091:派手な出迎えという裏表の意味を同時にブッ込んでくる脳筋の流儀
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白の大陸南の玄関口、足跡の港町『アポティ』の外れ。
種族の英雄、偉大なる創世の女神より祝福を賜る、栄光の戦士。
その満を持しての出陣とあって、周囲の獣人たちのテンションも上がりまくっていた。
「ドラム氏族の勇者よー!」
「女神の使徒ロウェイン!!」
「金剛岩のロウェイン!!」
「ロウェイン!」
「ロウェイン!」
「ロウェイン!!」
ケモノの叫びそのままに近い大歓声。それが、荒野を突きぬけアポティの町から海まで轟く。
踏み鳴らされる地面が、地震のように揺れていた。
「ブォホォオオオオオ!!」
「ウォオオオオオ!!」
「オオオオオオ!!!」
大猩猩の英雄がダイヤモンドに似た素材のナックルを打ち合わせ、咆哮を上げ獣人たちの感情を煽る。
もはや空気も地面も割れんばかりだ。
「うぇええ……死ぬかと思った」
「あ、姫。生きてたか。おまえ大丈夫かぁ?」
「いや“気”力切れて倒れたあんたが大丈夫か」
出番が終わった冒険者、元ゲームプレイヤーの姫城小春は、フラフラしながら仲間のところに戻っていた。
車輪の外れた荷車が放置されていたので、そこに皆が集まっていたのだ。
元の世界ではグラビアアイドル(見習い)であった小春は、今はその豊満な胸を薄布で覆うだけで、下半身も脚を出した非常に露出の多い装いとなっている。
ゾウに蹴っ飛ばされて、軽鎧が吹き飛んだのだ。辛うじて肩の部分が残るのみだ。
それで擦り傷で済んでいたのが、一応修行の成果といえば成果であった。
ジト目魔法剣士(予定)の御子柴小夜子は、安心というより呆れている。
「超アウェーじゃんよぉ……まぁ悠午くんなら大丈夫だと思うけど」
「そりゃ“気”の大きさを見りゃぁね……バケモノめ。英雄ってゲームじゃどんなだったっけ……印象薄いわ」
「だが連中、船の上で襲ってきた羽根付きの英雄のような奥の手があるだろう。ユーゴのヤツ大丈夫か?」
「白の種族の英雄は、女神の眷属神から直接加護を得られるからね……。それ相応の器が必要になるが、神を宿した英雄は神そのモノだ。基本的にヒトの及ぶものではない」
「あ、ゲームでもあったあの壊れ性能のバフってそういう意味があったんか。てかダンさん詳しいな」
「か、『神』レベルかぁ……。でも生身じゃ神様の力を引き出しきれないとか定番だし…………」
仲間達が固唾を呑む中、小袖袴の少年は少々肩をイカらせ気味に、のっしのっしと歩いていく。
その表情は見えないが、グラドル重戦士はなんとなく、時折見せる凶暴さの滲んだ微笑を浮かべている気がした。
小袖袴の少年は間合いを計る様子もなく、聳え立つ、といった感じの大猩々のすぐ前に立つ。
村瀬悠午も中学生にしては大きいのだが、目の前のボスゴリラはそれより30センチ以上背が高い。
よって見上げる形になるのだが、周囲の獣人と冒険者の仲間には、果たしてどう見えているだろうか。
「久しく…………考えてみれば女神に見出されて以来、これほどの獲物を相手にした事はなかった。
ヒトの勇者、ユーゴよ。竜峯ドラグニスの四天竜、そして我が友『荒ぶる双角のランドン』を下した力を、俺に見せろ!」
「ん? 『ランドン』て、あの――――――――」
そんな、ただでさえデカいゴリラが、両腕を翼のように広げて更に存在感を巨大にする。
悠午の方は、そのボスゴリラから出た少し懐かしい名前に目を丸くし、
『腕岩』のロウェインによる、フックのように横から叩き付ける強烈な打撃。
ズゴンッ! と、巨体からは想像もできない鋭い拳が直撃し、派手な激突音が周辺に響き渡った。
ビリビリと空気が震えるが、一方でぶん殴られたはずの少年は、微動だにしない。
裏拳で相手のメリケンサックを迎え撃った為だ。
しかも直撃の瞬間、ロウェインの感じる手応えが完全に消え失せており、小袖袴の達人が桁外れの技量を誇るのを如実に物語っている。
大猩猩の英雄も、相手からのボディーブローをアームガードで止めていたが。
実は、悠午には想定外の流れだった。
初撃は喰らってみるつもりだったのだが、あまりにも打撃が早かったのでつい受け止めてカウンターまで入れてしまうという。
「ウヌァ!!」
しかし、これに気圧されず、間髪入れないゴリラの追撃。
遙かに高い対格差から振り下ろされる拳の槌打ちに、悠午は掌底で迎撃。
衝撃が地面に突き抜けるが、どういうワケか少年の足は陥没せず、その周りの地面がすり鉢状にヘコむ。
ダメージが完全にコントロールされている為だ。
「ガァアアア!!」
「しッ! ッちィイイイ!!」
ほぼゼロの間合いだったが、大猩猩はあえて更に踏み出し、ふところ目がけて打撃の連射。
戦車すら鉄屑にしそうな攻撃の嵐が吹き荒れるが、悠午の方も一歩も引かずに、それらを全て捌いて見せる。
左から側面を叩きに来る豪腕をヒジで受け流し、斜め上から来る拳打を指先で逸らした。
真下から突き上げるショートアッパーを首を捻って紙一重でかわし、左右から同時に来る打撃は力尽くで受け止める。
真っ向からの睨み合い、という形になるが、上から押し潰しそうな体勢のゴリラに対し、少年の方は楽しくて仕方がないと言わんばかりの狂気の笑みだった。
幾多の強敵を相手にしてきたロウェインをして、背筋が寒くなる狂貌。
普段良い子ぶっている悠午がお姉さん達には見せられない、『叢雲』という狂った一族の血を色濃く継いだ本性である。
「ヌゥウグォオオオ!!」
「お?」
そこで、大猩猩の英雄は止められた拳を開くと、悠午の拳の方を掴むや自身を回転させて振り回し、斜め上から地面へと叩き付けた。
悠午もこれで体重90キロ近かったりするのだが、それを全く感じさせないスイングスピード。
激突と同時に爆発のような音を発し、小袖袴の姿が地面に沈み込む。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
しかも、そこで終わらせないボスゴリラは再び悠午を引っ張り上げると、その勢いのまま反対側の地面へ。
腕力に任せた大暴れのような攻撃が続いた後、意図したことか否かゴリラの手から少年がスッポ抜け、唖然として見ていた仲間の方に飛んで行った。
「――――――ぅおおおおい!?」
「わー!!?」
錐揉みして吹っ飛んできた少年を、仰天しながらゴーウェンが正面から受け止める。剛体法で身体を強化していなければ、胸骨が砕け散っていたほどの速度だ。
小春をはじめとする他の面子は、ただ驚くばかりだった。
「――――――――ゥオオオオオオ!!」
「ロウェイィイイイン!!」
「我らが英雄ぅうう!!」
獣人たちは、ボスゴリラの見せる圧倒的な力に大歓声を上げている。
だが、讃えられるロウェインの方は、緊張感を絶やさない。
これだけの連撃も、ほとんど効果がないと分かっていたからだ。
「アッハッハ、いやいやいや…………」
ゴーウェンに掴まれ引っくり返っていた悠午は、軽々と地面に降りながら小袖の埃を払いつつ、のんびりとした笑い声を漏らしていた。
まるで、今目が覚めたといった様子の、スッキリとした表情だ。
「マスター…………」
「ゆ、悠午くん大丈夫!?」
地面をヘコみだらけにするような攻撃に晒されていた仲間へ、恐る恐るといった感じにフィアや小春が声をかける。
そして、気が付いた。
見た目と違い、やはり普段とは少し様子が異なっている事を。
「単純な腕力でここまでやられたのは久々だな。いいじゃない」
仲間の声に応えず、目をギラギラさせた悠午が再度ゴリラの方へ前進。
しかしすぐに焦れるようにして、軽くステップを踏むと相手目がけて拳を振り上げロングジャンプ。
「ハハァァアアアア!!」
「グオッッ!!」
この間、悠午から一瞬たりとも目を離していないロウェインは、両の豪腕を下から振り上げるようにして迎え撃った。
これを、激突直前に拳を開いた悠午が捉え、背後側に着地しながら引き摺り倒す。
そこから、仰向けに倒れたゴリラへ打ち下ろしの拳を喰らわせようとするが、逆にゴリラはもう片方の腕で拳を叩き込んできた。
真正面から悠午はメリケンサックを殴り飛ばすが、自身も威力に押されて地面を滑り、後退を強いられる。
そこに、素早く体勢を立て直した大猩猩の英雄が、両腕を振り回してきた。
野生に近い単純な暴力。
悠午はロウェインの左腕を捕まえようとするが、相手も同じ事を考えていたか、互いの掌が噛み合う様な状態に。
両者密着状態での、打撃戦となる。
「ウォホォオオオオオ!!」
「かッハァアアアアア!!!」
ドドンッ! とふたり同時に地面を踏み締め、一帯が大きく揺れた。
ウェイトに劣る少年をゴリラが再び振り回そうとするが、足の指で地面を掴んだ悠午が逆に引っ張り込む。
パワー勝負では分が悪い、と早々に認めたロウェインは自ら悠午の背面側に動き、続けて顔面へ拳を叩き込んだ。少しでも姿勢を崩して、隙を作ろうという狙い。
これを頭スレスレにかわす少年は、相手の腕の外側から頭部に打撃を叩き込もうとする。
その威力の恐ろしさは今までの叩き合いで十分過ぎるほど理解しており、ロウェインは咄嗟にヒジを曲げて悠午の拳打を逸らそうとし、
膂力にモノを言わせた少年の拳が、大猩猩の腕を巻き込んだまま頭部を直撃。
掴んだ右腕の力も合わせ、地面へと雪崩落とした。
山が崩れ落ちるように、倒れた大猩猩が土砂を巻き上げ地揺れが発生する。
獣人たちは、しばし声も出なかった。
我らが英雄ロウェインが倒れたこともショックだが、何より戦いの凄まじさに呑まれたが故だ。
同胞である獣人でさえはじめて見た、女神の祝福を得た戦士の力。
そして、それを真っ向から力でねじ伏せる、ヒトの戦士の存在。
「…………ぬ、ウムゥ…………」
だが、ロウェインはまだ終わっていなかった。
衝撃で半分砕けた地面から、雄々しきシルバーバックがのっそりと身を起こす。
獣人たちからは、どよめきが起こった。
それが安堵によるものか、あるいは畏怖によるものなのかは、本人達にも分からない。
頭を振って意識をハッキリさせようとしているゴリラに、悠午の方は満足気な笑みだ。
殺さない程度の威力をギリギリまで見極めたつもりだったが、まだロウェインの頑丈さの方が上だったらしい。
これなら俄然相手の本気が楽しみになってきた。
「スゴイな……この前の比翼族の英雄ってのは大したスピードだったけど、フィジカルで言えばアンタの方が圧倒的だ。
で、あるならだ、様子見はこの辺でいいだろう。今度はアンタの神降ろし、見せていただきたい。
この前の英雄は味方を慮って帰っちゃったからなぁ。英雄の本気、神の本気、興味が尽きないな」
ゆったり歩いてくる、小袖袴の武人。
その顔からは普段の理性的なモノが完全にブッ飛び、強者の傲慢さと闘争の愉悦が満面に現れている。
正直仲間たちは引き気味だ。コイツとんでもないもん隠し持ってやがったな。
ところがそんなテンション最高な少年の一方、地面に手を着いたボスゴリラは妙に真面目な顔になっていたりする。
「…………翼の英雄、ウルリックのヤツが己を依り代に神を招いた? あの者が加護を得る神、天の神『ハリエル』に力を借りたと?」
「あ? うん……多分そうね。そうなんじゃない? 神がどうとか口上を謳ってたし、なにか強力なのが身体に入ったのは間違いないから。細かい名前とかは知らんけど」
大猩猩の英雄の疑問に、小袖袴の少年は普段より大分雑に応える。
それを聞いたロウェインの方は、無表情のままブルブルと震えはじめ、地面を突き飛ばし大きく仰け反ったかと思うと、
「ッ――――――――ゴッファアアアッハハハハハハハハハ! あのお調子者が! エルフの口車に乗った挙句に神に助けを乞うたか! あの気位ばかり高い比翼族の英雄殿が! ヴォハハハハハハ愉快愉快!!」
爆笑であった。
厳しい大きな傷のあるゴリラの顔が、完全に崩れている。破顔一笑と言うより、破顔爆笑。
突然変る相手の様子に、悠午も訝しげな顔で足を止めてしまった。
一体何が面白かったのか。
悠午と、その仲間達、それに他の獣人たちまでが、ボスゴリラの様子に少しの間戸惑うことに。
何がどういう事なのか、そもそも今回の襲撃の真意は何だったのか。
それらの詳細が語られるまで、爆笑ゴリラが落ち着くのを全員で待たなければならなかった。
◇
簡単に言うと、挨拶代わりだった、という話である。
『我が飼い主、白の女神は汝ヒトの勇者、ユーゴをアウリウムにて開かれる「祝士武台」に招きたいと仰せである。
その戦士の祝いの場にて女神に力を示せば、祝福を与えヒト種たちの英雄として認めよう、と』
というボスゴリラの英雄ロウェインに曰く、自分達は女神の命により悠午を迎えに来たのだとか。
その目的は、白の大陸の中心的な地、神殿都市『アウリウム』で行われる各種族の戦士を集めた武闘大会のようなイベントに、悠午も参戦させようというのだ。
正直あまり気が進まない小袖袴の少年だったが、旅の目的地はまさにその神殿都市であるし、どうやって女神に会うかも決まっていなかったので、好都合といえば好都合。
祝福とやらはどうでもいいが。
でもそれじゃなんで迎えに来たというゴリラに襲われにゃならんかったのだ、というと、そこも一応理由があった。
問題の武闘大会、『祝士武台』に参加を許されるというのはそれだけで大変な名誉であり、これにヒト種なんかが女神直々のご指名で出場するというので、かなりの騒ぎになっているらしい。
特に獣人たちの間では相当不満が出ており、そんな背景もあって英雄ロウェインが直接迎えに来ることになったのだという。
「俺の個人的な理由としては、我が友ランドンが恩を受けたというヒトの勇者に興味もあったのでな」
「『恩』? あのヤギさんを倒して囚われの身にしたのはオレだがね」
「戦士として立ち合い、約定を守り同胞を解放したのだ。ランドンは戦士として筋を通し、オマエも戦士としてこれに応えた。ランドンも感謝こそすれ恨みはすまい。オレもそうだ」
「左様で…………」
悠午の一行と獣人集団は、散々騒がせたアポティを離れて西へ向かって動き始めていた。
英雄ロウェインと配下の獣人が悠午たちを襲ったのは、『祝士武台』に出るに値する戦士かを見極める為、という建前。
出場自体は白の女神の一声で決まっているようなモノだが、獣人のほか各種族を納得させるには、その力がある事を示した方が良いと判断した為である。
ヒト種に思うところが無いではないが、今は獣人たちも悠午たちの力を疑うことはないし、強い戦士であるならばそれなりに敬意を払うという事だ。
しかし、だからと言って力試しで神の力を借りたりはしない、というのはボスゴリラのセリフ。
神から直接の加護を得るのは、それこそ女神や種族の一大事となった時のみ。当然の話だが、私闘などで軽々しく神に力を求めたりはしないのだ。
にもかかわらず、エルフの使いくらいで、比翼族の英雄は神の加護を求めたとか。
ロウェインは、その事を口に出すたびニヤニヤしていた。互いの仲も伺えようというものである。
こうして悠午たちは、獣人集団と英雄ロウェインという道案内を得て、白の大陸の旅を開始する顛末となった。
通常、ヒトなど黒の大陸の種族が白の大陸を旅するのは大変な苦労を伴うが、何せ獣人種族の英雄が付いているので、その辺も楽になるとか。
とはいえ、そもそも先の比翼族の英雄の襲撃は、悠午が『祝士武台』に出場するのをエルフが妨害する為だった、とも聞いた。
要するに白の大陸の種族も一枚岩ではなく、ロウェインがいても道中でどんな妨害があるか分からない。
白の女神も何を考えているのか分からず、楽観的になるのは早そうだと。
何故かサイ獣人の背に乗せられた小袖袴の武人は、見えてきたんだか見えないんだかよく分からない旅のゴールを思い、腕組みし首を傾げていた。
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