062:海上の大シケは海中にも波及
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横一線になり海を進む、何十隻もの木造帆船。
その船上では大勢の男たちが海面へ武器を投擲し、逆に海中からも攻撃を受けていた。
ヒト種ら陸上で生きる種族と、人魚種率いる水棲種族、それらが海の内外で激しい争いを続けているのだ。
「船底引っかかれてるぞー!!」
「近くでタルを使うな! 船まで凍り付く!!」
「魔法使いはどうしたぁ!!?」
水中の状況や敵の数は、甲板上からはよく分からない。海面下には無数の影が動き回っているのが見える。どれもこれも魚に比べて大分大物だ。
疾走する船が波に乗り上げ大きく傾斜した。不慣れな者は揺れる船に翻弄されまともに動けず、「この忙しい時に」と船乗りは舌打ちしている。足場が動くのに慣れていない陸の冒険者や兵士が使い物にならないのは、本人達のせいばかりではあるまいが。
他方、海中の敵もどこぞのバケモノに天災級の一撃をブッ込まれて、姿勢が安定しない状況だ。必然的に、海中からの投擲、射撃といった攻撃はその精度を著しく減じ、また船底への攻撃もままならなくなっている。
海上、海面下からの攻勢は共に空振気味で、戦いは次の段階へ進んでいた。
「うお!? 上がって来たぞぉ!!」
「叩き切れ! バラして魚の餌だ!!」
「半殺しで帰すなよ! 絶対に殺しておけ!!」
「オラ仕事だぞ冒険者ども!」
海中で勢いを付けた生物が、海面から飛び出し船上へと飛び乗ってきた。
それは、ヒト型をした魚類だ。
濃緑や灰色のウロコに覆われた五体に、サカナの特徴を持った容貌。加えて、指の間には半透明な皮膜が張っており、背中には三角帆のようなヒレがある。
所謂『魚人』と総称される、人魚種に支配される下位種族の兵士だった。
原始的な槍や斧を持った魚人兵士が船上のヒト種たちに襲いかかる。
即座に迎え撃つ兵士や冒険者は、魚人とぶつかり激しい接近戦がはじまった。
雄叫びを上げ剣を振り上げる者に、槍で突く者。転ぶような迂闊な者には、容赦なく骨から削り出した槍の切っ先が突き入れられる。
甲板上では、概ねヒト種など地上の生物が有利だ。魚人も二足歩行が可能だが、動きは鈍く足も遅い。基本的に水中の生物である。
ところが、魚人は斬られても刺されても反応を示さず迫ってきた。痛みに怯む様子もない。
しかも、頭をカチ割って甲板から叩き出しても、すぐに次の魚人が飛び乗って来る。
その対応に追われていると、海中の敵が自由になり攻撃が激しくなった。つまりそれが目的なのだろう。特攻か捨て駒か、白の眷属陣営の真意は知りようもない。
「何をしている!? どんどん投げろ押し負けてるぞ!!」
「ヒレ付きが邪魔だ! さっさと殺せぇ!!」
「何匹来るんだ!? 多過ぎるぞ!!」
「こんなの倒しきれギャッ――――――――!!?」
魚人は途切れる事無く船の上へと取り付き続けている。ある船では、乗員の方が魚人によって海に落とされはじめていた。海中は全て敵の領域だ。魚人の動きは船上とは比べ物にならない。
そうして海中へ攻撃する余裕が無くなり、甲板上は乗り込んでくる魚人への対応だけで手一杯となってしまう。
当然、海中から船への攻撃は激しさを増す一方。
乱戦の甲板上では、冒険者や兵士が徐々に魚人によって押し込まれ、
「どいてどいてー! そいやぁああああ!!」
「う!? ぅぉあああああああ!?」
「だぁあああ危ねぇえええ!?」
「ギャー殺されるー!!?」
斧槍を振り回す美貌の女重戦士に、背後から殺されそうになった。
敵ではなく応援である。
長柄の重量武器によるフルスイングで、広範囲の魚人がホームランされていた。斧部分とは反対側の鎚の部分でぶん殴ったのだが、実のところ骨が砕けるかなりエグい手応えがあった。
そして、ギリギリのところで身を伏せてやり過ごした冒険者や兵士、そして船乗りたち。
前からは魚人に迫られ後ろからは凶器で殴り殺されそうになり、全員すごい形相になっていた。
一応助けられたというのは分かっている。
「おぉいねぇちゃんよー!?」
「テメー殺す気か!!」
「ひー!? ごめんなさい!!」
たった今魚人5体を薙ぎ払って見せても、生来の気の弱さは如何ともし難く。斧槍の柄を抱いて、怒鳴られた小春は泣きそうだった。
先ほど派手にぶっ放した師匠といい、まさにこの弟子ありである。これでもギリギリまで皆がしゃがむのを待ったのだが。
「コハルよ、お前さんここは長物より剣の方が良いんじゃねーか? そっちもユーゴから仕込まれてたろう? 盾でブッ飛ばしたりとか」
「そうします…………」
大男の冒険者、ゴーウェンは女重戦士に忠告しながら、自身は手にした銛でまた一体の魚人を突き倒す。コンパクトな一撃だが、その先端は軽々と魚人の反対側から飛び出していた。
それを、銛を振ってポイッと振り落とすと、他の冒険者と押し合いをしていた別の魚人をあっさり一撃していく。
狭い船上故に派手な攻撃は行わないが、ゴーウェンは手堅く敵を減らし続けていた。熟練者の味だ。
斧槍を背中に引っかけた重戦士も、盾を構えて体当たりをブチかますわ剣を叩き付けるわと接近距離の戦い方に切り替える。異邦人のステータス補正は筋肉量以上のパワーを発揮し、カチ上げられたサカナ人間は放物線を描いて海に叩き込まれていた。
「シッ! ッツァ!!」
甲板から船内に入り込もうとする魚人は、その階段手前で剣士の青年に斬り伏せられる。王女の従者クロードは、最近は長剣と短剣のふた振りを以って戦うスタイルを研鑽中だ。師である悠午の遣り様に、確信を得るものがあったらしい。悠午も狙ってやっていたのだが。
緩慢な動きの魚人とクロードでは、3倍ほども速度に開きがある。手数で圧倒される魚人は、攻撃の機先も制され削られるように倒されていった。
今のところ悠午の真似でしかなかったが、若き剣士の覚醒開始である。
「アドストレング! アドストレング! 戦え戦え雑兵どもフハハハハハ!!」
「類感呪、倦怠疲弊!」
「ふぁ、ファイオショットー!」
船尾楼甲板、一段高くなっている甲板上から得物を掲げて魔法スキルを連発する、異邦人の女性陣。
哄笑を上げるジト目法術士は辻バフを飛ばしまくり、船員だろうが冒険者だろうがお構い無しに強化している。単純な打撃力が上がった事で、魚人を一撃で叩きのめす船員が増え始めた。
アドストレング、熟練度25。
近距離単体、膂力増強効果付与(光属性)、習熟度によって強化率が上昇する。
魔法職第二段階に役割変更した目隠れ呪術士は、一定範囲内の魚人だけに効果を及ぼす魔法スキルで攻撃。途端に、目に見えて魚人の動きが鈍くなり、中にはそのまま倒れてしまう個体もいた。
倦怠疲弊、熟練度10。
呪術捕捉、ステータス微弱低下(闇属性)、習熟度によって低下度、範囲、持続時間が変化する。
若奥様魔術士は生き物を焼く事に抵抗があるようだが、この世界もそこそこ長いので戦闘にも耐えている。悲鳴ひとつ上げない魚人の死に様が、比較的凄惨でないのも救いか。
禿頭傷の騎士も順当に魚人を排除している。少なくともこの商船に関しては、黒の種族側が主導権を取り戻しつつあった。
そんな中、船尾楼から海面を睨み、僅かに難しい顔をしている魔道姫のフィア。普段は表情に乏しいのに、それが表に出ているというのは相当である。
魔道を極めんと研鑽する王女には、目には見えない魔力をある程度感覚的に捉える事が出来た。
その感覚が言っているのだ。
先ほどの怪物イカなどではない、もっと他に何か巨大な物が蠢いている、と。
「なんかさー……下の方で何か動いてない? さっきからうっすら変な長い物が流れてってるように見える……気がすんだけど」
「サヨコ……? 貴女――――――――」
辻バフ連打で精神力が尽きたジト目法術士も、魔道姫の横で甲板上から海を覗き込んでいる。ポーションで回復中だ。
しかし、それは少しおかしい。
改めて魔道姫が海面を見ても、更に下にある海中を見通す事など出来なかった。飽くまでも、魔法使いとしての感覚に因るものだ。
仲間のジト目は一体何を見たのだろうかと、周囲の騒がしさも暫し忘れて傍らを凝視する魔道姫。まさか、という思いが頭を過ぎった。
そんな時、少し離れている海上で、ドーン! と。
「吹き飛べジェットインプルス!!」
「クールタイム終わった……ヴォルカニックボム!」
「ディガーシューッ!!」
海面で派手な水柱が立ち昇った。トッププレイヤーの放つスキルの威力だ。
勇者とその仲間の攻撃で、海面直下にいた巨大イカのモンスターが爆散する。
18メートルの帆船を超えるサイズの怪物を一撃し、船員や他の冒険者からも歓声が上がった。流石は勇者の一団だ、という賞賛の声も混じる。
油断無く次の敵に構えながらも、プレイヤー達は、そして勇者ジュリアスは誇らしかった。
これでこそ、自分だ。
人々の先駆けとして絶対的な力を振るい、その規範、希望となる。
自分にはその能力も、羨望を集める資格もあるとジュリアスは心から思っていた。
自分以外の、チーターなどではなく。
「ここはもう大丈夫だ! 跳べる者は他の船の応援に行くぞ!!」
「水中は行きたくなーい……。セレナー、ジェットだけちょうだーい」
「だいたい100メートルってところか? 自分でソアラー使ってみる――――――――」
「待って!!」
足場の安全を確保した勇者の一団は、徐々に状況が悪くなっている他の船を助けに動こうとする。用いるスキルは、水中や空中での推進力を得るモノだ。
ところが、寸前になり仲間のひとりからストップがかかった。スキルで敵の情報を集めていた回復職のプレイヤーだ。
「一体じゃない! 他にもたくさん――――――――上がって来ます!!」
「ウソだろ! ディープじゃないにしてもクラーケンだぞ!? それが何体も同時に!!?」
叫ぶとほぼ同時に、海域一帯のあちこちで見上げるような触腕が立ち上がる。10体や20体という程度の話ではない。
海に棲む巨大イカのモンスター、クラーケンは群れる事の無い生物だ。ストーリー中盤のサブクエストではエリアボスとして扱われる事もあり、最難関海域でも時折遭遇するくらいである。
それが、一度にこの数。
偶然ではあり得ず、誰の頭の中にも罠に嵌ったという思いがあった。
「こりゃちょっとメンドクサイか…………しゃーあんめぇ」(ってもこの水の量じゃ水剋土とはいかんからー)
そんなワケで、空中にいる悠午もちょっと手札を晒す事とする。
「火気逆剋! 一尺玉連弾!!」
相貌に灯り、燃え上がる火“気”。
小袖袴の少年が真横へ腕を引くと、その手の平に30センチほどの火球が生まれていた。
サイドスロー気味に腕を突き出すや、火球は砲弾のように射出され海中に飛び込んだ直後、炸裂。
ゴボンッッ!! という鈍い爆音と衝撃で海面が真っ白に染まると、爆心点を中心にして海水が大きく盛り上がっていた。
「カッ! ハァアアアアアアアア!!!」
それだけでは終わらず、哄笑を上げるかのように“気”を吐く悠午は、同様の火球を秒間数十発という機関砲の如き勢いで連発する。
次々と叩き込まれる火球は、海中でイカの化け物を巻き込み連鎖爆発を起こしていた。
「凄い……! アレ一発で千人の隊を崩せる…………!!」
「なん……!? なん……!!? え!? 燃え……? アイツどうなってんの!!?」
「…………ミコちゃん?」
魔道姫マキアスの師がやっているのは、気が狂ったような火の精霊の凝縮だ。言ってみればそれだけに過ぎないが、魔力量と破壊力が尋常ではない。弟子としては目を見張るばかりである。
そして、どうした事か悠午の方を見て“?”マークでいっぱいになっているジト目法術士。近くでは目隠れ呪術士が心配そうに様子を窺っていた。
「アイツ…………どこまで…………!!」
一方、クラーケンを一蹴して実力を見せつけたつもりが、更に上の力を見せつけられていた勇者ジュリアスと『ブレイブウィング』の仲間たち。
爆音の中でひとり歯軋りしていた勇者は、頭に血を上らせて全員に号令をかける。
「クラーケンを集中して倒すぞ! 僕の方はひとりでいい! 皆で手分けしてあたるんだ!!」
「シラベさんひとりでですか!?」
「クラーケンはともかくサポートと攻撃スキル同時に使うのはクールタイム的に厳しくね? 被ったら海オチちんじゃん」
「SPを惜しまず速攻で倒せば他の船に飛び移れる! いくぞ!!」
クラーケンは戦いの土俵が違う上にタフで攻撃の手数も多い危険な相手だ。総数も良く分かっていない。
レベル220を超える最上位プレイヤーとはいえ、勇者ひとりで相手取ると言うのはパーティーの仲間達も流石に不安になる。
不安要素となるのは、モンスターの強さだけではないが。
最強であるが故に、勇者ジュリアスがここまでエゴを剥き出した姿など見せた事が無いのだから。
◇
悠午たちの第一の目的地である、白の大陸にある神殿都市、アウリウム。
そして、白の大陸へ渡るには戦争の最前線となっている島国、アルギメスを経由する必要がある。他のルートは星の反対側を回るか、危険過ぎる地獄の海域を通らなければならないのだ。
黒の大陸と島国アルギメスは、竜道海峡という狭い海に隔てられている。
ナイトレア国のフートン港から、船で僅か数時間という短い海路。
ところが、この海峡が白の女神の眷族により支配され、黒の大陸とアルギメスの往来が断たれてしまう。
同ルートは前線への補給路にもなっており、黒の大陸連合は輸送船の護衛と敵の排除を目的として護送船団を編成。
海中を得手とする見えない敵との交戦に入っていたが、その戦力は連合国の想定を遥かに上回っていた。
「ぅううううッ! ハァッ!!」
船に絡み付いてきた触腕を、真上から振り下ろした斧槍でブッた斬る。勢い余って甲板と手摺も粉砕したが。
「おい船まで壊すな! 沈める気か!?」
「コハル嬢ちゃんよハルバードはやめとけっつったろ!!」
「だって短い剣じゃあんなの斬れないよ!!」
むくつけきワイルド船員に怒鳴られたが、切断したぶっとい触腕を指差しながら叫び返す小春。
美人重戦士は再び大活躍中だった。魚人もお化けイカも、イケメン詐欺の極悪師匠に比べればどうという事はない相手である。
とはいえ数が多いので、一息吐く間も無かったが。
「まだ来るよー! 左舷の前方からもう一匹ー!」
「ハァ……ッ! 悠午くんが人魚を追い返すまで、がんばればいいんだよね!!」
「まーそうだな。あの調子なら問題ないだろうが…………」
帆柱の上から周囲を見張る小柄な斥候から、次の敵の接近が告げられる。
小春たちは悠午が敵を追い払うまで船を守るの役割だと言われていた。どのみち海中の敵と戦えるような攻撃手段は持ち合わせていないので、そうするしかないのだが。
今のところ問題なく戦局は進んでいる、ように思える。“気”を吐く小春もビビリながら、臨戦体勢を維持していた。
強力極まりない冒険者の一団を割安で雇えたのを、船主は涙を流して喜んでいるだろう。
ところが、ゴーウェンは何故か歯切れが悪い。
◇
「ロックランスシュター!!」
ひとりアストラ王室の船を飛び出した勇者も、海面を超高速で跳ねながら強力な攻撃スキルでクラーケンを狩り続けていた。勇者の持つ剣の周囲に形成された岩の槍が、海水の抵抗をものともせず標的へ飛びど真ん中を撃ち抜く。
ロックランスシューター、熟練度115。
近~長距離範囲、貫通攻撃(風/土/物理属性)、pow、tec、mnd値で威力と距離が変動、軽装甲の対象を高確率で貫通。
空中歩行スキルの持続時間と発動タイミング、そこに攻撃スキルのクーリングタイムが被らないかギリギリを攻める博打のような戦い方だが、止まるワケにはいかない理由があった。
「フハッ! 金気神度剣大量!!」
空中を駆ける悠午の相貌が、鋼色に鍛造される。
小袖袴の少年が翼のように両腕をいっぱいに広げると、周囲に何百とシンプルな両刃の剣が出現した。そして勢いよく腕を交差させた直後、豪速で船の至近距離へと飛び込む。
後にできるのは、膨大な量のイカ刺しだ。
「チートをあんなに堂々と…………!?」
勇者の端正な顔が負の感情に歪む。
何も無いところから大量の剣が現れるなど、これがチートでなくて何だと言うのか。
正しき鍛錬、正道の戦い、正義の為に戦う自分が、不正な手段で活躍するチーターに遅れを取るなどあってはならなかった。
凄まじい速度で強力なモンスターを屠っていく武人と勇者のふたり。驚愕、羨望、歓喜、喝采、畏怖といった感情が周囲から差し向けられるが、今はそれを顧みている暇は無い。
ジュリアスは正義と人々の為に、それに許せない者に負けない為に力を振るう。
一方の悠午は、基本的に障害の排除が目的だ。目の敵にされている事など知らないし、仮に知ったとしてもどうでも良い事だと思うだろう。
そんな悪びれる様子も後ろめたさも一切ないチートプレイヤーに更なる怒りを募らせ、正しき勇者ジュリアスは攻撃の手を強めるのだ。
そしてふたりの足下、海中の奥深くでは、とばっちりのような想定外過ぎる勇者の攻勢に追い詰められている者達がいた。
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