黙する街の心臓〈中篇〉 ――四つ巴の共鳴
ついに現れた──呪いの魔女。
これまで幾度も立ちはだかってきた災厄の連鎖。
その黒い糸を操っていた“影”が、いま目の前に立つ。
邪悪なる魔女リリスティア。
勇者の音を喰らい、世界を黙殺せんと嗤う存在。
ジージーと仲間たちは、
逃げ道のない絶望の舞台に立たされた。
――鐘の鳴らぬ地下で。
――勇者を試す黒の笑い声が響く。
次に鳴る音は、
勝利の拍か。
終焉の黙か――。
物語は、深淵へと沈む。
銀の笑い声が、ラドーン地下の大空洞に落ちてきた。
「ふふ……さすがね、“勇者”」
闇から現れたのは、漆黒の髪と赤い宝珠を纏う女。喉元には音を封じる鍵の紋章、瞳は紫黒の深淵。
呪いの魔女リリスティア。
「ファーティマ姫の“眠り”も、砂海のピラミッドで可愛がっていたリッチも──みんな、私の可愛い仕掛けだったのよ? それを次から次へと解いて回って……随分と邪魔をしてくれたみたいねぇ?」
ジージーは歯を食いしばり、一歩前へ出る。
「やっぱり、あんたが黒幕だったんだ……! ファーティマ姫を道具みたいにして、砂漠の人たちまで巻き込んで……よくも“遊び”なんて言えるね!」
セルグレンが盾を握り直し、低く唸る。
「ラドーンまで黙らせようとしておいて……今度は、俺たちが止める番だ」
「あなたの音、綺麗だった。もっと聴かせてちょうだい?」
その声に呼応するように、共鳴竜の喉が赤黒く光り、街を砕く咆哮が放たれる。
セルグレンが盾を構え、
「聖盾術!!」
と振動を受け止め、ミナは《冥界レイス》を呼んで竜の耳を乱し、リゲロは影で脚腱を裂く。
だが、リリスティアが指を鳴らすと、音は逆流し、衝撃は三人をまとめて吹き飛ばした。
ただひとり、ジージーだけが眷属器《響命棒》を杖代わりに突き立てて立ち続ける。掌に吸い付く芯が、きしみながらも脈打った。
(まだやれる。守るって、決めたんだから)
それでも魔女の黒刃が空間一面に咲き、ジージー隊を切り刻まんと迫る。セルグレンは砕けかけた盾で、ミナは霊体と眷属たちで、リゲロは影で、必死に仲間を庇った。
「やめろぉぉぉッ!!」
叫んだ瞬間、響命棒がうねるように伸びた。
長さを変え、しなりを帯びる──“伸縮棍”としての本性をあらわす。
「へぇ……やっぱり面白い。魔法より“殴る”勇者?」
リリスティアの嘲りを背に、ジージーは前へ踏み出す。
「守るためなら、何度だって前に出る!」
伸縮する響命棒で竜の顎を横薙ぎに打ち据え、セルグレンの聖盾、ミナのレイス、リゲロの影双牙と拍を合わせ、一気に喉奥の音核を突き上げる。
カァン、と澄んだ一撃。
核が反転し、これまで喰われていた街の音が一斉にあふれ出した。
「声が……戻ってくる……!」
「鐘の音だ! ラドーンが生きてる!」
市民の歓声が、崩れかけた街に満ちる。
セルグレンは砕けた盾を支えながら笑い、リゲロは「災害級を殴って黙らせるとか頭おかしい」と苦笑し、ミナの眷属たちはカランと柄を鳴らして無骨な拍手を送った。
ジージーは膝を折りかけながらも、響命棒を杖にして息をつく。
「……守れた、んだよね?」
掌の中で、伸縮棍である響命棒が、コツンと一拍だけ返事をした。
◆
だが、魔女は竜の屍の上からそれを見下ろしていた。
「せっかく“黙る街”を用意したのに、勇者に台無しにされたわけね」
足元の竜は黒砂となって崩れ、大賢者たちは壁際でふらつきながらも杖を構える。
「この街をどうするつもりだ!」と最長老が叫べば、リリスティアは肩をすくめる。
「ただ静かにしてほしかっただけよ。うるさい音が多すぎるの。それに──勇者の“音”を試してみたかったのも本音」
彼女はジージーを見すえる。
「前に進む拍。仲間を守る拍。いい音してるわ、本当に“勇者”になっちゃったのね」
「じゃあ、終わりにして。ラドーンは黙らせない」
ジージーの言葉に、魔女はくすりと笑う。
「気に入った。だからこそ、折り甲斐があるのよ」
次の瞬間、黒刃の雨が一面に咲いた。
セルグレンは砕けた盾で押しとどめ、ミナと眷属たちは身を削って軌道を逸らし、リゲロは影を盾にする。それでも防ぎきれない刃が迫る中、ジージーは一歩前に出た。
「前に立つって、もう言っちゃったんだよ!!」
響命棒は再び形を変え、拳に絡みつく打撃形態の伸縮棍へ。
それでも、魔女は指を鳴らして空気そのものをひっくり返す。
聴覚が遠のき、視界が黒に塗られていく。
「今日はここまでにしてあげる。街は守られた、勇者も生きた──十分いいデータが取れたわ。また会いましょう、もっと深く絶望したあなたに」
最後に、胸の奥で響命棒が強く一度だけ脈打つ。
『生きろ』
そう聞こえた気がしたところで、ジージーの意識は落ちた。
◆
やがて、遠くの鐘の音と人々のざわめきが聞こえてくる。
(……音が、ある)
ジージーが目を開けると、そこは石造りの天井と柔らかな光に満ちた一室だった。
「ここ……どこ……?」
「お、目を覚ましたか」
椅子には大賢者、その背後には最長老。ベッド脇にはセルグレン、リゲロ、ミナ。
「ジージー!!」「姫ちゃん!!」
全員、生きていた。
最長老は気まずそうに咳払いして言う。
「ラドーンは守られた。共鳴炉も安定を取り戻した……お前たちのおかげだ、“杖の勇者”ジージーよ」
「えっ、勇者……?」
別の大賢者が苦笑する。
「杖に選ばれ、災厄を鎮め、街を守った者を、何と呼べば良い?」
ミナがくすりと笑う。
「目が覚めたら勇者になってた件、だねぇ」
セルグレンは誇らしげに胸を張る。
「この街は今、“杖の勇者とその仲間が救った”って噂で持ちきりですよ」
耳まで真っ赤になるジージーの掌で、眷属器《響命棒》──伸縮棍は、嬉しそうにコツンと一拍鳴いた。
(うん。この拍で、また前に進んでいこう)




