第8話 貴族の女性
父親との対面を終えたミリアは、震えそうな足を必死に堪えていた。
あれだけ怒りに震える父を見たのは初めてだった。気持ちを大きく息を吐くことで整える。
「ミリア!」
大きく名前を呼ばれて、思わず体が硬直する。
「ミリア、大丈夫だったかい?」
「クロヴィス兄様…」
心配そうな目が、いつもより近くて、胸が痛む。
お兄様はいつも心配性だな、と昔を思い出した。緊張が少し緩んでいく。
「お父様には、妾か教会、もしくは勘当の道を提示していただきました。5日間のうちに選びます。」
取り繕ったところで、兄も分かっていることだ。正直に言う。
「そんな…。父上には、私からもう一度掛け合ってみる。ミリアをそんな目には会わせないよ。」
今から書斎に向かおうとするクロヴィスの腕を掴み、引き留める。
「お兄様、今はやめたほうがよいと思います。…その…、少々、お怒りのようですので…。」
少々どころではない。今頃書斎は色んなものが壊されてるかもしれない。
「ミリア…、父上に何をいったんだ…?」
ミリアは、首を傾げていう。
「いえ、その…。少し考える時間をください、と。それが5日です。」
兄の目が揺れる。信じられない、という表情。
父に何が起こったのか、想像が出来なかったのだろう。
「ミリア、猶予があるなら何でも相談にのる。明日にでも父上にもう一度、考え直すようにいってみよう。」
この兄がいなかったら、私はもっと、思いつめていたかもしれない。本当にそう思う。
「今は、何も。私はこれから、お母様のところに報告に伺いますので。お兄様、ご心配ありがとうございます。」
物言いたげなクロヴィスを置いて、ミリアは母がいる部屋へ向かう。
母はあまり表に出てくることはない。父が怖いからだ。今日はなおさらだろう。娘が適性なしと判別されたのだ。ミリアが帰ってくるまでに、父に詰められていたとしても不思議ではない。
「お母様、ミリアです。お話できますでしょうか」
軽くドアをノックし、問いかける。
すぐに、母付きの使用人がドアを開けた。
奥に、ゆったりとしたソファーに、固くなって座っている母がいた。
「失礼します。…お母様、私、判別の儀で…」
「適性無しと言われたそうね…。私と同じように…」
母リーシェは、申し訳無さそうにミリアを見ている。かすかに、私のせいね…と呟く声が聞こえた。
「お母様のせいではありません。全て私の資質によるものです。クロヴィス兄様は適性をお持ちですから、お母様は何も悪くないのです。」
リーシェは目を落とし、手を胸の前で組む。
顔色が悪い。ずっと心配してくれていたのだろう。
「あの方は…、嫁ぎ先を探してくれるそうなの…?」
貴族の女性の役割、優秀な資質を次世代に継ぐこと。適性がなければ、貰い手を探すことは困難だ。母は父と嫁ぐまで、苦労したと聞く。嫁いだ後も、社交の場にでることはない。
「お父様からは、妾か教会か、もしくは勘当、と」
リーシェの目から涙が落ちる。肩を震わせ、俯く。握った手に力がない。
「貴族の女はつらいわね…。」
両手を顔に当て、静かに泣き崩れた。
ミリアは胸が締めつけられるのを感じる。
でも、今は母を慰める言葉より、自分の道を選ぶしかない。
今夜はもう話は難しいだろう。使用人に母を託し、自室で休むことにした。
猶予期間は短い。1日たりとも無駄にはできない。
困惑と混乱、そして悲しみに包まれたフレアベット家の夜が更けていく。
ローゼストの街は日の出とともに動きはじめる。
昨夜、起きた騒動も朝になれば日常の中に溶け込み、フレアベット家の人々は何事もなかったかのように自分の仕事に取りかかっていた。
一人を除いて。
「ごきげんよう、手品師さん!私、5日後に勘当になるの。魔術を教えてくださる?」
「ほえっ?」
突然の訪問と、宣言に、消えるはずのナイフが、地面に落ちて、硬い音を響かせた。




