063:氷河の大波に跳梁するサーフライダー
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光も届かない海の底、竜道海峡の海面下、約800メートル。
その海底に広がるサンゴ礁の上に、幾つもの大きな魚影が佇んでいた。
海面近い深度では大きな爆発が立て続けに起こっており、静かなはずの海底にまで轟音が響いて来る。
時折白い破片がボロボロと降り注ぎ、深海魚や砂に潜む生き物の食べ物となっていた。
「クラーケンがこうも簡単に屠られる……!? これが陸の勇者とやらの力なのか!!?」
その科白は、水中だというのによく響いた。海に棲む種族、人魚の持つ特殊な声帯は水を空気のように震わせて声を伝達する。
「船も未だにひとつも落とせてない。陸の奴らめ……海でまで大きな顔をさせてなるものか!」
「兵はどうしたのだ!? 二本足や大鋏、翁魚ならいくらでもいるだろう! 船に取り付かせて海中に引き摺り込むのだ!!」
「伝令魚の報告では兵が船に近づけぬらしい。陸の者の数はともかく、プレイヤーが相当混じっているようだ」
「『プレイヤー』!? 陸の者以上に我らが海を冒すヒトの変異種ども!」
「忌々しい……いったい如何なる存在が、あのような分別を持たぬ愚者にあれほどの力を与えたのか」
腰から上は見目の良いヒトの姿、腰から下は魚の胴と尾ヒレ。それが人魚種だ。
この場にいるのはほとんどが男の人魚であり、黒の大陸の軍勢をアルギメス国と分断する為に集まった、海の軍団の指揮官にあたる。
よって、鎧や兜など装具を身に付け豪奢な槍も装備しているが、基本的に前線には出ない。魔法で前衛を援護する前線指揮官が他にいる程度だ。
人魚の指揮官たちは、想定外の戦況に取り乱していた。
言うまでもなく、海というフィールドにおいては人魚や魚人といった海に棲む種族に圧倒的な優位性があり、船が無ければ移動できない水中で呼吸もできない、ましてや自由に動く事など叶わない陸の種族など敵ではない、はずである。
ところが、現実に起こっている事は、真逆だ。
大量投入した魚人兵士は敵の船を攻め切れず、決め手となるクラーケンは次々と肉片に変えられる。
ここで黒の大陸の種族に壊滅的な打撃を与えて戦意を挫く作戦が、丸潰れだった。
「陸の船を全て沈めるはずのクラーケン100体が、ほぼ失われた……。これ以上の攻勢は無意味ではないか?」
恨み言も出尽くし、生じた間隙に人魚のひとりが現実的な意見を出す。人間で言えば壮年期にあたる、若さと慎重さを兼ね備える者だ。
「愚かな事を言うでない。海で我らが敗北する事の意味が分からぬとは言わせぬぞ」
「クラーケンを揃えるにも相応の代償を払っています。このまま何も戦果無しとあっては、枢機院も納得しないでしょう」
「連盟にも面子が立たない。我らの連盟における席を失いかねないぞ」
これに反対する主戦派の人魚。
ファンタジーな見た目でも、人魚種には人魚種なりに、リアルで政治的な事情がある。
内政、外交、その本質は陸上の生物となんら変わるモノではない。
「だが、これ以上は損害を増やすだけなのも事実か。実際、他に打つ手も無い。奴らが陸に上がれば、今度は我らが一方的に攻撃を投げ入れられる事になる。海が荒れるだけだ」
「まだ守護者がいるではないか! アレなら陸の者がどれだけ浮いていたところで、纏めて泡と変えてくれよう!!」
「それこそ愚かな行為だ。守護者は我ら人魚族全ての守り、枢機院もその為に守護者を出すのを許している。万が一を考えれば、こんな所で危険に曝していい戦力ではない」
「今ならまだこの海の支配を維持できるだろう。しかしこれ以上兵士を失えばそれも難しい。次の戦いに備えて、今は戦力を温存すべきだ」
「海の中だけ支配したところで、陸の連中は恐れもせずのうのうと上を行き来するだけだ。それでは意味があるまい」
「それにエルフは勇者が北の島国へ渡るのを止めろと言ったのだぞ。それをみすみす目の前で行かせるなど…………」
「エルフなどと言っても所詮は陸の者、我々がどれだけ犠牲を払ったところで顧みはすまい」
「そうだそうだ! 女神の威光を嵩に来て、海の支配者たる我々を僕のように扱うエルフなどの為に血を流してやる義理はない!!」
「だがどうする? エルフの……盟による求めに沿わぬのか? 盟の中の我らの立場は? 所詮陸の者の争いとはいえ、黒い方に比べればまだ白い方がマシだぞ?」
もともと、白の女神の眷属とはいえ、海に棲む人魚種族は陸の種族とは精神的な隔たりが有った。初代英雄たちによる魔神討伐の時代ならいざ知らず、今現在にあっては自らの生存圏が冒されるのを防ぐ為に、止むを得ず戦力を出しているという側面が強い。
率直に言えば、海さえ平和なら陸がどうなろうと知った事ではないのだ。
もっとも、陸の生物とも海や河で繋がり、また海産資源の収奪争いなどの問題もある為、全く無関係ともいかないのだが。
陸の種族、特にヒトによる海からの略奪は、近年目に余る規模となっている。異邦人という変異体を抱えたヒト種族の勢いは、英雄の時代以来と言って良い。
その危機感を思えば、白の大陸の種族とあまり距離を置くのも悪手と考えられていた。
とはいえ、現実問題として人魚による黒の大陸連合の護送船団阻止は、上手くいっていない。
人魚種族はともかく、その従属種族と使役獣には多くの犠牲が出ている。逆に言うと、人魚に関してはそれ程の被害も出ていなかった。
ならばこれ以上の犠牲を出すより撤退したいところだが、白の大陸と英祖の連盟、そして筆頭種族であるエルフの手前、それも簡単ではない。
以って議論は、撤退の理由をどう整えるかという点に絞られつつあった。
ところがだ。
「…………そんな事でいいの?」
力強く響く声に、言い争っていた人魚たちが沈黙する。
段々になっているサンゴ礁の最上段、重武装の人魚に周囲を守られている女性の人魚がいた。
ヒト種でいうと20代から30代、緩くウェーブしている緑がかった長い金髪の人魚だ。
人魚種の軍勢を率いる旗頭、『紫水晶海溝』の人魚姫99姉妹のひとりである。
「陸の種族に攻撃を受けている……魚人兵やクラーケンが、ではない。エルフに命じられたからでもない。今、陸に攻撃を受けているのは我々ではないか!!」
「アヌビアナ様?」
人魚のコロニー、紫水晶海溝を治める海の王のひとり。その25番目の娘にあたる。
アヌビアナは人魚の姫ながら気が強く、また物怖じしない性格から兵を率いて戦いに出る事もしばしばあった。今回の海峡封鎖作戦の人選としても、妥当なところだろう。
「海は我々海に生きる者全ての故郷だ。それを、これ以上の蹂躙を許せば陸のヤツらは更に付け上がるだろう! 人魚など所詮サカナと同じで陸に棲む己らには手が出せず、海もまた自分たちの物であるとな!
それが全くの間違いであると、今こそ断固として我らの意を示す時では!?」
が、アヌビアナの性格を知る者からすると、今の発言にはやや違和感を覚えるものであった。
アヌビアナは勝気で勇猛ではあるが、兵の命を無駄に消費し強引な攻めを行う性質ではない。現実的な手段を選べるからこそ、人魚の兵士にも人気があった。だからこその旗頭である。
それが、今は血気盛んで向う見ずな若者のように、理想を叫び正義に逸っていた。
「ですが姫、上の船を沈められなかった以上は、魚人兵や他の使役獣による力押ししか手が残されておりません。クラーケンを易々と倒すような手合いがいるとなりますと、それも無駄に終わる可能性が…………」
「守護者を出します。我ら人魚の守り手、時化を呼ぶ大海蛇。陸の者も思い知るでしょう。海は決して、彼の者たちには微笑まないと」
「姫、それは…………!?」
慎重な古参人魚からの意見具申に対する、驚きの返答。
それはつまり、この戦いの為だけに、持てる全ての戦力を突っ込むという意味だった。
何も種の存亡をかけた一大決戦などではない。今回の戦いは、アルギメスと黒の大陸を切り離す事だけが目的だ。言ってしまえばダメなら退けば良いだけの事。
しかし人魚の『守護者』は種族全体の守り手だ。その役割は切り札であり決戦兵器。こんなところで消耗させていい存在ではない。勇者という危険要素もある。
「いや、アヌビアナ様の仰り様はいかにもな事! ここで徹底的に陸の者を叩いておけば、二度と海に出ようと思うまい! 結果的に損耗は少なくなり、我ら人魚も安んじられよう!!」
「そうだ、これはチャンスだ! ヤツらの船が集まっているなら、目も当てられないほどやられれば目も覚めるというものだろう!!」
「陸のヤツは陸に追い返せ! 我らと守護者の力を見るがいい!!」
だというのに、勢い込んで人魚姫に同調する意見が次々出て来る。比較的慎重だった者すら、急に好戦的な意見に変わっているようだ。
兵士に求心力があるアヌビアナ姫に引き摺られたにしては、少しおかしい。
そう思う壮年の人魚だったが、既に形成された戦いの空気は変えようもなかった。
その裏に、クスクスと忍び笑いを漏らすソバカス面の少年がいるなどとは、知る由も無い。
◇
水面から高く跳躍したイケメン勇者、ジュリアスが眼下へ向けて自らの武器を投げ付ける。
投げられた片刃の剣は水中を突っ切り、巨大イカの怪物に突き刺さると同時に爆発を起こした。
プレイヤーの特殊能力による攻撃だ。
エッジエクスプロージョン、熟練度120。
近~長距離範囲、爆発攻撃(火/土/物理属性)、TECとMND値で爆発範囲と威力が変動、中型までの対象を中確率で粉砕。
「やるがな勇者殿。一撃必殺かー」
「クラーケンは粗方片付いたのか!? ヒレ付きどもは!!?」
「流石に攻勢も息切れなんじゃないですかね? どの船も持ち直したみたいだし、二次攻撃の気配は――――――――んん?」
村瀬悠午はというと、その光景を離れたところにいる船の上から、船長や乗員らと見物中。途中からイカ退治を勇者に任せて、自分は他の船の援護に回っていたのだ。
魚人相手に無双だった。投げて殴って時々蹴り飛ばして100匹以上の魚人を海に叩き返している。
「あんたスゲェよ! てかなんだよどうなってんだあのスキル!?」
「アメイジング……ジャパニーズマスター『ジュードー』」
同船で雇われていたプレイヤー達も脱帽の暴れぶりだったとか。
何を勘違いしたのか小袖袴の青年に手を合わせて拝んでいるアフリカ系プレイヤーもいた。
イカの怪物は大半が倒され、魚人が新たに乗り込んでくる気配もない。多少の損害は出たが、今すぐに沈みそうな船もいなかった。狭い海峡を渡りきる分には持つだろう。
仲間たちの乗る商船の方も問題無さそうだ。美貌の女重戦士が斧槍で甲板を叩き割っていた気もするが。
海底の敵は動く様子を見せず、これ以上の攻撃は無いかと悠午は考えていた。
しかし、その予想は外れる。
「なんかものスゴイのが来るな……。船長、他の船にも警告を。連中総攻撃に出るみたい」
「なんだと!? そりゃ確かかボウズ!!?」
生命の“気”を見る悠午の眼は、海の下から一斉に上がってくる1万に近い影を捉えていた。しかも、ひとつ洒落にならないサイズのが混じっているようだ。
これを船長に警告する小袖袴の少年だが、同時に釈然としないものを覚え首を傾げている。
先陣の規模からして、全滅覚悟の咬ませ犬などではなかったはずだ。クラーケンを出した時点で、護送船団は全て沈めるつもりだったのだろう。
援軍が来るのなら、それは先陣が壊滅する前でなくてはならない。海底の軍勢に動きが見えなかったのは、恐らく想定外の消耗を見て一時撤退を考えていたからだ。ひとつ混じっている巨大な戦力も、初手で持って来なかったのであれば、奥の手か切り札に相当する存在と思われる。
だというのに、前線が落ち着き護送船団が統制を取り戻してから再度の攻勢など、被害を大きくするだけで非合理の極み。
単なる戦力の逐次投入とか、戦略としてNGである。
「うーん…………」(まぁ向こうにも都合ってもんがあるか。何事もセオリー通りにはいくまいよ)
とはいえ、現実においては非合理で不条理で意味不明で不可思議な事が起こるのも珍しくなく。時に想定もしない外的要因によりワケが分からない事態になるのも歴史の上ではしばしば。
理屈に合わない事など考えても無駄なので、悠午も姉の「やるべき事をやれば後は知らん」という科白に倣う事とする。
カーンカーンと大きく鐘が打ち鳴らされ、新たな敵の接近を護送船団の全員へと伝えていた。クラーケンを倒したといっても、未だに人魚の制海圏だ。誰も彼もが大急ぎで次の戦いへと備える。
気が付くと甲板上から小袖袴の青年の姿は消えていた。接敵を前に空中へと飛び出したのだ。
そこから別の船の帆柱を足場に使い、仲間がいる商船へと一旦戻る。
「ゆ、悠午くんあの音どうしたの!? もう終わったんじゃないの!!?」
「おいユメカズ!? なんか下にバカデカいのいねー!!?」
「え? 御子柴さんアレ見えてんの?」
迷わず戦闘体勢に入っている周囲の船乗りに対し、プレイヤーのお姉さん方は状況が飲み込めていない為か動きが鈍かった。戦闘能力はそこそこ上がってきたと思うが、その辺は今後の経験次第かと悠午は思う。
そして、ジト目法術士の科白には少々驚かされた。見えないはずの物が見える現象には心当たりがあるが、今は確認している暇がない。
「畳み掛けるんじゃなくて一旦場が冷えたところに再攻撃か? どういう指揮官だ」
「勝算があるのではないか? 先ほどので、こちらの手を推し量ったつもりなのかも知れんな」
「マスターユーゴ! フィア様が下から何か凄まじい力を持ったモノが来ると――――――――」
ベテラン冒険者のオッサンや禿頭傷の騎士は悠午同様の疑問を覚えたようだが、特に動揺などもしていなかった。やはり場馴れしている為か、目の前の戦闘に集中して余計な事は考えないようになっているらしい。弟子に見習わせたい。
青年剣士の主である魔道姫は、海面下の異常事態を察知していた。もっともある程度“気”配に敏感な者であれば感じ取れてしまうほど、下から来るのは圧倒的な魔力の持ち主ではあるが。
とはいえ、幸か不幸か話も早くて助かる。
「まぁ御子柴さんとフィアの言う通りなんだけど、なんかこの海峡丸ごとくらいありそうな生き物が上がって来るんだわ、これが」
「この海ほどの大きさ……!? おいユーゴよ、それは…………」
「オレはそっちを押さえるけど、一緒に人魚の全軍も突っ込んで来るみたいで。この攻勢規模だと船なんかアッと言う間に沈みそうで、ちょっとヤバイかもね」
人魚以外も混じっているようだが、敵の数は護送船団の全員を足して2倍強と言うところ。足場の悪さや分の悪さを考慮すれば、戦力差はもっと広がるだろう。
その上、悠午がなにやらバカでかい生き物相手で手が離せなくなった場合、後はもう阿鼻叫喚の地獄絵図しか思い浮かばないという。
「他人の世話を焼けるのは俺たちだけだな。仕方ねぇ、船長どやし付けるか」
「魔法スキルとか使える人はいいけど、わたしとかゴーウェンさんとかはどうすればいいの?」
「そりゃ魔法系のヒト達のディフェンスでしょ。てかゴーウェンなら銛とか投げて―――――――」
ゴーウェンは船を動かし他の船の援護へ動けるよう準備するらしい。一応雇われている立場なのに、アゴで使う気満々だ。
女重戦士のプレイヤーや普通の冒険者などは水上移動の手段も無く、ほかに有効な攻撃手段も無いので引き続き防御に専念する事になる。
と考えられたが。
「なんだアレはー!!?」
「何か出て来たぞ!!?」
「デカイ!? いや一体じゃない!!?」
海面に飛び出して来た物体に護送船団が大混乱となるに際し、悠午は速やかに方針を転換した。
「やはり、サーペンティス……! 海神のヘビ!?」
「いやおかしいだろ!? 人魚の島のボスじゃん! ここに出ちゃダメじゃん!!」
「ヒドラの次は海の大蛇か…………やれやれだ」
伝説に詳しい魔道姫が目を見開き、ジト目プレイヤーが『フラグぇ!』と叫ぶ。
ベテラン冒険者が呆れる様に、こんな所にサラッと出ていい存在ではない。
先に交戦したヒドラは一応徘徊型のモンスターだったが、こちらはメインストーリーを外れたサイドストーリーの列記としたエクストラボスだ。この世界においても神話の中の存在である。
戦うべくして舞台を設えているゲームでは、その全体像を見た事のあるプレイヤーはいない。
だが今は海域のそこかしこで、あまりにも長大な大海蛇の胴体が垣間見える。
特に敵意も無く船体を擦られただけで、大きく破損し転覆しそうになっている船もあった。
「…………場を荒らすけど後で直すかメンドクセぇ。船が沈まんようにフォローして、足場も作っとこう」
「どうやって?」
「まぁ、また手札を一枚切って…………」
ちょっと手の内を晒し過ぎかな、と思いつつ他に手も無いので、悠午は自分の“気”を五行エンジンでブン回し最大活性。
更に陰業に偏らせた水“気”を凝縮し、甲板から飛び降り海面に手を浸す。
直後、船を巻き込み海が凍り付いた。
ビキビキと軋む音を立てながら、凍り付く範囲は急速に拡大していく。
5メートルを超えて分厚くなり続ける氷に、浮上している最中の人魚たちが泡を吹いた。
「こんな南の海に氷床!? いやそれよりなんで急に!!?」
「陸の魔法!?」
「そんな!? ここまでの氷を一瞬で作り出すなど、まるで海皇の力ではないか!? どうして陸の者がそんな魔法を!!?」
人魚はすぐさま逃げ出すが、泳ぎが達者ではない使役獣が大量に氷の中へ閉じ込められた。
氷床は護送船団と大海蛇を含んだ周辺海域まで拡大。
その全てを静止させてしまう。
悠午の五行術、水“気”陰業の『大氷牙』によるモノである。
船乗りと冒険者たちも、景色と同様に沈黙せざるを得無かった。何が起こったのかなど、一部の者にしかわからない。
船底に大穴が開いた船や大きく傾いていた船も、氷に捕まり沈没を免れていた。
戦場の喧騒は消え、ギゴゴゴ……という船体が歪む音だけが響いている。
「あーもーこれ後始末が大変だよー…………。元々水“気”に支配されてたのが救いだわな」
そして、これをやらかした小袖袴の少年はというと、甲板上に戻るやゲンナリしていた。伏せた瞳がアイスブルーに染まっていたが、すぐに元の黒に近い群青へ戻る。
当人の体力と“気”力的には問題無かった。しかし海域の陰と陽のバランスが完全に崩れているので、事の後に戻さなければなるまい。
元来の自然と人間を取り持つ巫女としての役割を忘れた雑な魔女や魔法使いなどは、これを放置して大変な自然災害となり、だいたい後始末が悠午のような五行術の遣い手に回ってくるのだ。元の世界での話である。
「すげー…………悠午くん、こんな事も出来るんだ」
「お前絶対これ教えてもらうからな…………」
悠午がとんでもない術者だと分かっていたつもりだが、それでも度肝を抜かれ唖然しまうお姉さん方。ジト目さんの瞳孔が開いているのが悠午をしてちょっと怖い。
「だが確かに問題があり過ぎるな、こりゃ。凍りついてりゃ船は沈まんし、デカい海蛇も氷の上には上がって来ないだろうが――――――――」
周囲の船は大騒ぎだし、このまま戦いも終わるのか? とゴーウェンは疑問を口にしていた。
これでは戦いどころではないだろうと思う。護送船団も海の中の種族も、お互いに。
ところがそう言った矢先、氷の上に突き出ていた巨大海蛇の胴体が動き出す。
氷床の厚さは30メートルにも達しようというのに、凄まじい力だった。
「…………いっそ全部凍らせるワケにはいかなかったのか?」
「言いたい事は分かるけど、そこまでやるとこの辺が死の海になっちゃうし」
遠い眼をする前言撤回なオッサン冒険者に、処置無しと鼻で溜息を吐く小袖袴の少年。悠午だって出来れば凍らせた時点で終わって欲しかった。
氷の塊が大きく割れ、遂に巨大海蛇がその姿を現す。
割れ目から持ち上がった部分だけで100メートルにも及ぶか。海蛇の頭部は、遥か高みから護送船団を睥睨していた。
大波の化身であるかのような威容に、船を使わなければ海に出られないヒト種などは己の矮小さを突きつけられる。
ほぼ全ての者が、こんな超越した存在と戦うなどとは欠片も考えられなかったが、
「全員行くぞ! あのサーペントは僕らが叩く!!」
「ッ!? シラベに続け!!」
ここでも真っ先に飛び出して往くのは、勇者と率いられる『ブレイブウィング』の一団だった。
甲板から氷の足場に降り立つ異邦人達。
しかし大海蛇へ続く氷床の手前、大きく割れた氷の裂け目から人魚や無数の使役獣が湧いて出て来た。
「やはりプレイヤー!?」
「海の守護者よ! 今こそ陸の者どもと世界の異物を殲滅せよ!!」
会敵の初っ端から戦意が高過ぎる人魚たちは、氷上にいたブレイブウィングに対して一斉に魔法攻撃を開始。砂混じりな水の刃や氷の槍を雨あられと降らせる。
当然、ブレイブウィングも魔法や攻撃スキルで対抗し、中長距離での飛び道具の撃ち合いとなった。
また、大量のモンスターが出現した事で、他の護送船からも兵士や冒険者、プレイヤーが出撃していた。
そんな激震の戦場を軽々と飛び越えていく、小袖袴を翻した武人が一匹。
「クッ!? チーターは手を出すなぁああああ!!」
勇者ジュリアスが頭上を見上げて吠えるが、そんなの悠午は知ったこっちゃない。今自分が大海蛇を抑えんで他に誰が抑えると言うのか。
頭部全体がクチバシのような甲殻に覆われた大海蛇が顎門を開け広げる。
その長大に過ぎる胴を波打つように蠕動させ、何かを吐き出すかのような仕草を見せた直後、
喉奥から膨大な水流をレーザーかビームのように収束して発射。
「ッどラァああ!!」
これを悠午は、拳に圧縮した木と炎の“気”で迎え撃った。
気功仙人掌『雷凰撃』、熟練度50000相当。
近~長距離範囲、気功打撃(“気”/物理属性)、竜雷→雷火と輪廻する“気”による打撃。同レベルの技が扱えなければ防御不可能。
雷炎の渦がジェット水流と正面から激突し、大爆発を起こす。
ボンッ――――――!! と一瞬で膨張した莫大な水蒸気が戦場に広がるが、それも次なる打撃の衝撃波で吹き散らされた。
横っ面を殴り飛ばされ大きく傾く、大海蛇の上体。
その顎門から飛び出た乱杭牙を捕まえると、悠午は大海蛇の鼻っ面へフルスイングの追撃を叩き込む。
感想と評価とレビューは読者様の聖なる三位一体……もうなにを言っているのかよくわかりませんが。




