出会い
「あっ!立ち食い蕎麦のプロ!」
思わず。思わずそう口に出た。靴箱から上履きのシューズを取り出していると、廊下を長身の上級生が通りがかった。スラリと腰まで伸びた烏の濡れ羽色の黒髪。切れ長の瞳。紺色のタイで3年生だとわかる。見間違うはずもない。昨日、蕎麦屋で見たあのプロだ。
思わず口をついて出た言葉だとはいえ、そんなに大きな声を上げたつもりは無かったのだがプロは耳ざとく聞き取ったようだ。
「やあ。ごきげんよう、結合ちゃん」
まるで知り合いみたいに私の名前を呼んでニコっと笑った。
「ごっ、ごきげんよう!」
びっくりして声が裏返ってしまった。その慌てぶりが面白かったのか、プロは口に手を当ててクスクスと笑いながら通り過ぎて行った。
「誰?」
シューズを掴んだまま呆然とする私に姫子が隣で呟いた。知らないよ。
昨日の事である。
姫子も恵も用があるとかで珍しく一人での下校となった。こうなると帰宅部の私は一人寂しく帰宅する他ない。他に友達が居ないからだ。
寄る場所もなく一直線に帰るつもりだったが、なんとなく小腹が空いた。時刻を見れば午後4時になろうかという所。それならあそこしかない。しばし乗客もまばらな特急小田急線に揺られた後、各駅停車へ乗り換えるためホームに降り立つ。いつもなら同じホームでこのまま各駅停車を待つところだが、その日は一度エスカレーターを登り改札前に出た。そこにあるのはチェーン店の立ち食い蕎麦屋だ。
迷うことなく暖簾を潜り、タッチパネルでざる天を注文する。すぐさま出来上がったざる天を受け取り、立ち食いカウンターへと運ぶ。私は冬でもざるを頼むざる信奉者だ。私以外の客はサラリーマン風の男性が2~3人。
そこに彼女はやってきた。私と同じ制服。紺のタイ。身長は170cmほどもあろうか、私より頭一つほども大きい。かけそぱを一杯注文した彼女は私から一つ飛ばした隣の席を陣取り、一味をたっぷりとかけると4~5回ズズっと豪快な音を立てて手繰っただけでそれを食べきってしまった。それからどんぶりに口を付け汁を啜ると、私の目線に気が付いたのかウィンクしてみせた。
そしてその長い脚で舞うように返却口にトレーと空になった丼を返すと、調理場に「ご馳走様」と声をかけて店を後にした。
「プロだ…立ち食い蕎麦のプロが来たんだ…」
他の客か、厨房からか。そんな囁き声が聞こえてきた。
「それはおそらく生徒会長でござるなあ」
教室。HR前に私と姫子が先刻の上級生の話をしていると姫子以外でいまのところ唯一の友人、アニメオタクの恵がやってきた。
「ごきげんよう、桜子殿。姫子殿」
「生徒会長?」
「そう。生徒会長の青緑蛇苺さま。三年生で長身のロングヘアといえば十中八九、蛇苺さまでござるよ。入学式の在学生代表挨拶で壇上に立っているのを見たでござろう?」
「そんなの覚えてないわよ。クッソ長い校長の話の後で眠気と戦ってたし」
「同じく」
姫子が短く頷く。姫子の短い前髪が揺れた。
「あの人、知ってたのよ。私の名前」
「そうでござろう。蛇苺さまは記憶力抜群で在校生徒全員の顔と名前を記憶しているのでござるよ。円周率も3万桁まで言えるとか何とか」
「本当?…なんでそんな秀才がこんな学校に、」
と言いかけたところでHRのチャイムが鳴った。またあとで。そう言って3人はそれぞれの席に戻った。
まだ朝だというのに日差しが温かい。
夏はまだ遠くだ。
▲褥崎結合
▲緑青蛇苺
気が向いたら続けます。
イラストにはAIを使用しています。




