第二話
教室の中は綺麗とは言えないものだった。乱雑に重ねられた魔導書の数々、魔物室からとってきたであろう干マンドラゴラ。整理はされていないもののホコリは被っておらず掃除の痕跡が見える。「いつまでうろうろしてる。早く座れ。それといつまで幽霊のままでいる気だ?さっさと顔をはっきり見せろ」キョロキョロと教室内を見回すフレアに女性は高圧的な態度をとった。女性の態度に気押されフレアは魔法を解いた。白髪の毛先を切り揃えられたボブが魔術のベールから顕になった。女性はフレアをまじまじと見ると口元に手を当てふむふむと頷いていた。「失敬、何と言うか癖みたいなものでね。君は実に端正な顔立ちをしているな。こんな陰気臭いところには似つかわしくない。もし噂を確かめたいだけだったのなら、さっさと失せるんだな」女性は椅子に座り足を組みフレアを見下しながら言った。フレアは女性の顔をまっすぐ見つめる。女性は少し嫌な顔をした。何だ?と睨みながら言う女性にフレアは毅然とした態度で言った「そんなことより、どうやって私の隠密魔法を見抜いたんですか?上級魔法使いにもバレたことないんですけど」女性は呆れたように目元を手で覆いため息をついた。「さっき言ったことをもう忘れたのか?質問に質問を返すな。隠密を見抜くなんて他愛も無いことさ、魔法を使えば魔力の痕跡が嫌でも残るそれを見つけるだけだ。それと上級魔法使いは嘘だな?その程度なら中級でも見抜ける」話を盛って貴方の出方を伺うつもりでしたと誤魔化したがまさかそこまで見抜かれるとはおもわずひたいに汗をにじませた。「本当いい度胸だな。で?学ぶ気は?」女性は諦め半分に聞いた。もちろんありますと二つ返事で返すフレアに女性はニヤリとした。「それならいい、どんな態度を取ろうと学ぶかがあるやつは私の弟子だ。私のことはこれから師匠と呼べ。それと私の授業は楽ではないし、手加減もする気はない。それだけだ」女性、改め師匠はそう言うと椅子から立ち上がり鼻歌まじりに積み重なった本から一冊の魔導書を浮かび上がらせた。小さななだれを起こしたが気にも止めずにふわふわと舞う魔導書をフレアの前に突き出した。「1から30ページまでを読め、3分だ。質問があったら言え、読めたら実践だ」師匠はニヤニヤしながらフレアの反応を伺っている。今までの生徒たちは師匠の言葉を聞き焦ったりしたのだろう、だがフレアは違う。はいと返事をすると1、2と瞬く間にページを読み進め3分とかからず読み切った。師匠は口を半開きにして納得のいかない様子だ。ちゃんと読んだのか⁉︎と若干声を荒げ、フレアの顔を睨んだ。「暗記もしたので、暗唱でもして見せましょうか?」フレアは変わらず堂々とした面持ちで師匠に言った。「いいだろう。私はすべて暗記している。まあ私が作者だからな。一言一句間違えずに暗唱できたら認めてやろう」フレアを見下しながら言った。フレアは暗唱を始めた。目をつぶり、スラスラと暗記した文面を読み進める。しかし、半分に差し掛かったところで師匠は待て、とフレアを遮った。「ここまでで3回ミスだ。魔力消費量、反動、他魔術との併用のとこだ。これでよく自信満々で暗記したと言えたな。まだまだ未熟ということだ」師匠は呆れたように言った。しかしその顔は少し口角を上げていた。師匠を見つめソワソワした様子のフレアを見て師匠は含みのある笑みを見せた。「もう待ちきれないと言った様子だな?いいだろう実践だ。杖はあるか?」師匠は散らかったの机を手で払って片付けながら言った。ないです、フレアは何となく持ってないことにしてみたくなり嘘をついた。「そうかそうか、それならこれを使ってみろ。暇だったから作ってみたんだ。私の魔術と相性がいいように調整してある」自慢げな顔で師匠は杖をフレアに差し出した。杖の作りは実に精巧で素人から見ても「いい杖」だった。持ち手は手に合うように削られ研磨され、輝石も滅多にお目にかかることのないレア物だった。しかし無駄なエングレーブはない。フレアは目を輝かせて杖を受け取った。「準備できたぞ。こっちに来い」師匠は机の上にチェスをセットしフレアを手招く。フレアは足早に師匠の元に向かう。その瞬間フレアの足元が沈み暗闇に落ちた。師匠の声が聞こえる。「...きろ!いつまで寝てるつもりだ?」ばっと身を起こし辺りを見回した。白黒の地面が途方もなく続いている謎の空間だ。「私の空間形成魔法だ。チェスを触媒にして魔術を試すのにちょうどいい空間を作れる」混乱してキョロキョロと周りを見渡していると師匠が言った。だだっ広くなにもない空間、たしかに魔術の試し打ちには丁度よかった。「ここでは魔力はすぐに回復する。このチェス盤は私が輝石を削り出して作ったのだ。輝石の作用で魔力が回復する。ここの説明はもういいだろう、さあ学んだことを見せてみろ。実践だ」師匠はそう言うと指を鳴らして自分にかけていた防御魔法を解き、フレアの前に仁王立ちした。気付けなかった。師匠が今までずっと防御魔法を使っていたことに。気を取り直してフレアは杖を構えた。「下級拘束魔法<フリーズ>!」青白く光るゆらぎを持った光線が師匠に命中した。直後師匠はフレアの方に歩き出した。おかしい。なぜ魔法が効いていないのだ。フレアは後退りをした。たしかに光線は師匠に直撃したはず。「多分成功だぞ。やるじゃないか、まさか一発で成功させるとはな。その顔は、なぜ私がこうも流暢に話して、歩いてお前の前まできたのか、不思議でたまらないって顔だな?」図星だ。はい...とすこし悔しそうにフレアが答えると師匠は満足気に言った。「私に拘束魔法なんてものは効かないよ。他にも色々..俗に言うデバフは大体効かないと思ってくれ。いや、待て私になんの魔術が効くんだ?基本どの魔術も私には効かないのか?私の防御魔法の粒子形成が...」師匠は一人でフレアにはよくわからない話を続けている。「なら私と手合わせしてみませんか?結構いろんな魔術使えるんで、もしかしたら師匠に効く魔術があるかもしれませんし!」独り言がなかなか終わらずフレアはしびれを切らし言った。師匠の独り言がピタリと止まった。なんかまずいこと言ったか?とフレアは若干後悔した。「お前は私に自分の術が効くと思ったのか?」背を向けたまま師匠はフレアに言った。あ、まずい、とフレアの脳は瞬時に逃げる算段を考え出した。「実に興が湧く。いいだろう。手合わせしてやる。本気で来い!」振り向いた師匠の顔は妙に晴れやかで歯を見せた笑顔だった。防御魔法を展開し直すと、手を振り上げ輝く魔力の剣で円陣を作った。分析魔法は今までにない数値を叩き出している。当たれば死ぬ、フレアレベルの防御魔法もおそらく意味をなさない。圧倒的力量の差。しかし逃げはない自分から始めた以上途中退出は考えなかった。「濃霧<ミスリストス>!」フレアの周りを濃い霧が覆った。師匠の視界を遮り魔術の狙いを乱すつもりだったが見えないのはフレアも同じ。魔力探知で師匠を探すが見えない。霧を割き魔剣がフレアの顔面目掛けて飛んでくる。頬から血が流れる。霧は逆効果だった。このままでは防御魔法が間に合わず串刺しだ。頬を流れる血に汗が混じった。「飛翔〈フワリル〉」霧の中から飛び上がり師匠を探す。フレアは目を疑った。最初の位置から一歩たりとも動いていなかったのだ。師匠は魔力の痕跡を微塵も残していなかったのだ。「火球〈ブレズ〉」師匠にやられっぱなしではフレアのプライドが許さなかった。使える魔術の中で詠唱が最短で終わる魔術を三発放ち師匠を牽制する。「魔弾〈マギク〉」魔力の弾丸を連発で撃つ。遠距離戦では師匠に勝つ道はない、フレアはそう考え、乱撃から距離を詰め至近距離の近接魔術でダメージを狙う作戦を思いついた。二つの魔術を交互に指して緩急をつけ防御に意識を向ける。「基礎魔術ばかりでつまらんな。よくこれで天才を気取ったものだな。それに...」フレアの方に手をかざすと師匠の背後に無数の魔法陣が現れた。あれは上級魔術だ。当たれば消し炭は免れない。このまま空中にいればいい的だ。フレアは飛翔を解除し用途杖を振った。しかし腕は動かない。「さっき習ったこと忘れてるぞ」不気味な笑みを浮かべ師匠は笑った。フリーズを忘れていた。これで終わりか、師匠は魔法陣から無数のレーザーを放った。その瞬間フレアに向かうレーザーの前に、大きな果実のようなものが地面から打ち上がってきた。




