035:自ら突っ込むハードトラベル
4日連続更新の一回目です。
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全世界約5000万人がプレイする、VRMMORPG『ワールドリベレイター』。
その舞台とよく似た世界に、黒い胴着袴の少年武人、村瀬悠午は落ちてきた。
同じく、この世界へ迷い込んでいた元ゲームプレイヤー、姫城小春、御子柴小夜子、久島果菜実、梔子朱美。
5人は元の世界への帰還を目指し、多少の足止めを喰った末、ようやく本格的な旅路に出る事となった。
死の異形、シャドウガストとの戦いや、アストラ国の王女、フィアス=マキアス=イム・アストラの謀略で大分時間を取られたが、結果として新たに道連れを増やし、アストラ首都の『プロスレジアス』を出立。
第一の目的地である西にある白の大陸。そこにある女神の住まう黄金の都『アウリウム』を目指す。
最初の目的地が最後の目的地となれば良いのだが、今のところ帰還の道は全く見えていない。
◇
黒の大陸から白の大陸へ渡るには、現在いるアストラ国からナイトレア国へ南下し、そこから近接する島国のアルギメスへ渡り、そこから更に船を使い海を越えて行く、という事になる。
他にも幾つかルートがあるが、いずれも現実的ではないという話だ。怪物の棲む海を通ったり、世界を反対回りしたりと、命がいくつあっても足りやしない。
いずれにせよ旅は陸路が主となり、ゲーム的ショートカット手段なども存在しない以上、基本的に徒歩、ないし馬車での移動となるのだろう。
しかし、だ、
「……はえ? え!? どういうこと!!?」
「いえだから、ウマじゃなくて小春姉さんに馬車を引いてもらおうかな、って思うんですけど」
プロスレジアスも出て間もなく、いきなりワケの分からない事を言い出す小袖袴の達人、村瀬悠午。イケメンなだけに、その鬼畜外道な発言にはビックリである。
馬車の後部にいた駆け出し戦士のプレイヤー、姫城小春は、何を言われているのか理解出来なかった。
なにせ、馬車を引く馬二頭を処分し、代わって小春に馬車馬になれというのだ。それどんな奴隷労働だ。
「考えてたんですけど……小春姉さん、基本的に身体が出来てないし。旅が長くなれば移動時間も多くなります。この時間を有効に使って、とりあえずは不安定な下半身から作り込めないかな、と」
「ま、待って村瀬くん……。わたしが馬車を引くとか多分余計に時間かかると思うし、第一あれってヒトに引けるような物じゃないし…………」
言葉を返しながら動揺を抑えきれない、大学生グラビアアイドルの女戦士。
確かに、この武道の達人である少年には、旅の間に鍛えてもらう約束はしていた。
が、そんなスパルタという言葉も温いハードトレーニングをやらされるとは想像もできず。
第一、見てくれが悪い。
見目麗しい年頃の娘さんが立派な箱型馬車を人力車の如く引かされるとか、これはもう特訓というか犯罪者への刑罰に近いだろうと思われる。
「ユーゴよお……お嬢ちゃん鍛えるのはいいが、それで足が遅くなるのは本末転倒ってもんじゃないのかね」
馬車の御者席(運転席)にいたベテラン冒険者の大男、ゴーウェン=サンクティアスも、小春の意見に一部賛成だった。味方を得て女戦士もブンブン首を振っている。
「移動のペースは落とさせませんよ。何か知らんけどプレイヤーの『ステータス補正』とやらで膂力自体は増幅されてるんです。でもいかんせん、肝心な身体の使い方をご存じない……。
馬車を引くのは、腰を入れて踏み出す力と脚力を鍛える為です。慣れないうちはオレも多少は手伝いますけど、なるべく早くひとりで引けるようになってもらうつもりです」
しかし、存外厳しい師匠の考えは変わらず。
情けない顔をする小春を他所に、今まさに馬車を引いているウマは、次の街で売却される事となった。
そして代わりにアイドル戦士が文字通り馬車馬となるのが決定した。
◇
現在、移動している馬車の中には、呆然と座り込む小春の姿しか無かった。ゴーウェンは前述の通り御者席で手綱を握っている。
では、他の面子はいったいどこに行ったのかというと、それは馬車の隅で座布団の上に鎮座ましましている、ミニチュアの館の中であった。
二階建て、中央ホールと左右ふたつの三角屋根の棟から成る、全高30~40センチの家の模型。到底ヒトが入れるサイズではない。
だがその正体は、内部にヒトを軟禁する目的で女神が作りたもうた古代神器である。
つい先日、アストラ国の王女が悠午を閉じ込める為に用いた物だが、逆に悠午が中から封印を蹴破ってしまったので、もはや軟禁する能力は無い。
とはいえ、収納能力で見たら非常に優秀な道具なので、ヒトも増えて馬車が手狭になったという事もあり、今後の旅に利用しようという話になったワケだ。
「でもやっぱ振動は殺しきれないか……。移動中は休めたもんじゃないですね」
「うん…………。で、でもスプリングみたいなので家を吊り下げれば……移動してても揺れない、かも?」
「あーなるほど……。おいおい考えてみましょうか」
新しく付け替えた玄関扉を開けると、身長170を越える悠午がアッと言う間に家の中に吸い込まれる。
そこのエントランスにいたのは、引っ込み思案な隠れ目の法術士、久島香菜実だ。
悠午と香菜実、ふたりの足元は荒波の海上を行く船の如く揺れている。
ヒトが縮んだのに相対して、馬車自体の揺れが大きく感じられる為だ。
ミニチュアの館の下に座布団を置き対策したのだが、免振効果はそれほど大きく無いようである。
「御子柴さんたちは?」
「えーと……ミコちゃんは家の中を見て回るって……。朱美さんとか……は、自分の部屋、かな?」
姿が見えない他の者は、今何をやっているのか。
市松人形のようなジト目やさぐれお嬢様、魔術士の御子柴小夜子は、内部の把握に動いているらしい。
上下二階に屋根裏、地下室、浴場に台所、複数の寝室、書斎、遊戯室、その他、と部屋数は割と多めなので時間を喰っているのだろう。
もうひとりの法術士である若奥様、梔子朱美は自室として確保した部屋の整理中らしいが、手荷物も多くないので早々に終わると思われる。
他3人の現地人パーティーメンバーとはあまり接点や共通の話題も無く、結果として香菜実はエントランスでひとりぼっちとなっていたようだ。
本人の性格を考えれば、さもありなん。
「風呂とかトイレあるのはいいんだけど、水回りとかどうなってんだか」
そして噂をすれば何とやらで、ちょうどそこに一通り見回って来たジト目の魔術士が現れた。足元が揺れて頼りない為か、得物の杖で床を突きながら歩いている。
どうやら、この家の中で水が使えるか試して来たようだ。
「その辺はマキアス王女……じゃなくて、フィアに訊かないと分かんないですね。むかし実際使われてた、って話ですけど」
「トイレ汲み取り式とかだったらキツいなー。風呂もあるのに使えないとか、逆に酷いし」
「で……も、荷物いっぱい入るから、助かるね」
「あー、イベントリが使えないからアイテムもそんな数持てないしね。てかこんなアイテム、ゲームに出てねーし。どうなってんだこれ」
実際、このドールハウスの詳細は元の持ち主である魔道姫マキアスこと魔道士のフィアに訊くのが一番手っ取り早い。
水道管も下水道にも繋がっていない人形の家だが、果たして魔術でその辺も解決しているのか否か。
年頃の乙女―――――若奥様含む―――――――が6人もいるのだから、身繕いに水が使えるかどうかは死活問題であろう。
元プレイヤーとしては、アイテム無限収納のイベントリシステムの代わりとして使えるだけでも、有難い話ではあるが。
定員オーバーだった馬車も広々使えるだろう。
「村瀬くん村瀬くん村瀬くん――――――――!!!」
次にドールハウス内へ飛び込んで来るのは、馬車の中で項垂れていたはずの女戦士だった。
物凄い慌て様で武装までしており、激突すると隠れ目法術士あたりが危ない。
なので、悠午が直前で小春の鎧の首根っこを捕まえた。
「何さ、どうしたヒメ? モンスターとエンカウントでもした?」
「グッ……!? び、ビッパくんがこの先で何か戦ってるって! それで――――――――」
胡乱な顔をするジト目に、何とか要点を伝えようとする慌てんぼう女戦士。自分の勢いで、ちょっと首が締まった。
その小春が言うには、馬車の向かう先で戦闘が起こっている、という話だ。
この世界では一歩人里の外に出ると、モンスターと称される怪物に遭遇する可能性がある。
元ゲームプレイヤー達も、その危険は十分に理解していた。実感している者は少ないが。
しかし、この世界はゲームではなく現実だ。
モンスターに襲われ対応を誤れば、実際に死ぬような事態ともなりかねない。緊張感が違う。
その為、いつでも応戦出来るよう見張りを立てるのが当然であり、時として一行に先駆け斥候に進路を偵察させる事もあった。
今回がまさに、その斥候が仕事をしたケース。
「ふむ…………人間が6名に、よう分からんのが3体?」
「なんだその『よく分からん』ってのは」
「いやだってはじめての気配だし…………」
気功術を修める悠午はある程度距離を隔てて気配を読めるが、それも万能ではない。
四六時中周囲の気配を探っているワケではないし、未知の生き物の仔細を気配から推測出来たりもしないのだ。ジト目に睨まれても困る。
「御子柴さん久島さん、他のヒトを呼んできてくれます? 小春姉さんは戦闘準備ね」
「ええ゛!?」
何にしても、向かう先で戦闘が起こっているのなら、参戦するにしても警戒するにしても外に出なくてはならない。
齢14にして常在戦場な悠午は、表情を引き攣らせる女戦士の弟子を引き摺り、ドールハウスから馬車内に戻る。
そしてジト目と隠れ目の方は、ハウス内にいる他3人を呼びに駆けて行った。
◇
通常、街道筋は危険な生物の生息地を避けて通される。その為、モンスターとの遭遇率は押し並べて低い。
一方、やむを得ない理由で危険な場所の近くに通された道、近道として通された生活路、街道を使えない札付き達が開拓した裏道などは、必然的にモンスターとの遭遇率も高くなっていた。
しかし、その場所はヒト種族圏アストラ国、首都プロスレジアスより50キロ地点。
同地点は首都と他の街を繋ぐ比較的大きな街道であり、モンスターとの遭遇は珍しいとされている。
「ケンプ!? ケーンプ!! 正面に立つな! やられるぞ!!」
「なんの! 騎士の名誉にかけてこの怪物をグァアアアア!!?」
「ああ!? ケンプがやられた!」
だというのに、そんな貧乏クジを引いたのは、馬に乗った全身鎧姿の騎士たちだった。
騎士を襲っているのは、泥のような色に弛んだ皮膚をしている、全長5メートほどの巨人だ。
プレイヤーには「オーク」と呼ばれ、その名が定着している。
オークという巨人のモンスターは、合計3体。歯を剥き出して吠える姿は野生の獣そのままだが、腰巻や胸当てといった衣服を着け、棍棒や丸太といった武器を手にしており、全く知恵が無いというワケではなかった。
見た目通りの圧倒的な膂力を有しており、並みの騎士や冒険者では正面から戦えないほど強力なモンスターである。
普段は群れで人里離れた森の中や山中に棲み、獲物を探しに行く際は単独ないし2~3体で行動していた。
「ダメだ! ここは退くぞ!!」
「バカを言うな! 誉れ高きアストラの騎士が汚らしい巨人などに――――――――!!?」
「ゴァアアアアアアアアアアアアア!!!」
騎士のひとり、ケンプと呼ばれた男は巨大な棍棒殴られ、10メートル以上離れた立木まで飛ばされていた。全身を激しく叩き付けられ、もはや動けない。
暴れる馬を力尽くで抑え付け、剣を振り上げる若い騎士。だがこちらも、5メートルの巨人にぶん殴られ飛んでいく。
更に、オークの咆哮で馬がパニックを起こし、騎乗している騎士たちを振り落とした。
元々機動力を活かせる地形でなかったとはいえ、歩幅の違うオーク相手に重い鎧を着て逃げるのは不可能だった。
数も、オーク3体に対して動ける騎士は4人。
進退極まった状況である。
「やむを得ん……! メインヤー! 先に行き何でも良い助けを連れて来るのだ! コイツ等は吾輩が足止めするぅ!!」
「無茶だセントリオ! 潰されるぞ!!」
「よーし我らは先に行くぞ! 後は任せた!!」
「パンドルフ卿!? 同朋を置いていく事など――――――――」
「黙れメインヤー! 栄えあるパンドルフ家の男がこんな名誉にもならん戦いで死ぬワケにはいかんだろう!!」
ここで、禿頭に傷のある騎士がオーク3体の前に立ち塞がった。
足止めする気だが、近場に村や町など無く、到底応援など望めないのは本人も分かっている。恐らくここで死ぬだろう。
そんな自己犠牲の騎士に対し、同僚たちは揉めていた。同じ騎士として見捨てる事など出来ない者と、何でもいいから自分は助かりたい者と意見が分かれる。
しかし、そうしている間にオークの一体が巨体を揺すりながら急接近していた。
ヒトの大きさほどにもある鈍器を振り上げ、唸りを上げて騎士たちへと突進。
間一髪で飛び退く禿頭傷の騎士だが、逃げ遅れた騎士が蹴っ飛ばされていた。
「げっハァアアあ!!?」
「ドリーン!!」
「ぅひいいいいいい!!?」
恐怖のあまり一目散に逃げ出す自己保身の騎士。
セントリオという禿頭傷の騎士は、ここが死に場所になるのを覚悟しオークに突っ込み、
両者が激突する直前、小袖袴の青年による空中回し蹴りがオークの横っ面に直撃。
全長5メートルという巨体が、ド派手に宙を舞っていた。
「うぉおおお!? な、なにぃ!!?」
地面に落ちるオークの巨体に粉塵が舞い上がり、腕で顔を庇う禿頭傷の騎士。
その後方から、けたたましい蹄の音を立て一両の馬車が走り込んで来る。
それが停車すると同時に、長い滞空時間を経て青年の方も馬車の前に降り立った。
「でっかいねぇ」
「こんな所にオークか……!?」
「うわぁ……こっちじゃはじめて見た」
緊張感なくオークを見上げて感心する、小袖袴の青年こと村瀬悠午。
場違いな相手を前に冒険者のゴーウェンが顔を顰め、馬車から出て来た女戦士の小春は青い顔をしていた。ゲームでは序盤の雑魚だったが、この世界に来てからは初見だ。
「何だお前たちは……? 冒険者か??」
唐突な事に混乱する禿頭傷の目の前で、馬車からぞろぞろ降りて来る集団。本職の冒険者の姿も一応見られるが、どうにも普通の冒険者団ではなさそうだ。
身長ほどもある大剣を背負う大男に、よく日焼けした小柄な少年、若い騎士風の剣士、幅広帽で顔を隠す肉感的な魔道士、美貌の女戦士に、俯き気味で目を隠した法術士、ジト目の華奢な魔術士、落ち着きのある法術士の女性、
そして、無手にしてオークの巨体を薙ぎ倒して見せる、異国の装いを見せる青年。
「さて、小春姉さん……見せてもらいましょうか」
「うへぇ……」
「騎士様はどっか避けとけよ! 助太刀してやるから!!」
「リアルだとグロだな、オーク……」
群れの一体を倒された事で、闖入者に向けオーク達が雄叫びを上げている。
しかし、特に恐れる様子もなく、奇妙な冒険者らしき者達は各々が戦闘態勢に入っていた。
何名かは明らかに腰が引けていたが。
クエストID-S036:ヒロイック ヒーロー ヒストリー 09/17 21時に更新します




