それから
「早く荷物まとめないと!」
「そうはいっても女だけしかいないから体力的にしんどいですよ…」
悠がヨタヨタしながら段ボールを運んでいる。
広報部のメンバーは引っ越しの準備をしていた。
あれから1年半が経ち、新社長に就任した神戸により、
シャーロットフランシスは系列の別会社になることが決定した。
シャインの売り上げの半分近くを担うほどの人気になったことで、
別会社にして専用になることで、更なる売上向上を目指すためだ。
会社名は株式会社シャーロットフランシスビューティー。
新社屋も完成し、そこに宣伝部をはじめ、
シャーロットフランシスを手掛けていた部署はすべて移動する。
「悠さん、体力なさすぎですよ」
宣伝部は人員が増え、新卒が6人も配属されていた。
悠弥にそう言っているのは、その6人のうちの一人、山根結菜だ。
この春からは更に10人が配属される。
しかも、当初の予定通り、男性の観点も必要ということになり、
10人のうち、4人が男性だ。
今後も男性は増やしていくことが決定していて、
本来の悠弥と尚の役割を正規に担うことになる。
「そんなこと言ったって重いんだもん」
「そんな風に可愛く言ってもダメですよ。ほら早く」
悠弥はあれから1か月もかからないうちに身体が完全な女性になった。
今では男だったといっても誰も信じないだろう。
それは尚も同じだ。
キラキラ輝いて見えるほど素敵な女性になっている。
「悠、早くしないとお昼の時間なくなるよ」
「わかったよ、尚も結菜ちゃんも厳しいんだから…」
悠弥は渋々荷物を運ぶと、そこに綾がやってきた。
「みんな頑張ってる?」
「社長」
悠弥がそう呼ぶと「やめて」と言ってきた。
「これからも今までと同じように綾さんって呼んでよ」
「だって社長じゃないですか、ねぇ」
隣にいる尚たちも頷いている。
綾はシャーロットフランシスビューティーの新社長に抜擢された。
まさかとは思ったが、宣伝部の実績とシャーロットフランシスへの
情熱が評価されてのことだった。
「じゃあ社長命令、綾さんと呼ぶように」
そういうと悠弥たちが笑いながら「はーい、綾さん」と言ってきた。
わざと社長と呼んだのがわかっているので、綾も笑っていた。
しかし、綾は少しだけ寂しかった。
社長になることで、宣伝部じゃなくなるからだ。
今までのようにみんなと笑いあったりしながら仕事はできない。
すべての部署を把握し、より売り上げのことを考えていくことになる。
しかし、それでシャーロットフランシスが更なる人気になるなら、と決心して引き受けた。
こうやってわずか1年半で会社は大きく進んでいた。
「ちょっと出るから、あとよろしくね」
綾はそう言って引っ越しをしているみんなに申し訳ないと思いながら部屋を出た。
社長になることで、やることは山積みだ。
エレベータで下に降りると、意外な人物が話しかけてきた。
「よう、社長」
「石嶺まで…やめてよ、その呼び方。それよりなんか用?」
「別に。お前が出世したから一言くらいなんか言ってやろうと思ってよ」
「はいどーも。忙しいから行くよ」
石嶺は柄にもなく手を振っていた。
気持ち悪!
一瞬寒気がしてしまった。
綾はあれから何度か石嶺に会っている。
今後のBFDXとBVXYについてだ。
「これを発表すれば世間は驚く。手術なしで望む性になれるんだからな」
「発表する気?」
「そんなつもりはない。俺は自分が面白いと思ったものを作れれば満足だ。性同一性障害で悩んでいるやつらのことなんて興味もない」
いかにも石嶺らしい考えだ。
綾はもし発表すれば、苦しんでいる人たちを助けられるから発表するべきと思ったが、
悠弥と尚が頭をよぎった。
これを発表すれば、あの2人はモルモットにされたことを知り、深く傷つく。
そんなことは絶対にしたくない。
見ず知らずの苦しんでいる人たちよりも、大好きな悠弥と尚が苦しむほうが耐えられない。
「じゃあ闇に葬るのね」
「お前もそれを望んでるんだろ」
またも見透かされていて気分が悪い。
「石嶺が人の気持ちを考えるなんて意外」
「お前のためじゃない、お前のシャーロットフランシスへの愛情のためだ」
まったく予想していなかったことを言い出したので口をあんぐりと開けてしまった。
「お前のシャーロットフランシスへの想いは、俺の研究への情熱と同じものを感じた。だからそれを尊重しただけだ。発表することで、もし社員をモルモットにしたのが発覚したらシャーロットフランシスに傷がつくだろ。それだけじゃない、会社全体に傷がつき、俺の好きな研究ができなくなる可能性もある」
それを聞いて綾は「ふふ」と笑い出した。
「石嶺にも人間の感情があるんだね」
「俺だって人間だからな」
そういってからニヤリとした。
初めて人間らしい石嶺を見た気がする。
このあと、小澤がどうなったかという話になった。
女になることにショックを受けた小澤は、
錯乱してわけのわからないことを言うようになり、社長を解任された。
それでも女性化は進み、今は見事な女性になっている。
その写真をどうやって入手したのか知らないが、石嶺が見せてくれた。
「なんか残念なおばさんになったね」
洒落っ気もなく、年齢よりも老けて見えたので思わず本音を言ってしまった。
「今ではひっそりと誰とも接触しないで生活してるみたいだ」
「ふーん、じゃあ本人が望んだお淑やかで男に忠実な女になったのかもね」
これ以上、その後の小澤に興味がないので話を終わらせた。
そんなことよりもシャーロットフランシスをもっと輝かせることのほうが大事だ!
綾は今まで以上に前を向いていた。