028:畑違いでも達人を知る
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マキアス王女に呼ばれて来たものの、どの道本日中に謁見賜る事はない。
今後の事は、王宮へ報告しに上がったクロードからの連絡次第となるだろう。
そのようなワケで時間もあり、宿で一息ついたプレイヤーのお姉さん方は、買い物がてらゲームとは違う本物の首都見物へと出かけた。
ヒト種族圏で最も大きな国家の首都、という事で、『プロスレジアス』は『レキュランサス』以上の賑わいを見せている。
レキュランサス、『ダンプール』と同様、都市の作りはVRMMORPG『ワールドリベレイター』の最新エピソードと同じだ。
しかし、明らかにゲームとは異なる生活感に、VRゲームでも未だ表現し得ないリアルな質感、何より、そこに生きる人々の生命感があった。
「っても、特別重要な拠点でもないけどなっ! ゲームじゃここだけのクエストとかもあったけど。あと売ってる武器もレキュランサスの方がスゴイし」
「せっかく来たけどね」
とはいえ、プレイヤーのお姉さん方には、物珍しさ以上の感想もなかったようである。
ゲームのワールドリベレイターと違い、クエスト受注やアイテム入手に来たワケでもなく、イベント目当てで来たワケでもない。
元の世界への帰還条件として『全てのイベントクリア』という推測もあるが、そもそもゲームではないのだ。特定の時刻に特定の場所へ行ったところで、都合良くイベントが始まるはずもない。
現実の世界で、狙って起こせるイベントなど無いのだ。
他方、ゲームでも現実でも、村瀬悠午がプロスレジアスに来るのは初めてだった。当然だが。
高所にかかる橋から街並みを眺めると、なるほどレキュランサスと違って統一感があるように見える。
異世界の文化や知識に汚染されていない、自然に成長を重ねた街とでも言うべきだろうか。
ここに比べると、レキュランサスは随所に場違いな物があったように思えた。
一行は南にある市場で適当な食料を買い、次に首都の中心に近い区画へと向かった。市場と違い固定の店舗が集まる場所だ。
見たことのない野菜や果物がある一方で、元の世界でもよく見たジャガイモやアスパラに似た物もある。
その場でパンとソーセージ、葉物野菜を手に入れると、悠午は手早くその場で処理し、サンドイッチに仕立て上げた。
食べ歩きながら各店を見て回るが、そこで目当ての物を発見。
ひとつ目の店で布地を、ふたつ目で武器をだ。
「村瀬くん、何それ? ハルバード?」
「夢路、ハルバードなんて使うの?」
「オレじゃなくて小春さんの得物ですよ」
表通りからひとつ裏に入った通りに、一見して倉庫や物置と見分けが付かない武器屋があった。
複数の武器屋を見た末に、悠午が選んだのが、その店だ。
しかし、他の店に比べて商売っ気が皆無な事といい、突拍子もない悠午の科白といい、グラビア大学生の姫城小春とジト目女子高生の御子柴小夜子は怪訝な顔をしている。
「……悪くないと思います。余計な物は無いし頑丈だし扱い易そう。鎚と斧の部分、両方の重量バランスを取っているのもいい」
「いや村瀬くん……それ、わたしが使うの? なんで??」
長さ2メートルほどで、先端が槍の穂先になっており、その根元の両側に斧と鎚が付いている長柄の重量武器。
そんな武骨極まりないブツを矯めつ眇めつする悠午だが、小春が聞きたいのは斧槍の寸評などではなく。
「小春さん、自分で突っ込んで行くより相手の出方を見るタイプだから。多分こういう間合いの取れる武器の方が相性良いですよ?」
「でもわたし、剣のスキルしか持ってないんだけど…………」
ゲームのプレイ時に多少遊んだことがあるだけで、小春は斧槍を扱う技術など持っていない。
とはいえ、仮にも師と仰いだ達人が言うのだ。首を傾げながらも、渡された長柄の武器を持ち上げてみる。
剣に比べると、明らかに重量があり、大きく、長い。
自分がこれを持って戦うのが、いまいち想像できなかった。
「いいけどユリウス、ハルバードなんて姫に教えられんの? 剣とは違うじゃん」
「同じ手持ちの武器だから、打ち込みの筋とか振い方でも同じ部分が多いんですよ。あとオレ杖術も多少使えるから、一応教えられると思う。槍とポールアクスも使ったことあるし」
不安を滲ませる小春の代わりに小夜子が疑問を口にするが、悠午の方は特に心配していない。
そもそも剣だって扱えてないに等しいんだから、何からはじめても同じだと思っている。
それに古流の杖術においては、その中に太刀、槍、薙刀の技法を含み、状況に合わせて千差万別に技を繰り出すべし、とされていた。
事実、悠午が修行時に振うのも、専ら刀か棒(杖)となる。
過去の実戦において、吸血鬼の城で多数の武器を振り回したこともあったが、槍にしても大剣にしても不自由は感じなかった。極めたとも言わないが。
「ふーん……でも、そんならレキュランサスで作らせた方がよかったわ。ここの武器じゃ、追加効果もなんも期待できねーじゃん」
「そうですか? 今まで見た中じゃ、一番良い拵えだと思いますけどね」
異邦人と冒険者の聖地とも言うべきレキュランサスには、金、物、ヒトが大量に集まる。
つまり武器や素材、職人も一流どころが揃うので、最高級の物が欲しければ、レキュランサスに行くのが一番とされていた。
実際には少し違ったが。
プロスレジアスの武器屋に期待していないジト目の魔術士プレイヤーと、自分でも刀を打ったことのある武人の少年の意見もまた、少し違った。
「まぁそれなら、いつかレキュランサスに行った時にでも買い換えましょうよ」
今はここで良い、と軽く言う悠午は、店と商品をほったらかしている店主へ代金を支払うべく、奥の方へ。
そこは、薄暗く熱気が立ち込めた鍛冶場だった。悠午には、少し実家を思い出させる光景だ。
赤々と燃料の燃える炉の前では、鍛冶屋箸の先端を炉の中に突っ込んでいる、背の低いズングリとした人影が見える。
立ち止った悠午にジト目魔術士が何かを言おうとしたが、悠午の方は手を挙げてそれを押し留めた。
「…………なんだ、客か」
「失礼、地金を見ていらしたので声をかけない方がいいかと。表にあったハルバードをいただきたいんですけど」
しかし、騒がしい一同の接近に最初から気付いていたか、炉の前の人影はあっさり作業を中断して振り返る。
それはヒト種族に比して小柄で、しかし子供などではなく、長く豊富なヒゲを蓄え厳めしい顔をした筋肉質な種族。
ヒト種と同じ、黒の女神の眷族とされる種族のひとつ、ドワーフ族だった。
「お邪魔しましたか?」
「フン……。構わんよ、どうせ大した鉄じゃない。表のもんか。どれだ」
謝罪する少年の佇まいを、暫く見ていたドワーフの匠。
やがて、手にしていた鍛冶屋箸を放り出すと、のっそりと悠午の方へ立ち上がる。
風貌は老人のようだが、声や足取りは非常に力強かった。
ところが、
「なんじゃプレイヤーか……。ここにあるのは竜殺しの呪いだ剛力の加護だ込められておらん普通の武器だが。派手なのが欲しいならレキュランサスにでも行けば、いくらでも手に入るじゃろう」
斧槍を抱えて来たプレイヤーの女戦士の姿に、ドワーフ鍛冶師は落胆したような様子を見せた。
元から良くなかった愛想も、更に憮然としたものになる。
小春の居心地は悪くなる一方だが、悠午は特に気にしなかった。
「レキュランサスのことはよく知らんけど、ここの武器は良いと思います。完全実戦本位でヘンなクセを要求せず、素直に扱える。これだけ信頼性のおける固い武器は、こっちじゃ見た事ありませんね」
「…………ヒト種の小僧が、生意気を抜かしよる」
謙らず、さりとて無礼でもないストレートな物言い。
自分の半分も生きていないヒト種の子供からの賛辞とあっては侮辱とも取られかねないが、しかしドワーフの匠は満更でもない様子だった。
黙って付いて来ていたベテラン冒険者のオッサンも、「言われてみれば」と立てかけてある大剣を眺めて感心している。
「こういうもんはプレイヤーには受けんでな。結構な数の鍛冶屋がレキュランサスに行ったが、やれ刃をおかしな形にしろだ、やれ呪いを込めろだ、赤ん坊みたいなガキどもに言われるがまま武器を拵えておるらしいわ。アホ臭い…………。ワシはそういうのは好かん。武器の扱いもろくに知らんヒヨッ子以下のガキに、武器の何が分かる」
どっかりと、壁際の低い椅子に腰かける匠は、釘でぶら下げてあった徳利を取り中身を煽る。僅かな酒精の香りを感じることから、中身はアルコールの類らしい。
「お前さんは得物は持たんのか。見たところかなり遣うようだが?」
「未熟なもんで、武器を扱い切れないんですよ。なもんで、専ら素手です」
「そんなタマには見えんがな…………。並の武器では無手に劣るか?」
悠午が業物を見抜いたのと同様、ドワーフの匠もまた達人を見抜いたか。
だが同時に、店に積んでいた武器程度では、悠午を満足させる得物足り得ない事も理解してしまった。
つい、あんな手慰みに作った武器なんて自分の本気じゃないんだからね! と素直じゃない何とか風に言い訳したくなるが、悠午の技量が半端無いのも分かるので自重する。
「……まぁええわい。その程度の道具で良いなら勝手に持って行くがいい。じゃが、その程度のもんにしたって、その小娘に扱えるもんか?」
一転して、美しい女戦士に対してはさしたる興味を示さないドワーフの匠。
プレイヤーが強い力を持っているのは知っているが、同時にそれだけだということも、よく知っていた。
目の前で斧槍を持っている少女に対しても、実力の欠片も見出せない。
「確かに、初心者用にしてはちょっと……いや大分上等過ぎるかな、とは思いますけど。でも命を預けられる逸品に出会えたのは有り難いことです」
「…………フン、好きにするがいい」
とはいえ、本物の達人に認められているのであれば、それだけで悪い気はしないというものだ。
プレイヤーの流行りから外れ、ひとり黙々と武器を打ち続けているところに、この手放しの賛辞。
悠午はこんな調子で、無自覚に人間国宝のおじいちゃん達を次々と落していた。
特に売るのを拒否されることもなく、斧槍に加えて短い幅広の剣と、ラウンドシールドも購入した。良い鋼を見慣れている悠午の目効きである。
しかも、無愛想かつ上機嫌なドワーフの匠が投げ売りしたもので、品質に比して恐ろしく安かった。市場で買った食材の方が、まだ高く付いているという有様である。
本当にいいのか、と思いながら支払いを済ませる悠午だったが、店からの去り際になると、ドワーフの匠からこんなことを問われた。
「お前さんの相棒はどんな奴だ。よほどの業物に思えるが」
一瞬何のことか分からなかった悠午だが、何せ鍛冶師の言うこと、すぐにその意味に気がつく。
「使い熟せてないんで『相棒』っていうにはちょっと微妙なんですけど……。オレが元々遣っていた得物は『粟田口“鬼丸”国綱』二尺五寸八分。プレイヤーが『カタナ』と呼ぶ……多分この世界のどこにもない真打ですよ」
この時、ドワーフの匠は確かに、腰をポンと叩いて微笑する青年が、反りのある美しい二振りを差しているのを見た気がした。
同時に、あれほどの達人が手元に無い事を惜しむ業物に、腹の底から強烈な感情が湧き上がる。
ロクな客が来ず、使う者のいない武器を打ち続けて鬱屈していたところに吹き込む、強烈な突風。
若過ぎる達人との再会を予感するドワーフの匠は、鍛冶場も商品も店も放り出したまま、『カタナ』とは何たるかを知るべく王都へ飛び出した。
◇
うらぶれた武器屋兼鍛冶屋を出た悠午と一行は、宿に戻ろうと裏通りを歩いていた。
女戦士の小春は、真新しい斧槍と背中を覆い隠すようなラウンドシールドを背負い、腰には短めの短剣を差している。
元々軽装とはいえ板金鎧まで身に着けていたのだ。今は重戦士並みの装備となっていた。
「村瀬くん……これ、全部使うの?」
「間合いを取って戦いながら近距離でも壁役として機能する、となるとその辺が妥当だと思うんですよね。まぁ鍛えながらボチボチ煮詰めていきますよ」
一体自分はこの少年にどうされてしまうんだろう、と修行二日目にして不安が募りっ放しの文系大学生。
なお、小春以外の者も予備の武器や防具を新調していた。魔法職3人は手甲や脚甲、胸当て、非常時用のナイフなど。大男のベテラン冒険者も、最後まで得物の大剣を買い換えるかどうか悩んでいたという。
フと、悠午が後方を気にする素振りを見せた。
寸前で、裏通りの脇道に隠れる何者か。
悠午には気配でバレているのだが、それでも反応の良さに感心させられる。斥候として優秀なのだろう。
「ありゃ一体なんだ? ダンプールで余計な恨みでも買ったか? どこのどいつだ」
少し前からゴーウェンも気が付いていたが、個人までは特定できていなかった。
件の相手とそれほど深く関わったワケでもないからだろう。
「バリオさんとこの斥候のヒト。どうも前の街を出てから追尾されているみたいで」
「『バリオんとこの斥候』…………? ああ、小さいのがいたな。だが何だってそんな奴が俺たちを追う? 他の連中に付いて行ったんじゃないのか」
「さて。何をして来るでもなし、どうしたもんかと思ってたんだけど」
瞬間移動じみた速力を持つ悠午をして、捕まえられるかちょっと微妙な距離を保っている。かなりの手練だ。
冒険者の大男にも様子見しかできず、結局は相手の出方を待つのみとなっていた。
クエストID-S029:スーパーハード トレーニング 05/16 00時に更新します




