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070:視点を変えると歴史が見えたり足元が見えたり見えないモノが見えたり

.


 基本的に修業は移動しながらである。休憩や宿泊で足を止めた際に行う事もあるが、旅の空という事でノンビリともしていられない。

 言ってしまえば、今すぐ元の世界に帰れるなら修業など必要ないのだ。


 VRMMORPG『ワールドリベレイター』によく似たこの世界では、モンスターという敵性生物が当たり前のように出没する。

 通常の人間には非常な脅威となり、ヒトと物の流れを妨げる要因ともなっている。

 つまり、実戦相手には事欠かないという事だ。


「普通、洞察力ってのは相手を観察して動きを読む、予測する事を言う。面構え、足の位置、構え、姿勢、手持ちの武器、怪我とか体調の状態、攻撃リズム、そこから次手の最適解を予測して自分の中の確率と相談して対応を決める。こんな風に」


 と言いつつ、小袖袴の若い師匠は、数歩後ろに下がっただけでタコ型モンスターの触手を空振りさせて見せた。

 触手を広げたモンスターの大きさは5メートルほど。ヒトより太い生木の丸太でも、叩き付けるだけで圧し折れるほど強力な一撃だ。

 当然、村瀬悠午(むらせゆうご)にはどれほどのものでもない。

 弟子相手の教材にはちょうど良い、くらいの認識だが、討伐推奨レベル20以上の『アルギメス陸ダコ』という比較的危険なモンスターなので、手加減して欲しいというのが弟子たちの正直な感想である。


「こいつはイージーモードだな……。さて――――――――」


 そんな弟子たちの心境など知らない風で、小袖袴の少年は陸ダコに背を向け歩いて行ってしまった。

 地を這うしかない陸タコだが、その動きは決して遅くない。皮膚を変色させ、形を自由に変え、そして移動速度も触手の動きも素早い。

 アルギメスでは特に悪名高いモンスターなのだ。


「――――――――今言ったのは、普通の人間の言う洞察力のお話。でも、オレ達のように“気”功を修める武人は第六感も使って判断材料を得る。この(すべ)をして『洞察(じゅつ)』って(くく)るワケだ。

 まぁ要するに“気”の動きに攻撃のタイミングやら間合いなんかは、かなりハッキリ出て来るから。

 実は普通の人間でも無意識にこの辺を感じる事は多いんだけど、“気”功術者は感じるなんてものじゃなくてね。なんせ見えるんだから、普通の人間とは情報量が違い過ぎる。勝負にならない。

 認識する事。実はこれが“気”功術最大の奥義と言って言い過ぎじゃないかも知れんね」


 そんな講義の間も、悠午は真後ろからの攻撃を平然と避けている。まさに実践中だ。

 説明通りに全て()えているのだとすれば、後ろを向いているくらいの事は問題にならないのだろう。


「さっきも話したけど、小春姉さん達には実験的に……で申し訳ないけど、とにかく“気”を認識し易くなるトレーニングを既に試してる。今まで組み打ちの最中、息苦しかったり身体が真空パックされてる感じしなかった?」


 言われて「アレか」と理解する、プレイヤーや王女や従者などの弟子一同。

 一名を除き、修行中の悠午から何かされているという感覚はあったのだが、その正体までは分からなかったのだ。

 なお、魔道姫のフィアは魔力を感知する感覚に優れているので、概ね何をされているかは分かっていた。


「何度も言った通り、本当は身体鍛えて“気”力を十分に底上げしてからやるものなんだけど……修業効率は間違いなく自分の“気”を確認しながらの方が高い。

 命かかってるしね。多少強引でも、早起きするに越した事はないだろうし。

 このタコさんウィンナーは攻撃は単調、手札も少なく選択肢も狭い、有り難い事に姿も消せるときてる。おあつらえ向きだ。

 今回の課題はこいつのハント。でも倒すのにこだわらなくて良いから。

 “気”配を追って、追い立てて。反撃もあるだろうけど、それも“気”配を読んで上手く()わしてくださいな。ここまでで何か質問は?」


 悠午と一行(パーティー)は港町キヤックを発ち、予定通りディアスラング山脈の西周りルートを移動していた。

 その途中、現地で『明けの陰面』と呼ばれる斜面にある森の道に入り、そこでアルギメス産のタコを発見(・・)する。

 普通の少女からにわか(・・・)戦士へ、そして今は武術の弟子から猟犬へと強制クラスチェンジさせられた姫城小春(ひめしろこはる)と他4名は、修行の一環で陸ダコを追い道を外れて森へ入る事となった。

 悠午の殺気にあてられたタコが、一目散に逃げ出した為である。狙った通りに。


「警戒とかフォローはオレがするから、タコ探すのに集中して。もちろんただ探すんじゃなくて、“気”配を追ってね。なんとなくじゃなくて、自覚的に相手の“気”が分かれば合格。

  だけど、いきなりそこまでは求めないよ。今は気配を感じるセンスだけ磨ければいいから」


「オイラ仕事無いなー……」


 と言う小袖袴の師匠は、飛び石の上を渡るかのように枝から枝へ軽々飛び移っていた。その科白(セリフ)の通り、時々デコピン飛翔撃を飛ばして近場のモンスターを吹き飛ばしている。

 同じく木の上から追走していたビッパは、呆けたように驚きの声を漏らすばかりだった。


「っても気配なんてよく分かんないよー……。そんな超能力者みたいに見えないモノが見えたりするもんなの? 今の状態がすでに超常現象なのは分かってるんだけどさ」


 重い斧槍(ハルバード)を担いで走る小春は、戸惑いがハッキリ顔に出ていた。

 ゲームに似た異世界に迷い込み、ゲームと同じスキルや魔法だって使えるが、それを抜きにした特殊能力的なモノが自分に使えるとはどうしても思えないのだ。

 元はただの大学デビューしたグラビアアイドルである。


「うーん…………あっちか?」


 ところが、そんなグラビア重戦士を無視し、難しい顔で木々の奥を睨むジト目少女。

 平時ならよほど自分より不平不満を口にしそうな小夜子の様子に、小春の方も怪訝な顔をしていた。

 木の枝の上でしゃがんでいた師匠も、興味深そうな目で見ている。


 そうしてほぼ迷う事なく、山肌が裂けたような地形に岩が固まっている場所まで、ジト目少女に先導される形で一直線に来た一同。

 一見してタコのような生き物など見当たらない。岩が無造作に転がっているだけだ。

 そして日本人ならだいたい知っている。

 ある種のタコは巧妙に岩や砂地に擬態するという事を。


「うわ、アレだわ。見た目じゃ全然分かんないし、キモ」


「ふわー……ゲームじゃ背景グラフィックが浮いて見えたのに、こっちだと全然だね」


 そのあまりに鮮やかな化けっぷりに、ジト目少女は心底嫌そうな表情を作り、隠れ目少女は感心すらしていた。

 なにせ、見た目には岩と区別が付かないのだ。

 僅かな違いをどうにか見出し、辛うじて岩以外の何かが張り付いていると見分けるのが精いっぱいだった。


「えーと……み、見つければ良いんだよね? 倒す必要はないって言ってたし、村瀬くん」


「『無理に倒さなくてもいい』、というのがマスターのお言葉じゃなかったか? 倒しても構わないという意味にも聞こえたが……」


「修業の主旨は“気”配を自覚的に捉える事だから、戦うならば攻撃の気配も読み取る事を求められるはず…………」


「いや真上に居るんだから直接オレに聞いてくれてイイんやで?」


 してこのタコ野郎どうしてくれよう、という事でアレやコレやと話し合う弟子集団。空中で上下ひっくり返っている師匠そっちのけである。若干疎外感。

 そして、岩に擬態していたタコも流石に気付かれているのを察したか、あるいは単に周囲で騒がれている事が気に障ったのか、元の紫の体表を取り戻すと滑るような動きで冒険者たちに襲いかかった。


 最終的にボコボコにされたが。


                        ◇


 アルギメス陸ダコの討伐後も、“気”配を追いモンスターを捕捉する修業は続いた。

 陸ダコに関しても、一方的に囲んで倒したワケではない。師匠である小袖袴の少年は、ひとりずつ攻撃手控えタコの攻撃の“気”配に集中するように指示した。

 とはいえそんな修行法も手探り状態の末であり、別にすぐ成果が見られなくても構わないというのが悠午の考えだ。

 むしろ、こんな簡単に“気”功に目覚める方が問題だと思っていた。



 でもひとり例外がいて問題となったので、師弟面談である。



「御子柴さんてさ、もしかしてもう“気”が観えて(・・・)る?」


 塩抜きも兼ねてソーセージを茹で、鍋の蓋の上で葉物野菜を解凍。コッペパンに挟んだ後に、野菜と果物を煮詰めたソースをかける。要するにホッドドッグだった。

 陽が落ちたので、本日の移動は終了。馬車は落ちていた木の枝などで隠してある。

 悠午は見張り当番となっていたので、焚き火の前で小夜子とお茶の最中というワケだ。


 そんな中での、小袖袴の師匠の、この科白(セリフ)


 悠午は先の修業で気付いたが、魔道姫からもアルギメス上陸直後に「ジト目娘には魔力が見えている節がある」という旨の報告は貰っている。

 これは流石に悠午としても想定外過ぎた。“気”で圧をかける修業は、少し前にはじめたばかり。そもそも上手い事“気”を目覚めさせる事が出来るか、確信があったワケでもない。

 だというのに、既に洞察術が使えるなど考えられない事だ。実家の修行はいったい、という話である。


「夢夫の……“気”? ってさー、姫やカナみんと違って何かバリアみたいになってんのな。ワザと?」


 しかし実際見えてしまっているらしい。

 魔道姫の報告通りで、ジト目の少女に曰く竜道海峡での戦闘から少しずつ見えるようになってきたのだとか。

 切っ掛けは悠午の圧迫修業実験だったにしても、圧倒的な“気”を放つ大海蛇(サーペンティス)に刺激されて開眼したとは考えられる。

 納得はできないが。


「オレくらいに“気”が大きくなってると、抑えないと大変な事になっちゃうんだよね。地球の裏側からでも居場所バレるわ。

 かと言って完全に“気”を抑えると存在感無いヒトみたいになるから、それはそれで目立つし。と、まぁ色々考えて、これくらいにしている」


 悠午がホットドッグを手渡すと、小夜子は大口を開け豪快にかぶりつく。見た目は和風の美少女なのに、行動とのギャップがあり過ぎた。

 飾らないところは嫌いではない、と思う少年だったが、今はもっと重大な事がある。


「人間の“気”以外にも色々見えんのね、コレ。なんか世界全体が生き物みたいになった感じがする」


「“気”イコール生命力って事でもないしね。生物を含めたこの世界全部が“気”で出来ているようなもんだから、理屈で言えばどんなモノでも見えてしまうのが“気”功の洞察術……だけど、あんまり見過ぎない方がいいっスよ?」


「なんでよ? 門外不出、ってヤツ?」


「いや、頭にすっごい負担かかるから。ホントはもっと後に注意するはずだったんだけど……」


 見ている世界から戻れなくなる、あるいは脳が負荷に耐えかねて廃人に。そんな話を聞かされ嫌な顔になるジト目少女であった。

 だが、本来は人間が見る事のない世界だ。脳の知覚できる能力を超えているのだろう。小夜子も最初は自分の目か頭がおかしくなったのかと思ったものだ。


 過去、生来の才能ある者が、魔眼、千里眼、妖精グラムの眼、など洞察術の眼を持っていたが、その多くが悲惨な運命に見舞われている。

 扱い切れず自滅の危険があるうちは、封印しておくべきだろう。

 それにしたって、何でよりによってこの姉さんにこんな能力が発現するのか。順番デタラメじゃないか、と心底首を傾げたい悠午だったが、


「ったく叢雲(・・)はこんなオカルトをいくつ隠し持ってるんだか……。そりゃ治外法権みたいになるわなぁ」


 原因のひとつは、すぐに分かった。

 驚いた事に、この少女は悠午の実家の関係者であると思われる。

 さもなければ、その単語は出てこない。


「ちょっと前からもしかしてとは思ってたんだけど……御子柴さんちって昔ウチの分家筋にいた? 前に分家の入れ替わりがどうとかって話を聞いた時に、『巫女柴』って家があったとかいう話を聞いた覚えが……」


「いまごろ気付いたか愚か者め。ていうかー、所詮分家落ちした(ウチ)の事なんか、宗家のおぼっちゃんが知ってるはずないって事ですかねー?」


 ここぞとばかりに煽って来るジト目スタイル。鬼の首を取ったかのよう、というのはこの事か。


 御子柴、という家名は珍しくはあるが、稀有と言うほどではない。故に悠午もあまり気にしなかったのだ。

 小夜子の方は、もう少し早く気付いていた。

 それでもまさか悠午が、親の固執する一族の人間だとは、しばらく確信が持てなかったが。


                       ◇


 村瀬家を頂点とする叢雲一門には、本家の下に多数の分家が存在する。守護家と呼ばれる四家に始まり、八家、十六家、三十二家の、合計して六十家にも及ぶ家々が、役割を以って本家を助ける仕組みとなっていた。

 これらの家を叢雲一門では「分家」としており、序列は四家が最も高い、という事になっている。


 だが実際には、叢雲一門は分家の六十家の他にも多く存在していた。六十家を直系の分家とし、それ以外は分家以外の一門、という扱いらしい。

 その数、併せて約5000家。

 金庫番の家は金融業で世界的に有名な創業者一族となっており、物流業で世界の1割を握る企業も傘下にあり、製造業はほぼ全ての品種を網羅しており、政界や法曹界にも一族の者が大勢いる。

 もはや日本国内にあって、ひとつの国家のような規模を持つ集団であった。

 実際には、叢雲の総合力は国家など遥かに超えているのだが。


 そして御子柴であるが、この家は30年ほど前まで三十二家に名を連ねていたのだとか。

 というのも、十六家や三十二家は、分家外の一門の家との入れ替わりが割りと頻繁に起こっているのだ。

 分家とそれ以外の一族の違いは、叢雲の使命(・・・・・)にどれだけ深く関わっているか、という事になっている。

 しかし実情として、叢雲が特別な能力と役割を持つ集団だと知っているのは、十六家までの半分ほど。

 他の家としては、叢雲というのが巨大な権力と財力を持つ集団であり、超能力まで持つというオカルトじみた噂話がある、といった程度の認識であった。

 つまり、十六家以下は別にどこの家が務めても同じ、という事でもある。


 叢雲一門の持つ力は、非常に強大だ。権力、財力、それに武力、どれをとっても地球最大と言って過言ではない。

 その力は日本国内に留まらず、大国だろうがなんだろうが蹴散らして見せるのが叢雲である。

 分家とは本来その力を支える存在であるのだが、同時に分家に力を与えるのもまた、叢雲というブランドの存在だ。

 叢雲三十二家ともなれば、(もたら)される社会的地位や優位性、名誉や名声は無視し得ないモノとなる。四家になると、もはや国王や国家元首クラスだ。

 そうなれば、何としてもその地位にしがみ付こうとする者が出るのも、やむを得ない事。

 だが前述の通り、十六家以下は入れ替わりが起こりやすい。

 不祥事など起こした日には、それを口実に分家以外の一門の家が寄って集って引き摺り下ろしにかかるのである。


 そんな感じの経緯で30年前に引き摺り下ろされたのが、ジト目少女のおウチである御子柴家だった、と。


                        ◇


「ウチの親が『群雲一門は世界を裏で支配する特殊能力者の集まりだ』とか抜かしていた時は権力欲が過ぎてボケたかと思ったけど、こんな術を使えるヤツが分家にゴロゴロしているんなら、そりゃ世界征服もできるわな」


「いやそんな洞察術まで使える人間は多くないし、別にウチは世界も征服してないからね?」


 実家に対する酷い風評被害へ即座に物申す村瀬さんちの子。現状は限りなく世界征服に近い気もするが、別に裏で国家主権を握っていたり政府以上の権限を持っていたりするワケでもないのだから、各国はまだ自治を続けているはずだ。多分。


 問題は、ジト目の科白(セリフ)の前半部分である。

 叢雲の親戚ならば簡単に“気”に目覚める事が出来るか、と問われれば、()(あら)ず。

 血が繋がっていれば良いというモノでもない。分家だって三十二家レベルになれば、肉体的にはほぼ一般人と変わらない。才能という点でも、それほど血筋は寄与しないだろう。

 親戚だった、というのには多少驚かされた悠午だが、だからどうしたという話でもなかった。何せ前述の通り、親戚は多いのだ。その気になれば、日本のどこでも家系図で繋がる人物を見つけるのは簡単である。



 にもかかわらず、どうして御子柴小夜子(みこしばさよこ)があり得ない早さで洞察術に開眼したのか、という話。



「先祖返り、かなぁ……。“気”功は技術だから才能とかあんまり関係無いはずなんだけど、実際に先祖になるほどバケモノじみていくし」


「オマエ以上のバケモノとか、もはや同じ人間かも怪しいわ」


「オレと先祖を同時にディスるとかやめてもらえますかね。多分アンタにとってもご先祖様だよ」


 カップの半分もクルトンを入れたポタージュスープを手渡す。

 愉快そうな顔をしている親戚のジト目であるが、バケモノ呼ばわりも悪気はない冗談のようだ。別に悠午は気にしないが、仮にも人類の守護者の一族として人外扱いは(マズ)いので、一言抗議しといた。


「まぁ叢雲の血筋が原因かどうかはさて置き…………さっきも言ったけど慣れないうちは頭に良くないんで()過ぎない方がいいです。今すぐ封印したいけど“気”功の修業が遅れるし、先に扱い方を覚える方が効率的か」


「それよりもっと火力とDPSの出せるスキルが欲しい」


「今のままじゃ危ないっつってんだろ封印するぞその目」


 今すぐ危険、と言うほどではないが、かといって身体に良い状態というワケでもない。

 本来ならば封印したいところであるが、今まさに“気”孔を修めようというのに枷を着けては修業の意味が無くなってしまう。

 よって、多少強引だが使いこなす方向で方針を修正するしかない、と真剣に考える師匠の一方、ジト目弟子の方は悠午が以前に使って見せた火行の術をご所望。

 洞察術の制御が喫緊の課題だ、と言ってもジト目姉さんは納得せず。


 見張りの交代時間が来て小春が外に出てみると、悠午と小夜子が両手で頬の引っ張り合いをしていた。

 仲の良い親戚と言えなくもない。


                        ◇


 翌朝。


 美貌の女重戦士、姫城小春にとって少し嬉しい事がある。人力馬車の修行が、正式に持ち回りとなったのだ。

 ここまでも小春のほか従騎士のクロードがウマの代わりに馬車を曳くという荒行を行っていたが、これに新メンバー追加の運びとなった。

 ジト目法術士の小夜子、隠れ目呪術士の果菜実、奥様魔術士の朱美、魔道姫のフィアがローテーション入りである。

 姫に仕える従騎士(クロード)は悲鳴を上げたが、(フィア)の方は師匠(マスター)の言う事だと否もなかった。この世界でも上から数えた方が早いくらい偉い人なのに。

 そして、ジト目は始まる前から断末魔を上げ、隠れ目は涙目になり、奥さまは表情が死んでいたが。


 これは別に悠午が年上の女性にサドっ気を出したワケではない。修行を本格化させただけだ。

 最終的には“気”でどうとでも補えるとはいえ、やはり“気”孔術は体力勝負なところがある。

 基礎体力と身体能力が術式の行使を支える以上、どれだけ鍛えても無駄にはならないのだ。

 女の子相手には少々過酷な気もするが、決して肉体的に恵まれてはいない姉が生体兵器と化した経験を鑑みるに、そこまでやらなくても底々のレベルには持っていけると悠午は考えている。


 これが、底々どころか世界をひっくり返す戦闘集団の育成開始となってしまうのだが、元の世界に帰ってからの事に頭を悩ませていた悠午には、瑣末な事であった。

 なにせ、自分がやろうとしているのは、素人のお嬢さんを戦闘兵器に変える所業である。

 先の事を言っても仕方がないが、元の世界に戻っても人生は続いていくのだ。

 その時、人間を超えた能力を身につけた彼女たちの人生がどうなるか。


 14歳の少年が抱えるには、少々重い責任であった。





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