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089:抜き打ち試験に怨嗟を上げる前に教師にも自己評価リスクがある事を少しでも考えて欲しいと切実に思う

.


 ゲーム『ワールドリベレイター』によく似た世界に迷い込んだ、元ゲームプレイヤーの少女たち。

 そして、そのゲームをプレイどころか見た事すらない少年、村瀬悠午(むらせゆうご)

 この一団(パーティー)の、元の世界への帰還を目指す旅も新たな段階に入った。

 出発地である黒の大陸から海を渡り、白の大陸へ。

 旅の行程も、当面の目的地である神殿都市『アウリウム』まで、半分を残すところとなる。


 だというのに、白の大陸の港町『アポティ』を旅立つ事も出来ず、悠午たちは新たな問題に襲われるハメとなった。


「これはアレかな……完全に捕捉されてるのか?」


「言ったじゃない獣人の鼻は誤魔化すのが骨だってー……。いきなりガッチリ目ぇ付けられてるし。こりゃこの大陸で獣人から隠れて旅するのは、もう無理かなぁ」


 馬の無い馬車を停めた、アポティの町外れ。

 いざ出発しようとした悠午と一行(パーティー)は、忍び寄る獣人種たちに囲まれていた。

 多少姿を隠しても洞察術の“気”配察知でほぼ丸見えなのだが、数が数なので油断も出来ない。

 ざっと見て、その数150人ほど。

 しかも、一番の実力者は後方から真っ直ぐ向かって来ている最中であり、現在包囲を敷いているのは、先発部隊のようなものと思われる。


 全ての獣人種に言える事ではないが、獣人はだいたい鼻が効く。

 悠午としてはその獣人集団が自分とは無関係であるのを期待したかったが、斥候が役割の小さな少年(擬)ビッパは、もう諦観の顔だった。


「俺は女神に飼われし一匹の(しもべ)! 全ての知恵ある(ケモノ)の英雄たる者、『腕岩のロウェイン』なり!

 ヒトの勇者、ムラセユーゴよ! 女神の命により、この大陸をこの先()く事(まか)りならん!!」


 して相手の目的も、案の定なようである。


 大空洞の奥から響くような名乗りは、獣人集団の最後方から発せられたものだ。

 そこにいたのは、様々な氏族(タイプ)の獣人を伴った、一頭の大猩猩(ゴリラ)だった。

 腰から下に皮鎧を纏い、顔面の右側には縦に走る爪痕がある。

 その体躯は、全長2メートルを超えた筋肉のかたまり。真っ黒な毛並みで、背中から下半身が銀色の見事なシルバーバックになっていた。


 女神の祝福を得し獣人種の英雄。

 『腕岩のロウェイン』である。


「おいおいおい、羽根付きの英雄殿に続いてもうこれかぁ……? しかもユーゴ、ご指名だぞ」


「あ゛~~~~…………まぁ遅かれ早かれ、だとは思ってたけど。とうとうマークされたか」


 白の大陸の種族、その最大戦力が、この短期間に2連続でご訪問。

 当然ながらこの2度で終わるとも思えず、ゴーウェンの表情も険しい。

 悠午の方は、緊張や焦りというよりは、何やら思い悩む様子だったが。

 むしろあそこまで暴れてよくも今までフリーにされていた、と思うが、味方の状況的にも白の大陸の状況的にも、望ましい事態ではなかったのだ。



 つまりどういう事かと言うと、仲間が浮き足立っている時に相手をしたい連中ではないし、戦争の趨勢(すうせい)的にも白の大陸の戦力を潰したくない、という。



 とはいえ、完全に悠午狙いで来た獣人種たちに、配慮を期待しても無駄だろうが。


「ど、どどどどうすんの悠午くん!? なんかモンスターなんかより超強そうなヒトばっかりだけど!!?」


「…………戦わない、という選択肢は無いでしょう。迎え撃つだけです」


 斧槍(ハルバード)を抱き付くように握り締める、大学生グラドル重戦士の姫城小春(ひめしろこはる)。緊張から声が上ずっている。

 魔道姫の護衛剣士、クロードは腰の左右に帯びた剣に手をかけていた。止むを得ないといった言い方だが、師匠から見ると、やや自力を過信気味か。

 どちらも洞察術により獣人たちの大まかな力は見えているはずだが、反応に性格の差が出ていた。


 獣人の英雄、『ロウェイン』の力は、先に襲撃してきた比翼族の英雄に、勝るとも劣らず。

 そして、周囲に控えているオオカミやサイ、アルマジロらしき獣人達も相当な実力者揃いだ。

 悠午の見立てでは、個人の能力はともかく総合的に見ると仲間たちの方が技量などの点で劣る。


「んー…………ちょっとオレ挨拶してくるね」


「ハァ!? 『挨拶』って…………ぶん殴ってくんの?」


「どういう意訳!? 向こうがご丁寧に名乗ったんだから、こっちも礼をもって応えるだけだよ。

 でも…………多分そのあと本番(・・)だから、みんな準備だけしといて」


「ほ、『本番』って…………?」


 とりあえず名乗られたんだから名乗り返し、ついでに話しでもしてこようと。

 そんな事を小袖袴の少年が言ったなら、何故かジト目の姉さんにはバイオレンスな脳内変換がされた模様。あまりの蛮族トランスレーションに師匠もビックリだ。

 とはいえ、クロードも言ったとおり戦闘は避けられまい。ならば、悠午はそれを最良の形で片付けるだけである。


 年下師匠が既に戦う気だと分かると、元々好戦的ではない隠れ目少女や若奥様の表情が固くなる。

 ゴーウェンは悠午の科白(セリフ)から、何を考えているか大体のところを察していた。


                        ◇


 小袖袴のヒト種の少年が、短い草が生えただけの荒れた地面の上を歩いていく。

 転がっている岩の陰や地面の傾斜したところに獣人が潜んでいたが、悠午はそれを一瞥するだけで、獣人の方もまた襲い掛かったりはしなかった。

 ただ、それらの視線を一身に集め、それでいて一切気にした様子もなく堂々と、小袖袴の武人は銀背の大猩猩(ゴリラ)の前に立つ。


「先ほどはご丁寧にどうも。伝流導意叢雲一門、村瀬悠午だ。盛大な出迎え痛み入る」


 丸太のような腕を組み、悠午を見下ろし静かに(うな)大猩猩(ゴリラ)の獣人。一見して凶悪な面相だが、理性的な目の色である。

 悠午もまた目を逸らさず、自然体のまま相手を見上げていた。

 既に、獣人種の英雄も周囲の手錬の獣人たちも、その若い異邦人(プレイヤー)が尋常ではない力量と自信を以ってこの場にいるのだと気付いている。

 侮る者は皆無だ。


「ンンー……………………。なるほど、聞いた通り(・・・・・)プレイヤーとは思えない群れの長の器よ。だが惜しいかな、俺は女神の(しもべ)として貴様を倒さねばならぬ。貴様もここで逃げ帰るようなタマではあるまい?」


「この先に用があるんでね。あんたはオレを止めたい、オレたちは進みたい。ならば戦えばいい。シンプルな話で結構な事だな」


 重々しく鼻を鳴らす大猩々(ゴリラ)に、小袖袴の少年は薄く笑って言う。

 いいわけはしない、逃げもしない。正面から実力でどちらが我を通すか決めればいい。

 単純明快で話が早く、その心意気に銀背の大猩猩(ゴリラ)ほか、他の獣人も感心させられていた。


 ならば、後はもう言うに及ばず。

 互いの全力を尽くし、戦士としての礼を尽くすのみ。


 かと思われたが、


「んでだ、お互い殴り合うのは異存ないんだけど、順番というかやり方に関しては少し相談させてもらっていい?」


「…………どういう事だ。まさか今頃怖気付いたり、頭数の差が不利だとか言う気ではあるまい」


「もちろん。誰でも何人でもどんな相手でも構わない。ただ、オレはひとりで戦いたい。で、その前に仲間の方を戦わせたい。

 人数の振り分けは任せるけど……アンタ弱い者イジメしたいワケじゃないだろ?」


 不敵な微笑を濃くして言う小袖袴の異邦人(プレイヤー)に、軽く挑発された大猩猩(ゴリラ)が歯を剥き出して唸り声を上げた。

 ただでさえヒト種の一団(パーティー)の方が人数が少ないというのに、その青年は更に二手に分かれて戦いたいという。


 その上で、獣人の英雄は誰と戦いたいか、と問われれば、一番の強者である目の前の異邦人(プレイヤー)から逃げる事など出来まい。


 獣人たちの本能は、既に『ムラセユーゴ』がこの場で最も強い、と認めてしまっている。

 そしていつの間にか、英雄『ロウェイン』と獣人は誇りを試される立場となっていた。

 ムラセユーゴは、仲間と別々に戦う事ができるなら、後は全て獣人たちの差配に任せると言っている。

 その提案に、応じるか否か。

 それに、逃げる獲物を狩るならまだしも、正面から戦士として挑もうという者を、数で囲んで仕留めようなどというのは戦士の矜持に(もと)るだろう。


 銀背(シルバーバック)の雄雄しい大猩猩(ゴリラ)は沈黙し、周囲の獣人たちは息を呑んでその決断を待っていた。

 この間に、悠午は仲間の下に戻り状況を説明し、ビックリしたジト目のお姉さんに蹴っ飛ばされる。

 大男のオッサン冒険者は、多分そんな事じゃないかと思ってたので、溜息ひとつで済ませていた。

 つまり、これも実戦修行なのだろう。

 小袖袴の師匠は、後に控えて弟子たちを高みの見物というワケだ。


「よかろう! 勇者ユーゴよ、貴様はこの腕岩のロウェインと一対一で立ち会え! 貴様の群れの戦士は、同数の我が同胞の戦士と戦ってもらおう! 戦士の誇りをかけた名誉ある戦いである! 決められた者以外が手を出す事はこのロウェインの面子にかけて許さん!!」


 そうして僅かな時間を置き、大きく息を吸い込んだ大猩猩(ゴリラ)の英雄は声を大にして悠午の申し出を受諾。

 仲間に対しても、同じ条件で戦うと宣言していた。


「へえ……そりゃ、ツイてるな」


「そのようですね……。延々と敵が増える心配が無いのは、ありがたいです。もっとも、ケモノ頭が自分の言葉を守れば……ですが」


 自分以外は総力戦になるかも、と思っていた悠午には、少し嬉しい誤算であった。獣人の誇り的に、一対一(タイマン)になる可能性は高いと考えていたが。

 そして、弟子の青年剣士は単純に数の不利がなくなった事を喜んでいたが、師匠の考えは、また少し違っていたりする。


「まぁみんなそういうワケだ。向こうはこっちの都合に合わせてくれるらしい。

 それでね、ありがたい状況だから、都合良いついでに交戦の際には出来るだけ殺さずに制圧するのを試みてください」


 だが、その悠午の科白(セリフ)には、今まで教えを()けてきた弟子たちも大なり小なり驚かされた。

 特にプレイヤーの女性陣に対しては、今まで一貫して教えてきた事を、覆すような内容となっている。


「はッ!? なに言ってんだこの……この……ユル侍!? あんなヤバそうな連中に手加減とかできるわけないだろ! てか勝手に決闘とか決めてきて無茶言うなバカ!!」


「悠午くん…………今までは自分が生き残る事優先で、その為には絶対に油断しないで最後までトドメ刺せ、って言ってたよね?

 そりゃ殺さないで済むならそれに越した事は無いと思うけど、いきなりそんな事言われても…………」


 グラドル重戦士が言葉を濁すのも当然で、この小袖袴の師匠はプレイヤーのお姉さん方の生存を優先する為に、「敵対する脅威は確実に殺せ」と今まで口酸っぱく教えている。

 それは、平和な国で生きてきた普通の少女には、受け入れ難い方針だった。

 だとしても、自分が生き残る為に、この年下の師匠は間違いようのない真理を教えてくれている、とも理解して受け入れてはいたのだ。


 そんな鋼鉄のメソッドを、今頃になって崩してしまう。

 小春と、それにジト目のプレイヤーの小夜子も、明確な言葉には出来ずともその危険性を強く感じていた。


「もちろん、手に余るようなら殺しても構わない。油断して殺されろとも言ってない。ただ、今回は相手を殺さない方が、後の生存には有利だと考えている。

 それにね…………今言うのもなんだけど、みんな一対一なら負ける要素無いよ? 実力的には、どの獣人のヒトを相手にしても十分に圧倒できる能力差がある。

 向こうも決闘で死人が出たところで泣き言なんか言わんだろうがね。幸運な事に(・・・・・)遺恨を残さず制圧できそうなんだから、いい機会だしそんな戦いを経験しても良いでしょう」


 それでも今回、悠午はあえて難易度を上げていく。そのメリットもある、と考えている。

 手強い獣人を利用し、自身の成長に付いて来れていない弟子たちに高いハードルを課し、力の使い方を実戦で理解させようというのだ。

 今回は、野良ゴーレムを相手にした時ほど楽ではあるまい。

 今の錬度では相当な苦戦が予想され、仲間たちに自分の限界を知ってもらうには、非常に好都合であった。


 少し欲張り過ぎたかな、という思考が悠午の脳裏を一瞬()ぎらないでもなかったが。


 悠午と相対するのは、大猩々(ゴリラ)の英雄、ロウェイン。

 そして一団の仲間(パーティー)は、9人の獣人族の戦士と戦う事になる。


「脆弱なヒト種がぁ!?」

「我らが英雄を前にしてその豪胆な振る舞い。相応の実力があるか試させていただこう」

「ヒーッ! ヒンッ!!」


 顔を隠した兜と、ふた振りの幅広の剣を身に付けた筋骨隆々なトラ。

 棒のようなモノを担いだ非常に長身のキツネ。

 上下両端に斧を備えたポールウェポンを持つ、いきり立ったウシ。

 軽鎧に剣と盾を装備し、唸りもしないで静かに佇むオオカミの剣士。

 槍を持った笑うウマ。

 見上げるような長柄のハンマーを振るう、重装備のゾウ。

 トゲの生えた鉄球を先端に付けた棍棒を持つアルマジロ。

 湾曲した大剣を背負う白いライオン。

 ただでさえ丸太のように太い剛腕をガントレットで覆うパンダ。


 揃いも揃って鍛え抜かれた体躯を見せつける、これまで出遭った獣人達とは一線を画す強者どもであった。

 この中に加わって遜色ないのは、以前に戦った山羊の獣人くらいであろうか。

 それほどの集団を前に、やはり腰が引けっ放しな小春である。


「え? ホントに? ホントにあのヒト達と戦わないといけないの? てかわたし達の方が強いとか悠午くん言うけど、どうしてもそうは思えない!?」


「おのれ、あのコゾー……!」


「フン……まぁいいんじゃねーか? ユーゴも考えての事だろうしな」


「力でねじ伏せて見せろ、ですか……。確かに、我が師(マスター)と戦うほど絶望的な相手ではないでしょうが…………」


 一方で、“気”構えが出来ているオッサン冒険者と、青年剣士。ジト目は違う方向に闘志を燃やしていたが。

 魔道姫は無言で魔力を高めはじめ、小柄な斥候職も初手から隠し札を繰り出すよう準備する。

 決して好戦的とは言えない隠れ目少女と若奥様も、こうなっては戦う他ないと緊張しながら覚悟を決めていた。

 そして、半分ほど悠午たちの事情に巻き込まれた形な黒髪のダンも、気負った様子もなく飾り気のない剣を引き抜いていた。


「これもうはじめていいの?」


「当然だ! ここは試し合いでもなんでもない戦場! 戦士が出会ったならば、その瞬間から戦いは始まっているのだ!」


「そこはすごく同感だな。だってさ、はじめていいって!」


 何故か大猩々(ゴリラ)の英雄の横にいる小袖袴の少年が、仲間達に戦いの開始を告げる。

 考えが纏まらず戸惑うプレイヤーの女性陣。展開に付いて来られてない。

 一方で、この世界の生まれである冒険者や見習い騎士は、既に腹も据わっており今すぐに戦える精神状態だったが、


「ムォオオオオオオオオ!!」

「ガァアアア!!」

「クワァアアアア!!」


 その辺の思い切りは、獣人の方がよかったようである。


 十数メートルほどの間合いから、わき目も振らず突進して来る戦士たち。

 最先鋒を走るのは、やはり一番興奮していたウシの獣人だ。

 両端に刃の付いた武器を飛行機の主翼のように構え、ヒト種の一団(パーティー)に真正面から突っ込んでいく。

 ただの猪突猛進のように見えて、そこは獣人種族の精鋭か。それは、一団(パーティー)を左右に割るか、弱い後衛を直接巻き込む狙いの進路だった。

 しかし、


「どぉラッッ!!」


 ゴガイィイイン! という鋼の激突する音が響く。

 ウシ獣人の狙いを看破した大男、ゴーウェンは大剣を斬り上げ、相手の突進を正面から跳ね除ける。


「グフォ!?」


 衝撃で仰け反るウシ獣人が、肺の中から空気と一緒に声を漏らした。

 様子見の構えだった他の獣人たちは、単純だが力量差を明らかにする一合に驚きの様子だ。


「グアッ!!」

「チェエエイ!!」


 そのウシ獣人の巨体を遮蔽物にし、背後から一瞬で姿を現すフルヘルムの双剣士。

 地を這うような低さでアッという間に接敵するスピードとしなやかさは、まさにネコ科生物の真骨頂か。


 これを迎え撃つのは、同じく両手に剣を携えた青年剣士、クロードだ。

 荒々しく振り回される肉厚の剣に対し、守りの左剣と攻めの右剣が高速で振るわれ全てを捌く。

 鋼を削りあう音と、撒き散らされるオレンジの火花。

 刃と共に前進するトラを、クロードは素早いステップで側面に滑り込み更に斬撃。

 トラ獣人の剣士をその場に釘付けにする。


「――――――レスペランツァ!」


 後方の魔道姫、フィアは魔術を発動。輝く光の矢が手の先から無数に放たれ、やや上空で角度を変え獣人たちに降り注いだ。

 これまでの修行により大幅に威力を増した魔法で、一網打尽にする勢いである。


 これに対しキツネ獣人が一声鳴くと、魔法障壁が他の獣人たちを守り、フィアの魔術攻撃を防いでいた。

 障壁はその一撃で吹き飛ばされていたが、獣人たちは第2射が来る前に一斉に動き出す。

 いずれの動きも早い。


「うわッ!? ッ……ぅあああああ!!」


 粉塵の中から向かってくる複数のおっかない獣人に、グラドル重戦士は初手から大技を叩き込みに行った。

 重厚な斧槍(ハルバード)が地面を割り、そこから前へ一直線に大地が隆起する。

 飛び出してくる岩や鉄鉱石の鋭い塊。

 ゾウ獣人がこれに吹き飛ばされたが、他の獣人戦士は寸前でこれを回避。障害物を回り込んで、小春たちに肉薄した。


 ここで、赤い炎のムチが舞う。


「っしゃぁオラぁああああ!!」

「ヒヒンッ!?」

「ブホッ……!?」


 薙ぎ払いに来る攻撃を、地面を踏み砕いて飛び退き避けるウマ。全身の鎧を固めて耐えるアルマジロ。

 炎のムチはその一撃の後にすぐに短くなり、異邦人(プレイヤー)の少女の手の平の中で燃え尽きていた。

 ジト目の少女、御子柴小夜子(みこしばさよこ)の新たな(スキル)

 本人は『ファイヤーウィップ』と、そのまま名付けている。


 実は、師匠(ユーゴ)の炎の剣を模そうとして失敗、出力も“気”の量も足らずに長時間の維持ができず、本人がムチの扱いを知らないので振り回しているだけという未完成極まりない技だったりするが。

 それでも、撫でられただけで並みの生き物なら大火傷は免れない、強力かつ性質(タチ)の悪い技となっている。


 なお、血迷って近接職のスキル取得を目指しはじめたジト目少女は、役割(ロール)を戦士に変更して、レベル上げに(いそ)しんでいた。

 装備も肩と腕を守る軽鎧(ライトアーマー)に剣士風の上着、それに前が開いたスカートとハイレグ風の下半身装束、と魔法職用を併せたモノへ変えている。

 三角帽子はそのままだ。

 当面の目標は魔法剣士らしい。

 小春など他のゲームプレイヤーに言わせると、キャラビルド失敗の予感しかしないとかなんとか。


                        ◇


 ガチムチな可愛さの欠片も無い豪腕パンダが側面から迫るが、その動きを見え難い糸が妨げる。ビッパの仕掛けだ。

 ゴーウェンはウシ獣人を力で押し切るが、そこへ鉄球棍棒を振り上げたアルマジロが割って入った。

 獣人戦士たちの姿が幻術により増えるが、即座にフィアが対応して消去する。

 再び大技をかまそうとする小春を、オオカミの剣士が剣を振るい牽制。地面を隆起させる五行術の技、『千刃谷』は隙が大きく、素早い敵を前にしては繰り出せないでいた。


「うーん……分かってたけど持て余しているなぁ。獣人のヒト達の方は動きが良いわ。火力で劣っていても動揺が無い」


「ふんッ……当然だ! 俺が女神より祝福を賜ってなければ、他に獣人種族の英雄となっていたであろう剛の者たちばかりよ!!」


「連携とかは取ってないけど、互いを邪魔しない位置取りとフォローに抜け目が無い。それに比べて皆の方は……味方の手の内がよく分からないから上手く動けてないんだな、コレは。

 ここで感覚を掴んでくれるといいけど…………」


 そんな混戦模様をのんびり見下ろしている小袖袴の師匠。大猩々(ゴリラ)の英雄と並んで、完全に観戦モードである。

 ここにきてこんな手強い連中が襲ってきてくれるとは、本当にありがたいやら心臓に悪いやら。

 見ている悠午は気が気ではないのだが、これはもう最大限利用させていただこうと。

 そんな事を思いながら、いつでも助けに入れるように準備だけはしていたりする。


 なお、周囲で見ている獣人たちは、今すぐ仲間を助けに行った方がいいのか、と思うほど桁外れの戦場になっていたが。





感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、ご存知の方もいらっしゃるかと存じますがトラブルにつき単発更新ですごめんなさい次がんばります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 師匠の年齢に見合わぬ老獪な交渉スキルが炸裂した結果、絶妙なマッチメイクが成されたようでなによりです 相対する獣人軍団のチームワークを活かした戦法に、立ち上がりのぎこちない弟子達はここから…
2020/01/22 05:06 女戦士スキー
[一言] これは見事な噛ませ犬…
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