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催眠術師の端っこ教室  作者: ぴあす
第一章

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鬱陶しい

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 窓の外は少し暗くなっていた。


 部屋の外が騒がしい。師匠がいない。その事実がフレアの不安を駆り立てた。


 外に出ると、廊下には魔術の痕跡が飛散していた。師匠のものと、誰かのもの。痕跡は廊下の先へと続いている。


「久しいですねえ、この感覚。三十年ぶりだ」


 壁に寄りかかった召使いが、掠れた声で言った。重症だ。


「ああ、あなたはたしかフレアちゃんですね? 師匠は廊下の先の客間です。敵は強いですよ。どうかお気をつけて」


「あなたはどうするんですか?」


 フレアの問いに、召使いは「少し眠っていきます」と一言だけ言い、そのまま事切れた。


 召使いの最後を見届け、フレアは客間へ急いだ。長い廊下が、途方もなく続いているように感じる。息を切らしながら、客間のドアを体当たりで開いた。


「なぜここがわかった? 今まで一度も、人間ごときにバレたことなどなかった」


 師匠は、まだフレアの存在に気づいていなかった。


 師匠の鋭い視線の先には、どこか見覚えのある服装の男性が立っている。


「偶然だ。別件の調査中、禁止魔法の使用を検知した。確認しに来てみればこれだ。お前には、できれば会いたくなかったよ。穢らわしい魔女め」


 魔法省の人間だ。この世界の警察のような存在。しかし、重要な事件にしか出向かないため、そう多く目にするものでもない。


 別件とは何なのか。

 そんなことを考えている場合じゃない。


 この男は、間違いなく師匠の敵だ。フレアは杖を構えた。


「ん? 君は学園首席のフレアさんじゃないか。僕はフリント、魔法省の者だ。こんなところで何を……まさか、この魔女に攫われたのか!? なんと非道な!」


 フリントは師匠に向き直り、片刃のサーベルを向けた。


「魔法省フリントの名において、お前を禁止魔法使用の罪で逮捕する! 大人しく投降しろ!」


「嫌だね」


 師匠はそれだけ返し、魔剣の円陣を展開する。


「やむを得ない!」


 フリントもサーベルに魔力をまとわせた。二人の気迫に圧倒されながらも、フレアも臨戦態勢を取る。


 先手を取ったのはフリントだった。床を蹴り、一気に距離を詰める。魔力をまとったサーベルが、師匠の頬をかすめた。血が流れる。


 師匠は数歩後ずさった。


「妙な術式だな。気色の悪い、弱者の使うものだ」


「お前は、その弱者に殺されるんだよ!」


 フリントは二度、三度と連撃を繰り返す。


「退避<レセラ>」


 フレアのそばに師匠を移動させた。


「フリーズ! 師匠! 一旦態勢を立て直しましょう! やつの魔術、防御魔法を削る効果があるようです! ここからは回避を!」


 数ヶ月の間に、フレアは何度も師匠と手合わせをしてきた。師匠には悪癖がある。自身の編み出した防御魔法が優秀すぎて、攻撃を一切避けようとしないことだ。


「わかってるさ。お前は前に出すぎるな。私が仕留める」


 師匠はフレアの前に立った。


 フリントのフリーズが解けると同時に、剣の円陣を再展開。瞬間移動で詰め寄り、首を爪を立てて掴む。


 キン、と金属音が響いた。フリントの手からサーベルが落ちる。


「呆気ないな。弱者には弱者なりの生き方がある。お前はそれを見誤った。惨めに死ぬんだな」


 手に魔力を充填する。魔力の爆裂を起こすつもりだ。


「弱者なら、弱者なりに足掻くさ!」


 師匠同様フリントも手元に魔力の小爆発を起こした。

 師匠より、コンマ数秒フリントの攻撃が早い。

 師匠は膝を突き倒れる


「射抜く魔力<ア・ロータス>!」


 フレアは三本の魔力の矢を放つ。


「どうしたんだ! 僕は君の味方だ! まさか魔女に洗脳されて!?」


「いい加減、気づいてください! 私はあなたの敵! 師匠の味方です!」


 何⁉︎と驚いた顔をしたフリントの一瞬の隙を逃さず、フレアは魔術を繰り出す。


「背後の一撃<スタブ>」


 魔力の槍がフリントの背を貫いた。呻き声を上げ、フリントは倒れ伏す。


 終わった?

 あまりにも唐突な結末に、困惑と安堵が入り混じる。


「師匠!」


 腹部に血が滲んでいた。


「だから回避に専念してって言ったのに……」


「舐めてたよ……今回ばかりは君の言う通りだった。それとまだ、終わってないぞ」


 背後で物音がした。フリントが起き上がっている。


 フリントはアンデットだった。


「信じた僕が馬鹿だったのか……もう容赦はできない」


 その顔は、どこか悲しそうだった。

 フレアは悟る。さっきのようには、いかない。


「待っててください。すぐに終わらせます」


 師匠を壁に寄りかからせ、杖を構え直す。


「師匠に手を出すやつは、私の敵です。まだ、師匠とやりたいことがあるので」


 淀みのない目でフリントを睨む。


「本当にこれが最後の警告だ。あいつは魔女でフレアちゃんにとっても間違いなく危ない存在だ。あの魔女とは‥」


「……五月蝿い。正義の押し付け、いい加減鬱陶しいです」


 フレアは魔術を連発した。


「穢れの流星<カース・ラース>

 聖冠光<ソルガデ>」


 相反する魔術がフリントを追い詰める。

 跳躍の着地地点を読んだ光輪が、左腕を奪った。


「なにか、言い残すことはありますか?」


「勉強熱心だね……アンデットに聖属性が効くことを知ってるなんて」


「たまたまです。使える魔術全部使って効けばラッキーぐらいでしたよ」


「力技だな……」


「なにか言い残すことはありますか?」


 フレアをゆっくり見上げると、フリントは少しだけあるかな、と言った。

 血を流しながら言う姿は少し痛ましかった。


「さっきあの魔女が言っていたこと聞いていたかい?弱者には弱者なりの生き方があるって。一理あるとは思う。でもそれはただ逃げるだけとは違うと僕は思うんだ。だから僕は‥」


 フリントはそう言いかけるとフレアの視界から消えた。


「どこに‥‥!?」


 フレアは周囲を見渡す。まさか逃げた?さっきの話はミスリードだったのか。


 やつに逃げられるのはまずい。

 増援を呼ばれれば、消耗戦は不可避。魔法使いにとって消耗戦は不利そのもの。

 やつはここで仕留めなければならない。


 フリントを追おうと一歩踏み出す。


 だがフレアは立ち止まる。ああまで正義感の強い人間が嘘をついてまで逃げるとは思えない。


 やつにはなにか作戦があるに違いない。


「まさか‥!」


 壁に寄りかかる師匠の傍に駆け寄った。


「何もされてませんか!?」


 フレアは腹を抑えてうなっている師匠の体を強く揺すった。


「い、痛い!何だ!?何かあったのか!?」


 半分気絶のような状態だった師匠は混乱を隠せない様子だった。


「フレアちゃんなら、そうすると思ったよ」


 天井からの奇襲。サーベルを振りフレアを斬りつける。

 客間の中に耳を劈くような音が響いた。サーベルが壁に突き刺さる。


「さっきはどうも。しかし、あなたもアンデット‥‥私があの程度では死なないことは予想できたのでは?」


 蒼く燃え上がるように右目が輝く。数分前に死んだはずの召使だ。

 腰で構えた手ある銀色に輝く筒が煙を上げている。


 それはフレアにもどこか見覚えがあるものだった。異端歴史の授業だ。異端とされた学派の中で研究、開発された「銃」


 空中でサーベルのみを撃ち抜かれたフリントはバランスを崩し地面に倒れた。


「詰めが甘かった……負けを認める」


 フレアが杖を向ける。


「さようなら。ちゃん付け、気持ち悪いのでやめてください」


 返答の間も与えずフレアは魔術を放つ


 聖属性魔術

「聖なる爆裂<ホリエルコーズ>」


 フリントは塵となって消えた。


「終わりましたね。お怪我は――あ、御主人様!」


「なんだあ!」


 血を吐きながら、師匠が返事をした。


「なぜ回復魔法を使わなかったんですか!?まさか‥まだ使えないとか言いませんよね?」


「大きい声で言うな! 弟子の前だろ!」

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