第五話
どれくらい眠っていたのだろうか。
窓の外は少し暗くなっていた。
部屋の外が騒がしい。師匠がいない。その事実がフレアの不安を駆り立てた。
外に出ると、廊下には魔術の痕跡が飛散していた。師匠のものと、誰かのもの。痕跡は廊下の先へと続いている。
「久しいですねえ、この感覚。三十年ぶりだ」
壁に寄りかかった召使いが、掠れた声で言った。重症だ。
「ああ、あなたはたしかフレアちゃんですね? 師匠は廊下の先の客間です。敵は強いですよ。どうかお気をつけて」
「あなたはどうするんですか?」
フレアの問いに、召使いは「少し眠っていきます」と一言だけ言い、そのまま事切れた。
召使いの最後を見届け、フレアは客間へ急いだ。長い廊下が、途方もなく続いているように感じる。息を切らしながら、客間のドアを体当たりで開いた。
「なぜここがわかった? 今まで一度も、人間ごときにバレたことなどなかった」
師匠は、まだフレアの存在に気づいていなかった。
師匠の鋭い視線の先には、どこか見覚えのある服装の男性が立っている。
「偶然だ。別件の調査中、禁止魔法の使用を検知した。確認しに来てみればこれだ。お前には、できれば会いたくなかったよ。穢らわしい魔女め」
魔法省の人間だ。この世界の警察のような存在。しかし、重要な事件にしか出向かないため、そう多く目にするものでもない。
別件とは何なのか。
そんなことを考えている場合じゃない。
この男は、間違いなく師匠の敵だ。フレアは杖を構えた。
「ん? 君は学園首席のフレアさんじゃないか。僕はフリント、魔法省の者だ。こんなところで何を……まさか、この魔女に攫われたのか!? なんと非道な!」
フリントは師匠に向き直り、片刃のサーベルを向けた。
「魔法省フリントの名において、お前を禁止魔法使用の罪で逮捕する! 大人しく投降しろ!」
「嫌だね」
師匠はそれだけ返し、魔剣の円陣を展開する。
「やむを得ない!」
フリントもサーベルに魔力をまとわせた。二人の気迫に圧倒されながらも、フレアも臨戦態勢を取る。
先手を取ったのはフリントだった。床を蹴り、一気に距離を詰める。魔力をまとったサーベルが、師匠の頬をかすめた。血が流れる。
師匠は数歩後ずさった。
「妙な術式だな。気色の悪い、弱者の使うものだ」
「お前は、その弱者に殺されるんだよ!」
フリントは二度、三度と連撃を繰り返す。
「退避<レセラ>」
フレアのそばに師匠を移動させた。
「フリーズ! 師匠! 一旦態勢を立て直しましょう! やつの魔術、防御魔法を削る効果があるようです! ここからは回避を!」
数ヶ月の間に、フレアは何度も師匠と手合わせをしてきた。師匠には悪癖がある。自身の編み出した防御魔法が優秀すぎて、攻撃を一切避けようとしないことだ。
「わかってるさ。お前は前に出すぎるな。私が仕留める」
師匠はフレアの前に立った。
フリントのフリーズが解けると同時に、剣の円陣を再展開。瞬間移動で詰め寄り、首を爪で掴む。
キン、と金属音が響いた。フリントの手からサーベルが落ちる。
「呆気ないな。弱者には弱者なりの生き方がある。お前はそれを見誤った。惨めに死ぬんだな」
手に魔力を充填する。魔力の爆裂を起こすつもりだ。
「弱者なら、弱者なりに足掻くさ!」
師匠より、コンマ数秒早くフリントが魔力の小爆発を起こした。
膝をつき、倒れたのは師匠だった。
「射抜く魔力<ア・ロータス>!」
フレアは三本の魔力の矢を放つ。
「どうしたんだ! 僕は君の味方だ! まさか魔女に洗脳されて!?」
「いい加減、気づいてください! 私はあなたの敵! 師匠の味方です!」
一瞬の隙を逃さず、フレアは魔術を繰り出す。
「背後の一撃<スタブ>」
魔力の槍がフリントの背を貫いた。呻き声を上げ、フリントは倒れ伏す。
終わった?
あまりにも唐突な結末に、困惑と安堵が入り混じる。
「師匠!」
腹部に血が滲んでいた。
「だから回避に専念してって言ったのに……」
「舐めてたよ……まだ、終わってないぞ」
背後で物音がした。フリントが起き上がっている。
アンデットだった。
「信じた僕が馬鹿だったのか……もう容赦はできない」
その顔は、どこか悲しそうだった。
フレアは悟る。さっきのようには、いかない。
「待っててください。すぐに終わらせます」
師匠を壁に寄りかからせ、杖を構え直す。
「師匠に手を出すやつは、私の敵です。まだ、師匠とやりたいことがあるので」
「……五月蝿い。正義の押し付け、いい加減鬱陶しいです」
フレアは魔術を連発した。
「穢れの流星<カース・ラース>
聖冠光<ソルガデ>」
相反する魔術がフリントを追い詰める。
跳躍の着地地点を読んだ光輪が、左腕を奪った。
「なにか、言い残すことはありますか?」
「勉強熱心だね……」
「たまたまです」
「力技だな……」
フリントは消えた。
――否。
「フレアちゃんなら、そうすると思ったよ」
天井からの奇襲。だが、銃声が響いた。
蒼く燃える右目。
銀色の筒を構えた召使い。
異端歴史で習った武器。「銃」。
「詰めが甘かった……負けを認める」
「さようなら。ちゃん付け、気持ち悪いのでやめてください」
聖属性魔術
「聖なる爆裂<ホリエルコーズ>」
フリントは塵となって消えた。
「終わりましたね。お怪我は――あ、御主人様!」
「なんだあ!」
血を吐きながら、師匠が返事をした。
「なぜ回復魔法を使わなかったんですか!?」
「大きい声で言うな! 弟子の前だろ!」




