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催眠術師の端っこ教室  作者: ぴあす


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第七話

フレアはドアを乱暴に開いた。


「師匠!?」


冬の夜風がフレアの髪を揺らす。


「久しぶりです。師匠」


長い黒髪を柔らかく結った三つ編み。魔女帽子を被った女が立っていた。

知らない顔だ。見たところ、フレアよりも年上。


崩れた壁の瓦礫を一歩ずつ降り、フレアの目の前まで来る。


「次は君なのね」


女の冷たい手がフレアの頬を掴んだ。

フレアはその手を振り払い、女に杖を向ける。


「師匠こいつ誰ですか!?」


若干取り乱すフレアを尻目に、師匠は女に言った。


「ヤーナ、やめろ。今の弟子はお前じゃないんだ。この教室で好き勝手するな。今更、一体何のようだ?」


師匠の目に、いつもの温かさはなかった。


「この子も、私と同じように捨てるの?

私にしたように、この子も陥れるの?」


師匠の問いを無視し、ヤーナは話し続ける。

師匠は何も言わなかった。


ヤーナは師匠に杖を向けた。


「なんとか言ってよ!! 師匠!」


黒い魔力弾を放つ。

師匠は素手で魔術を砕いた。


ヤーナは重力魔法を使い、ふわりと後退する。


「魔弾<マギク>!」


フレアはヤーナに向けて魔弾を三発撃ち込んだ。

四角い防御魔法の壁が、それを防ぐ。


「邪魔するな!

大体、あんたも私の居場所を奪ったんだ。お前も殺してやる!」


ヤーナは黒い魔弾をフレアに放つ。


フレアはそれを躱し、一歩、二歩と距離を詰める。

外れた魔術が積まれた魔導書を撃ち抜いた。


「な、なんで……?」


弾幕をすべて回避され、ヤーナは後ずさる。


「来ないで!

黒斬<レ・ユーガス>!」


扇状の黒い斬撃がフレアに襲いかかる。


「魔大剣<リ・ポールザン>」


青白く光る魔力の大剣が、ヤーナの魔術を相殺した。


ヤーナの魔術はどれも魔力の質が悪い。

当たったところで大したダメージにはならない。


本来、近接魔剣の魔術は攻撃特化で、防御には向かない。

それでも、ヤーナの魔術は砕けた。


「うそ……いや……」


ヤーナは床にへたり込んだ。

防御魔法の維持ができない。魔力切れだ。


「なんでよ……!

なんで……勝てないの……」


目に涙を浮かべ、黒く塗られた爪で床を引っ掻く。


歯を食いしばり、震えるヤーナをフレアは見下ろした。


「ヤーナさん、でしたか?

よくわかりませんが、あなたは私よりも弱かった。これは確かみたいですね」


「貴方が捨てられた理由も、なんとなく理解できる気がします」


不思議と、皮肉じみた嘲笑が自然と口をついて出た。


ヤーナは堪えていた涙を溢す。


「お前なんかに何がわかる!

ね、師匠? 私を捨てたのは弱いからじゃない、そうだよね?」


這うように体を向け、師匠に縋る。


師匠は、大きく空いた穴の向こうを見つめていた。


「師匠? なんか言っ……」


師匠は、固く閉ざしていた口を開いた。


「お前は、私の目的には適さなかった。

弱いから、そんな簡単な理由じゃない。お前は……」


フレアはヤーナの髪を掴み、師匠から引き離した。

魔女帽子が、ふわりと床に落ちる。


「もう良くないですか?」


「今更何を言っても、こいつには何もない。損も得も。

どうせ今ここで死ぬんですから」


ヤーナの首元に、杖を押し付ける。


「私は、ただ……」


言葉は、途中で途切れた。


「遺言はもういいですか?

来世では強く産まれられるといいですね」


魔力を集中させ、爆発を作り出す。


「フリーズ」


師匠の声だった。

フレアは、師匠の詠唱を初めて聞いた。


「昏睡<スマーヨフ>」


「師匠……?」


ヤーナの声を最後に、フレアの意識は闇に落ちた。



数分を、フレアは夢の中で過ごした。


焼けた学園の廊下に、師匠が一人立っている。


「師匠?」


呼びかけても、応じない。


目を開く。

ヤーナの姿はなかった。


壁に新しくできた大きな窓枠に腰を下ろし、外を眺める師匠がいるだけだった。


「師匠、襲撃者は?」


少しの沈黙のあと、


「殺した」


そう一言だけ答えた。


死体も血痕もない。

嘘だと、すぐにわかった。


「今日はもう帰って休め」


外を見たまま言う。


フレアは深呼吸をしてから口を開いた。


「……わかりました。

ですが今すぐ聞きたいことがあるので、それだけ聞かせてください」


「あなたの、目的とはなんですか?」


師匠は振り返る。

だが、目は泳いでいた。


「私の目的、か……」


「この学園への反乱だ」


フレアは笑った。


自分は駒だった。

あの時間は、ポーンがクイーンになるための時間だった。


ドアノブを握ったまま、肩が震える。


「この話は今するものじゃない。今日は帰るんだ」


鼻を啜る音が教室に響く。


「……師匠。

私はまだ……貴方に会ってもいいんでしょうか?」


「それは……君が考えることだ」


フレアは教室を出た。



寮の前。


「フレアちゃん。こんな時間に何してるの?」


背後から聞こえた、優しい声。


振り返らずともわかる。


マグノスだった。


心拍数が上がるのを感じる。終わった。フレアの頭の中は真っ白だった。


「たまたま忘れ物しちゃってさー。この辺着てたんだけどまさかフレアちゃんに会えるなんてね。それに驚いたな。フレアちゃんあの魔女さんと仲良しなんだね?」


ふふ、と笑いながら話すマグノスにフレアは恐怖を感じた。一言も話せずに固まっているとマグノスはフレアに近づき囁いた。


今すぐにフレアちゃんをどうこうする気はないよ。明日のお昼にわたしの部屋まで来てほしい。しっかり話さないとね、このことについては」


そう言うとマグノスは魔物室の方に歩いていった。

深く息を吐く。心臓はいまだ鳴り止まずフレアの体を揺らす。


次の日の朝は起きるのが億劫だった。授業も師匠とマグノスのことでまともに集中できなかった。ほぼ寝たままで午前を過ごしマグノスとの約ぞくの時間が近づく。重い足を一歩ずつ進めて部屋の前までたどり着いた。三回ノックをする。


「フレアちゃん?もしそうだったらフレアだよーって可愛く言ってね!あ!そうそう、椅子を新調したんだー!この方がゆっくりお話できると思ったの!座ってみてよ。どこー?」


手を前に突き出してフレアを探した。顔をペタペタと触られながらフレアはここですよと答えた。

フレアはマグノスの手をとる。マグノスはなにもないところに躓きながらフレアの手を引き椅子に座らせた。椅子は程よい弾力でとても座りやすかった。


「これでゆっくり話せるね。で、本題だけど、魔女さんの話ね。実はさー私も‥」


フレアの魔術がマグノスの胸を貫く。マグノスの話をフレアは最後まで聞かなかった。深く刺さった魔術の短剣からマグノスの脈を感じる。嫌な感触だった。マグノスは突然のことに理解ができない様子だ。


バランスを崩し、フレアにしがみつく。いつもしていた目隠しがひらりと落ち白く濁った眼球が覗いた。浅い息をするたびにゴポゴポと音を立てる。


「なん‥でぇ‥」


短剣を通して感じる脈は次第に弱まっていく。少しずつ手の力が抜けてマグノスの体はドサッと床に転がった。

フレアも膝から崩れ落ちる。こうするしかなかった。そう言い聞かせフレアは心を落ち着けようとした。

心臓の鼓動は早さを増していく。強い動悸に襲われ息も絶え絶えになった。フレアの手にマグノスの血が触れる。

フレアの体は血に塗れていた。はっと我に返ると、フレアは杖を持ち直し「保管庫<バックラング>」魔法で空間を生み出した空間にマグノスの死体を担ぎ入れた。

次に「掃除の魔法<クリーニア>」を使い、血を浄化しようとしたが、体の震えが詠唱を乱す。


悠長にやっている暇はない。深呼吸をしてまた落ち着きを取り戻す。詠唱を完了し、床も綺麗になった。

部屋の状態は来たときよりもきれいになった。変わったことはマグノスの明るい声はもう響かないこと。

二人のときは聞こえなかった外音がよく聞こえる。部屋の状態は変わっていないのに此処はもう前の部屋とは別物だ。きれいになった部屋を見てフレアは安堵した。


ここまですれば悪事がバレることはしばらくないだろう。しかし、この生活ももう終わりだということもフレアはわかっていた。教師一人が消えて放置するほどこの学園は終わってはいない。そもそもなぜフレアはこんなことをしてきたのか。


「退屈を終わらせる」


ただそれだけだ。人を殺すつもりなんて更々なかった。

真新しい椅子に腰掛けてフレアは大きなため息をつく。フレアは椅子から立ち上がる。

いつまでもここにいてはまずい。ドアノブに手をかける。

フレアのポケットから何かが落ちた。


落ちたなにかは床を転がり、棚にぶつかって止まった。師匠からもらった栄養剤のようなものだ。棚の下には小さな木枠の写真立てがあった。

その写真には魔女帽子を被った師匠とフレアと同い年くらいの女性が写っていた。その女性の髪はふんわりと結った三つ編み。


ヤーナだ。


直感的にフレアはそう思った


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