強制戦闘部屋—- 巣の中心と覚悟の一撃
■ モンスターハウスとは
一定階層にのみ出現する、迷宮の最も危険な罠――【モンスターハウス】。
部屋の全ての扉は魔力の膜で完全に閉ざされ、中にいる魔物を全滅させるまで、誰も外に出ることは許されない“強制戦闘部屋”だ。
(まるで、張り巡らされた巨大な“蜘蛛の巣の中心”に、誤って落ちてしまったような感覚だ……)
ジージーは、全身の毛穴が開くほどの悪寒に襲われながら、短杖を握りしめて立ち上がった。
「セル…これはどうすれば――」
「まず包囲を崩す。そして、殲滅だ」
セルグレンはジージーを背に庇い、その体はすでに戦闘態勢に入っている。リゲロは剣を斜め下に構え直し、鋭い視線で周囲を穿った。
彼らの周囲を囲む、獲物を待つ牙の壁が、不気味に波打つように揺れる――
バチンッ!
嫌な音を立てて、壁の一部である巨大な牙の一本が内側に弾け飛ぶ。
その開いた隙間から、濁った黄色い眼をしたボブゴブリン5体が雪崩れ出てきた。
さらに、漆黒の体毛を持つ狼型の魔物が、ぬるりと這い出してくる。
「ギャアアッ!!」
ボブゴブリンの叫び声に呼応するように、続いて二体、三体――。部屋の四面、全ての牙の壁から、黒い魔物が洪水のように溢れだし、部屋の床を埋め尽くしていく。
黒い体毛。凶暴な黄色い眼。体躯は通常の狼の二倍はあろうかという巨大さ。剥き出しの牙は刃物のように光り、分厚い爪は巨大な鉤爪となって床を掻いた。
セルグレンの視線が、瞬時に周囲の敵の配置と数を把握する。
「ジージー。今回は――」
彼の声は重く、一切の迷いを許さない。
「非致死は捨てろ」
「……はいッッ!!」
ジージーは覚悟を決める。(魔物相手に、生半可な『非致死』なんて通じるわけがない……!)
ミナが青ざめた顔で叫んだ。
「まずいよジージー!ここ……魔物の**“巣”**になってる!この階層全部が、敵の縄張りなんだよ!!」
レイスが恐怖に震え、ミナの胸元にまとわりつく。
「呼ぶ……? 呼べるかな……みんな……来て……!」
ミナの胸のペンダントが、淡い青い光を放ち始めた。
◆ 開戦:鉄壁の二人
最初の三体の巨大な狼型モンスターが、床を蹴る音を爆発させながら突っ込んできた。
セルグレンが、その一歩手前で大地を踏みしめた。
「フッ!!」
静から動への移行は、あまりにも速い。重心を一気に前方に倒し込むと、迫りくる狼の顎目掛けて、革製のナックルガードを装着した拳を、迷いなく下から上へ突き上げた。
バギンッ!!
硬い骨が粉々に砕ける、乾いた炸裂音。
狼は悲鳴すら上げられず、首の骨を折られて即死で転がった。
(は、速ッ!! 完全に、一撃……!)
その横で、リゲロの全身の筋肉が爆発する。
「おおおぉッ!!!」
剣の重さと、全身の回転が生み出す遠心力を、一点に集中させた渾身の一閃。
閃光のような白銀の軌跡が、顎から腹までを一直線に斬り裂き、飛びかかってきたボブゴブリン2体が、血飛沫とともに絶命した。
三体目のボブゴブリンが、残りの魔物たちの先導のようにジージーに向かってくる。
「あっ、く……! 間合いが……近い……!」
ジージーの手にあるのは、さっきマリーヌが提案してくれたばかりの“軽型の冒険者向きモデル”の短杖。その射程距離では、もはや牙が迫る間合いだ――!
その瞬間。
「下がれッ!」
セルグレンがまるで砲弾のように駆け込み、ジージーを脇腹で弾くように部屋の奥へ押し出しながら、自分の体をその場で回転させた。
狼の側頭部を捉えた、完璧なタイミングの回し蹴り。
“ボギッ”という、肉と骨を叩き割る鈍い音。
狼はコマのように回転し、凄まじい勢いで壁へ叩きつけられた。
(セルグレンさん……強すぎる……!)
◆ 敵の“核”を探せ
しかし、敵の勢いは終わらない。
部屋の四面から、ボブゴブリンが3体、巨大な狼型が十体。その後ろには、鉄壁の如き大角猪型モンスターが、その巨体で道を塞ぐように陣取る。
さらに、天井の暗がりから、コウモリ型の魔物の大群が、嫌な羽音を立てて舞い降りてくる。
ミナの声は、すでに恐怖で震え切っていた。
「ジージー!!この階の“巣”は、この部屋の奥にある!だから、いくら雑魚を倒しても、新しい敵が湧き続けるんだよ!!」
「奥……? 巣の……」
「そう!奥に、この魔物の群れを生み出している**“核”**があるの!!そこを壊さない限り、このモンスターハウスの扉は開かない!!」
リゲロが、苛立ちを露わにして舌打ちする。
「チッ!つまり……雑魚を倒してる場合じゃねえってことか!」
セルグレンが狼を蹴り倒し、間髪入れずに短く指示を出す。
「ジージー。考えろ。“核”はどこにある?」
(核……モンスターハウスの中心……
“巣の中心”……蜘蛛の巣なら、真ん中……
この部屋なら、魔物が最も避けている場所……)
ジージーは一瞬、周囲を高速で見回した。
狼、猪、コウモリ。猛攻を仕掛ける全種の魔物が、部屋の奥の一箇所だけを、まるで不可侵の領域のように避けている。
その避けている位置――
(あそこだ……!!)
部屋の最奥。黒い牙の壁の中に、不自然なほど大きな空洞が一つだけある。
そこから、生々しい、低く重い呼吸音が聞こえてくる。
“ぬぅううううう……”
ジージーは全身が総毛立つほどの確信を得た。
(全て……あいつの子か……!
あそこに……この巣の**“母核”**がいる!!)
◆ ミナの新スキル【仲間を呼ぶ LV1】
ジージーが核心に気づいた瞬間、ミナは両手を強く胸の前で合わせた。
「ジージー!!ミナ、やってみる!――レイスたち、来て!!」
バチッ!!
ミナのペンダントを中心に、青い魔力の光が四方へ稲妻のように走り、部屋の空気が目に見えて歪む。
ジージーの背筋を、雷のような残響がビリビリと走った。
「ミナ……っ!?」
「“仲間を呼ぶ”……まだLV1だけど……だ、大丈夫……多分……!」
ミナの足元の影が、水面に油が滲むように薄く広がる。そこから、半透明な薄い影が三体、ゆっくりと立ち上がった。
“ンゥ……ン……”
“……ギ……ァァ”
三体のレイス。それは、戦場で失われた魂の残滓。
彼らはミナの周囲に集まると、彼女の微かな魔力に導かれて、次の指示を待つかのように揺らめく。
ミナは恐怖を押し殺し、叫ぶ。
「コウモリの群れへ!前へ行って!目を潰して!追い払って!!」
レイスたちは悲鳴のような声を上げながら、天井から舞い降りてくるコウモリの群れへと突っ込んでいった。
実体を持たない彼らに触れられたコウモリは、次々に軌道を乱され、黒い羽を撒き散らしながら床へ墜落していく。
リゲロが、剣を振るのを一瞬忘れるほど、目を丸くした。
「すげえ……霊体まで操りやがった!!」
セルグレンだけが、冷静かつ的確に評価を下す。
「……ミナ。大したものだ」
その一言に、ミナは照れ隠しのように口元を押さえ、魔力を集中し続けた。
◆ ◆ ◆
コウモリの群れはレイスの妨害で一時的に数を減らしたが、まだ数十が旋回している。
狼の群れは残り六体。猪は四体が壁のように立ちはだかる。
そして――
奥の牙の壁の“主”が、ついにゆっくりと動き始める。
「……ぅ、ぅぁあ……」
それは、ただの呼吸音ではない。獲物を引き寄せる、低く、湿った呼応の音。
“母核”の影が、暗がりから血のように粘り強く滲み出てくる。
その巨体は、狼よりはるかに大きく、猪よりも桁外れに重い。コウモリの群れが持つ凶悪な気配を、全て一つに凝縮したような、絶対的な威圧感。
ジージーは短杖を握り直し、深呼吸をする。
(――来る、ボスだ)
セルグレンは低く構え、リゲロは唾を飲み込みながら、剣の柄を固く握りしめた。
ミナが、最後の警告のように震える声で言う。
「ジージー……あれは、**この階層の“主”**だよ……!」
ジージーの返事は、もはや震えなかった。
「……大丈夫。
みんながいる。行くよ、みんなで」
影が、まるで血潮のようにドス黒い、赤い眼をギロリと開く。
その瞬間――
ズシィィンッ!!
床が、そして部屋全体が悲鳴を上げるように激しく揺れる。
一際大きく、不気味な獣の唸り声と共に、“母核”が牙の壁からその禍々しい全身を現した。
(来た――!!!)
――ここで【後半・ボス戦編】へ続く。




