49.娘の結婚 その肆
「それで、海。隣の女性は誰なんだ? そもそもおまえがここにいること自体、我らとしては驚きなんだが」
仲良く繋がれたままの手に意味ありげな視線を送った後、昴は問い掛けた。その隣では、夫の言葉でそのことに気づいたらしい妻が驚きに目を見開き、あんぐりと口を開けている。
「わしの伴侶で、新婦の母だ」
海が笑顔できっぱりと告げれば、その場を微妙な沈黙が覆った。
桂は彼の言葉を半分否定するべきか迷い、昴は海と桂を交互に見てう~むと唸り、その妻は驚愕で言葉も出ない状態だった。
「……なんだ?」
場に漂う妙な空気に気づいた海が、不思議そうに首を捻る。
「……藍さんは、おまえの娘か?」
まったく似てないと唸る昴に、彼らの勘違いに気づいた海が苦笑して訂正する。
「違うぞ。わしと血は繋がってない。安心したか?」
「ああ。藍さんは素直で心根のまっすぐな娘さんだからな。どこをどうやったらおまえからあんな良い娘が発生するかと本気で悩んでしまったよ」
「……驚かせないでよ、まったく。思わず自分の目を疑ったじゃない。初めまして、ライの親代わりを自負しております風と申します。こっちは夫の昴です。先程はお見苦しい所をお見せ致しました」
前半は海に、後半は桂に向かって告げ、妻改め風はペコリと頭を下げる。
丁寧な挨拶に、桂も姿勢を改めペコリと頭を下げた。
「藍の母で、桂と申します。藍をよろしくお願い致します」
桂の様子に昴と風は顔を見合わせ、にっこりと微笑む。
「こちらこそ。ライをよろしくお願い致します」
「顔は厳ついし、図体は大きくて邪魔ですが、心根はやさしい奴ですから」
にこにこと笑い合う夫婦と桂。
その隣で少し居心地悪そうに頬をかく海。
「それで、この男が妙なことを言っていましたが――実際の所はどうなんですか?」
「こんな女たらしの伴侶なんて……今からでも遅くないです。考え直した方が絶対に良いですよ」
夫婦そろって同意見らしい海の認識に、桂が苦笑する。出会ったばかりの桂の身を本気で心配しているらしい彼らに、好感を持った彼女はきっぱりと告げた。
「私自身は、伴侶になったつもりはないです」
事実、桂にその認識はない。
その言葉に夫婦は安堵の息を吐き出し、海は項垂れた。
「酷い……」
哀愁漂う声で小さく呟かれた言葉に、桂が小さく息を吐き出す。
「事実だ。私はおまえの伴侶になると言ったことも、了承した覚えもない」
「………」
言葉もなく更に落ち込んだ海に、桂は言葉を続ける。
「だが――おまえが私の傍にいるのはおまえの自由だ。私は否定しないし、拒絶もしない」
ずいぶんと傲慢な言葉だと、告げた当人が思っているのに、そんな言葉でも顔を上げた海はうれしそうにその顔を綻ばせる。
「ねぇ、昴。私、海の後ろに尻尾の幻が見えるんだけど」
「ああ、風。俺もだ。あの海が忠犬に見える」
小声で交わされる夫婦の会話は、桂には聞こえなかった。海には聞こえていたのだが、彼はそれを完全に無視する。
「桂。あい……ッ」
「場の空気を読め、阿呆」
恥じらいもなく海が告げようとした言葉を予想できた彼女は、ヒールの踵で彼の足を踏みつけることで止め、小声で注意する。踏まれた瞬間は痛そうにしていたものの、彼の顔にはすぐに笑みが浮かぶ。それほどに、桂の言葉はうれしかったらしい。
「すごいわ。あの海の手綱をしっかり握っているなんて――尊敬しちゃう」
「これは天変地異の前触れか。明日は槍が降るかもしれんぞ」
その様子に、これまた小声で夫婦の会話がされていた。
と。そこで祭司が側面の扉から現れ、前面中央にある祭壇の前に立つ。祭司が現れたということは、じきに新郎新婦も入場するということだ。
桂と海は軽く挨拶を交わし、自分達の席へと戻った。そこでは遼が物言いたげに二人を見たが、彼女の追求が始まる前に新郎新婦の入場が知らされる。
式は厳然とした雰囲気の中で執り行われた。
純白の花嫁衣装を身に付けた新婦の藍がこの場の誰よりも輝いているのは厳然たる事実で、その隣の新郎が大きな図体を縮めるように燕尾服を身に付け彼女の隣に並ぶ様は、なんというかあべこべな組み合わせだった。
藍の顔立ちが可愛らしく、外見が小柄なのに対し、ライの顔立ちは厳つく、外見は大柄だ。それもあってか、余計にあべこべな気がするとも言える。だが、それでも二人とも幸せいっぱいの空気をまとっていた。
藍がその顔に満面の笑みを湛えていたこともあり、式は柔らかな空気に包まれていく。たとえその隣のライの顔が、笑みを浮かべたためにより厳めしく見えていたのだとしても――。
そうして、誓いを終えた二人が指輪の交換に至った時。
ふわりと辺りが柔らかな光で包まれ、天井からひらりひらりといくつもの花が降ってきた。純白や黄色味を帯びた小花が聖堂内に幻想的に降り注ぎ、芳しい香りに包まれる。それはまるで神が祝福を与えているようだった。
互いの指に誓いの指輪をはめ、寄り添う新郎新婦の上に降る祝福の花。
驚きと歓声の上がる会場内で、桂は頭上から降ってきた花に手の平を差し出し、その上に受け止める。花を注意深く観察して、それが本来こんな南方にある花ではないことに気づいた。もっと北方の、しかも秘境と呼ばれるほど森深い地にしか咲かないとされる花だ。桂も実物を見るのは初めてだった。
この花は、これから夫婦になる二人にはお誂え向きの意味を持つ。
これは予定外のことだったのだろう、祭司も驚いた顔をしている。
「……おまえの仕業か?」
この出来事に動じた様子もなく、にこやかな顔をして隣に座る海に、桂は問い掛ける。その言葉に一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、彼は悪戯がばれた子供のような顔になって片眼を瞑ってみせた。
「新たな人生を歩み出す二人には、相応しい門出だろう?」
「まあな」
この演出は悪くない。
通路を挟んだ隣では、同じくこれを仕組んだのが海だと気づいた夫婦が、こちらに向かってグッジョブと親指を突き立てていた。




