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後編・22歳

たった今私は、人生最大の驚きと直面していた。

その驚きをもたらしたのは、ある一枚の手紙だ。


『学者になった。明日には帰る。待ってろ。──レオポルト・アレクセイ』


手紙の内容はこれだけである。実に簡潔だ。

だが、注目すべきなのはそこじゃない。


確認のため、たった今、起きてすぐの私に手紙を渡してくれた母に問うた。


「…レオポルト・アレクセイって、誰?」

「何言ってるの、レオルくんじゃない。あらやだ、まさか貴女、3年も一緒に居て本名を知らなかったの?」


そのまさかである。

母曰く、レオルは愛称で、正式な場ではレオポルトらしい。

加えてもう一つ、確認のために聞く。


「……ねぇお母さん、王太子様の20歳の誕生日っていつだった?」

「何言ってるの、2週間も前に終わってるじゃない。」

「その時に、女の子が突然現れたとかいう話聞いた?」

「…貴女、寝ぼけてるの?」


胡乱な目で母が私を見る。


「…………そうかも、ごめん。」

「また遅くまで本読んでたんでしょう。あんまり夜更かしすると、体壊すわよ。…あっ、そうだミシェレ、私は今から買い物に行ってくるわ。お昼には戻るから。そうそう、こっちが本題だったのよ。」


「危うく忘れるところだったわ」と呟いて、母は部屋から去って行く。

しばらく放心状態だった私は、1分ほどして、ハッとした。


信じがたいが、やはりレオルは「レオポルト」という名前らしい。アレクセイという姓が、前世で言うと佐藤さん田中さん並みにポピュラーなものだったので気にしていなかった。


レオルの本名──レオポルト・アレクセイという名を、私はずっと前から知っている。それは、前世でやった乙女ゲーム『恋愛王国〜世界を越えた愛』に登場する攻略対象者の名前だ。


ゲームに登場する攻略対象者には4つの性格タイプがある。俺様、クール、ヤンデレ、ツンデレだ。

レオポルト・アレクセイはその中のツンデレ担当だった。


レオポルトは異世界からやって来たヒロインにこの世界の文化、歴史、地理…などあらゆることを教えてくれる学者として登場する。いわゆる教師ポジだ。

レオポルトの攻略は少々厄介だ。まず、好感度はゼロではなくマイナスから始まる。

これは彼の極度の人嫌いという性質から来るものである。幼い頃、森でクマに襲われたことにより彼は右上半身に消えない傷跡を負ってしまう。幼い彼にはそれが酷いコンプレックスとなってしまった。そこから他人に心を閉ざし、部屋に篭って書物ばかりを読む内気な子どもへと成長してしまう。もともとすれ違い気味であった両親──特に父親とはいつのまにか深い溝が生まれ、彼の人を寄せ付けない性格はさらに拗れていき、極度の人嫌いとなってしまう。

恐らくマリアナ海溝よりも深いであろうその心の溝を、ヒロインは埋めていくことで彼を攻略していくのである。


そして、レオポルトはツンデレ担当だが、デレを見せるまでが果てしなく長い。初期段階での彼の状態は、()()を通り越して()()である。

ヒロイン改めプレイヤーはレオポルトのトゲ対応に根気よく付き合わなければならない。それ故にデレが見えた時の達成感は凄まじい…と、いうのがゲームでのレオポルトの設定である。


対して、レオルの方を思い出して見てほしい。

クマに襲われていないし、お父さんとの確執も別にない。ついでに言えばツンデレでもない。


10年前の出会った時を振り返る。まず、周りの大人を困らせようと森に入ったレオルを「クマが出るから死ぬぞ!」と私が一喝して連れ戻した。

そして父親との関係に悩むレオルにアドバイスしたような気がする。そこからすぐに2人の関係は超がつくほど良好になった。


つまり、私は無意識のうちにレオルの乙女ゲー攻略対象者たるフラグをバッキバキに折っていた訳だ。

製作者泣かせである。


…でも、製作者さんには悪いがまったく後悔はしていない。だってクマに襲われるレオルも、お父さんと仲が悪いレオルも、想像できないし、したくもない。それくらい大切なのだ。12歳の私グッジョブすぎる。


そしてもう一つ気になることがある。

ゲーム開始時にヒロインが現れていないことである。


『恋愛王国〜世界を越えた愛〜』は、王太子の20歳の誕生日を祝うパーティに、いきなりヒロインが現れるところから始まる。だが、そんなニュースは2週間経った今でも流れてこない。


…もしかしたら、この世界はただゲームに似ているだけで、実際はゲーム通りには進まないのではないだろうか?そんな仮説を立ててみるが、正直まだ混乱している。


「うーん…分からないことだらけだ。」


レオルのことも、ゲームのことも。


「何がだ?」

「え?いやだから、レオルの事とか、ゲームの事とか。」

「俺の事は俺に聞けばいい。なんでも教えてやる。」

「へぇ!親切だね…ってギャアアアアア!!!!!」


何故か目の前にレオルがいた。


「えっ、何どういうこと!?明日来るんじゃなかったの!?」

「予定より早くついたんだ。言っておくが無断で入った訳じゃないぞ。おばさんに入れてもらったし、声も何度もかけた。」


どうやら考え込んでしまって注意散漫になっていたらしい。

久しぶりの再会なのに、全く情緒がないものになってしまった。まあ、私達らしいっちゃ私達らしい。


7年ぶり、22歳になったレオルは、もうすっかり大人になっていた。綺麗の中に、精悍さが垣間見える。


「大きくなったねぇ、レオル。」

「お前は相変わらずだな、ミシェレ。」


大きな手は私の右後ろの髪を梳く。どうやら寝癖があるらしい。

くしゃりと笑ったレオルの顔は、ゲームのレオポルトと同じだけど、雰囲気は全く違う。こっちの柔らかいレオルの方が何千倍もいい。改めて12歳の私グッジョブ。


「…さて、と。折角だし、向こうのこと聞かせてよ。着替えるから下で待ってて。」

「まあ待て。」

「えっ、うわっ!」


ベッドから立ち上がろうとしたところをいきなり引き寄せられる。

気がつけばレオルの腕の中でガッチリとホールドされていた。……????どういうことだ??


「…んん?レオル?」

「みやげ話もいいが、先に大事な話がある。」

「何故にこの体勢?」

「逃さないためだ。」


何だかレオルの目が鋭い。逃さないためって何?獲物?私、獲物か何かなの?

話の途中で逃げ出すなんて失礼なことしないよ?


「…手紙、読んだか?」

「うん。もうビックリしたよ、レオルの本名あの手紙で初めて知ったんだもの。」

「今注目するのはそこじゃない。」

「えええ」


バッサリと言い切ったよこの人。

他に注目する所あったっけ………ああ!


「そうだ!学者になったんだってね!おめでとう!」


そうだそうだ、レオルはお父さんと同じ立派な学者になったんだった。今日はお赤飯炊かなきゃね。お赤飯この世界にないけど。


「そうだ、俺は学者になった。」

「うんうん。」

「条件はクリアしたぞ、ミシェレ。」

「…うん?」


心当たりのない言葉に、私は首を傾げた。いや、条件って何?というか私が試験官みたいな感じ?

困惑する私に、レオルは続けた。


「…お前が言ったんだからな。」

「な、何を?」

「……夫にするなら、学者がいいって。」

「…そんなこと言ったっけ?」

「言った。」


レオルは有無を言わせない雰囲気だ。

必死に記憶を過去の記憶を辿る。……あっ、言ったわ。確かに1番最初にレオルと会った時にそんなこと言った気がする。


「俺はお前の望み通り、学者になったぞ。」

「あ、ありがとう?」

「またここで暮らす権利ももぎ取ってきた。」

「ええ!?本当に!?やったじゃん!」


喜ぶ私に、レオルは目を細めた。


「……だから、今度はお前が俺の望みを叶えろ。」

「え?」


グイッとレオルが顔を寄せる。……ちょ、ちょーっと近くない?さすがに目と鼻の先に美形は心臓に悪いかなって、思ったり…。


「ち、近いよレオル。」

「……」

「な、なんでもっと近づくの!」


少しでも動いたら、唇が触れてしまいそうだ。

抗議の声を上げたいのに、何故か声が出ない。目の前のレオルの瞳に、吸い込まれてしまいそうだった。


「俺の妻になれ、ミシェレ。」

「……はい?」


思わず聞き返す。今、何て?

対してレオルは満足そうに頷いた。


「よし、了承したな。」

「えっ、いやちょっと!!」

「もう無理だ。変更は認めない。」

「ちょちょ、ちょっとまっ……んんんんん!!」


気がつくと、私とレオルの距離がゼロになっていた。


離れたかと思うと、また唇をはまれる。息継ぎをしようと口を開くと、さらに濃くなる。


やっと終わった頃には、身体に力が入らなくて、頭がクラクラした。

…12歳の私、行動はグッジョブだけど、もうちょっと発言には気をつけた方がいいと思うよ。


クタリと力ない私の腰を抱くと、レオルはベッドに腰掛けた。ちなみに私は片膝に横抱きで乗せられた。

…もう何もいうまい。


レオルはそのまま上着のポケットをガサゴソと探り、あるものを取り出した。──四角い小さな箱だ。

さすがについさっき言われたことから、私も察しがつく。


「……今度はちゃんと合ってるよね?」

「…当たり前だ。」


からかうような私の口調に、レオルは拗ねた顔をする。あの時のものは、今も大切に持っている。


「…受け取ってくれるか?」


さっきはあんなに強引なことをしたくせに、変なところで気弱になるなぁとレオルの顔を見る。

そんな懇願するような顔をされては、選択肢は一つしかない。


「…一生大切にする。だから早くちょうだい。」

「…ああ。」


私の左薬指にピッタリ合ったそれは、それからずっとそこにある。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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