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030:セクシャルイーターが来た逃げてー!

.


 オンラインVRMMORPG、『ワールドリベレイター』とよく似た世界に落ちてきた村瀬悠午(むらせゆうご)と、元ゲームプレイヤーの仲間たち。

 その目的は、元の世界への帰還となる。

 ところが今は、諸事情につき足止めを食らっていた。


 所は、黒の大陸で最も大きなヒト種族の国、アストラの首都プロスレジアス。

 シャドウガストという強大な怪物を倒した悠午は、その能力を見込まれ、アストラ国のマキアス王女に自分の技術を教授する事となった。

 その為、首都にあるマキアス王女所有の屋敷に、一週間ほど留まる予定になってしまったのだが、


「この一週間で食うつもりなんじゃね? ユーを」

「なんてこと言うのさ」


 宿泊用に提供された一室にて、ベッドに座ったプレイヤーの魔術士、御子柴小夜子(みこしばさよこ)が悠午にジト目を向けて言う。

 『食う』というのは、性的な意味でだ。

 王女が悠午の能力に目を付けた当初、自身の妊娠という形で(DNA)を取り込もうとしたことを言っているのだが、その明け透けな表現には閉口せざるを得ないナイーブな少年である。


「だってあのお姫様の場合、修行するより有り得そうじゃんか。そもそも一週間やそこいらで、雪人みたいな化け物になれるもんなんか?」

「そりゃ無理だろうけど…………」

「んなら一週間時間稼ぎして、その間に結ちゃんパクッと行った方が楽っちゅー話やでしかし」


 何故か関西弁になるジト目の弁に、頷いているのは同じ部屋にいる他のプレイヤー、女戦士の姫城小春(ひめしろこはる)に、法術士の久島香菜実(ひさしまかなみ)だ。

 特に法術士の方は、前髪の奥から悠午を見つめる感情の無い目が怖い。

 もうひとりのプレイヤー、若奥様法術士の梔子朱美(くちなしあけみ)は、最近の若者の会話に眉を(ひそ)めていた。


 とはいえ、悠午も怪しいとは思っているのだ。

 魔道士――――――と思われる――――――であるマキアス王女が、悠午の持つ巨大な“気”、つまり魔力に関心を持つのは理解し易い。

 故に、悠午の持つ技術、『気功術』を修得しようというのも分かる。

 だが、基本的に泥臭く辛く根気と忍耐のいる修行を、王女様がやるのか? と問われると甚だ疑問だ。

 ジト目魔術士の言う通り、性的な手段における遺伝子採取、という当初のプランを諦めていない可能性も考えられた。

 これに関しては、悠午が相手の誘惑に乗らなければ良いだけの話ではあるが。


「てか、なんもしねーっス」

「……ハッ、どうだか。男ってヤツは結局ヤりたいだけだからな」

「その偏見はなんなのよ……?」


 しかし全く信用が無いジト目の物言いに、小袖に袴の少年は腕を組み憮然とした様子。

 その姿が、女戦士の小春的に少し萌えてしまうのだが本人には言えなかった。脳内で楽しむ分には許して欲しい。


「ま、最終的には結城がどこで誰に種蒔きしてもどうでもいいや」

「だ、ダメだよぉ!!」

「おや、何故かなカナミン? てか『種蒔き』って意味分かってんの?」

「ふわぁ!? そ、れはー…………」

「ゥヒヒヒヒヒ! おやおやおや……カナミンはエロ和服小僧がエロ乳姫に中出ししたら困りますかー。誰ならイイのかなー、このムッツリスケベ!」

「ぅ……うー! うぐー!!」


 そうして、悠午の次は隠れ目の法術士がジト目の犠牲者になっていたが、それはともかく。


 実際のところ、仮に悠午がマキアス王女に食われて、仮にオメデタい事になったとしても、旅の進行にはそれほど影響が無いと小夜子は考えていた。

 王女も以前、悠午に父親の役割は求めない、と言っている。

 むしろ、早くここを出るなら、その方が手っ取り早いかも知れんなぁ、などと酷い事を考えるジト目であった。


 それに今は、別に気になる事がある。


「カナミン……がんばれー」

「うー…………!」

「それより悠午先生」

「新パターンすね、御子柴さん」

「ネタ尽きてきた。いやだからそんな事よりだ……。この前も聞いたけど、お姫様の話、アレ実際どうなのよ?」


 涙目の香菜実にポコポコ叩かれながら、それを無視して小夜子は話を戻した。

 ジト目の魔術士は以前にも少し、ダンプール市で悠午の特別な技術については聞いている。

 しかし王女同様に、今はその話に疑いを持っていた。

 コイツ何か隠していやしないかと。


 ゲームと似たような世界に入り込んでしまう、という異常の最中にあって、なおひとり世界観の違う強さを見せ付ける悠午の能力。

 その正体である『気功』など、元いた世界では手品かやらせ(・・・)でしかない存在だった。

 だが悠午の実力は、今までの戦いで本物であると完全に証明してしまっている。


 ジト目魔術士のプレイヤー、御子柴小夜子の意見はこうだ。

 悠午本人は『気』だと言うが、マキアス王女が言うには、どうやら魔力と同じ物であるらしい。

 ならば、王女が考えたように、自分にも『気功術』とかいう胡散臭くも強力無比なスキルが使えないか、と。

 シャドウガスト戦以降、そんな考えが頭から離れなかった。


「いくらユーコンが天才だとしてもさ、あの修行内容を14年やったくらいでそんな強くなれるもんなん? それならあっちの世界も、もう少し面白くなってそうなもんだけど」


 考える根拠のひとつが、悠午の若過ぎる年齢にある。

 たった14年の修行で超人の域に到達できるのだとしたら、元の世界にはもっと大勢の同類がいてもおかしくないはずだろう。

 でなければ、この少年が本当にサラブレッドの大天才なのか、あるいは何かしらの方法があるのでは。

 ジト目の少女は、そのように推測するワケだ。


「まぁ……実はご推察の通りなんですけどね」


 やや考えた後、今度は悠午も小夜子の推測をあっさりと肯定した。

 いずれ女戦士の小春を鍛える中で、話す事になるかも、とは思っていたのだ。そこまでのレベルに到達するかが大いに疑問だが。

 晩餐の席では王女に明かさなかった、叢雲における気功術の秘伝。

 それを用いれば、魔導姫マキアスの望む気功術の修得も、叶うやもしれなかった。

 もっとも、そうは問屋が卸さないが。


「あの王女殿下には秘伝なんて使えませんよ。そんな簡単なものじゃないし」

「でもその『秘伝』とやらがあれば、あたしにも気功が使えるようになるワケ?」

「切っ掛けを掴めるような手伝いは出来ると思うけど、御子柴さんにも使いたくありません。加減を間違えると、うっかり殺しかねないんで……」


 叢雲における気功術の秘伝には、大きな問題がある。

 ひとつが、命の危険(リスク)を伴うこと。

 気功術の修得法にあっては、身体を鍛え瞑想により己の“気”を見い出すという古典的な正道の他、第三者の補助を得て“気”を自覚し易くするという裏道に近い方法が存在した。

 ただし、未熟な第三者がやると、相手を殺しかねない危険な方法でもある。

 故に、この術法は数ある気功術の中でも文書や文献には(したた)められず、叢雲の場合も師から弟子への口伝という形で現在まで伝えられていた。


 もうひとつの問題が、人物の危険性だ。

 いまさら言うまでもなく、気功術など“気”の力を扱う者は超人クラスの身体能力を持ち、生物としても一段高い領域に至る。

 それは、元の世界で『超人類(アドバンスド)』と呼ばれる人種。

 無手の個人が武装した師団にも勝る、暴力の化身とも成り得る技術だ。

 そして、才能や資質ではなく、技術であるが故に誰にでも扱える可能性がある。

 例えば殺人嗜好のあるテロリストがこの技能を修めれば、被害は凄惨かつ甚大なものとなるだろう。

 また事実、世界はそのような現状にあった。

 そんなテロリストを止めるのもまた、悠午のようなアドバンスドなのだが。

 いったい何度、鉄火場に借り出されたことやら。


「それに“気”の事が分かるからって、即戦闘に耐えるワケじゃないし。普通の人間の“気”力じゃ大した事も出来ませんよ」

「だから鍛えないとダメなんだ…………」

「……なんかメンドくさそうだな」


 人物評価は別にしても、そうそう簡単に得られるチートも無い、という話である。

 話を聞いていた女戦士は他人事のように感心し、ジト目魔術士はゲンナリした顔になっていた。特別なスキルで無双する夢が遠退く。

 ここで、それまで黙っていたベテラン冒険者のゴーウェンは、悠午やプレイヤーの少女たちの話がひと段落したと見越して口を開いた。


「それじゃ、あの王女様の狙いは大外れか?」

「長生きできる方法は教えるつもりですよ。それに、素質があれば自力で“気”に目覚めて、扱い方にも気付くでしょう」


 信念、意志の無い人間ならば、長い修行には耐えられないだろう。必然、生半可な者に気功術は得られない。

 それでも、ゴーウェンにも言った通り、悠午の教える修行法は長寿健康に寄与するくらいの効果はある。

 後はマキアス王女自身の問題だ。


 本来、教えた技術で悠午の正義に反するようなことを王女がやらかせば、悠午は仮にも師として弟子を処分する責任がある。

 元の世界に帰るとその辺がダメになるのだが、そこは因果応報、自らの行いが王女に返ると思うしかない。

 もっとも、明日から教える地味で詰らなくて面倒臭い修行を、お姫様が一週間でどこまで修められることやら。

 深く考えなくても、案外一日と経たずに見切りを付けるかもしれない。


 などと、この時点では悠午も、マキアスという王女を甘く見ていた感は否めなかった。


                        ◇


 この世界の夜は早い。

 プレイヤーの街『レキュランサス』のような不夜城など他にはなく、日が落ちれば休んでしまうのが当たり前の習慣だ。

 明りとなる燃料の単価もバカにならず、日本から来たプレイヤーの少女たちも、今や夜更かしをする事もなくなっていた。


 王女が来ても何もしねぇ、と最終的にキレ気味だった悠午の部屋を辞した後、プレイヤーたちも冒険者の男も自分の客室へ戻った。

 だが隠れ目法術士の久島香菜実は、モヤモヤとスッキリしないモノを抱え、ベッドの中でも眠れずにいる。


 香菜実はその性格の通り、自分の意思を強く表に出す性質(タチ)ではない。

 小説や漫画といった読み物を好むが、一方で人付き合いは苦手だ。

 そもそもゲーム『ワールドリベレイター』だって、サポート職をパーティーに欲しがった押し出しの強いクラスメイトに、半ば強引にやらされたのが始まりだ。馬鹿正直に廃人クラスまでレベルを上げてしまうあたり、この少女も損な性分をしている。

 そんな不器用な少女に異性との付き合いなどあるはずもなく、香菜実にとって恋愛など紙媒体の中だけの話だった。


 ところが、ゲームの舞台と良く似た世界に迷い込むという小説よりも奇な事態になって少し経ち、そこに現れたのがビックリするほど見目麗しい少年である。

 しかも、少女漫画では見ないタイプ。


 女として危機感さえ覚える綺麗な面立ちに、一見すると細身だが、逞しく締まった身体付き。

 堂々として落ち着きがあり、さりげない気遣いと優しさを持ち合わせる紳士だ。壁ドン俺様タイプも良いが、実際にお付き合いするなら優しい王子様タイプが鉄板である。悠午はどちらでもなかったが。

 そして香菜実は袴萌えに目覚めた。


 袴はともかく、率直に言って香菜実は悠午に好意を持っている。

 つい先日までは分不相応の叶わぬ想いだと諦めていたが、ここで自分の中の風向きが変わってきた。

 ジト目魔術士の小夜子が言う、悠午が誰とどうなっても構わない、という科白(セリフ)に、自分でも信じられないほどの嫌悪感が噴き出したのだ。

 しかも、仲間や悠午ご本人の目の前で。恥ずか死ぬ。

 元の世界への生還が最優先される今、色恋などにうつつを抜かしている場合ではない。

 それは分かっているのだが、自分たちをこの屋敷に招いた王女の狙いを考えると、何やら心配になって仕方がなかった。

 今頃、あの色気の塊のような王女が、件の少年の部屋を訪れているのでは。

 ならばどうするべきか、などと考えたところで香菜実にはどうしようもなく、ただただ焦燥感ばかりが募っていたが、


 そんなところで、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。


「…………は、はい?」


 夜も深まる時分、不吉な妄想に浸っていた香菜実は聞き間違いかと思ったが、少し待っていると、再び戸が叩かれる。

 部屋には香菜実ひとりだ。

 不意の訪問者に心細さを覚えるが、かといって無視するわけにもいかない。タヌキ寝入りという選択肢はこの少女にはないのだ。

 恐る恐る扉を開けると、そこにはランプを持ったメイドが佇んでいる。

 このメイドに限った話ではないが、王女の屋敷にいる者は皆表情に乏しく、ランプの灯りで出来る陰影が恐ろしかった。


「お休みのところ恐れ入ります……。主人より、寝酒にお付き合いいただきたいとのご伝言でございます」

「ぇ……? ね、『寝酒』……?」


 そのメイドが言う『主人』というのは王女のことだろうが、『寝酒』と言われても困る。自分は未成年だ。

 しかし、断るという選択肢も持てないNOと言えない少女、香菜実。


「あの……わ、わたしだけですか?」

「他の方もいらしております。どうぞ」


 メイドの方は有無を言わせない態度だったが、仲間も一緒だと聞いて、少し警戒を解く素直な少女。

 しかし実際には、香菜実以外に呼ばれた者はおらず、また王女に会うこともなかった。



 その十数分後になる。



 悠午の部屋を訪れたメイドが、仲間のひとりを預かった、という旨を告げてきた。

 その科白(セリフ)の意味を少しの間考えた悠午は、


「つまりそれは、この国がオレに宣戦布告した、ということでよろしいか」


 と、比較的静かにブチ切れる。

 例によって鉄面皮のメイドだったが、流石に悠午の怒気を間近で浴びるのは堪ったものではないらしく、顔を伏せたまま膝を震わせ蒼白になっていた。

 それを見て、悠午の方は少し冷静になる。


 そもそも、メイドが独断でプレイヤーの少女を拉致する理由など無く、首謀者は例の王女以外にいやしない。

 このメイドは単なるメッセンジャーであり、怒りを向けるのは八つ当たりでしかないのだろう。恐らく、最悪の場合悠午に殺されることも覚悟の上で送り込まれてるのだろうが。

 つまり、ぶちのめすなら王女である。


「でー……マキアス殿下はいずこに?」

「ち、地下でお待ちに、なっております」


 逃げもせず、王女は悠午を待ち構えているとの話。

 戦うのが目的でもないだろうが、ならばどんな手を使って来ることやら。

 何にしても人質を取られた以上、取り戻すなりブッ殺すなりする必要があり、自ら赴く他なかった。



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