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今日も魔王は―――推しが尊い。  作者: HANA


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最終話 尊き、その命

雷鳴が、黒雲を裂いた。


静まり返った黒曜石の間。

重厚な扉は開かれ、勇者が一歩、また一歩と歩み寄る。

床を打つ足音だけが、広い空間に響いていた。


勇者の眼差しの先には1人の男が立っていた。


漆黒の衣を纏い、王冠にも似た二本の角。

永い時を生きた者だけが宿す、静かな眼差し。

男はゆっくりと顔を上げた。

勇者を見つめるその瞳には、怒りも、憎しみもない。

ただ、どこか懐かしむような優しさだけがあった。


勇者は剣を構えた。


「魔王――!」


その名を呼ぶ声が、黒曜石の間に響き渡った。

魔王は静かに剣を振り上げた。

そして、小さく息を吐いた。


「……これで、終わりだ」


ルシウスは迫りくるエルピスを見つめた後、静かに目を閉じた。


その瞬間、ルシウスの胸に鋭い痛みが走る。

しかし、ルシウスは苦痛に顔を歪める事もなく、ただ穏やかに微笑んでいた。


「え……」


エルピスの剣を握る手が震え出した。


———ルシウスは、戦う気がなかった。


エルピスは剣から手を離し、一歩、また一歩と後ろ―と後ずさった。

そして、胸に剣が刺さったままのルシウスはその場に膝をついた。


「なん…で…どういうつもりだよ!」


エルピスの声は怒りで震えていた。


「エルピス……ありがとう」

「……は?」

「終わらせてくれて」


ルシウスの声はとても穏やかだった。

隅でその様子を見ていたクロウはルシウスにそっと寄り添うとゆっくりと、その身体を床に横たえた。


「……ルシウス」

「クロウ…君はその名を呼んでくれるな」

「いえ…あなたはずっとルシウスでした」

クロウの言葉にルシウスは少しだけ目を見開いたが、その目はゆっくりと閉じられた。

そして———再び開くことはなかった。

黒曜石の間には、外で降り続く雨が叩きつける音と雷鳴だけが響いていた。


どれほどの時間が経ったのか、いや、もしかしたらほんの数秒だったのかもしれない。

エルピスはその時間が恐ろしく長く感じられた。

やがて……ルシウスの身体が青い炎に包まれると、クロウはルシウスから手を離し、エルピスの元へと歩み寄った。


「クロウ……どういうことなんだよ!!」

「……やはり、あなたは人間のままだ」


クロウはどこか寂しそうに微笑むと、ルシウスを包み込む青い炎を見つめた。


「……あなたが魔法を持たないと知った時から、ルシウスは決めていたんです」


そう言って、クロウは言葉を詰まらせた。

そして、頬に一筋の涙を流しながら、クロウは呟いた。


「ありがとう、エルピス。ルシウスはやっと終われた」


呟くクロウの声はどこか、晴れやかな声だった。






「クロウ-----!!!」


晴れた空の下にそびえる、主を失った魔王城。


その裏庭には夏野菜達が゛生き生きと身を膨らませていた。


「また来たんですか?」


野菜たちに水をやりながら、クロウは走ってくるエルピスに苦笑した。


「収穫手伝ってやるよ!」

「それは、助かりますね」



———永遠の勇者、ルシウスよ。

今日も命は芽吹き、輝きを増しています。

だから、私も。

あなたに救われたこの命の限り、あなたの守ったものを


守り続けます。






魔王は今日も———推しが尊い。

               END


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