047:サスペンスドラマと裏番組
10日連続更新の9回目です。
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姫城小春は斧槍をヒドラの背中に置いて来てしまった。今も刺さりっ放しである。
ヒドラを確実に仕留めるには、分厚い皮膚と筋肉の下にある心臓を直接叩かねばならない。
ところが、一度はどうにかこの巨体を駆け上がったものの、どうやら狙いがヒドラにバレたらしく、大暴れをはじめてしまい手が付けられないという、この状況。
城壁のように巨大なクセに激しい動きをする胴体を前に、女戦士はどうして良いやら茫然としていた。
「コーハールー!」
そこへ、どこからともなく飛んで来るのは少年の様な形をした斥候職のビッパだ。悠午に手札を看破られたので、もはや隠す気もないらしい。
「ビッパくん!?」
「ユーゴがさっさとヒドラにトドメ刺せってさー。オイラにも手伝えって言われちゃった」
「んな事言われたって…………。なら、もう悠午くんがやればいいのに」
「ユーゴはコハルにやらせたいんじゃないの?」
上を見ると、小春の師匠が炎やら雷を纏い、空中を走り回ってヒドラの頭を殴り飛ばしている。
自分はただの女子大生なのだから、自分基準でモノを言わないでほしいと心から思った。
かと言って、投げ出すつもりもなかったが。
「ていうかヒドラが動いていると登れないんですけど…………」
「オイラがコハルのハルバードに糸絡めて来たから、それに掴まって行けばいいよー。ガッチリ喰い込んでたから楽だったよ」
「……『糸』?」
のたうち回っているヒドラの上は、大地震の比では無いほど揺れていた。とても足場なんかに出来た物ではない。
が、小さな斥候職が言うには、細い糸を結ってヒモ状にした物を小春の斧槍に絡ませて来た、という話だった。
いつの間にそんな物を、と思う小春だが、それなら確かにクライミングも不可能ではないだろう。
小春が再び尻尾の方へ走ると、そこには10メートルはありそうな尻尾を掴んでズリズリ引っ張る小袖袴の少年という、冗談のような光景があった。
進攻を文字通り力尽くで阻止しているらしい。
思わず力が抜けそうになる女戦士だったが、師匠に「はよ行け」と目線で言われて、自分の仕事にかかる事とした。
ビッパの持ってきた紐の端を掴み、小春はもう一度ヒドラの背中に駆け上がる。
脅威を素早く察知した首の一本が勢いよく振り向くが、そこに飛んできた魔法が直撃。
目の前で炎と衝撃が拡散した。
「パラボラグレネードパラボラグレネードパラボラグレネード! フハハハハハハ雄山がタゲ取ってくれるから撃ち放題だぜヒャッハー!!」
「こ、小春さーん! アドデクスー!!」
ジト目魔術士の御子柴小夜子が、ここぞとばかりに魔法を超連打。スキルのクーリングタイムがあるので連発出来ていないが。短縮化スキルの取得が待たれる。
隠れ目法術士の久島香菜実も目一杯ヒドラに近づき、小春へと支援魔法を送った。
目立つ所でジタバタしている女戦士に気付き、デルタ隊員のパーティーやゴーウェン、マキアス王女も援護の攻撃を開始する。
素人戦士の小春へ、ベテラン冒険者やプレイヤー達の期待が一身に圧し掛かっていた。
「ひー! 誰か代わってー!!」
「スゴイスゴイ! 『断頭』に『魔道姫』に『猟兵』、それに『神撃』揃い踏みだよー。しかも獲物がヒドラとかさ。こんな豪勢な怪物退治は一生に一度見られるかどうかだね」
紐を手繰り寄せて必死に踏ん張る半泣きの女戦士に、場違いに楽しげな斥候職。
雷鳴が轟き、火の粉が舞い、大蛇の首や肉片が飛び散り、そこかしこで爆発が起こる地獄のど真ん中を、小春は死ぬ思いで掻い潜って行った。
そうして辿り着いた先は首の麓、小春の斧槍が深々と突き刺さっている場所。
ヒドラが大暴れしているのは、この斧槍に絡む紐を小春とビッパが引っ張ってグリグリしているのも一因である。
「ハッ……ハッ……クッ…………ぅうあッ!!」
ビッパが重し付きの紐を器用にヒドラの鱗に噛ませ、小春が片手でそれを掴み斧槍を引っこ抜く。
当然、ヒドラの反応は激烈だったが、振り回されてビッタンビッタン鱗だらけの皮膚に叩き付けられても、小春はどうにか耐え抜いていた。
その最中も、援護しているんだか小春を追いつめているんだか分からない援護攻撃がヒドラの首に炸裂している。一番の下手人は言うまでもなく小袖袴のバケモノだ。殺す気か。
「ヒッ……このままじゃホント死ぬ! や……殺られる前に殺やらないと!!」
修羅場にて極限まで追い詰められたいち雑兵のように極まっている女子大生アイドル。無論、殺るのは悠午ではなくヒドラの方である。
暴風の中、小春は血走った眼で最上段に斧槍を振り上げた。
誰かの為ではなく、自分が死なない為。
美貌の女戦士は、もはや殺気と憎しみすら込め武器を叩き付ける。
何度も何度も叩き付け、血しぶきが飛びヒドラの内臓が露出するが、全く意に介さなかった。
「レイ! ヒドラが!!?」
「彼女を狙わせるな! 頭を直接狙って視界を潰せ!!」
「嬢ちゃんブッ殺せ!!」
「小春姉さんここで仕留めないと被害増えるだけでーす!」
「プレッシャーかけんなバカぁ!!」
レイモンドの遠距離攻撃パーティーはヒドラの妨害へ攻撃をシフト。背中にいる小春へ強力な援護射撃を開始した。
そして、ひたすら首を落としに行く『断頭』のゴーウェンと、特に他意無く状況を伝える悠午、双方の科白。
小春はブチギレた。
悠午の方も無意識に煽ってばかりではない。
戦闘開始直後より大分弱っていたヒドラだが、心臓を直接叩かれる段になって文字通り死に物狂いになっていた。
これに、悠午は回転を上げて迎撃。
群がる首を片っ端から殴り飛ばす
「グギャァアアアアアアア!!」
「ゲゲッ! ゲガァアアアアア!!」
「ギュプッ!!?」
頭を火達磨にされ、ワンパンで大穴を空けられ地面に叩き付けられ、何度も首を切り落とされ、魔法を山ほど叩き込まれ、しかしヒドラは心臓を攻撃されている恐怖から暴れまくる。
「カッはぁあああ!!」
毒や粘液、炎が吐き散らされるが、悠午の気功の拳、仙人掌破砕流がそれらを一緒くたに巻き込み吹き飛ばした。
「くのッ! このッ! このッ! くぬッ!! いい加減――――――――!!!」
そんな中、サスペンスドラマの犯人役の如く凶器を振り下ろし続ける姫城小春、新人グラビアアイドル。俳優への転身は未定。
血に塗れながらヒドラの鱗を砕き、皮膚を裂き、骨を断ち、肉をかき分け、ただひたすら奥へと斬り進める。
やがて、不気味な色の灰色や青紫といった内臓器の奥に、爛れた様に真っ赤な臓器が姿を現した。
体液のヌメヌメと生臭さを極めた臭気で気が変になりそうだが、ここまできた以上引き返す選択肢もなく、
「さっさとくたばれぇえええええええッッ!!」
恐怖も嫌悪感も何もかもを吐き出し、斧槍の先端にある穂先を脈打つ心臓へと突き立てた。
◇
リットの町を襲った超大型モンスター、ヒドラ討伐から1時間半後の事である。
町への被害は大変な物となった。
ヒドラの侵攻して来た方から町の中心近くまで、約半分が壊滅状態に。
住民の死者や負傷者、逃げ出した家畜と、生き物の被害もかなり深刻だ。
もっとも、『ロールプレイ・スクアッド』など超一流の冒険者がモンスターを迎え撃った事で、相当死傷者は抑えられたと思われるが。
それに、悪い事ばかりではない。
失われたモノは返って来ないが、得た物も多い。
実は、ヒドラの身体は全身これ宝の山と言っても良い代物なのだ。超一流の冒険者パーティー、レイモンドら『ロールプレイ・スクアッド』がそもそもヒドラを狩ろうとした理由が、ここにある。何せプレイヤーいち金のかかるパーティーなので。
これらの収穫物は、被った被害に配慮し一部がリットの町へと譲られる。悠午のパーティーも分け前を得られるのだが、これは全員揃って権利を放棄する事とした。幸か不幸か金に困っていないので。
町長はえらく感謝してくれていた。
この決定に文句が出なかったワケでもない。
物言いを付けたのは、アストラ国の騎士であるユラン=パンドルフ男爵だ。
「私の獲物を勝手に仕留めた挙句、全てを冒険者どもとこの町で分けるだとぉ!? キサマ何様だ!? 私に従わないばかりか邪魔をするとは……!!? 首のひとつも寄越して当然だろうが!!」
パンドルフ男爵殿は、戦場に出る前の箔付けにこのヒドラを狩るつもりだった。
しかし、結果として失敗する。
いや失敗するだけなら、まだカワイイもの。
「パンドルフ卿…………もはや貴方の手柄がどうとかと言う話ではないぞ」
被災住民の救助やら手当てをしていた悠午らに噛み付いたパンドルフへ、同僚である禿頭傷の騎士、セントリオが低く響いた声で言う。
その中には怒りや呆れ、忍耐が詰まっていたが、居丈高に見下すパンドルフは気が付かない。
セントリオもまた、冒険者達に混じってモンスターと戦い、住民を守っていた。パンドルフは、ヒドラの猛威とモンスターの数の多さに右往左往して逃げていただけだ。
「貴様はいったいどこにいたのだセントリオ! 貴様がこいつらをしっかり見張っていないから我が足を引っ張るような――――――――」
「あのヒドラをこの町に引き込んだのは貴方だ、パンドルフ卿! その結果がどのような物となったか、その目でしっかり確かめたらどうか!」
「なに!? 貴様何を見当外れの事を言っておるか!? そもそもヒドラ討伐の栄誉はこの正当なるアストラ貴族であるユラン=パンドルフ男爵の物ではないか! それを我に協力せず、あまつさえ手柄を掠め取ろうとしたのは下賤なプレイヤーどもであるぞ!! ええい貴様もこいつらと同じだ! 大アストラの男爵に逆らって生きていけると思っておるのか、愚か者どもめ!!」
「…………パーリナント侯爵にも、早晩ここの事情は伝わるだろうな。ヒドラ討伐の英雄が誰か、この町の者は全て知っているが。さて、侯爵は貴方を庇うだろうか?」
リットの町が半壊した原因の最たるは、パンドルフ男爵が功を焦った点にあるのは間違いはないだろう。
誰に何の優先権があるかは、今となっては関係ない。
大した戦力も揃えず徒にヒドラを刺激し、手に負えないと見るや一目散に逃げ出し人里まで誘導し、戦いもせず町に被害が出るのを看過した。これが事実だった。
プレイヤーの言う所、トレインの戦犯だ。
ちなみにリットの町は王家の直轄地内にある。
功の話は通り易いだろうが、罪の噂もまた然り。功の話ならともかく、罪の話を事後承諾で行うとなると、王家はどういう反応をするだろうか。
王家と貴族達のパワーバランスもあり、軽々に貴族が断罪される事はないとはいえ、限度はある。
町の住人、その全ての口を塞ぐ事は出来ないし、ましてやプレイヤーのナンバー2パーティーを黙らせる事も不可能だろう。
当然、悠午たちも吹聴こそしないが、問われれば虚偽を口にする気もなかった。
「セントリオ、貴様…………」
パンドルフという男にも、野望の為に働かせる頭はある。
自身の不利を悟り声のトーンは下がるが、格下に手を咬まれた苛立ちは隠せないようだ。
まるで今にも斬りかからんばかりの殺気に満ちた目を向けていた男爵だが、一方で禿頭傷の男は実戦直後。
泰然として覇気に満ちたセントリオに、パンドルフは完全に気押されていた。
その後、パンドルフ男爵は路線を変更。宥め賺し、かつ脅迫までしてセントリオの取り込みにかかる。せめて身内に自分の弁護をさせようという事だろう。少なくとも、現場にいた騎士として都合の悪い証言をさせる事だけは、絶対に避けなければならない。
とはいえ、禿頭傷の騎士はもう男爵に愛想を尽かせていた。事実のみを語るだろう。
◇
小袖袴の少年が、治療により怪我人に悲鳴を上げさせていた時の事である。
潰れずに残っていた町長の家は、住む場所を失くした住人や怪我人でごった返していた。
悠午の治療は早い。
医者じゃないので外傷への応急処置しか出来ないが、その回復速度や治癒能力は高等回復魔法に匹敵する。
ただ、いかんせん痛いのだ。
人間は傷の痛みに慣れる事が出来る。が、悠午は肉体を活性化させる過程で、痛覚まで活性化させていると思われた。
死ぬほどの外傷なら、死ぬほど痛い思いをプレイバックするハメになる、と。
それでも傷は治ってしまうのだから、現実にのっぴきならない状態にある怪我人には、選択肢など無いのである。
それはさておき。
「治療をしてくださっている、と聞きましたが…………」
「そのつもりなんですがねぇ…………」
「ヒギィ!?」
崩れた壁の下敷きになっていた男性は、複雑骨折して骨が外に飛び出していた脚を完璧に治された後、気絶した。
冒険者組合本部の眼鏡職員ナンティスは、悠午の隣で白眼を剥いた中年男を微妙な顔で見ている。
格闘術を嗜む者として、悠午には一通り解剖学と人体に関する知識があった。
故に、折れた骨を継いで傷を塞ぐ程度の事は出来るが、やり方が自分基準になるのも致し方なし。何せ専門家じゃないので。
治療を受けに来た者も、腰が引けていた。怪我人に優しくない診療所である。
「いや……ヒドラ討伐の上に怪我人の治療まで引き受けてくださり感謝いたします。私の担当区域ではありませんが」
「オレらに全く関係ない話でもありませんでしたしね……。こうなる前に仕留めておく、のは、まぁ無理だったにしても……あの貴族様の行動は予測しておくべきだったと思います」
「あたしらのせいじゃねーじゃん、あんなの」
ナンティスは組合本部の職員であって、リットの町は単なる通り道に過ぎない。しかし、冒険者を管理する立場として、また特急危険生物の討伐の件で礼を言っているようだった。
また管轄が違っても、ヒドラの売買される部位の多くは冒険者組合を通す事になる。その手数料や仲介料は、莫大な物になると思われた。
もっとも、悠午にしてみれば礼を言われるような筋合いでもない。
どこかのタイミングで、例えば件の男爵が先走る前に止めていれば、ヒドラを連れ帰るような愚行をさせる事もなかったと思うのだ。
パンドルフ男爵が沼に向かった時点で、それを強引に止める理由も無かったが。
それに、レイモンドのパーティーがヒドラを狩るのに手出し出来たワケでも無し。
ジト目魔術士こと御子柴小夜子の言う事ではないが、確かにどうしようもなかった事態ではあっただろう。
ちなみに、隠れ目少女の久島香菜実と若奥様の梔子朱美、それにロールプレイ・スクアッドからも回復スキル持ちが怪我人の治療に参加している。魔術士であるジト目は、特に何もしていない。
「ともかく、この町の住民も近くの沼にアレほどの怪物がいたとは思わなかったでしょうが、討伐された以上は憂いも消えたのではないでしょうか。プレイヤーのレイモンドさんが仰るには、他に特別危険な怪物もいないとの事ですし」
「今後の犠牲者が減った、という事ですか…………」
今回の被害は大きかったが、ヒドラが放置されていれば今後も死傷者は増えたし、悪くすれば周辺の町が壊滅する可能性もあった。そうならない可能性も勿論あったが、常に最悪の可能性を考えれば、今の時点でこの程度の被害に押さえられたのは不幸中の幸いだったのだろう。
悠午は素直には受け入れられないが。
かと言って、いまさら過去の出来事をどうにか出来るワケもないのだ。
「それで、この後はご予定通りナイトレアの迷宮へ?」
「は? …………ああ、迷宮探索ですね。最下層にはまだ誰も辿り着いていないとか? 面白そうです」
今後の予定をナンティスに聞かれ、悠午は一瞬言葉に詰まってしまった。うっかりその辺の設定を忘れる所である。
同行者の禿頭傷の騎士には既にバレていたが、『ナイトレア行き』というのは偽りの予定だ。
目的は飽くまでも、元の世界への帰還。
その手がかりが皆無で回り道ばかりしているのだが、かと言って暇だと思われ戦争などに巻き込まれるとか酔狂にも程がある。
悠午の実力を知られれば戦力として見込まれるのは当然であり、何としてもそこは回避しなければならかった。
ここから先は、寄り道無し。
当面の目的地である白の大陸と黄金都市『アウリウム』まで一直線に行くつもりだ。
そう願いたかったが。
◇
眼鏡をかけた優男が、悲鳴の上がる恐怖の館を後にする。
少し歩くと、半壊した建物の向こうに小山のようなヒドラの死骸があった。
生きていた時には天災に等しい怪物だったが、死んでしまえば貴重な資源だ。
毒腺、牙、肝、皮、目玉、骨、肉、血、鱗の一枚まで売り物になる。皮肉な事に、無数に落とした首も、首の数だけ収穫になった。
町の被害は大きいが、当面はこの宝の山の解体や取引でゴールドラッシュのような賑わいを見せるだろう。
立役者であるプレイヤーの冒険者は、あまり興味を持っていないようだったが。
「たかがヒドラを倒すだけでこんなに大騒ぎしちゃって……ホントにあんなのが使えるのー? ボクならこれくらい一発で殺せるのに」
その冒険者組合本部の男、ナンティスの後ろに、いつの間にかひとりの少年がいた。
黒髪で小学生程の体格の男児は、ナンティスの背を人差し指で突っ突きながら、小馬鹿にしたように笑っている。
そして、組合本部の男は子供のやりようを気にした様子も無く、また振り返りもしなかった。
「お前如きじゃ女神には届かないよ」
ただ一言、この一言が少年から笑みを奪う。
ナンティスの口調は柔らかだが、悠午達を相手にしていた時とは全く違っていた。
気心が知れた相手、と言うには酷薄な、まるで言葉が通じない相手へ理解を期待せず一方的に投げかけるような科白だった。
少年は、そんな断定的な言葉に対し、露骨に気分を損なう。
「何それ。アイツなら女神様を殺せるって言うの? プレイヤーって言っても雑魚ばっかじゃん。馬鹿だし弱いし。あんな連中に任せていたら、永遠にこの世界を正しくする事なんて出来ないと思うけどね」
唇を尖らせ、拗ねたように言う黒髪の少年。
気に入らないのだ。自分より程度の低いプレイヤーが上に重要視されるのも、その為に自分が我慢を強いられる事も、またその為に自分達が存在しているという事実も。
そうせざるを得ない現状もだ。
とはいえ、その科白は事実でもある。
白の女神やそれに傅く全ての存在を打ち滅ぼし、嘘偽りや欺瞞、既成事実、陰謀、傲慢な意思、そういった唾棄すべき物事の上に立つこの世界を破壊し、正義を以って真実を解放する。
そして、プレイヤーとはその為の尖兵である、はずだった。
ところが、今の体制になってから10年以上、これと言って事態に進展が無い。
それもこれも、プレイヤー達が弱く、怠惰で、不甲斐ない為である。
第一、ヒドラを倒すプレイヤーなら今までだって何人もいたし、この世界の住民だって準備を整え強者を当てればヒドラを倒せるのだ。
いまさら多少目立つプレイヤーが出て来た所で、つまらない結果に落胆するだけだと少年は信じて疑わなかった。
しかし、
「彼はただのプレイヤーではない。御方の与り知らぬプレイヤー……いや、プレイヤーなのかどうかすら分からないという事だ」
「は?」
前提条件が、どこかに飛んで行ってしまう。
少年の上司にあたる組合本部の男は、ヒドラを倒した者のひとり、『神撃』の悠午がプレイヤーではないと言うのだ。
それはおかしい。
ここではない異なる世界から来た者ならば、『プレイヤー』じゃなくて何だと言うのか。
またワケの分からない事を言い出した、と思いながらも、何と言って良いか分からない黒髪の少年。
そんな少年の困惑など知った事ではなく、ナンティスは自らの仕事として必要な事だけ話し続ける。
「彼だってヒドラを倒すだけなら容易かっただろう。しかし仲間に経験を積ませながら、自らは町への決定的な被害を抑えた。お前には出来ない手並みだな」
「……いーじゃん別に、人間を守れだなんて言われてないし」
「お前が鬱屈しているのも分かる。プレイヤーはここ何年も目立った成果を上げていない。白の女神の眷族は、思いのほか強固な支配体制を確立していると言う事だろう。
だが彼は、この状況を打破する鍵となるかもしれないのだ」
ヒドラ戦では悠午も力の全てを出してはいない。出せなかったという理由もあったが。
そして、ナンティスは謎のプレイヤーである悠午の力量を正確に把握している。他のプレイヤーとは事情が違う事も。
当初、その事実はナンティスとその上にとって、大問題となった。
何故なら、異世界から招かれし者である以上、招いた自分達が把握できていないはずがないからだ。
この事実に対し、ナンティスの上は沈黙を守っている。
ならば、その僕たる冒険者組合の男は、自らの使命に基づき動くだけであった。
「イフェクトゥス、彼を監視し、可能なら白の女神の陣営にぶつけるのだ」
「えー……? プレイヤーじゃないんでしょ? なんでボクが……。めんどくさい。ドークでもユーディでも――――――――――」
「私の指示に従わないのか? イフェクトゥス」
自分の知った事ではない、という態度の少年。だが、組合本部の男の声に込められた感情に気付き、ハッと息が止まる。
逆らう事の許されない、寛容も慈悲も一切無い意思。
そこは崖っぷちであり、これ以上反抗的な態度を僅かにでも取れば、これでもかと言うほど痛い目に遭わされるのは間違いなかった。
悔しさと不満を顔いっぱいに表しながら、グッと堪えて俯く少年。
ナンティスの方は、相変わらず相手の気持ちを慮る気も無く、事務的に命令だけを続けた。
「監視と、可能なら白の女神の陣営とぶつかるように仕向けろ。それ以上をお前には求めない。誘導や道案内は考えなくていい。どうせ相手が彼を放っておかない。いいな」
少年は頑として素直に頷かないし了解もしない。ナンティスもそんなモノは求めない。
お互い、命令に従うしかないと分かっている。
その後、組合本部の男は律儀にも、町の組合での手伝いを続けに行った。表の仕事を疎かにしないのは、本人のキャラクターか全て使命の為か。ナンティス自身にしか分からない事だ。
一方、収まりが付かない少年は、崩れた家の壁や倒れた屋根を蹴飛ばし八つ当たりする。
そこに偶々居合わせた町の住民が少年を見咎めるが、その住民は理不尽にも大怪我を負う事となった。
大怪我をした住民は回り回って悠午の治療を受ける事になったが、全身骨折に内蔵の損傷、大量出血と、酷い状態であったという。
クエストID-S048:リザルトとステータス確認 01/26 18時に更新します




