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47.娘の結婚 その弐

 海の空間転移は万能なのか。二人は一瞬で会場の教会へと到着した。

 突然、何もない場所から人が現れたとなれば大騒ぎになりそうなものだが、出現場所はしっかりと人気のない場所を選んであったのか、目撃者は誰もいない。

 先程まで持っていた桂の荷物は、海の手にない。桂の要求で鞄は彼女の手に戻されたが、その他の物は異空間に仕舞っておくので、欲しい時に言ってくれれば取り出すとのことだった。


 一瞬の移動時間だったが、どうにも奇妙な心地から再び地に足がついて、桂はほっと息を吐き出す。そして、彼女は場所を移動し、藍と遼がいるだろう花嫁控室を探した。手を繋いだままだったので海も一緒だったが、控室を見つけて扉をノックしようとした所で、彼女はふと動きを止める。

 このまま海を伴ってここに入室するのは、さすがにどうかと思ったのだ。結婚式を控えた花嫁の控室に、親族でも新郎でもない異性が訪れるのは常識的に考えておかしい。


 振り返った桂が口を開く前に、海が告げる。

「わしがこの部屋に入るのはまずいだろう。待っているから行っておいで」

 桂の動きが止まった理由を把握していた彼は、彼女と繋いでいた手を放す。解放された手を少し淋しいと思い、即座にそれを否定しつつも桂は申し訳ない気持ちになった。

「別に待っていなくてもいいぞ」

 そう嘯けば、苦笑が返ってきた。

「わしが桂の傍になるべくいたいのだよ。だから、気にせずに行っておいで」

 愛しみのこもった言葉に、桂は少し困ったように顔を伏せる。


 と。そこで扉が内側から開かれ、ひょっこりと遼が顔を出した。二人が扉の前に立っているのを見て、彼女は廊下へと出る。

「何か話声がすると思ったら、桂と女たらしだったのね。ふ~ん。……そうやって正装していると紳士に見えるわね」

 上から下まで目をやって海の姿を吟味した遼が、胡散臭そうな視線を彼へと向ける。

「それはありがとう、と礼を告げるべきかな。姉御もきれいだよ、桂には負けるがな」

 にっこり笑って返された言葉に、遼もまた笑顔で言葉を返す。


「そうでしょ。こうやって着飾れば、桂は美人なのよ。今日の衣装もよく似合ってるでしょう?」


 言葉の取り方によっては皮肉にも聞こえる海の言葉だったが、遼は自分が褒められるよりも桂が褒められる方がうれしい、という考えの持ち主だった。しかも、自分がコーディネイトした装いの彼女が褒められたともなれば、喜びも一入(ひとしお)だ。


「そうだな。思わず押し倒したくなるくらいには、そそられたよ」

「そうでしょう。そうでしょう。忍耐を試される、美人加減でしょう」


 内容はともかく、どちらも笑顔のまま会話が交わされている。その話題の当事者である桂が二人を白い目で見ていようとも、気にした様子はまったくない。


「せいぜい触れないことに懊悩するがいいわ」

 どれほど桂が魅力的な姿をしていようと、先程の言葉のようなことを海が実行に移すことはできない。桂に嫌われたくなければ、今はまだ、このまま指をくわえて見ていることしか彼には選択権がなかった。

「……やはり、この衣装はそういう目論見があったのか」


 哄笑する遼とがっくりと項垂れる海の姿に、桂は息を吐き出す。


「伯母さん。お母さんが来たの?」


 ほんの少し開いた隙間から話声が聞こえていたらしく、藍の問う声が聞こえてきた。

「桂、行って少し話してらっしゃい。藍ったら、ずっと落ち着きなかったのよ。あなたが来てくれるか気にしていたんだから、顔を見せて安心させてあげなさい」

 遼にぽんと軽く背を押されて、桂が意を決したように軽くノックした後、室内へと姿を消す。それを見届けた後、海の方へと向き直った遼の表情は真顔だった。


「まあ冗談はともかくとして。桂はね、自分の容姿に無頓着なのよ。凛々しい容姿と雰囲気から仲間内でももてていたのは確かだけどね。たぶんそれが鈍さに拍車をかけたのね。しっかり女の恰好をして少しめかし込めば、同性どころか異性の目も引くって全然分かってないの。今日のあなたはあの子の虫除けよ。分かった?」


 鼻先にビシッと指を突き付けられ、海は苦笑する。

「わしは初めからそのつもりだ。桂に虫がつくなど、許すわけがなかろう」

「あなたもその虫の内に含まれるけど、今日だけは虫除けにしてあげるわ」

 遼は笑顔だったが、その瞳はまったく笑っていなかった。


「何気に姉御は酷いな。先程の言葉も半分以上本気であろう?」

「あら? 分かっちゃった?」


 うふふとわざとらしく笑う遼に、海はため息をつく。


「大事な妹よ。幸せになって欲しいと望むのは贅沢かしら?」

「……いいや。わしだってその思いは同じだ。ただ、その幸せがわしの隣にあることを望むのは、贅沢なのだろうな」

「ええ、そうね。贅沢よ、とっても」


 どちらも桂の幸せを願っているだけだ。表情から互いの思いを読み取り、二人して苦笑する。


「あの衣装があれほどぴったりとは、さすがの私も思わなかったのよ。あの子、また雰囲気が少し柔らかくなったみたい。それがあなたのせいだとしたら、本当に悔しいわ」

 小さく早口に呟き、遼は海に背を向ける。

「桂のこと、よろしくね。しっかり虫除けの役目を果たすこと。あと壁の役目もね。さほど待ち時間も残っていないし、少しそこで待っていなさい」


 それだけ告げて、海の返事も待たずに遼は扉を開けて室内へと姿を消す。パタンと軽い音を立てて扉が閉まった。

 廊下の壁に寄り掛かって目を閉じ、腕を組んで待つ海の表情は穏やかなものだった。




 遼の告げたように、さほど待たずに桂が控室から出てくる。その顔がうれしそうに笑っていることに、海もまた微笑む。彼が差し出した手に少し困ったような表情になったものの、彼女はそっと無言で自分の手を重ね合わせた。

 二人はそのまま廊下を歩き、会場である教会の聖堂内に入る。その正面には、海原の女神をあしらったレリーフがあった。


 この街は、元は小さな漁師町から始まったが、徐々に発展して大きくなり、今では沿岸都市として栄えている。人外の者の生活圏にある街だが、住む者達は人間と人外の者が半々ずつといった割合だ。街の立地条件からも、人外の者は水人族が多い。


 聖堂内では、招待客がいくつかのグループに分かれて談笑に耽っていた。だが、二人が入室した途端に、方々から様々な視線が向けられる。

 桂に興味を示した男共の視線は、海の威嚇と繋がれた手によって即行でなくなったが、ある一角にいた女人の数人が戸惑ったような視線を彼女に向けてきたことには、どう対処していいものかと迷った。

 桂が彼女達に向かってぎこちなく微笑み、その後に海の手を引いて隅の椅子に座る。先程よりも力強く握り締められた手の感触に、海は俯いた桂の顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」

「……ああ。予想はしていたし、覚悟もしていた。だが、やはり実際に目にすると、な」

 少しだけ顔を上げた桂が、目の合った海に苦笑を向ける。

「あの女子達は桂の同胞だろう?」

「ああ。古馴染みもいた。だが、私はもう――あの中には入れないのだと、そう思っただけだ」


 海原を捨てた。その上、その海原に呪詛を放った。

 それは故郷を愛する、海原を愛するセイレーンにとって、あってはならないことだ。


 その報いが同胞のあの反応であり、海原は桂が近づくだけで荒れる。海原に入れば大荒れになり、彼女を排除しようとする。

 桂が拒絶したように海原も彼女を拒絶した。そして、そんな彼女を同胞も拒絶した。

 普通に桂へと接する遼や藍の方が、セイレーンの反応としてはおかしい。その態度は桂にとって救いではあったが、先程の同胞がみせた態度の方が普通の反応だと、彼女は重々承知していた。



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