第4話 正統の魔術、本当の魔術
頬を膨らませて、上目遣いで睨んでくるミリアに、手品師は肩を竦める。
「すまんかったの、いや、教会連中も頭が硬いのぅ。今の時代、有能な魔術師は貴重だというのに」
宥めるように、ミリアの頭を軽く叩く。
「魔術に必要なのは、魔力、マナ、そして精神のありよう、じゃ」
家庭教師のように語り出す
「魔力でマナを集め、成形し、」
手品師の指の周りが煌めきとともに揺らぎはじめる。
「精神のありようでマナを変質させる。」
微小な欠片が現れ、光を伴って弾けた。
「それが魔術じゃ」
ミリアの前で一つ一つの工程をゆっくりと行いながら火花を放ってみせた。
「スペルは、精神のありようを整えるため、万人に等しく伝えられるようにするための型枠に過ぎん」
「スペルはただの型枠…。でも、手品師さん、ちゃんと正統で洗練されたスペルを唱えて魔術を使わないと、正しく発動しないんじゃないかしら?そうきいたわ。」
ミリアは今まで自分を捕らえていた型枠の正しさを主張する。それを壊して欲しくて。
「そりゃあの、儀式じゃから正統な感じでは見えるだろうよ。でもな、魔術の本質からしてみればスペルを唱えろなんていうのは、結婚初夜の男に『鐘の音に合わせて、腰を振れ』って言ってるようなもんじゃ、滑稽じゃろ?フヒッ。」
ミリアの型枠は木っ端微塵になって吹き飛んでいった。
顔を真っ赤にし、手を胸の前で固く組む。
15歳とはいえ早ければ成人と共に結婚する者もいるのだ。閨に関する知識がないわけじゃない。思わず想像してしまった。
恥ずかしさでいたたまれなくなる。
「しょ、しゅ、淑女に対して、なんてこというのよ!」
耳まで真っ赤にして、怒鳴ったあと。
なんだか可笑しくなってきた。
なんだ、やり方が違っただけなのか。
頭の中で聖言と鐘の音が重なり、もう二度と聖言を唱えられそうにない。
ミリアは、笑い声を抑えながら、最後の疑問を口にした。
「じゃあ、なぜ、私の判別の時に石は何の反応もしなかったの?」
手品師は、こともなげに言う。
「練習したからじゃ。魔力も使わずに練習したことで、その聖言で何も起きないことに、精神が慣れてしまっておるな。鐘の音を聴いてもなんとも思わんのと同じじゃ。」
まったくこの老人は、淑女に向かってなんてことを…
そう思いつつも、ミリアはこの老手品師に、関心と尊敬を覚えはじめている。
「ねぇ、手品師さん、また、お話できるかしら?もっとあなたにいろいろ教わりたいわ。」
「ほっほっ、こんな下賤の老人にか?ミリア嬢が来たいなら来たらええ。何日かは、ここにいるからの。」
さすがにそろそろ帰らなければ、何を言われるかわからない。ミリアは名残惜しそうに老手品師に別れを告げる。
「あ、でも、これ…。どうしたらいいの?」
まだ動かないハンスを指差す。
「おぅ、そうじゃった。ほれ。」
手で払うような仕草とともに、ハンスが動き出す。
「ほれ、若いの。お嬢さんがお帰りじゃぞ。」
ハンスは、怪訝な顔をしつつも、ミリアと共に、帰途につく。
ミリアの目に、赤い夕焼けが眩しく写っている。教会を出たときとは違い、まっすぐ未来を見据えることができた。
決して自分の将来は閉ざされていない。あの手品師と出会えたことで、自分の足で踏み出す力を得た。
「名前…、聞いておけばよかったな…」
次に会う時が待ち遠しい。




