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【BL】裏アカ男子はバレたくない!  作者: おもちDX


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6/6

6.推しバレ

「えっ。三人とも、帰っちゃうの?」

「いやあ、俺らがいたら完全に邪魔者なんで……」


 フレンドリーな三人のおかげで道中は意外に話が弾んでしまった。特に桂のクラスでの武勇伝がおもしろかったのだ。

 いつも桂が寝ていた世界史の授業で教師がキレて、「赤点でも取ろうものなら落第させる!」と脅されたあとに満点を取った話とか、うっかり数学教師のカツラを取ってしまった話とか。


 無事桂の家の前についてドキドキしていると、三人はここで帰ると言い出した。確かに僕は桂と二人で話したいと思っていたけれど、友だちとの時間は邪魔するつもりなかったのに。

 こっちの方が邪魔者であるはずだ。そう説明しても三人が固辞したため、僕は眉を下げてしまった。優しい桂の友だちはみんな優しい。


「石川くん、福井くん、富山くん、ありがとう……。じゃあ、今日は僕が桂をもらうね」

「ひゅ~っ男らしいっすね、先輩」

「応援してます!」


 変な言葉遣いをしてしまったせいで揶揄われる。一応敬語で話してくれているけど、やっぱり僕には先輩感がなかった。

 

 三人に手を振って、僕は改めて一軒家の前でふううっと深呼吸をした。ここが桂の家だ。

 桂は……いるよな。お父さん以外、家族全員揃っているかもしれない。人数が多そうだ。それだけで緊張する。


 インターホンを押すときは指が震えた。カメラはないらしく、そのことに少しだけホッとする。だって、どんな顔をすればいいのかわからない。

 しばらく待つと、インターホンから緩い応答があった。機械音でいつもとは違う声に聞こえるけど、桂だとすぐにわかった。


「はーい、どちらさまー?」

「……桂。三廻部だけど……ご、ごめん急に来て! でもどうしても話したくて!」

「え、純那? ……えええええ!?」


 音が割れるくらい、桂が大声で叫んだ。「うるさい!」と遠くから聞こえる。お母さんだろうか?

 走っているような足音がインターホンと家の両方から聞こえ、すごい勢いで玄関のドアが開いた。白いTシャツと黒いスウェットにボサボサ髪の、見た目は完全にヤンキーな桂が口をぽかんと開けて僕を見ている。


「えと、桂の友だち三人に、連れて来てもらった……」

「あいつらか……あっ。(もも)(むぎ)!」

「けいのおともだち~?」

「もらち~~!」


 ぎりぎりストーカーじゃないことを説明していると、桂の左右から小さな女の子と男の子が飛び出してきた。よく似ているけど、女の子の方が大きくて小学校の制服を着ている。

 興味津々で下から顔を覗き込まれて、戸惑いを隠せない。一人っ子の僕には小さな子の扱いなんて分からないからだ。


「かっこいー、わたしのこのみかも……」

「かっこい!」

「李、お前の趣味の良さは認めるが純那はだめだ。麦、裸足で出るなって……ほら戻ってこい。ごめん、純那もとりあえず入ってくれ」

「お、おじゃまします……」


 子どもがいると一瞬で場がカオスになる。なぜか僕に纏わりついている李ちゃんと一緒に玄関から上がると、麦くんを抱えた桂は風呂場らしき場所へ行ってしまった。

 李ちゃんに連れられるがままリビングに入れば、赤ん坊を抱えた顔立ちの華やかな美女がソファに座っていた。一瞬桂の彼女かと思ったが、よく見れば桂にとても似ている。


「あら! 桂のお友だち? あら、あら……初めて来る子よね? ごめんねぇ散らかってて」

「三廻部純那といいます。桂の、お姉さんですか?」

「やだぁお母さんよぉ! 実物も可愛いのね~。おやつ出してあげるから、桂の部屋行っててね。李は邪魔しちゃだーめ」


 二階に上がって一つ目のドアだからね~と教えられて、僕は素直に従った。見た目が若い桂のお母さんと、これ以上会話を広げられる自信がなかったからだ。

 我ながら、今日は知らない人との会話をよく頑張っている方だと思う。そろそろ槍が降りそうだ。


 桂の部屋に入るのはとても緊張した。そもそも家族に勧められたからといって勝手に私室に入っていいものだろうか。

 しかしドアが少しだけ開いていたから、どうしてもその先が気になってしまって足を踏み入れた。


「わ……」


 桂の、部屋だ。あのジャージと同じ優しい匂いがして胸が高鳴ってしまう。あまり物は多くないけれど、学校で使っている鞄が無造作に置かれていたり、起き出してそのままのベッドの様子に生活感があった。

 学習机には付箋がたくさん貼られていて、桂が成績上位をキープするために真面目に勉強していることを改めて実感した。


(ちゃんと、謝らなきゃ……。必要なら僕が先生に説明して、謹慎は撤回してもらう)


 ここへ来た目的を思い出し、浮かれていた気持ちに蓋をする。桂の鞄の横に自分の鞄も置かせてもらい、そわそわと落ち着かずに部屋を見渡していると、ある違和感に気づいた。


 ――押し入れの(ふすま)から、細い光が漏れ出している。


「なんだ……? ドラえもん?」


 ウォークインクローゼットならまだしも、押し入れが光る理由なんて未来から来たロボットがいるとかファンタジーな展開しか思いつかない。人様の部屋であることも忘れて、つい僕はその引き戸を開いてしまった。


「……っえ……」

「純那、コーヒー飲める? って……うわああああ〜〜!!」


 部屋にやってきた桂は、僕が目にしているものに気づくと大声で叫びながら押し入れの前に立ちはだかった。でも、とっくにその光景は、僕の目に焼きつけられてしまったから意味はない。


 そこには――ジーナの祭壇、としか言いようのないものが設けられていた。


 これまでジーナとして投稿した写真の数々が現像され、キラキラのラインストーンがついた額に入って整然と並んでいる。たぶん、これまでに投稿したすべての写真がある。それくらい多かった。


 なぜか写真のプリントされたうちわやTシャツもあって、まるで公式グッズのようだ。極めつけには祭壇の中心に、いつだったか学校の非常階段で桂に撮られた僕の笑った写真が、丸い額に入ってどでかく飾られていた。


 クリスマスの電飾のようなキラキラライトが全体を輝かせ、中心を照らすスポットライトまであった。大きな桂の体でほぼ隠されているけど、光の端っこが今もちらちら見える。


「これ……なに?」

「…………推し活、です」

「ジーナのことそんなに好きだったの?」

「……はい」


 立ちはだかったまま固まっている桂を見上げて話しかけると、桂は初めて僕に敬語を使ってみせた。後ろめたくて恥ずかしそうな表情が、ちょっと可愛い。

 別に僕も怒っているわけじゃないから、平然として見せる。


「すごいねぇ。自分でも現像はしないから、変な感じ」

「……嫌じゃ、ないのか? 気持ち悪いだろ?」

「全然? ていうかもしかして、モリゾーさんって桂?」

「う」


 思い切って尋ねれば、桂は痛いところを突かれたという顔をして視線をうろうろと彷徨わせた。人のことを言えないけれど、分かりやすすぎる。やっぱりそうだったのか……


 僕は好きな人から熱烈に推されていたことを知って、嬉しいような素直に喜べないような、複雑な気持ちが胸中に渦巻いているのを感じていた。


 なぜなら、ジーナは僕であって僕ではない。

 好きだ推しだと言ってもそれは恋愛感情じゃないわけで……僕の気持ちとは徹底的にすれ違っていることを実感させられる。


「もうジーナのアカウントは消そうと思う」

「え!! なんでだ!?」

「僕さ、女装が趣味ってわけじゃないんだよね。……がっかりした?」

「……いや、」


 ジーナが好きだということは、女装男子の写真が好きということだ。中身が僕だと知ってがっかりされてはいないみたいだけど、僕は普段女装もしないし。桂の前でジーナになることもできない。


「昨日のことがあって、やっぱり裏アカで写真を投稿するのは危ないんだって自覚した。僕のせいで桂が謹慎になるなんて……ほんと、ごめん」

「純那のせいじゃない!」


 へにょ、と眉尻を下げて謝ると、桂は僕の肩を両手で掴んできた。その強い力に驚く。

 覗き込んできた目は爛々と燃えている。


「あいつらが悪いだろ! あと俺も純那が押さえつけられてるの見て、カッとなっちまったし……」

「でも、隠れてツイスタやってたのは僕だし……。桂、特待生大丈夫なのか? 来年やばいとかない? ……わ!」


 矢継ぎ早に質問していると、ぐっと腰を引き寄せられた。気づけば桂に抱きしめられている。

 風邪で倒れたときとは違う。両腕が背中に回っていて、すごい密着度だ。


 な、何が起きてるの……?


「はー……優しいな、純那は。謹慎は別の理由なんだ。ごめん」

「え?」


 くっついた状態のまま説明される。

 表向きは昨日の件だが、本当の理由はアルバイトが学校にバレたせいでの謹慎処分らしい。うちの高校はアルバイト自体は禁止されていない。が、それは特待生を除くルールだ。


 特待生は勉学に取り組む姿勢も重視される。だから勉強時間を削ることに直結するアルバイトには厳しいという。


 桂も遅刻は最近していなかったようだが、こっそりしていたアルバイトには教師も呆れて、本気で「やめてくれ」と頼んできたらしい。桂の家庭事情を知っているだけに、怒らないところが優しい。


 謹慎にはなったものの、最近は学年一位をキープしているのもあって特待生の条件には響かないようだ。なんとも教師泣かせの生徒である。


「よかった……僕、ほんとに心配で」

「あーもー! ジーナだもんなぁ、そりゃ純那も優しいよなぁ」


 本気でホッとして、ちょっと泣きそうな声になってしまった。

 桂は「もー!」と言いながらぐりぐりと頬を僕の頭に押しつけている。僕は急な濃厚接触に変な汗が止まらなくなってきた。理由がわからなすぎて怖い。


「ねぇ、なんで、だ、抱きしめてるの……?」

「えー? 純那が可愛くて大好きだから」

「……えええ!? ありえないって!」

「なんで純那が否定するんだよ」


 可愛くて大好き???

 思わず間近で見上げて否定すると、眉間に皺を寄せた桂が見下ろしてくる。「俺の気持ちなんだけど」と言われて、僕は改めて反論した。


「好きなのは僕の方なの!」

「……は」

「桂はかっこよくて優しくてなんでもできるけど、僕って陰キャだし痛い裏アカやってるし、桂に迷惑かけてばっかりなのに……おかしいよ……」

「まじ……? このかわいくてエロい生き物が俺のこと好きって言った……?」


 我ながら駄々をこねているだけな気もしてきたが、「そんなのおかしい……」と混乱から抜け出せない。


「桂って彼女いるんじゃなかったの? それに僕、ジーナじゃないもん……」

「いやそれ、結構前の話だから。……てかさ。俺がジーナを推してたのは投稿してた写真がいいのもあるけど、性格がめちゃくちゃ良かったからだぜ? アカウントできた初期からコメントの返信が誰にでも優しくて親切で、よくわかんねーおっさんの悩み相談とかも真剣に聞いてたじゃん」

「そう、だっけ……?」

「人気出ても驕らないし、だんだん沼落ちしてく人が増えて、守ってやらないとまじで住所特定とかされるんじゃないかって俺ひやひやしたもん。ジーナの人気の主原因は、純那の性格ってわけ。あと鎖骨と腹がエロい」

「…………」


 なんだかすっごく褒められている気がする。返す言葉が出てこないのに、頬は勝手に熱を持った。

 ちなみに、と前置きして桂は強い視線で僕を見つめてきた。


「俺はジーナをフォローした頃から、純那の華奢なところとか肌の白さが気になってたよ。もしかして同一人物じゃないかって妄想して、夏は鎖骨とか腹が一瞬でも見えないか、純那が外で体育やってるときはガン見してた。まあ割と鉄壁防御だったけどな。だからあの投稿で純那だって気づいたときには……嬉しくて、もうどうしようもなく好きだと思った」


 熱烈な告白に、いっぱいになった胸から心臓が飛び出しそうだ。密着しているから、桂の心臓も駆け足で動いていることがわかる。

 桂がずっと前から僕のことを見てくれていたなんて。僕は桂に引っ張り出されるまで、SNSの世界しか見ていなかったのだ。


 そろそろと両腕を上げ、桂の背中に回してみる。背中が広い。びくっと小さく震えたけど抵抗されなかったから、勇気と声を絞り出す。


「じゃあ、付き合って、みる……?」

「……みる! 付き合う! うわ~~やった~~っ嬉しい!!」

「わっ、わあっ」


 交際を提案すると、桂が僕を抱きしめたままぴょんぴょん飛び跳ねる。あまりにも素直に喜びを表現するから子どもみたいで可愛くって、くすくす笑ってしまう。

 たった一人に想われることが、こんなにも嬉しいなんて……夢みたいだ。


「純那」

「ん?」


 動きを止めて、名前を呼ばれる。後頭部を支えられ、自然と上向くと、桂の顔が近づいてきた。


「……っん」


 くっついた瞬間より、離れていくときのほうが唇の柔らかさを感じた。……キス、してしまった。

 桂が目を細めて僕のぽやっとした顔を見ている。


「大好き」

「あ~~~! けい、ちゅーしてる!」

「「!!!」」


 幸福感に僕が溶けそうになっていたとき、突然高い声が部屋に響いた。

 同時にバッと振り向くと、ドアの隙間から李ちゃんと麦くんがじっとこちらを見ている。


 僕は「うわぁっ」と情けない声を上げて桂から離れようとしたものの、腰をがっちりと掴まれていて離れられなかった。桂はがっくりと項垂れている。


「邪魔すんなよ~……」

「ママ~! けい、ちゅーしてた!」

「だから言ったでしょ~? 桂の好きな人だって。李は諦めなさい」


 階段を駆け下りて叫ぶ李ちゃんに、お母さんが衝撃発言をしている。僕は唖然として、開いた口がふさがらなかった。


「バレて……いいの? ご家族に」

「祭壇見られてるからな~」

「えええっ!」


 女装男子だって知られてるってこと!? ど、ど、ど、どうすれば……!?


 今からお母さんに「キモくてごめんなさい。息子さんをください」とでも言えばいい?

 大混乱に陥っていると、ズボンの裾をくいっと引っ張られた。見下ろすと、麦くんが僕の脚に引っついている。コーヒーを取りに行くという桂を見送って、僕は麦くんを抱き上げた。


 意外と重みのある命に、ふわふわした気持ちが落ち着いていく気がした。

 「ちゅーした?」と訊かれて、「うん……」と答える。


「おかお、まっかっか」


 やっぱり落ち着くにはまだ早い。交際どころかキスを桂の家族に知られてしまったという事実に、僕は床へとたり込んだ。小さな手が僕の頬をぺちぺちして遊んでいる。

 恥ずかしいけれど、胸の中は温かさに満ちていた。


 汗の滲んだ首筋を、夕方の爽やかな風が撫でていく。振り返って窓の外を見れば、沈みかけた太陽は空を麦穂のような黄金色に染め上げていた。


「桂の色だ……」


 裏アカでしか寂しさを満たせなかった僕の人生に、突然飛び込んできた金色。

 桂と一緒にいれば、明るく賑やかな未来が見えてくる気がする。

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