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エピローグ


 園遊会後の一件があってから、二人の関係は少しずつ変化していった。


というのも、ときどきではあるがイルーシャの方が王子を敬称で呼ばなくなった。

たまにふざけて「クロード」と呼んでみると、彼は笑顔で振り返ってキスをしにやってくる。

さすがに人目の付くところでは自重して他人のフリをするけれど、お互いに“そう言う関係”にあるというのは意識するようになった。

イルーシャにはそれがとても嬉しかった。ずっとこんな甘い時間が続けばいいと思っていた。



そんなある日のこと。


いつものようにイルーシャがクロードの執務室に行くと、執務机の前で思案する彼の顔が見えた。

視線を机上に向けて仕事をしているのかと思いきや、ペンは手にしていないので仕事中ではないらしい。


「殿下?」


ドアを開けて小さな声でそう問いかける。王子はそこでハッとした様子で顔をあげ、こちらを見て笑みを浮かべる。


「なんだ、イルーシャか」

「驚かせてすみません。考え事ですか?」


執務机の近くまできて普段通り茶器の用意を始めるイルーシャ。すると王子はゴクリと息を呑んでから、席を立って神妙な面持ちで話しかけてきた。


「今日は君に話があるんだが、いいか?」

「話?」


一体なんだろう。

いつもの彼らしからぬ大人しい口調に、イルーシャの手もそこで止まる。


(最近、旅行に行きたいと言っていたからその件でなにかあるのかな)


数日前、イルーシャが久しぶりに外の空気を吸いたいと言ってみたら今度二人で旅行に行こうという話になった。

行き先こそまだ未定であるものの、外国に行くかという相談も始めていて、事実上の新婚旅行になる予定だ。

だが次の瞬間、甘い考えをもつイルーシャをヒヤリとさせる衝撃的なことを彼が口にした。



「実は、今月付けでエレナを解雇しようと思う」



「え……?」


突然告げられたその言葉にイルーシャは持っていたティーカップを落としそうになった。


「ど、どういうことですか?」

「いやだから、エレナという――」

「責任とってくれるっておっしゃったじゃありませんか!なのにそんな……」


この前に何があっても守ると言ってくれたばかりだというのに今になって捨てるだなんて信じられない。

ショックで蒼ざめるイルーシャをよそに、当の本人であるクロードは失笑染みた微笑を浮かべる。


「なにか勘違いしてないか、イルーシャ」

「?」

「俺はエレナを解雇するとは言ったが、イルーシャを解雇するとは言ってないぞ」


(どういうこと?)


クロードに正体がバレて以降は彼の前では本名を語っている反面、対外的にはエレナ・ロックフォードで貫き通している。

だが今の王城でエレナとイルーシャは同一人物。エレナを解雇するということはイルーシャを解雇するということにつながるはずでは……


「エレナだけを解雇ってどういう意味ですか」

「表向きにはエレナ・ロックフォードを今月付けで解雇して、来月からはイルーシャ・アルトズールを城に迎え入れようと思う」

「……私を?」

「そうだ。俺が街に出たときに一目惚れしたという設定なら、少なくとも『エレナ』のときよりは結婚しやすい」


ルシャトリア王国の決まりで王家に仕える者は王族と結ばれることが固く禁じられている。その昔、王に言い寄って妃となった悪女が存在したことに端を発し、王家に仕える女といえども王族と結婚することは倫理的にも法的にも許されていない。


ところが長い王家の歴史では、平民の女に一目惚れして正妃にしたという例がいくつか存在し、事実、クロードの祖父にあたる元国王も地主の娘を正妃に迎えている。

そのため、形だけエレナを解雇して里に返すとする一方、街で出会った別の女という設定でイルーシャを城に呼び戻せば問題ないと彼は言う。


「古くから王家の男は身分の低い女と結ばれてきた歴史があるから心配要らない。きっと上手くいく――上手くやってみせる」


だから、とクロード。


「どうか受け取って欲しい」

「それは……」


差し出されたのは小さな黒い箱。もちろんその中に何があるのかはわかっている。

クロードはニコッと笑むと、ゆっくりと箱を開き、銀色に輝くプラチナのリングを手にしてイルーシャの左手を優しく持ち上げる。


「指を借りてもいいか?」

「ええ」


イルーシャも意を決して薬指を差し出す。クロードはもう一度優しげな微笑を向けると、黙ったままそのリングを彼女の左手の薬指にはめた。


「よかった、サイズもぴったりだ」

「すごく……キレイな指輪ですね」

「君のためだけに作らせた指輪だから」


リングの頂上に輝く真っ赤なルビー。遠目からでも目立つ一際大きなその宝石はルシャトリア王国では寵愛の証として古代から婚姻に用いられてきたものだ。

王国では正妃となる者がルビー、側妃がサファイア、二人目の側妃がエメラルドといった順に色が変わっていくのだが、彼が正妃の証を贈ってくれたことにイルーシャはほっとすると同時に、嬉しさをあふれさせる。


「ありがとうございます!大切にしますね!」

「俺の前では付けていてもいいが、外に出るときは他の女官に見せないようにしろよ」


特に正式に結婚するまでは、と念を押す。

あまりおおっぴらに見せびらかすと、彼女が王国の禁を破って妃になろうとしていると思われるからだ。


「あの、私も今度なにか贈らせてもらいます」

「お礼ならキスでいいよ」

「あっ――」


不意に彼の唇がイルーシャの口を塞ぐ。

優しくも荒い吐息と共に熱を持った舌が彼女の口内を愛撫する。


「殿下……」


重なり合う唇がちゅっと甘美な水音を奏でる。


「大好きだよイルーシャ」


そう言い、クロードは彼女の耳朶を軽く()む。いつしかこうすることが愛を確かめ合うサインになっていた。

だからもし彼が背に腕をまわして来たら拒まないつもりでいたけれど、


「……何もしないのですか?」

「いつかのようにナジルが入って来たら困る」

「たしかに」


今は朝。議会からの資料を届けに側近のナジルがやってきて、二人が抱き合っているのを見たら気まずいだろう。


「別に今じゃなくても、これからはずっと一緒にいられるんだからあわてる必要はない」


そうだ。このリングをもらったときから自分は彼の伴侶として選ばれたのだ。

今月もあと数日で終わる。

じきに今度は女官ではなく一人の女性として――妃として王家の名を背負い生きることになる。

そうすれば彼の言うとおり一緒にいられる。


(それはそれで嬉しいけれど、女官じゃなくなるのはちょっと寂しいかも)


なんて心の中で思っていると、イルーシャの肩に置かれていた彼の手が離れた。


「さあ、今日もやることが山積みだ。早く済まさないとあの強面のオッサンに小言を言われてしまう」


だからさ、とクロードは彼女の方にその手を伸ばす。


「手伝ってくれるかい?」

「はい、もちろん!」


イルーシャは迷うことなくその手を取り、またいつものように執務机の方に向かって二人で一緒に歩きはじめた。




短い間ですが、お付き合いいただきありがとうございました!

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