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最終章 大地を揺らす、数千人の四股

 桶狭間の戦いから数年。尾張から始まった相撲改変の波は、瞬く間に日本全国へと波及していた。武力による残酷な殺し合いの時代は、唐突な終わりを迎えた。信長は天下統一の夢を、血を流す兵器ではなく、鍛え上げられた最強の力士(尻)に託すようになったからである。かつて満月と源太が出会ったあの小さな山村は、今や巨大な変貌を遂げていた。街の中心には、数千人が同時に上がれる巨大な大土俵が鎮座し、周囲には最先端のちゃんこ宿舎や、満月の描く極意書を刷る印刷所が立ち並ぶ。そこは、戦国時代のなかに突如として現れた、相撲によるユートピア異界の地であった。「親方様! 本日も京の都から、新米力士の志願者が三千人、門前に押し寄せておりますだべ!」すっかり横綱の風格を漂わせたまわし姿の源太が、大量の志願者名簿を抱えて部屋に飛び込んできた。満月は、信長から献上された最高級の絹の着物を身にまとい、相変わらず鋭い目で新しい筆を握っていた。「いいわ、全員受け入れなさい。ただし、入門テストはお尻の骨格審査よ。緊張で歪んだお尻の持ち主は、まずちゃんこ番から徹底的に脱力を叩き込むわ!」「へいっ! すっかり親方口調が板に付いてきただべな。でも、今日ばかりはのんびり審査してる場合じゃねえだ!」源太の顔が、にわかに緊張で強張る。「……来ただべ。織田の天下を阻まんとする、周辺国の大大名たちによる反相撲連合軍。その数、およそ三万。この街を包囲するように進軍中だだ!」「相撲などという、褌一丁の野蛮な見世物に天下を渡してたまるか!織田信長ごと、その異界の街を灰燼に帰せッ!」街を取り囲む丘陵地帯には、数え切れないほどの旗印がはためいていた。 最新の鉄砲隊を配備し、鋭い槍の林をきらめかせる三万の敵軍。対する満月たちの相撲拠点にいるのは、刀も弓も持たない、まわし姿の力士たち数千人のみ。戦国の常識で言えば、ただの虐殺が始まる状況だった。しかし、大土俵の前に立つ千人の力士たちの目には、かつてのような死への恐怖は一切なかった。彼らのお尻は一糸乱れぬ「溝のない肉まん(無我の境地)」を体現し、静かに大地の呼吸を聴いていた。本陣からその様子を見守る織田信長は、ニィと不敵に笑い、満月に合図を送る。「しっぽ総親方。天下の理を、あの愚物どもに教えてやれ」「ええ、喜んで」満月は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、大土俵の中央へと歩み出た。そして、全軍に響き渡る凛とした声を張り上げる。「我が、尊き尻・・・力士達よ! 必ず生きてこの地に足をつけよ!!」満月の号令が、戦国の大空を割った。「応ッ!!!!」数千人の力士たちの野太い咆哮が、地鳴りのように響く。彼らは一斉に、深く、深く腰を落とした。足の小指を大地に絞り込み、大地のすべての重力を、その完璧なる臀部へと集中させる。「構えなさい……! 天下を揺らす、四股しこを踏むのよ!!」



トォォォォンッ!!!!!



 数千人の力士が、一糸乱れぬタイミングで右足を天高く突き上げ、大地へと踏み下ろした。その瞬間、文字通り世界が震えた。ズズズズズズズズッ……!!!激しい地鳴りとともに、敵軍が陣を敷く丘陵地帯の地面が、まるで大地震に見舞われたかのように波打った。数千人の完璧な身体操作から放たれた衝撃波が、足裏を通じて大地を伝わり、物理兵器級の共振を引き起こしたのだ。「な、何だこの揺れは!? 地震か!?」「馬が怯えて、言うことを聞かんッ! 陣形が崩れるッ!」パニックに陥る敵軍。しかし、力士たちの四股は止まらない。



トォォォォンッ!!!!!



 次は左足。さらに凄まじい衝撃が大地を駆け抜け、敵の自慢の鉄砲隊は立っていることすらできずに泥まみれでのたうち回り、槍の林はドミノのように崩れ落ちていく。地を揺らす圧倒的な質量、そして何より、眼下に広がる数千人の完璧なるお尻が一糸乱れぬ躍動を見せるその圧倒的な美しさと迫力。それは、武器を持った人間たちがどれだけ束になっても敵わない、絶対的な生命の神秘そのものだった。「ひ、ひえぇぇ……! 敵は物の怪だ!褌の化け物どもだだー!」「戦は武器ではなく、尻で決めるのです!」満月が勝利を確信したドヤ顔で言い放つ。その言葉が戦場に響き渡る頃には、三万の敵軍は完全に戦意を喪失し、誰一人として武器を構えることなく、一目散にクモの子を散らすように降伏し、敗走していった。



 五月雨が上がり、雲間から美しい夕陽の光が、大土俵と力士たちを照らし出す。「勝負あり……ね」満月はふぅと息を吐き、戦国時代を相撲による平和へと塗り替えた我が部屋の力士たちを見渡した。「やった……やっただべ親方!おらたち、一滴の血も流さずに、三万の大軍を退けちまっただ!」源太がボロ泣きしながら、満月のもとへ駆け寄ってくる。そのお尻は、激戦(四股)を終え、非の打ち所がないほど滑らかな「溝のない肉まん」へと戻っていた。「よくやったわ、源太。貴方の今日のお尻、今までで一番輝いていたわよ。これならいつでも、令和の私の液晶タブレットの背景画にしてあげられるわ」「だから、その令和だの液タブだのってのは何なんだべ!?……まあ、いいだ。おら、これからも親方についていくだ!」源太のいつものツッコミに、満月は満足げに微笑んだ。信長は大満足でちゃんこの準備を命じ、村の男たちは歓声を上げる。刀を捨て、まわしを締め、誰もが大地を踏み締めて笑い合う。そんな前代未聞の歴史の特等席で、天才尻フェチ絵師・しっぽ親方は、今日も新たな「推し尻」を描くために筆を執るのだった。



 だが、世界は広い。尾張から始まったこの相撲改変の噂は、海の向こう、そしてさらなる強大な戦国大名たちの元へと確実に届いていた。「ほう、織田の国には至高の尻を操る奇妙な親方がいるらしいな……」まだ見ぬ強敵、新たなる「お尻の兵法」を操る猛者たちが、静かにその闘志の溝を深め始めていることを、満月たちはまだ知らない。 戦国を揺るがす「尻の理」を巡る戦いは、ここからさらに激化していくのだ。





【エピソード一 完】


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