

 ふとコリンは眠気を感じた。おかしい、こんな時に眠気を感じる筈がない。コリンは各種センサーのチェックを開始した。何かこのボディに不具合が発生している可能性が高い。

 徐々に倦怠感が増してくる。まずい、生命維持装置だったら致命的だ。
 真空中の作業でもっとも恐ろしいのは低酸素症状である。宇宙服、サイボーグを問わず脳への酸素の供給が滞ればそれとは気がつかないうちに意識を失い、しかも重篤な後遺症を発生させる。

コリンは警報を鳴らそうかと思ったが時期が時期だったその前に自分で解決できる所は解決しておこうと思ったのだ。
 油圧計の一部に異常を発見する。

「くそう油圧が凍りついてやがる。」

 だがなんでヒーターが効いていない?ますます眠気は強くなってくる。
 必死で異常を探すが見つからない。

 ようやくヒーターの断線を発見する。第2油圧系の配管のヒーターだ。普通であれば問題はない。
 しかしその近くには生命維持装置の血管が通っている。第2油圧系のヒーターが止まったため温度が下がり脳に血液を送る血管の温度が下がったのだ。その為に脳の低体温症が現れた。

「なんで……警報がならなかったんだ……」

 コリンが救助を呼ぼうと思ったがその前に意識を失った。
 意識を失ったコリンはボルトを持ったまま浮き上がっるとゆっくりと柱脚の方に漂っていくその上から5000トンの反射板が迫っていた。


 反射板が柱脚に接触する瞬間激しく警報が鳴った。反射板に異常な傾きが現れたことを意味する。

「何か挟まったぞ!」
「どこだ?」
 全員の目の前に真っ赤な非常警報の表示が現れた。

「コリンのところだ!コリン!何があった?」
 返事がない。パヴォニはバーニヤをふかしてコリンのところに向かう。

「コリン!!」
 反射板と柱脚の間にコリンが挟まっていた。5000トンの慣性質量はコリンの体を押しつぶしている。

「まずい!コリンのシェルケースを引き抜け!」
 シェルケースとは脳髄を収めたケースである。非常時にはその部分だけを引きぬいて脳を助けるのだ。

「駄目だ収納部の扉が挟まっている。」
 いち早く駆けつけたダンクが非常用コックを引っ張ったが蓋が開かない。

「ダック!ダックはいるか?」
 パヴォニが怒鳴った。
「ここだ。どうすればいい?」
「お前の装備しているプラズマカッターでコリンのボディを切り開け!」
 事態は一刻を争った。作業用ボディ一機がオシャカになるがそんな事を言っている時ではない。
「し、しかしそんな事して万一ケースを傷つけたら。」
 万一シェルに傷が付いたらそれこそ致命的だこの環境では即死を意味するからだ。

「構わん。責任は俺が取る。」
「わ、分かった。」
「ジャン!お前は船に行ってシェルキーパーを用意しておけ。」
「了解。早く連れてこいよ。」
 ジャンはそう言うと船に向かって全速で去っていった。

 ダックはコリンのボディのシェルケースの周りを腕に取り付けられたプラズマカッターで切り裂き始めた。
 切った端から手が伸びてきて部品をむしりとる。生命維持装置に異常が出た段階でシェルは独立稼働になる。
 周囲の機器はいくら壊しても問題が無いのだ。

「早くしろ!」
「わ、判っている。精一杯やっている。」
 全員がそれぞれのシェルの位置を知っている。シェルに傷を付けずに取り出すことはそれ程難しいことではない。
 それでも一刻を争う事態ではやはり緊張は隠せない。

「よし!シェルが見えた。」
「引きぬくぞ!」
 パヴォニがシェルケースを引き抜くと大急ぎで船に戻る。もし血流が滞っていればコリンは死ぬ。仮に死ななくとも重い障害を抱え、まともな生活すらできなくなるだろう。



「あれ?ここはどこだ?」
 コリンはそう言って目覚めた。さっきまで反射板の取り付けをやってたはずだが。

「良かった意識を取り戻したぞ。」
「何が有ったんだ?」
「お前は意識を無くしたらしい。」
「俺の体は?」
「残念ながらスクラップだ。今お前はシェルキーパーに収まっている。」
「なんてこった。結構あの体は気に入っていたのに。」

「大丈夫だ保険が降りる。おまえはそこで寝たまま金が稼げる。すぐに家族の元に帰れるぞ。」
「みんなには申し訳ないことをしちまったなあ。」
「気にするな。子供がおまえを待っているぞ。」
「こどもかあ。早く会いたいなあ。」
「子供の名前を忘れっちまっていないだろうな。何人いたんだっけ?」
「やだなこないだ言ったじゃないすか。5人でさあ。」

「5人?」パヴォニが不安そうな声を出す。

「い、いや。かみさんの体にもう一人。」

「名前は?」

 全員がコリンの発言を注目していた。

「ぺぺ。いや!女の子だからペピでさあ。こないだ写真をみんなに見せたじゃないですか。」

 その言葉を聞いて全員から安堵の溜息が漏れた。
「良かった低酸素症は免れたみたいだな。」

「俺のせいで反射板の取り付け作業が……。」
「いやそれ程大きなダメージは無かった。予定通り帰れるぞ。」
「もっともお前はその機械の中で帰り着くまで動けないがな。」

 全員で大声で笑った。仲間が無事だった事に安堵したのであった。


「命が有っただけでめっけもんでさあ。」
 コリンはいつもの通り屈託のない話し方で笑った。
アクセスいただいてありがとうございます。
2話連続のサイドストーリーは今回で終了です。
彗星捕獲事業の感じはつかめましたでしょうか?
次回から話は一変し大事件が起きます。
果たしてマリアはこの試練を乗り切れるでしょうか?…以下緊迫の次号

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