第二十話 新世代の天才
召喚されたキョンシーは最初の部屋の者と違い動きが流暢だった、つまり、実力も先ほどの四十体の比ではないと言う事だった、それにくらべ、こちらの戦闘力は先ほどの三分の一しかない状態で、戦力の差は歴然だった。
「江里さん、撤退した方がいいんじゃないですか」とキョンシー大軍を目にして晧がそう叫ぶ。
「だめだ、今背を向けて狭い一本道に入ったらこの大量のキョンシーに後ろから一人づつやられる」
「じゃあどうすればいいんだ」と聖。
「皆此処にいるキョンシーを殲滅するぞ、死ぬ気でかかれ!」と江里は皆を鼓舞する。
最初に動いたのが玄京だった、彼の動きには恐怖のかけらも見当たらなかった。一体ずつ確実に仕留めて行った。
皆も玄京の後から続く。
「一人なるな、なるべく固まって行動しろ、キョンシー相手に余分な打ち合いも必要ない、奴らの呪符だけ狙え!」
乱戦の中江里が皆に向けてキョンシーの対策を叫ぶ。
晧と聖はお互いに背を預けてとびかかってくるキョンシーを相手にしていた、李墨は可憐な動きで回りのキョンシーを蹴散らし、大牛は黒煉瓦を使って遠距離でキョンシーの呪符を破壊していった。
「ぐわーっ」
「ぎゃーっ」
と所々から悲鳴が上がる、悲鳴が上がるたびに玄京はその悲鳴の場所に突入して怪我した者を助け出した、だが、彼も所どころ負傷して体のあちこちから血が流れていた。
「江里さん、解毒剤は有るか」と玄京は江里に叫び声で尋ねた。
「ああ、負傷者を集めてくれ、解毒する」と江里。
乱闘の中晧たち一行は壁を背に戦えるものでで輪を作り、負傷者たちを輪の中に囲むように周りからの攻撃に耐えていた、江里は自分の懐から小さな瓶を取り出し、中から小さな仙丹らしきものを出した、負傷した者は傷口から青ざめはじめ放っておくと彼らもキョンシー化してしまう。江里の仙丹はこれを防ぐための者であり、体力を回復させることは出来なかった。
乱闘は続き、晧たち一行は全員が負傷をして、戦える者ももう五人しかいなくなった、だがキョンシー達も大幅に減らされ、四十体ほど残った。
「皆、歯を食いしばれ!後一息で奴らを殲滅出来るぞ」と少しだけ光が見えてきた戦況に江里が晧たちを鼓舞した。
ドンッととびかかってきたキョンシーを霊力を拳で飛ばし、吹き飛ばした聖が「へへ、勝てそうだぜ」と呟いた。
「はあ、はあ、あと一息」と肩で息を大きく吸う晧。
「ははは、僕たちってやれば結構強いんだね」と晧と聖のそばで黒煉瓦を手に戻しながら言う大牛。
戦況がよくなってきたと思ったその時、天井が再び光出してさらに新たなキョンシー達を召喚した。
「な?!まだくんのかよ」と聖。
「こりゃ、絶体絶命だね」と晧。
三十体近くのキョンシーは又百体近くまで増やされた、そしてそれら生きた屍は晧たち一行に襲い掛かる。
晧たちは力を振り絞って応戦する、もともと戦闘不能と思られた負傷者たちも命がけで戦いに参加した。
だがそれでもやはり圧倒的な数に押され、一人ひとり倒れていく。
この状況を目にした大牛は晧と聖に向かって、
「晧、聖、少しだけ時間をくれ」
と言った後自分の黒煉瓦の上に立ち天井近くまで飛んだ。
片足で黒煉瓦から落ちないように立ち両手を合わせた。目をつむり深呼吸をして集中した、すると大牛から強い光が放たれた、その光の強さは死体で有るキョンシー達も気を引き付けるほどの者だった、大牛はさらに集中する、額に汗が滲み出るほど、そして体から放たれた霊力の光は大牛の体から離れ彼の目の前で圧縮し、霊力でできた一つの塊になった。大牛は目を開けて右手の人差し指と中指を合わせた。そして地上にいる晧たちに向かって叫んだ。
「皆はキョンシーからなるべく離れて」
大牛が何かをしようとしていることは一目瞭然だった一同の者はなるべくキョンシーの群れから距離を置いた。
大牛は合わせた人差し指と中指を地上のキョンシー達に目掛けて突き出した、次の瞬間、彼の目の前にあった霊力の球は無数の小さな霊力の礫としてキョンシー達に襲い掛かった。その勢いは先ほど趙さんと江里が出した『炎槍陣』(えんそうじん)を凌駕した。
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッッ!っと大牛の霊力の礫はキョンシー達を貫通して地面に無数の穴をあけた。彼の霊力の礫が打ち終わったあと、百体近くのキョンシーは一掃されていた。
「や、やった」と呟いて、力尽き、黒煉瓦と共に地面に落下する大牛。
ドサッ 「おっと」と声を出して落ちてくる彼を聖と晧が打て止めた。
「おい、大牛、大丈夫か、やったな、お前すげーな」と意識が朦朧としている大牛に聖が話しかけた。
「おい、聖、少しは休ませてあげろよ」と晧。
「君たち、これを彼に飲ませなさい」
玄京はそう言って小さな瓶を投げつけてきた。
「それは霊力と体力を回復する回復薬だ、彼は全身の霊力を使い果たしたんだろう」
そう言った玄京は誰よりも負傷していた、体中噛まれ傷やすれ傷に覆われ、肩は骨が見えるほどの深い傷を負い、その傷口からまだ血が流れていた。
「あんたの方が大丈夫かよ、今でもキョンシー化しそうじゃねーか」と瓶を受け取った聖が玄京の姿を見て言った。
「ああ、問題ない」と懐から違う瓶を取り出し中から大きめの赤い仙丹を出して飲み込み、「江里さん、解毒剤を俺にもお願いします」と江里からキョンシー化を防ぐ解毒剤を貰い、飲み込み、目を閉じ座禅をし始めた。
彼の行動を目にして大丈夫だろうと思った聖は小さな瓶をあけて中の液体を大牛に飲ませた。暫くすると大牛は意識をとりもどし、負傷者よ手当の手伝いをした。
一同は奇跡的に死者を出さずに生き残った事を喜び、来た道を戻ることにした。
外に出ると趙さんともう一組の者達もすでにそこにいた、かれらの中には小さな怪我を負っているものもいたが江里立ち一同の様な深い負傷者はいなかった。
趙さんは事の経緯を聞き、集合場所まで戻ることを決意した。
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集合場所にはまだほかの門から入った二班の姿はいなかった、趙さんは飛龍山の三人と江里を集めて何やら相談し始めた。
暫く待っていると曹康と詩月の班が返ってきた、彼らの班も同様に深い負傷者が数人と軽傷者の姿が有った。
曹康と詩月、東鉉も趙さんと江里の相談に加わった。
更に暫くすると陳英と永谷の班も帰ってきた、彼らも曹康と詩月の班同様負傷者を抱えながら帰ってきた。三班の統率者は集まり会議をはじめた、晧たちは体を休めるために臨時で作った休憩所で休むことになった。
晧と聖は大牛を寝かせ二人も大牛の傍で座り込みお互いに安堵のため息をついた。
「なあ、晧」
「うん?」
「俺たち今回大牛がいなかったら死んでったな」
「...ああそうかもね」
「...なあ、俺たち大牛と結構距離有るよな」
「ああ、結構あるな」
聖がいいたいのは仙人修行の事だと晧は悟った、実際かなり距離が有るではなく、大牛は今の彼らの実力ではどれ程前にいるのかもわからないほどの強さだった。
李墨が近づいてきて聖の隣に座った。
「ねえ、聖、大牛君って何者?」
「ああ?何者ってなんだよ」
「私は幼少期から父上に霊力を上げる修行をさせられてきたわけだが、それでも今日の大牛君の霊力と比べたら、私は彼の十分の一ぐらいの実力しかないと思ってね」
(十分の一もあるだけましだっつーの)と心の中で密かに悪態をつく聖。
「俺もしらねーよ、なんか話に聞くところ、大牛は貧しい家の出で、鳳来山に入る前は仙人修行が何なのかもわからなかったらしい」
「...そうか」
そんな会話の中江里が会議から終わってこっちにやってきた。
「やあ、みんな、今日は大変だったね」
「江里さん、これからどうするんですか」と晧。
「ああ、ちょっと大変なことになってね、今日はこれから一旦近くの町まで戻って作戦を練り直すことになった。所で君たちに聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう」と晧。
「大牛君って何者?」
「え?!」と晧。
「はあ?!」と聖。
「え!?どうしたんだい、そんなに変な事を聞いたかな。
「ははは、いいえ、江里さん、ただ私がついさっき聞いたことと同じ質問だったので」と李墨。
「あはははは、そうかそうか、李墨ちゃんも気になったんだね。で、彼は何者なんだい」
「李墨にも言ったけどこいつは何者でもねーよ」と聖。
「ええ、大牛は貧しい農家の家庭で育った子供で、たぶん生まれつき修仙の素質が有ったんでしょう」
「いやいや、素質が有るなんてもんじゃないよ、彼は自分の法器で宙を飛び、さらに霊力だけであの威力までの術も使えたんだ、もし本当に仙術修行したことないのならもはや天才としかいいようがないよ」
李墨、聖と晧は寝ている大牛の顔を覗き込んだ。彼は確かに凛々しい顔付きで天才と呼ばれてもおかしくないくらいの才能の持ち主ではあったが、頭の中は女の子の事ばかり考えている事も聖と晧は分かっていた。
「道理で詩月さんがどうしても自分の弟子に欲しいわけだよ」と江里は呟き、晧たちにもう少し休憩したら近くの町まで戻るから準備しておくようにと伝えてその場を去った。
暫くして詩月と東鉉がやってきた、寝ている大牛を見て詩月は優しそうな顔つきで、
「全く無茶しやがって」と呟き、晧たちに小さな瓶を四つ渡して中の物を飲み干すように伝えてその場を去った。
最後に大牛の様子を見に来たのは龍山の三人だった、その一人が玄京で他の二人は聖と晧に大牛が起きた玄京を助けたことにお礼を伝えてくれと言い残しその場を去った。
玄京は去る間際に「新世代の修仙者の素質は計り知れんな」と呟き去っていた。
晧と聖は内心、何が何でも大牛と言う新世代の天才に追いつこうと誓ったのだった。