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催眠術師の端っこ教室  作者: ぴあす
第ニ章

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戦慄きのラブカ

 ブレソルの体がなんとなくはっきりとした形になった。

 丸みを帯びた美しい流線型を描く体の輪郭は鎧を着ていた時の無骨さを感じさせなかった。黒い流動体は桜火の前に立ちはだかる。


「時間をかけて悪かった。今度こそ最後だ」


「なげえよ。だがまあいいここで、終わりだな」


 先に仕掛けたのはブレソルの方だった。鋭い槍に姿を変えた右腕で桜火を突く。桜火はさっきの調子で避けようとする。

 しかしギリギリで腕に切り傷を負う。裂けた服から赤く血を流す傷跡が見える。


「やるじゃねえか。時間かけただけあったな」


 ブレソルは桜火の挑発を無視して次の攻撃を仕掛ける。

 バックステップで距離を取ろうとする桜火の腕を掴み引き寄せる。腹部に牙の並ぶ大口を開き噛み砕かんと涎を垂らした。


「おいおい、完全に化け物じゃねえか。さっきの威厳はどこいった?」


 まだ余裕を持った桜火は足を掴んだブレソルの手を斬り落とす。切り落とされた手はものの数秒でまた再生した。

 手を斬り払い窮地を逃れた桜火は着地の際若干姿勢を崩した。


「貴公の余裕もそろそろ限界のようだな」


 鎧から出たことでブレソルの声は鮮明だ。モヤのかかっていない声はその意味をより強く表す。

 ブレソルは流動的な体からいくつかの球体を分離させた。


「泥濁の魚群<ザーディロウガ>」


 ブレソルの放った球体は様々な醜い魚類へと姿を変える。どんよりと進むものも、直角に反射するように泳ぐものも、いびつな動きは桜火を斬り裂くただそれだけのためだ。


「終わらせようってか...?しょうがねえ、俺の最後も、見せてやるよ」


 防戦一方だった桜火は刀身を鞘に納める。轟轟と音を立てて燃えていた炎が消え、あたりは静寂に包まれた。


「正直なところ首の皮一枚って感じだ。ここで終わらせてやるぜ!」


 低い姿勢を保ったまま桜火は魚群の中に飛び込んでいく。地面を水蜘蛛のように駆け、次々と流動する怪魚をわす。ニヤリと愉悦の薄ら笑みを浮かべながら桜火はブレソルとの距離を詰める。


「戦慄き《わななき》のラブカ<クラシーヴィチェロ>」


 迫る桜火に向かってブレソルは一歩ずつ歩みを進める。魔術の詠唱はフレア達の脳に直接囁くかのような異様な響きを放って暗い底に消えていった。

 ブレソルの背の中心、脊椎からズルズルとうなりながら醜い深海魚"ラブカ"が這い出す。背を裂く、骨を割ると言うより水面から顔を出すようだった。


「最後は私のとっておきを、貴公に贈らせてもらおう」


 ラブカはブレソルをぐるりと一周すると濁った瞳を桜火に向けて進み出す。灰黒く、とろけた身体に無数の牙。それら全てが桜火を狙った。 


「半端な化け物で俺の足が止まると思うなよ」


 ラブカの牙を軽く躱して桜火はブレソルの前で居合の構えを取る。そしてそのままブレソルの首めがけて抜刀、鋭い刃はブレソルの首を切り刎ねた。豪炎とともに弾き出すよう抜かれた刀はフレアの目では取らえることすらできなかった。


「あれがとっておきってのか?とろい化物で俺を...」


 どろりとした不気味な目が桜火の眼前を通り過ぎる。黒く蕩けた身体は桜火が数瞬前に見たものだ。


「は...?」


「え...?」


 桜火とフレアは呆然とした。地に伏せながら状況を見ていたフレアにも全く理解ができなかった。


「どうした?さっさとこい」


 ブレソルは混乱する桜火に近づく。右腕が少しずつ形を鋭く変えていった。桜火の目にかすかに恐怖が滲む。聞こえる音はブレソルの水に濡れたような足音だけ、ピチャ、ピチャという音は桜火の耳に絡みつくように響いた。


「つくづく不気味なやつだな。まあいい妖術でもなんでも、斬り伏せるのが...」


 桜火は瞳に宿した恐怖を心の炎で焼き切った。崩れきった構えを、洗練された侍の構えに切り替える。鞘に収められた刀から炎が燃え盛り、収まることを知らない。


「俺だッ!」


 何千何百と桜火はブレソルを斬る。しかし時間は巻き戻る。何度斬ろうが、ブレソルは顔色一つ変えずに桜火を壊し続けた。

 気づけば血みどろの桜火がラブカのとなりに立っていた。ラブカは桜火の周りをゆっくりと泳ぐ。何を思っているのか、桜火は考えもしなかった。


「これだけ、私を殺した人間は初めてだ。だが、もう指一本も動かせないようだな」


「だ...まれ」


 全身から血を流しながら桜火は足を引き摺る。体はとうに限界を迎えているだろう。だが桜火は剣を振り、歩みを止めなかった。


「もう諦めろ。貴公は私に殺されるんだ。覚えておいてやろう、人ならざるものを幾千と殺した者としてな」


 ラブカが口を開いた。そこには黒く光を通さない暗黒が広がる。無音な空間が少しづつ桜火を飲み込まんと近づく。


「実に充実した時間だった...ぞ?」


 ラブカの口は勢いよく閉じられる。しかし黒い牙は空をかすめるだけだった。


「往生際が悪いぞ...」


「俺が...勝...つ」


 ブレソルの胸を刀が貫く。力強く刀を握っていた手は少しずつ緩み、桜火は膝をついて倒れた。

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