14、赤ちゃんの運命
オタはタクより若く、普段物静かであるが、着実に仕事をこなす職人のような男。タクに最も信頼されている男であった。聞けばアユタヤというこの場所よりも北にある国からこの場所に流れて来たのをタクが雇ったという。正一や益男もすでにオタとは信頼関係も十分だったので特に恐れることはなかった。「あ、あのう」益男が突然何か質問しようとする「おい、やめろこんなところで」制止しようとする正一を見ながらも、タクの表情はやわらぎ「ショウイチ、いいよ。マスオ何か質問があるのか?言いたまえ」「タクさん、あの男の人と一緒に来た赤ちゃんはどうするの?」「ああ、そうだなあ。あの子は身寄りがないから、俺たちが面倒を見る必要があるなあ」「そうですね。では私のほうで」とタクに同意するオタ「あ・あのうお願いなんだけど、あの子妹に欲しい」「益男!」あまりにも唐突なことを言うので思わず正一の声が大きくなる。「おまえ、赤ちゃんを育てるなんてできるのか?」「正一兄ちゃんだってあの子も僕たちと同じここではよそ者だから、よそ者同志一緒に」「そんなこと言ったって、俺も赤ちゃんなんて育てた事ないんだよ。だからオタさんに任せたほうが」と必死に説得する正一に不機嫌な益男。「おい、おい2人とも喧嘩はやめなさい。いいじゃないかこの子を君たちの妹にすれば、理由はマスオ君の言う通りだよ」「タクさん!でも」「だから、別に妹だといってすべての面倒なんて言わない」「あくまで妹だけど、赤ちゃんが成長するまでオタに任せればいいんだよ。戻ってきたら俺もちゃんと面倒見る」「そうです。ショウイチ君。君たちの妹として私たちもあの子の面倒を見るから。だから心配する必要ない」とオタも答えると正一は少し安心する「やったあ!」大喜びの益男。「じゃあもう一つだけ、妹だから僕が名前つけていい。タクさんが出発するまでに決めるから」またしても唐突なことを言い出したので表情が固まる正一であったが、タクもオタもにこやかな表情を変えず「いいよ、マスオ君がお兄ちゃんだもんな。この子の名前決めたらいいよ。ショウイチ君もそれでいいね」「あ、はい益男のわがまま聞いてくれてありがとうございます」と思わず正座して頭を下げる正一に一同が大笑いするのだった。
「益男、女の子の名前を決めるとか大丈夫?」自分たちの部屋に戻った正一が益男を少し窘める「うん。だって僕たちと同じで元々別のところで生まれた子だよ。だから妹として一緒にいてあげたい。じゃあ名前も決めてあげようと思って」と真剣な表情の益男「でもどんな名前にするんだ。名前というのは一生物だから適当な名前を付けてはダメだぞ。あの子が誇りを持てる名前にしないとな」というと、正一はベアーからもらった歴史本に目を通す。「歴史のことは書いてあるけど、この時代のマラッカの女の子の名前の例までは」「兄ちゃん。実はもう名前決めてるんだよ」「ええ!何にするの?」「さくら」「さ・さくら?日本人の名前じゃないか。それはダメだよ」橋本益男が、女の子に日本人の名前を付けようとすることに驚きと苛立ちが交錯する正一。「その名前は、反対だ!もし俺たちが過去に転送された場所がここではなく日本ならその名前でいいよ。でもここはかつて俺たちがいた時代ではマレーシアと言う国なんだ。マレーシアにサクラという言葉も無いし、そもそもマレーシアに桜の花も咲いてない筈」正一の苛立った反論に、今にも泣きだしそうな表情になる益男「ああ、悪かったちょっと言い過ぎたようだ。でも頼むからほかの名前にしてくれないか?タクさんが出発するまであと3日ある。俺も一緒に考えるよ」しかし益男は不機嫌なまま「オヤスミナサイ」と棒読みのように答えると、そのまま横になってしまった。