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病室と未来人

第二部最終話です


 病室についた時、ほとんど夜だった。赤から紫へ、藍色へとグラデーションを変えていった空も、今は星が瞬き始めている。

 消毒液の臭いのする病院の廊下を歩いているうちに、どうにもこらえきれなくなって、だんだんと小走りになっていく。

 がらっ、と扉を開けた時に、私が目にした人に、目が熱くなる。


「大げさだなあ、リディ」

「お父さん」


 私はベッドに近づき、父と抱き合った。傍らでは母がオレンジを剥いて自分で食べていた。


「あなた。なあにが、大丈夫だったのかしらね。娘にこんなに我慢させておいて。大体、死ぬ病気でもなかったでしょうに」

「だからこそ、心配させたくなかったんだよ。あーあー、泣くなよ。リディ。結局、ぜんぶ、みーんな、父さんが悪かったよ!」

「……うん。お父さんが悪いね」


 言いながら、泣き笑いしてしまう。よかった。父が無事で本当によかった。

 私の父は工事の現場監督の仕事中に事故で頭を打ち、脳震盪を起こしたのだ。脳震盪自体はたいしたことはなかったが、その際に受けた精密検査が問題だった。父の脳に腫瘍が見つかり、それを摘出することになったのである。手術が成功しても後遺症が残るかもしれない、失敗して死ぬ可能性も多少あると医者には言われた。

 父は生まれてからずっと私を守ってくれた人だから、いなくなることなど考えたくなかった。心配でたまらず、見舞いに行こうとしたのだが、父がそれを断った。元気のない姿を見せたくないからと。

 だから私は病室で付き添う母と連絡を取り合うことになり、携帯端末メルクリウスの着信を待ち続けた。会えないからこそ、不安が増していった。

 今、私にできることはなんだろうと思った時、私は父の望みを叶えようとした。父の紹介してくれた人だからきっと悪い人ではないと、前向きに縁談を捉えようとした。


「あのね、お父さん」

「おう、なんだ」

「私、フラれちゃったのかも」


 ぼろぼろとまた涙が出てきてしまう。どうしてこんなに辛いのかわからないのに。

 父はそうかあ、と呟いて、あやすように私の背中をぽんぽんと叩く。


「リディの良さがわからなかったやつなんて放っておけ。世界は広いんだから、リディが一番だと言ってくれる男がすぐにも現れる」

「……本当?」

「そうだ。こんないい娘は世界中探したっていないだろ」

「うん」


 父の手術は無事に成功し、ようやく父から逢いにきてもいいと連絡が来て、病院まで来られた。実際に父を見て、安心できた。

 ここしばらく自分がどうしようもなくぐらついていたことはわかっている。ヘクセン・クォーツも私にとっては現実からの逃避だったのかもしれない。大事な人がいなくなる不安から逃れようと、誰かに縋りたかった。あの『ヘクセン・クォーツ』は、私の弱さから近づいてきた存在でもあったのだ。


「お父さんが言うなら間違いない気がしてくるね」

「だろ?」


 父はにかっと笑った。頭には包帯がぐるぐると巻かれた姿だったけれど、以前と変わらぬ父だった。

 もう少しだけ強くなろう。私は両親から愛されて生まれてきた子なのだから。








 ……当時、男は『大鴉の塔』にいた。暇つぶしにストロベリーキャンディを舐めながら門の前に出てくると、女の子が全身で泣きだしているのを見かけた。それをなだめているのは、男の保育士だろうか、親とは思えなかった。

 保育士は他の子の面倒も見なければならないのだが、女の子がてこでも動かない様子なので困り果てているらしい。男は自分の身分証と黒地に赤い刺繍の制服を見せながら、自分が面倒をみようと申し出た。保育士は自分の名前を告げると、急いで中に入っていった。

 あの保育士は後で大目玉を食らうことだろう。人を信用しすぎている。

 男は門の上にある待機所で休憩させようとしたのだが、小さな女の子は火をつけたようにまた泣いた。

 男は腰を下ろして、女の子の顔を覗き込んだ。ハシバミ色の瞳を見た時、「おや」と声を上げる。

 そして自分のポケットに手を入れて、新しいキャンディをぷくぷくした手に握らせた。小さな頭を撫でながら、男はまだ初等学校にも上がっていない女の子に語り掛ける。


「私は未来人だ。十数年後、ふたたび君の前に現われるよ。その時に私がそうとわかるように、同じキャンディを渡すことにしよう。小っちゃなお嬢さん、お名前は?」


 飴玉を舐めて泣き止んだ少女は応えた。


「リディ。リディ・フロベール」


第三部予告。キーワードはVR。

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