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星のゆりかご ――最強の人工知能は母親に目覚めました。――  作者: たけまこと
第二章 ――成  長――
14/66

彗星狩 ――1――

 パヴォニ・エリシウムは目を覚ますとわき腹からライフチューブを外した。


 クロノメーターを見ると出発から285日が経っていた。

 出発前にベッドに体を固定し、目をつぶる。次に目をあけると目的地に着いている。それだけの事であった。


 他のラックから乗組員が次々と起きだしてきている。目的地に着いたのだ。

 直ちに全員が部署に就く。声を発するものはいない。どうせ船内は真空中なのだから声を出しても届く事は無い。全員が脳波通信機を使用している。


 座席に着くと座席から出ているライフチューブを再び体に取り付ける。

 そしてコントロールチューブを反対のわき腹に取り付ける。これでこの艦を直接コントロール出来るようになる。

 スクリーンを付けると画面の中に小さな小惑星が映し出される。


 ガリレオが初めて望遠鏡で天体を観測して以来何万もの彗星が太陽系に落下してきている。

 観測された彗星は名前を付けられ軌道を計算された。数十年で戻って来るものもあれば数万年以上戻らないものも有る。

 残された多くの資料の中から再び帰還してくる彗星をめがけて彗星ハンターはその軌道上で待ち受ける。


 彗星を減速させ地球軌道に投入する為である。


 多くは彗星に発見者の名前が付けられている。この彗星にも人の名前が付けられていたがには興味も無かったしどうでもよかった。

 重要なのはその組成である。観測された多くの彗星同様、多量の揮発成分を保有している事が重要なのだ。地球が求めているのは水なのだから。


 皮肉なことに彗星捕獲を目的とした木星移住ではあったが当の木星には揮発成分が大量に存在し、自分たちのコロニー製造に材料上の制約が無かった。

 ところが地球には製造上の工業力は有ったが揮発成分の不足によりその製造能力に上限が有った。木星政府は地球の為に自らは使用しない彗星を捕獲して地球に落としているのだ。


「どうやら問題なく到着出来たようだな。」

 どの隊員も手を動かしてはいない。その必要はないのだ脳波通信機を介してこの船のコントロールは出来る。

「コリン・ピリンガー、組成と概要を調べてくれ。」

「パヴォニ艦長、もう初めてまさあ。」

「どうだ?出発前の観測と大きな差異はあるのか?」

「いや、おおむね組成は一致しているようでさあ。」

「サイズはどうだ?」

「長辺1500メートル短辺900メートル質量は約10億トンそのうち水やメタン等の揮発成分が約30パーセント。」

「良い商品だな。」


 遠距離観測と食い違うと商品の値段がうんと落ちる。

 非揮発成分はコロニーの外殻の材料にはなるが人間が生活するためには水がいるのだ。

 それだけではない水はコロニーに降り注ぐ宇宙線の有効な防護壁となってくれる。水が無ければコロニーは存在できないのだ。


「それでも地球じゃあコロニー一基分と言ったとこでさあ。」

「取引としてはグロリア級コンピューター20台分だ。安いと言えば安いなあ。」

「まあそれでもあっしらの取り分からすればそこそこでさあ。」


 核パルスエンジンと大型コンピューター、補修用のロボットに燃料供給装置。大型艦1艦分の機材を彗星に設置するのだ。

 経費を除き残りは乗務員船主で分配される。普通の仕事に比べればかなりの高給ではあるが一攫千金と言うには程遠い金額だった。


 確かに彗星ハンターと呼ばれる仕事は木星では最も高給が見込める仕事であったが当然リスクも高いのだ。

 しかもこの仕事を行うに関しては完全義体で無くては出来ない。


 木星を出発し彗星に到着するまで1年近くかかる。その間は人工冬眠を行わなくてはならないが生身の人間を冬眠させるより脳だけを冬眠させた方が経済的にも引き合うのだ。

 数か月に及ぶ彗星上のミッションの間中食事を取る事もなくシャワーを浴びる必要もない。

 言うまでもないが数年に及ぶミッションもある訳でその期間中生身の人間を生かしておく為の施設やエネルギーは莫大なものとなり肝心の機材を積み込んでいけなくなる。

 何より真空中の作業が大半な訳でこれは彗星ハンターに限らない。


 医療施設の整った木星圏内ですら宇宙服を使用しての作業での事故はいまだに飛躍的に高い死亡率が示されている。

 ましてや医療体制の全く無いと言って良い彗星捕獲作業においては完全義体の体は宇宙服を必要としないだけでなく安全管理上もこの仕事には不可欠であった。

 そう言った訳で彗星ハンターの宇宙船に生身の人間は乗船出来ないのである。


 完全義体になるにはなるべく若い方が良いのだ。血管が若いうちに完全義体になった方がその後の寿命が長くなる。

 事故等で体を失った人間以外は30歳以下の義体化が好ましいとされている。結局安全な仕事では高給を望めない人間が宇宙での作業を行いそこで事故を起こし義体化され、さらに義体を維持するためにより高給な仕事を探して完全義体にされていくのが普通のステップである。


 パヴォニ自身真空中の事故で九死に一生を得たが全身麻痺が残った。残された女房と子供の為に義体となり彗星ハンターとなった。

 パヴォニに限らずこの船の乗員は似たような経歴で彗星ハンターになっている。そして彼ら全員が地球からの卵子移民であった。


「そう言えば君は何人の子供を作ったんだい?」

 コリン・ピリンガーはたくさんの子持ちで有名であった。

「6人目でさあ。木星じゃあ今頃生まれている筈ですがねえ。」

「それはまた大変だね。」

「出発前に仕込んでおけば女房も浮気はせんでしょう。」

 ピリンガーが楽しそうに答える、この男とのミッションもこれでもう4回目になる。


「おいおいそれはひどい女房の虐待だぞ。」

「あっしがね、ミッションに出ると今度こそ死んで帰ってくるかもしれないて思うんだそうでね、どうしてもあっしがいない間にあっしの代わりが欲しいって言うんでさあ。」

「今まで5人もの子供がいてもかい?」

「だからあっしのミッションも6回目でさあ。」そう言ってコリンは笑った。

「名前も決めて有りまさあ。男の子ならぺぺ、女の子だったらペピってえんで、もうじき名前がきまりまさあ。子供は何人いてもいいもんでさあ。」

 コリンの奥さんの気持ちも判らなくは無かった。

 人々は義体になる前に精液を保存しておくのだ。女性の場合は卵子を保存しておく。人工子宮が発達した現在では義体になっても子供を作る事は出来るからだ。

 人工子宮は家族の絆を薄くしたと言われているが、そうではない階層も存在しているのだ。

 人工子宮の発達故に家族として暮らすことのできる家庭もある。


 それから三日間を要して彗星の表面にアンカーを打ちこみ機体を彗星に固定した。

 今回のミッションの作業工程は約3カ月。接近する間ずっと彗星の構造の観測を続けてきた。核パルスエンジンの設置場所を決定する為だ。

 大きな反射鏡を備えた核パルスエンジンをメインとし姿勢制御用のエンジンを12基設置する。

 重要なのはこの彗星の重心位置だ。それを正しく計測し姿勢制御用エンジンを備えた鉄塔を取り付ける。

 次いで核パルスエンジン用の重水素を抽出する装置を設置しそのエネルギー元としての小型原子炉を取り付ける。

 最後にそれらのシステムを管理し、無人運行をするための自立思考型のコンピューターを取り付け、これらのシステムが故障した時に無人で修理する為の作業用ロボットがその後のメンテナンスを行うのだ。


 これらのシステムは全て地球側の持ちとなり木星に送られてきた装備を使って作業を行う。装備品は全て彗星に取り付けられ地球側に回収されるからだ。

 木星側が用意するものは乗員と帰還用の宇宙船である。

 乗員は一年間この機体に命を掛ける訳であるから出発前の点検は入念に行われる。

 さもないと事故原因がどちらに有るかで賠償問題に発展することになる。もっとも大部分の場合は保険が適用されるのだが死んだら元も子もない。


 卵子移民の子供は木星社会では最下層の仕事か危険な仕事しか着く事は出来ない。

 現在木星連邦のGDPの約3割がコロニー製造業に依っている。関連事業まで含めると二人に一人がコロニーの製造に関わっているのだ。

 その中でもコロニーの外殻を組み立てる作業は最も危険度の高い作業であった。シャフトから始め最外殻を作るのが一番危険な仕事である。

 それが終わってもまだ空気は満たせない。最外殻の部分に水槽を設置し宇宙線を遮断できるようにならないと中に空気を満たせないのだ。


 空気が満たされると今度は外殻側から床を作り始める。

 床は出来ると空調ダクトと給排水配管、電気等のインフラが順次設置されていく。フロアごとにインフラを生かしていかないと内部作業が出来ない。


 いずれにせよコロニー作業は呆れるほど規模の大きな工事になる。

 投入される人間も半端な数ではない。人が生活する大地を作るのである。これ程大規模な公共投資は存在し得ないだろう。

 多くの場合コロニー工事を行うための小型コロニーを横付けして彗星を材料として工事に必要な材料を生産して行く。

 同時にこの建設作業を行う人々の為に住居を提供し家族でここに住み着いて工事を行うのだ。その町は10万人規模にもなる。


 空気が満たされた後の工事は比較的安全である。

 しかし技術習得が早く高度な教育を必要としない外殻の組み立て作業は移民の子供たちの主要な就職先となっていた。

 

 しかし真空中の作業で起きる事故の致死率は非常に高く、事故に有って生き延びた多くの人間が義体化を余儀なくされた。

 パヴォニはコロニー組み立て作業で事故で義体なった時に彗星捕獲仕事への転職を決めた。


 しかしこの仕事で事故にあう事は遺体すら戻らないという事を意味する。文明圏から隔絶され救援も来ない場所での仕事である。しかしそれだけに報酬は良かった。

 おかげでパヴォニの家族の生活はかなり良くなり、子供たちも高い教育を与えられている。

 たとえ移民の子供でも経済的に成功すれば2代目からは普通の子供としてまともな仕事に付けるのだ。

 その代償がいかに大きくともその為に自ら進んで義体になる人間も多くいた。


 しかし体を失ったパヴォニは子供を抱きしめる事にためらいを覚えた。抱きしめると人間ではない体は子供には硬すぎるのだ。

 一方抱きしめても義体のパヴォニには子供の柔らかさは伝わってはこない。

 このような世界を嫌って財をなした彗星ハンターたちが金を出し合い自分たちのコロニーを作り上げると木星連邦から独立し、レグザム自治区を名乗った。


 そこには移民の子供たちが集まり木星連邦とは違う生活を営もうとした。

 しかし現実は苛酷であった。木星連邦の経済制裁に会い、多くの産業を潰され結局コロニー公社の下請けとしての外殻の製造・組み立てや彗星捕獲作業を生業とせざるを得ない状態が続いた。


 独立した自治区を作っても実態は何も変わる事が無かったのだ。

 それでも自治区を作った事により木星連邦との交渉能力はそれなりに増大し、徐々にではあるが状況は改善しつつあった。

 しかし近年ではレグザム自治区の台頭を恐れた木星連邦の上層部は何かとレグザム自治区に難癖を付けその力を削ごうとしているらしい。


 パヴォニが生身であれば大きなため息をついた事であろう。

 宇宙空間で作業をするための金属製の体の人間的な部分は頭があり手足が2本づつ付いているという部分だけである。

 それでも国に帰れば人間の形をした体が有る。


 移民の子供は全員が孤児だ。政府が育ててはくれるが家族はいない。

 それ故移民の子供同士が結婚した時彼らは家族としての形にこだわる。木星連邦の上流階級では自然出産は少なく多くは人工子宮による出産である。

 しかしパヴォニ達は自然出産にこだわり家族にこだわった。パヴォニがこのような体になった後も保存してあった冷凍精液を使って女房は3人目の子供を作った。


「あいつは最高の女房だ。」

 妻に対する絶対的な信頼がこのような長期のミッションを行える原動力になっているのだ。


 彗星表面に設置したボーリングマシーンが彗星を削り始めた。

 この彗星はあまり太陽面の通過をしていないようだ。表面のデコボコが小さい。

 彗星を汚れた雪玉と表現した学者が昔いたらしいが、まさにその通りの状況で岩石の小さな粒の間に揮発成分が混ざり合い太陽に熱せられるとその揮発成分が蒸発し彗星の尾となる。


 したがって太陽面を何度も通過した彗星は揮発成分が蒸発し表面が大岩のような塊がたくさん出来るようになる。

 無論そうなれば揮発成分は減少する事になるが中心部まで至る事は少ない。火星のディモスは乾燥し切った彗星なのだ。


 木星では揮発成分は大量に存在する為に問題にはならない。

 木星の衛星にはそのようなものは腐るほど有るからだ。ところが小惑星帯には揮発成分の多い小惑星は少ない。

 結局彗星の捕獲を行わなくては揮発成分は手に入らないのだ。水は生活のためならず太陽からの太陽風に代表される放射線防御の為に必要不可欠な要素であった。


「ようしアンカーを差し込むぞ。」

 掘削した穴にアンカーが挿入されその穴がコンクリートで充填される。核パルスエンジンの土台を作っているのだ。

 その近くでは大型の掘削機が彗星に大きな穴を掘っている。このまま掘り進め、彗星内部に大きな部屋を作るとそこにコンピューターや原子炉を設置する。彗星自身が大きな宇宙船になるのだ。


 掘り出した土は揮発成分と岩石が分離され揮発成分から重水が抽出される。核パルスエンジンのエネルギー源だ。

 太陽は大きく輝く星程度の光量しかなく影に入ると真っ暗で何も見えない。生身の人間には過酷すぎる場所だ。

 サイボーグとはいっても体調管理には最大限の注意を払っておかなくてはならない。どんな原因で体が動かなくなるかもしれないのだ。


「コリン・ピリンガー核パルスエンジンの土台の工程は?」

「今のところ工程通りでさあ。アンカーの強度不足の場所は出ていなよ。」

 ピリンガーの目の前に幻のデスプレイが現れる。アンカーの強度がズラッと並んでいる。一瞥して異常の無いことを確認する。

「そうすると反射鏡の取り付け日程は大丈夫か?」

「ああ、もう移動を始めてもいいでさあ。」


 核パルスエンジンの反射鏡は非常に大きく重い。

 5000トン以上の鉄の皿だ。それに小型モーターを取り付けて一週間かけてゆっくりと彗星まで移動させる。

「オガム・ゴブニュ。機械室の掘削は?」

「問題ない。亀裂は見つかっていないからこのまま使えるよ。」


 話し合いは全て脳波通信機を使いコンピューターの内部資料を見ながら行うので傍から見ていると何もしていないように見える。

「原子炉の移動とコンピューターの搬入は?」

「明後日からだね。」

 毎日の工程打ち合わせをやっていると今回も問題なく終了しそうである。

 一年使くかけて彗星に到着し3カ月かけて彗星にエンジンを取り付ける。


 彗星のコントロールはすべてコンピューター任せだ。コントロールは全て地球側の責任だ。太陽を回ったところで減速を始め4~5年かけて地球軌道に投入される。

 彗星ハンターは二年かけて往復し、3カ月しか仕事をしないのである。

 つまりパヴォニらにとってこの2年間は3カ月でしかないのである。体感で3カ月ではあるが故郷では2年が経っている。パヴォニの人生から2年間が削られるのである。


 小さかった子供が驚くほど大きくなっていている。時間を旅する感覚に最初はみんな戸惑う。

 何しろ本人の意識はわずか3カ月しか仕事をしていないからだ。それでも脳は確実に2年間年を取る。冬眠していてもパヴォニの寿命は2年間短くなるのだ。

 生身の人間は冬眠することにより肉体的寿命は伸びる。しかし脳にはそれが適用されない冬眠の2年は寿命の2年だ。


 パヴォニは仕事と仕事の間は出来るだけ長く取り家族との生活を大事にした。子供と離れていた2年間の埋め合わせをしなくてはならないからだ。

 冬眠していたとしても老化が進行しないわけでは無い。

 それでも完全義体の人間は普通の人間より長く生きた。体は機械の為に老化はしないし病気にもならない。

 脳には病原体が入りにくいようにフィルターまで付けられている。しかしあらゆる肉体的欲求とは無縁の生活が待っているのだ。

 考え様によっては生きていたくないような生活である。


 それでも金のため、配偶者のため、子供の為に義体化を望む人間は後を絶たない。


「コリン・ピリンガー木星からの通信が有ったぞ。子供が生まれたらしい。」通信をチェックしていた者が連絡をしてきた。

「おおっ、無事女の子が生まれたそうでさあ。」

「おめでとう。」

 ここが木星であればみんなで飲みに行くところだがそうもいかない。だが全員でコリンを祝福した。

「名前はなんて言うんだ?」

「女の子だからペピでさあ。見てくれこんな可愛い顔をしてる。ぜったい美人になりまさあ。」



 それからしばらくの間コリンは休息の度にみんなに子供の写真を見せて回っていた。

アクセスいただいてありがとうございます。

2話連続のサイドストーリーです。

木星では実際にどのように彗星を捕獲しているのでしょうか?

彗星捕獲ビジネスをハード面から具体的に描いてみました。

本編ストーリーには関係しません。


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