火の魔女
「私を試しているつもりか?」
目元を覆いため息を吐いた。
狭い空間を魔力のこもったランタンが青白く照らす。
「どうかな。私はただ気になったことを聞いているだけだよ」
フレアは乱れた髪を手ぐしで整えながら、飄々とした態度を貫いている。
アリシアはコーヒーを一口飲み、視線を文書に向けた。しばらく眺めた後またフレアを睨んだ。
「お前の質問に答える気はない。私の問いにのみ答えろ。」
「殺害人数、推定四十八人、内二人は政府関係者。間違いないか?」
フレアは腕を組み天井を見上げ、数秒目を閉じる。部屋の中に沈黙が続く。
パッ、と目を開きフレアは答える
「わからない、というか知らない。師匠と遊ぶのにしか集中してなかったから」
「でも政府関係者の数は多分あってるかな」
ニヤニヤと不敵な笑みを見せるフレアにアリシアは困惑した。
資料に載っている人物像と全くもって異なる。
資料には
「品行方正な優等生。成績は常に上位。最近授業で居眠りをしやすい」
品行方正という言葉を辞書で引く必要がありそうだ。禄に敬語も使えない人間にその言葉は果たして適しているのか。
「師匠と遊ぶこと」
学園を巻き込み多くの死者を出した事件をフレアはその程度にしか思っていない。この発言は事件後の錯乱による妄言なのか、元からフレアは狂っていたのか。
話はフレアの突拍子もない発言の連続で価値のある会話にならない。
「一旦事件の話はおいておこう。まあ事件に関連する話だが、「師匠」とよんでいた者がいたな」
フレアの顔が少し曇った。その変化をアリシアは見逃さない。続けざまに質問を繰り返す。
「やつは歴史書にも乗るような人物だ。”異端術師”この言葉に聞き覚えはあるか?」
フレアの顔にはもう不敵な笑みはなかった。「師匠」の話を拒絶するかのようにじっとりした目付きでアリシアを睨む。
「知っていようがいまいが関係ないが、やつは異端者。何人も人を殺した大罪人だ。私達も長年やつを追ってきた。まあもう死ん‥.」
部屋を照らしていたランタンが机に落ちる。アリシアの話す言葉に一切の返事をしないままフレアはただ睨むだけ。
その目にどんな意味があるかはアリシアにはわからない。
「ランタンを片付けろ。私は尋問を続ける」
「今お前は世間でなんて言われてると思う?」
どうでもいい、フレアの答えは一言だけだった。
「火の魔女」
その言葉を聞き、フレアの顔色が変わった。アリシアは続ける。
「そうだ、魔女。お前は師匠と同じこの世に忌み嫌われる異端者になったんだ!」
フレアは俯いた。その体は小さく震えている。
これをチャンスと捉えたアリシアは更に続ける。
「民衆は皆こう言ってたぞ?魔女を火あぶりにー!ってな。今のお前はそうゆう状況なんだ。だが、今ここで事件についてしっかり話せば、もしかしたら民衆も‥‥」
「私は!師匠と同じ!」
フレアは急に顔を上げる。恍惚とした表情にアリシアは悪寒を覚える。
ようやくアリシアは理解した。フレアは狂っている。
頭を抱えたアリシアは席を立つ。
「ちょっと待って」
フレアの声にアリシアは立ち止まる。フレアの顔には依然として気味の悪い笑みがあった。
「師匠に会いに行ってもいい?」
アリシアは唖然とした。フレアはまだ外に出られると思っている、そういうことなのか。
アリシアは机を両の手で叩きつけた。イカれた狂人を前に語気を強めて怒鳴る
「師匠に会うだ?まずい飯を食って床で寝る。そして誰にも知られず骸として積まれる」
「それがお前の末路だ!」
アリシアの迫力にフレアは若干身を反らせる。すべてを言い終え、息を荒げるアリシアにフレアは嘲笑の目を向けた。視線に気づいたアリシアはフレアに掴みかかった。
しかしその手は見えない壁に防がれる。
「じゃあ……しょうがないね」
手錠を魔力で焼き切り手首をさする。後ずさるアリシアと職員たちを前にフレアは大きく伸びをする。
アリシアはフレアに杖を向ける。
「紫煙の包容<スマグラ>!」
紫がかった煙がフレアを巻く。半身を包みこんだ煙はヘビのとぐろを巻く様に似ていた。
その煙はフレアの体を縛り付ける。
アリシアは胸のポケットに手を入れ深い紫色をした輝石に声を吹き込んだ。
『総員戦闘準備!重要囚人が暴れて‥‥』
「フリーズ」
また乱れた髪を直しながら拘束魔法を唱える。アリシアの間に合せの魔法をフレアは一瞬で解いてみせた。
ふわりと浮き上がり、固まったままのアリシアの鼻先寸前まで近づく。顎を掴んで目線を合わせ、囁いた。
「君とのお話は‥‥」
「どうしようもなくつまらなかったよ」
アリシアにはフレアの瞳がヒビの入ったガラス細工に見えた。
顎を放すとフレアは魔術で爆発を起こし壁に大穴を開ける。穴から外に飛び立つ。
警報音とともに兵士が駆けつける。
ゆっくりと上空に浮上し監獄全体を見渡せるほどの高さについた。
「またね、アリシア」
そう言うと渦巻く黒炎を監獄に降り注がす。
外は心地の良い夜風が吹く満月だった。




