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葬鐘の国で、わたしは死神に拾われた  作者: わがままな饅頭


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第1話 鐘が鳴る朝に

 わたしが死んだ日、村の鐘は三度鳴った。


 一度目は、隣の家の老人が死んだとき。二度目は、その葬列が墓地に着いたとき。そして三度目は――わたし、ミラ・ノクスが、井戸の底で冷たくなっているのが見つかったときだった。


 もっとも、三度目の鐘について、わたしは音を聞いていない。聞けるはずがなかった。だってわたしは、その鐘が鳴らされる理由そのものになっていたのだから。


 気づいたとき、わたしは自分の亡骸を見下ろしていた。


 奇妙な気分だった。怖いとか、悲しいとか、そういう感情が追いついてくる前に、まず「ああ、わたしの髪、こんなに泥だらけだったんだ」というどうでもいい感想が浮かんだ。十六年生きてきて、自分の死に顔を他人事のように観察する日が来るとは思わなかった。


 井戸の底から引き上げられた自分の身体は、村人たちが覗き込む中、泥と水を纏ったまま石畳の上に横たえられていた。おかみさんが叫んでいる。子供が泣いている。父がそこにいるかどうかは、上から見ていても判別がつかなかった。人だかりが多すぎて、それとも、わたしが見たくなかったのか。


 どちらでも構わなかった。


 もう、関係ないのだから。


 そう思った次の瞬間、全身がもう一度熱くなった。関係なくない、という気持ちが、腹の底からせり上がってくる。なぜわたしが死んでいる。なぜみんなそんな顔をしている。昨夜まで普通に生きていたのに。


「――随分と、暢気な顔をしているね」


 声がした方を振り向くと、井戸のふちに、誰かが腰かけていた。


 黒いコートを纏った、人の形をしたもの。顔は若い男のようにも、老人のようにも見えて、どちらとも判じがたい。瞳の色だけが異様にはっきりとしていて、深い紫色をしていた。腰には、柄に古い文字の刻まれた大鎌が下げられている。


 絵本で見たことがある。


「死神、さま……?」


「正解。物覚えがいいね、死んだばかりにしては」


 死神は鎌の柄に頬杖をつくようにして、わたしの亡骸とわたしを交互に眺めた。


「もっとも、私は『死を運ぶ者』であって、『死を裁く者』ではない。お前がこれから怖がるべきは、私じゃなく、お前をここに突き落とした人間の方だ」


 その一言が、絵本の中の死神とは違う、何か鋭いものをわたしに感じさせた。


「わたしは、これからどうなるんですか。地獄に落ちるんですか。それとも、消えてしまうんですか」


「普通ならね。だが、お前は運がいい」


 死神は、わたしの胸のあたりを指さした。そこには、見覚えのない紋様が、青白く光って浮かんでいた。


「この村は、表向きは何の変哲もない辺境の村だ。けれど実際には、千年前に滅びかけた『大災厄』を、地下に封じ込めている場所でね。封印を保つために、村の誰かが定期的に――その身を、贄として差し出す決まりになっている」


「……どういう、意味ですか」


「お前の親が、お前を井戸に突き落としたのは、事故じゃない。村の長老たちと相談の上で、決めたことだ」


 頭の奥が、すうっと冷たくなっていく感覚があった。


 わたしの両親は、昨夜いつもと変わらない顔で、おやすみを言ってくれたはずだった。母の作る豆のスープは少し薄かったし、父はわたしの恋の話を聞いて、柄にもなく照れていた。そんな当たり前の夜の、すぐ後に。


 あの声が、偽物だったとは思いたくない。でも、本物だったとしたら、その温かさのすぐ裏に、これが隠されていたことになる。


「嘘、ですよね」


「死神は、嘘をつく必要がないんだよ、お嬢さん」


 淡々とした声が、かえって残酷だった。


 わたしは、自分の中で何かがぱきりと音を立てて折れるのを感じた。悲しみよりも先に、もっと熱くて、もっと暗いものが、腹の底からせり上がってくる。


「ふざけないでください。わたしを、何も知らないまま殺しておいて、今さら『運がいい』なんて」


「怒るのは結構。むしろ、その熱、気に入った」


 死神は、大鎌を地面に突き立てて、わたしの前にしゃがみこんだ。紫の瞳が、まっすぐにわたしを覗き込む。近くで見ると、その目には年齢というものが感じられなかった。百年でも、千年でも、同じ目をしてきたのだろうという静けさが、そこにあった。


「私はね、長く生きていると、死んでいく人間というのは大きく二種類に分かれることに気づく。運命を呪って終わる者と、運命に唾を吐いて立ち上がる者だ。前者は、私にとってただの仕事の対象でしかない。だが後者は――何百年に一度、こうして拾いたくなる」


「拾う……わたしを、ですか」


「正確には、お前と契約を結びたい。私の半身となり、私の力を借りて、もう一度この世界を歩く権利を与えよう。その代わり、お前にはひとつ、果たしてもらいたい役目がある」


「役目?」


「お前を贄にした村を――そして、その村を生かすために『大災厄』を利用し続けてきた、もっと大きな仕組みそのものを、暴いてほしい」


 死神の声には、初めて、ほんのわずかに感情の色が滲んだ。怒りに似た、何か。


「私はこの千年、似たような『仕組み』を、何度も見てきた。弱い者の死を踏み台にして、自分たちだけは安全な場所に逃げ続ける者たちをね。私自身では手を出せない。死神には死神の掟がある。だが、お前のような『生き返った魂』になら、できることがある」


 わたしは、自分の亡骸にもう一度目を落とした。


 泥だらけの髪、青ざめた頬。そこに転がっているのは、もう誰も守ってくれない、ただの十六歳の少女の抜け殻だった。


 悲しみは、消えてなくなったわけではない。むしろ、これから一生、わたしの中に居座り続けるのだろうと思う。けれど今は、悲しみよりも強い感情が、わたしを突き動かしていた。


「――契約します」


 迷いはなかった。


「わたしを殺した村に、わたしを贄にした両親に、そしてその仕組みを作った『誰か』に。生きていた頃のわたしじゃ届かなかった声を、今度こそ届けてやります」


「いい返事だ」


 死神は、初めて、口の端をわずかに持ち上げた。それは微笑みと呼ぶには酷薄で、けれど確かに、何かを面白がっているような表情だった。


「名乗っておこうか、ミラ・ノクス。私の名は――」


 その名が告げられた瞬間、わたしの胸の紋様が、燃えるように熱くなった。


 痛みと共に、わたしの世界は、一度完全に色を失い――そして、これまで見たこともない色彩で、塗り直されていく。


 鐘の音が、もう一度、遠くで聞こえた気がした。


 四度目の鐘。それは、村のための弔いの鐘ではない。


 わたしという死神の半身が、この世界に生まれ直したことを告げる、開戦の鐘だった。



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