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第9話 文章構成


 手に汗がにじむ。

 さっきまで涼しかったのに。

 震えているのに気づかれないよう、手を強く握る。


「探偵に、ね」


 カタリ、と音がした。

 春霞さんがキーボードを叩いたんだ。

 その人はデスクトップ越しに僕を見つめる。

 何故か春霞さんのその瞳は、とても冷たかった。


「受けて、もらえますか?」


 恐る恐る、言葉を口にする。

 声まで震えてきた。

 それでも、視線だけは逸らさない。

 覚悟してきたのだと、伝える為に。

 僕を見る春霞さんの眼は、元の温かいものに戻っていた。


「それは、内容と、君次第だよ」

「僕……?」

「そう」


 その言葉に、僕は首を傾げた。

 内容次第、なら分かるんだけど。

 僕も、なのか。

 やっぱり、僕は場違いなんだ……。

 けれど、続いた言葉は、僕が考えていたものとは違った。


「私達に、真実を話す気があるのか、どうか」


 眼を細め、春霞さんは笑う。

 その視線は、僕の心を見透かしているようで。


「教えてくれるかな、全部、何も隠さずに」


 机に肘をつき、指を絡める。

 春霞さんの顔は、やっぱり笑っていて。

 僕の口は、自然に動き出した。


「僕は、……殺され、かけたんです」


 ピリッ、と空気が張りつめる音がした。

 瞬時に全ての瞳が、鋭く僕を見た。

 まるで獲物を狙う、獣の様に。

 光っているとさえ、思えてしまうほどに。

 だけど、僕はそれに気づかない。

 自分の事を思い出すので精一杯だった。


「僕の学校では、校舎の裏でウサギを飼っていて。僕は、それの世話をしていたんです」


 自然と、肩が上がる。

 頭の中に浮かぶそれは、どうしても一人では抱えきれない。

 足元を見ると、そこに見えるようで。


「白くて、丸いウサギなんです。全然なつかなくて、可愛げのない奴で。でも、エサはいっぱい食べるし、元気が有り余ってるように見えてました」


 カタ、と音がする。

 いくら力を込めても、僕の体は震えるのを止めない。

 言葉も、上手く話せなくなってきた。


「本当に、そう、だったのに」


 思わず、口に手を当てた。

 込み上げる吐き気に、息が荒くなる。

 背中を伝う汗が、気持ち悪かった。

 胃の中身を吐き出すより先に、僕はその言葉を吐いた。


「昨日、そいつが、……しんでたんです」


 より一層、空気の重みを感じた。

 僕は俯いたまま、顔を上げられない。

 僕の足元に転がるそいつの死体から、眼を離せなかった。


「死んでいた?」

「は、い」


 春霞さんの言葉が、かろうじて耳に届いた。

 僕は大きく息を吸い込む。

 頭に酸素が足りていないのがわかった。


「そいつ、白くて、ふわふわしてて、汚れてなんてなかったのに。昨日、帰りに、餌やりに行ったら、ウサギは、落とし穴(・・・・)の中にいたんです」


 相槌の代わりに、キーボードの音が聞こえる。

 僕は、自分のシャツの胸元を強く掴んだ。

 心臓が痛いくらい速く動く。

 鼓動は、どうしても落ち着いてくれないらしかった。


「白い毛が、土で汚れてて。穴の中で、じっと動かなくて。それで、僕、」


 まるで、犯罪を告白しているようだ。

 いっそのこと、気が狂ってると言ってほしい。

 目の前にいるウサギを、どうか消してほしい。


「咄嗟に、埋めたんです」


 土をかけて。

 草を敷いて。

 埋葬なんて都合のいい言葉で。

 全部、無かったことにした。

 僕は、ウサギを、殺したんだ。


「落ち着いて」

「うわぁ!?」


 ビクリ、と体が跳ねた。

 突然、僕の肩に手が置かれたのだ。

 その手の主を見上げると、そこには彼誰時さんがいた。


「ココア飲める?」

「……はい」


 これは本当。

 僕の前に、マグカップとグラスが置かれた。

 グラスには水が入っていた。

 マグカップには、ココアを淹れてくれたらしい。

 ご丁寧に、ホイップクリームまで乗っている。

 彼誰時さんは、一度席を外していたようだ。

 ドアを開ける音にすら、気づけなかった。


「いただき、ます」

「どうぞ」


 温かいマグカップを、両手で包み込む。

 喉を流れる液体は、優しい温かさで。

 僕はようやく、一息つけた。


「髭になってる」


 彼誰時さんが口角を上げる。

 ホイップクリームが口の周りについたのだ。

 彼誰時さんは笑いながら、僕にティッシュを渡してくれた。

 子供っぽいと思われたかな。

 少し恥ずかしい。


「落ち着いた?」

「あ、はい。すみません……」


 春霞さんの優しい声が聞こえた。

 上がりきっていた肩を落とす。

 足元を見ても、もう何も見えなかった。


「ウサギ、ね」


 チリン、と鈴の音がした。

 春霞さんの首元から音がする。

 身体を起こしたことで、チョーカーの鈴が鳴ったのだ。


「依頼、受けてもらえますか……?」


 再度、その質問を口にする。

 こんな話、妄想と言われてしまうかもしれない。

 折角体の力を抜けたのに。

 再度、心臓が加速し始める。

 1秒が、とても長く感じられた。

 もう一度、チリン、と音がした。


「いいよ、受けましょう」

「え……?」

「その依頼、受けましょう」


 マグカップが手からすり抜けそうになる。

 目の前が明るくなった気がした。

 春霞さんは笑っている。

 笑って、僕を見ていた。


「今から、貴方にいくつかの質問をするわ。その質問に真実を答えてくれるならば。その依頼、受けましょう」

「こ、答えます!」


 今度は、落とさないようにマグカップをしっかり握りしめた。

 思わず食い気味に返事をする。

 そんな僕に、春霞さんは眼を細めた。


「なら、君の依頼に解を出そう」


 僕は眼を輝かせた。

 春霞さんが助けてくれる。

 救われる。

 そう思った。

 だけど、春霞さんはまた僕の想像の斜め上を行く。


「潮ヶ波留が、ね」




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