50.娘の結婚 その伍
式が終われば、会場を移してあとは食って飲んでのお祭り騒ぎになる。それは賑やかであるほど良いと言われ、時に道行の人も巻き込んでなされた。
だが、その前にもう一つ、行われることがある。花嫁のブーケトスだ。それを合図にお祭り騒ぎの開始になるので、誰もが今か今かと待っていた。
桂と海はブーケを受け取るために集まる娘達の少し後方で、二人並んでその様子を微笑ましく眺めていた。遼は桂に前に行けとせっついたが、彼女は今更そんな歳でもないと、苦笑して取り合わなかったのだ。
後ろを向いた花嫁が大きく振りかぶり――力一杯に投げられたブーケが空中を舞う。風に煽られたブーケがストンと落ちた先には、反射的に受け取り困惑顔になった海がいた。
「………」
精悍な顔立ちをした紳士と可愛らしいブーケ。
珍妙な組み合わせに会場が一瞬、静寂に満ちる。そして、どっと笑いが巻き起こった。
何が起こったのかと振り返った藍も、自分の投げたブーケの行き先に気づいて驚きに目を見開いた後、クスクスと笑い出す。
そうして飲み物が配られ、お祭り騒ぎの開始となったのだった。
「えぇ~と。桂……」
困った顔のまま、海は桂にブーケを差し出す。
笑いたい、でも、ここで笑ったら悪い気もする。そんな微妙な顔で桂は海に差し出されたブーケを受け取った。
「……わしは何も、やってないからな」
訊かれてもいないのに言い訳した海は、憮然とした顔をしている。そんな表情に、ついに笑いを抑えきれなくなった桂が声を立てて笑い出す。
「そんなことは疑ってない」
海ならブーケの行き先を誘導することもできるかもしれないが、わざわざ自分が受け取るようにするわけがないことくらい桂にも分かる。
「よぉッ、次の花嫁」
「いやぁ~、笑ったわ。久しぶりに大笑いさせてもらったわ」
しっかりその様子を見ていたらしい昴と風が笑顔で話し掛けてきた。風など笑い過ぎて涙まで出てきたらしく、目尻を手で拭っている。
「……原因はおまえらか」
低い、地の底からわき上がるような声で海に唸られ、ビクリと震えた風が昴の腕にしがみつく。だが、昴の方はといえば相変わらず笑顔だった。
「なんのことだ?」
さっぱり意味が分からんといった感じで問い、彼は不思議そうに首を捻っている。
「なんの話だ?」
いきなり隣で怒気を発散し始めた海を、桂も不思議そうに見る。
「ブーケが飛んだ瞬間に吹いた軟風の中に、ほんの少しだけ自然とは違うものが混じっていた。わしでなければ気づかんほど微かなものだったが、確かにあれは誰かの作為が混じったものだった」
不機嫌も露わに昴と風を睨みつける海に、笑みを消した昴がわざとらしく肩を竦めてみせた。
「やっぱりおまえを欺くのは無理か。だが、すべてが思惑通りというわけでもない。そうだよな、風」
「……もう。あなたが素直に白状しちゃ、しらばっくれることもできないじゃない」
悪びれもなく舌を出した風に、昴が諭すように語りかける。
「ここで誤魔化すと、あとの報復がまずい。可愛い悪戯では済まなくなるんだぞ」
本気で怒っていそうな海と真剣な表情をしている昴の顔を交互に見た後、風は小さく唇を尖らせた。
「……昴の言う通りよ。海を狙ったわけじゃないわ。思惑外の場所に落ちて、あまりの似合わなさに大笑いさせてもらったのは事実だけど、本当にわざとじゃないのよ」
ようやく素直に事実を白状した風に、海は息を吐き出す。
「本当はどこに落とそうとした?」
問う海の声に、昴と風は顔を見合わせてから困ったような顔で沈黙した。
「まさか、自分達が欲しかったのか?」
呆れの混じった問い掛けに、昴と風は二人揃って勢いよくブンブンと首を横に振る。夫婦だけあって、その様は息が合っていた。
桂は会話の邪魔をしないよう事の成り行きを海に任せていたのだが、そこに遼が現れる。
「どうかしたの?」
不思議そうな顔で問い掛けられ、桂は言葉に詰まった。中途半端な事実をここで遼に告げるわけにもいかない。
「姉御。桂に用があるのではないか?」
そこに隣から海が助け船を出した。
「ええ。少し桂を借りて行くけど、良い?」
それは問い掛けの言葉を借りた、決定だった。海に繋がれた手とは反対側のブーケを持った腕を、遼はしっかり確保している。
そして、桂の意見は訊かれていなかった。
「桂を泣かせるような真似をすれば、姉御だろうと容赦はしない」
辺りの喧騒を余所に、海の静かな声がその周辺だけを別世界に変えていた。それを真っ向から受け止めた遼は息を吐き出し、呆れたように海を見る。
「桂を泣かしたあなたには言われたくないわね」
放された手を確認した遼は、慌てた様子で何かを言おうと口を開きかけた桂を、強引にその場から連れ出す。
場に残されたのは深いため息をついた海と、好奇心に満ちた瞳を彼に向ける昴と風の夫婦だった。
「それで、おまえらはどこに落とそうと思ったんだ?」
中断してしまった問いを、海はもう一度繰り返す。反論も沈黙も許さないと告げる絶対零度の視線に、先に白旗を上げたのはやはり昴だった。
「桂さんに」
短く告げられた答えに、海は目を瞬く。
「ちょっとしたお祝いのつもりだったのよ、あなたへの」
付け足された風の言葉に、海は訝しげに首を捻る。
「もう、鈍いわね。ようやく伴侶を見つけたあなたへのお祝いよ。花嫁のブーケは御利益があるのよ」
ビシッと鼻先に指を突き付けられ、言葉の意味が理解できた海が素直に喜べないといった感じで微妙な表情になる。
苦笑しながら風の指を下ろさせた昴が、彼女の肩を抱き寄せた。
「俺らはおまえが荒れていた時代も知っているからな。だから、純粋に祝いのつもりだったんだ、ようやく伴侶を見出したおまえへの。それがあんなことになったのは――ま、偶然だ」
昴に身を預けるように寄り添った風が、しおらしく申し訳なさそうな顔をしていた。
「ちょっと手元が狂っちゃったのよ。わざとじゃないけど、悪かったわね」
ため息をつく海の前では、相も変わらず仲の良い夫婦がアイコンタクトで何かを語らい合っている。そして――。
「そ、れ、で。いったい何をやって泣かしちゃったのかしらねぇ。白状しなさい、海?」
海としては忘れて欲しかった遼の残した言葉を蒸し返した風が、先程とは一変して笑顔で彼を問い詰める。
「大事な大事な伴侶を泣かすって、おまえにしてはヘマやったじゃないか。キリキリ白状しようか、なあ、海? ほら吐け」
これまた笑顔で迫ってきた昴に、海の顔が自然と引きつった。
二人の双眸は獲物を見つけた肉食獣と同じだ。こういう時にも気が合うこの夫婦にタッグを組まれてしまうとさすがにきつい。一人ならばあしらうことも可能なのだが、二人だと一方が誤魔化されても一方が修正してしまうのだ。
そして、彼らは非常にしつこい。好奇心を満たすことに関しては、妥協という言葉を知らなかった。
なんとか矛先を別の方に向けようと粘りに粘った海だったが、労力の甲斐もなく最終的には白状させられることになった。そして、不本意で不愉快なことに、彼らに大笑いされるのである。




