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「え、なにアレ……」
天海は目にしてしまった。
いくつかの墓を隔てた先の通路に、人が横たわっているのを。
─────人が、倒れてる?
直感的にそう思うやいなや、駆け寄った。
そこに横たわっていたのは一人の少年だった。
「大丈夫ですか!?」
そう息を荒げつつ少年の側でしゃがみ込んだ天海は、自身の心配が杞憂だったことに気付く。
間近に見てみると、意識を失っているというより、まるで寝ているように見えた。というより寝ていた。
リュックサックを枕代わりに通路へ寝そべり、タオルを目に掛けて寝息を立てている。
─────何、この人……
思いつつも本当に体調不良だと困るので一応天海は恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの……」
呼びかけに対して目を覚ましたのか、少年は体をピクッと動かすと、目にかけたタオルを取り去り、まだ開ききらない目で天海の顔を見た。
「……母さん?」
「いや、違います」
「姉ちゃんか」
「違いますよ」
「あ、隣のクラスの御手洗さんか」
「それも違います! 私は天海です!」
「誰だよ」
「こっちのセリフです! てか大丈夫ですか? 倒れてたように見えたから声かけたんですけど」
「安心してくれ。俺はただの行き倒れ予備軍だ」
「なんですかそれ!」
少年は弥柳と名乗ると経緯を語った。観光で島を訪れたが、なけなしの紙幣を島に生息するヤギに食べられてほぼ無一文になり、仕方なく墓地で野宿しているということだった。
「なんか訳わからないんですけど、とにかく災難でしたね……」
天海は改めて弥柳を見た。
服装は普通だ。中性的な顔立ちで見た目は好青年という感じだ。
「にしてもこの時間に出歩いてる人は珍しいな。てっきり今晩はもう誰にも会わないと思ってたけど」
「野宿してる人に言われたくないですよ。夕涼みも兼ねてお墓参りに来たんです」
「へえ。そうなのか。幽霊とか怖くないのか」
「幽霊なんている訳ないですし」
「へえ……」
弥柳はいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「なんです?」
「幽霊はほんとにいるぞ」
「そういうのは小学校で卒業しました」
「いやほんとだって。ほら、今も後ろに」
「もー、変な冗談やめてくださいよ」
と言いつつも一応振り返ってみた天海の前にいたのは人の形をした何かだった。
声にならない声を上げつつ腰を抜かした彼女を見つつ弥柳はおもむろに立ち上がり、人のような何かと相対した。
それは初老の女だった。だが病的に白く生気の無い面立ちは既にこの世ならざる者であることの証明だった。
「いかにも幽霊って感じだ」
「穴藤のおばさん……」
震える声で小さく呟いた天海に弥柳は声をかけた。
「知り合いか」
「まあ知り合いと言えば知り合いですが……」
その初老の女は、天海の家の近所の住人だった。天海にとって穴藤は、近所の嫌なおばさんだった。噂話が大好きで、一日中他人の行動を見張って詮索し邪推し、それを井戸端会議で垂れ流すような人だった。
天海は普段からあまり関わりをもとうとしていなかったが、その顔を見るのは随分久しい。
穴藤は去年病気で亡くなっている。数日の間姿を見かけないことを不審に思った近所の人間が家を覗いたところ亡くなっていた。その事件が一時、島の界隈を騒がせたことは天海の記憶にも新しい。
その穴藤がどうして目の前にいるのか。天海は祖父から聞いた話を思い出した。
この島には昔から幽霊が出る。夏の夜には、ミサキと呼ばれる幽霊が出るという話を。
だが天海にとってそれは、酔いどれが適当に語り、同じく適当に聞き流していた怪談話の中のひとつに過ぎなかった。
今までは。
穴藤は近付いた。
天海は逃げようとした。だが腰が抜けてしまった。
ミサキが出ると言われる夏の夜は、島の住人は安易に外へ出ない。天海もその慣習は知っていた。が、そんなものが現実にいるはずがない。そう高を括っていた。
だが出会ってしまった。この世ならざる彼岸の存在に。
恐怖に身が竦む。
閉ざしかけた目に、一瞬眩しく光るような物が見えた気がする。
再び目を開いた時には、穴藤は胴から真っ二つになって霧散していた。
一瞬だった。
天海は、しばらくその場から動けなかった。
目の前で何かが光ったと思ったら、穴藤の姿が消えていた。何が起きたのかは分からない。けれど、先ほどまでそこにいたものが、もういない。それだけは確かだった。
腰が抜けたまま、天海は恐る恐る顔を上げる。
少年はいつの間にか手にしている日本刀のような物を見下ろしていた。
まるで、道端の小石でも蹴飛ばしたかのような、何でもない顔だった。
「いただろ? 幽霊」
弥柳は言った。
「ちょ…… ちょっと待ってください…… 何がどうなってるのか……」
天海は額に手を当てた。
「怪異は案外身近にいるってことだ。それと」
弥柳は刀をおもむろに天海の方へ振り下ろした。目にしたことない鋭利な煌めきに天海は思わず後ずさる。
「ひっ……」
「これには触れないでほしい」
天海は頷くしかなかった。それを見て弥柳は刀を鞘に戻す。
「じゃあ一件落着だな。もう日も暮れたし天海さんも気を付けてな」
「は、はい。って弥柳さんは?」
「寝る」
「本当にここで寝るつもりですか?」
「ああ」
「わざわざこんなとこでですか」
「ああ。夜に墓場来る奴なんていないしな。だから静かに寝られる。それにだ」
「それに?」
「今の時期の墓場は線香が効いてるから蚊も寄り付かない」
「あー、確かにそうですね」
「と思ったんだがな。普通に蚊のドリンクバーになってるところだ」
「ええ……」
「そこから分かるのは、普通の線香は蚊取り線香の代わりにはならないってことだ」
「何の話ですか」
弥柳は通路に置かれたリュックサックを枕にして背を向けて寝転がった。
その様子を天海は眺めていた。
ここまでの会話で天海の弥柳に対するイメージは"変人"だった。
突如目の前に現れ、得体の知れない怪異を倒したと思うと、墓地で野宿すると言い始め、そしてなぜか日本刀のようなものを持っている。全てが天海にとって不可解にして奇異だった。
だがそんな少年に自分は助けられた。天海にとって、弥柳は変人であり恩人でもあった。
「もしかして、ほんとにここで過ごすつもりですか」
「ああ」
「あの、良ければ私の家に泊まっていきます?」
「えっ、いいのか」
弥柳は目を輝かせて天海の方へゴロンと身体を向けた。
「ええ」
「ふーん……」
「なんです?」
「いや、出会って5分でお泊まりイベントは早すぎないかと思って」
「そういう意味じゃありません! 私の家が旅館なんです!」
「ああ、なるほど。でもいいのか?」
「ええ。旅館の娘として、野宿してる人はほっとけませんよ!でもそのかわり」
「そのかわり?」
「寄り道したいところがあるんです」
「寄り道か。別に良いぞ。天海さんが良いなら」
「どういうことです?」
「天海さんが俺に信頼を置けるかどうかだ。まだ出会って間もない人間と夜道を歩くんだぞ。俺が変質者の可能性も0じゃあるまいし」
「まあその可能性はほぼ100%だと思いますけど」
「なんでだよ」
「でも悪い人ではない。私はそう思いました」
「それはどうも」
「じゃあ、行きましょうか。弥柳さん。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく天海さん」
二人は歩き始めた。




