第1話 適性のない少女
ローゼリア王国首都ローゼスト
1人の少女が教会の一室で、テーブルについている。
側にいるのは、使用人が一人だけ。
先程まで誰かがいたのだろう、少女の前と、向かいの席に、冷めたティーカップが置かれている
少女の背は細かく震え、手は膝の上でスカートを強く握りしめている。
嗚咽が漏れはじめ、こぼれ落ちた涙が、ティーカップを濡らした。
俯く少女は自問する。
「私はちゃんとできたはずだよ⋯。」
「お兄様から教えてもらって、何度も練習してきたのに!」
「お兄様も、よくできてるって、褒めてくれたのに…」
「石を手に取った時、身体の中に冷たい何かが流れたじゃない!」
「でも、なにも⋯」
「6つの聖言を一語一句間違えなかった…」
「聖堂に私の声が響いて、石が光って、お父様が褒めてくれると思ったのに⋯!」
石は何の光も放たなかった
そして告げられた言葉は、ーー魔術の適性なし
瞬間、背筋が凍った。
意味がわからなかった。
適性がない?
声が掠れる。
目の前が暗い。
心臓の音が大きく聞こえる。
お父様⋯、怖かった。あんなに冷たい目で見られたの、初めて。「この、恥さらしが」って。
神官さまも、『もし、世間体を気になさるようでしたら、神殿で神に帰依させては?』って、おっしゃった。
それでお父様、『⋯多少、見目がいいから、色好みの高位貴族に⋯』って。なんなの?
体が震える
吐き気がする
心臓の音がうるさい
涙がとまらない
これからどうなるの
判別なんかしなければよかった
握りしめた拳は白くなり、涙に濡れていく。
使用人は少女に目をむけていない。
少女を待っているのではない。
少女が立ち去るのを待っているのだ。
片付けのために。
どれほど、そのままだったのだろう、向かいのティーカップに残された紅茶の跡が、すっかり乾いている。
使用人がため息をつき、何も言わずテーブルを片付け始める
何もなくなったテーブル
去っていく使用人
少女は、さっきまで正面に座っていた父親に言われたことを、繰り返し噛み締める。
「適性なし⋯、恥さらし⋯」
輝かしい未来は、やってこない。
世間体が悪いから、成人の祝いも中止だ。婚約もできないだろう。お父様の言ったとおり、どこかの好色な高位貴族の慰み者にでもなるのだろう。
少女、ミリア・フレアベットは15歳にしてそれを悟ってしまった。
使用人が去った後、部屋の扉が開き、神官が静かに近寄ってきた。
座ったまま動かないミリアに、抑揚のない声で告げる。
「そろそろ、お帰りください」
ミリアは追い立てられるように、教会を後にした。
父が1人で帰ってしまったため、ミリアは歩いて帰らなければならない。
面倒くさい顔を隠さないお供が1人いるだけだ。
ローゼストは活気に満ちている。
ミリアは、俯いたまま歩きだす。
騒がしく広場を彩る、曲芸、手品、歌唄い、踊りなどの見世物も、ミリアの慰めにならない。
適性があったなら、ここは、お父様と馬車にのって通ったはずだ。街の喧騒を楽しんだだろう。
今のミリアの目には、色を失った灰色の廃墟でしかない。
ミリアは、賑やかな廃墟を、足元がおぼつかないまま通り抜ける。街の喧騒とは無関係のように、顔に明るさはない。
何気なく見回した視界に色が灯った。
灰色の世界に、そこだけ、彩り豊かに輝いて見えた。
導かれるように歩き出し、
たった今芸を終えた芸人に向き合う。
震えが残る唇で、掠れた声をだす。
すがるように、言葉が零れ落ちる。
「手品師さん、いまの、魔術⋯よね」




