灰港シャルナ、宙海への窓
◆1 潮風の市場にて
潮の匂いは、どこか金属の味がした。
港町・灰港シャルナ。
海鳥の声と、甲板を叩く波音が絶えない。
路地には魚とスパイス、油の匂いが渦を巻いていた。
「……これが“宙海”」
ジージーは、水平線の向こうをじっと見つめた。
空と海の境界が、溶け合って消えている。
(どこにでも行ける気がする。
でも――どこへでも流されそうでもある)
横でセルグレンが、肩に掛けた盾の位置を直す。
「ここはここで、戦場の匂いがするな」
「戦場の匂い?」
「物と人が集まるところは、力の争いも集まる」
近くの喧騒を指して、彼は静かに言った。
通りでは、異国の言葉が飛び交い、
体格の違う者たちが肩をぶつけ合う。
「……なるほどね」
リゲロは商人の荷物袋を盗み見る子供たちを
鋭い目で牽制しながら歩いていた。
「気を抜けば、一瞬で荷物なくす街だな。
だが、オレは嫌いじゃねぇ」
ふと、背中がひんやりする。
ミナの気配が寄り添ってきた。
「ジージー」
「どうした?」
「……さっき助けた獣人の子、少し起きた。
“姫の呪いを解いてほしい”って」
その声には、
まだ微かな怯えが混じっていた。
(姫……アフナ王国のファーティマ姫
呪いは解いたはずだけど)
「ミナ、その子、詳しく聞けそう?」
「うん。少しだけなら」
ジージーは短杖を握り直し、
市場の喧騒の中へ歩みを進めた。
――次の道が、自然と定まりつつあった。
⸻
◆2 “姫の呪い”の真実
港外れの小さな宿。
薄暗い一室で、亜人の少年が身じろぎした。
鼠に似た耳。灰の体毛。
だがその瞳は澄んでいた。
「助けてくれて……ありがと」
「気にするな。それで……姫のことだけど」
少年は喉を震わせながら言った。
「……呪いは一度、解けた。
でも姫は言ったんだ。
“魔女はまだ終わっていない”って」
「魔女……?」
「姫は、夢の中で見たらしい。
黒い渦。塔の上。
“海を隔てた向こうで、待ってる”って」
リゲロが眉をしかめる。
「海を隔てた向こう……宙海の向こうか」
「はい。
姫の兄さんが言ってた。
“太陽塔の都ヘリオポラ”に
誰かが潜んでいるって……!」
セルグレンが腕を組む。
「敵は逃げた……か」
少年は、布を握りしめた。
「姫は国を、人を守ってくれた冒険者たちのことを……
すごく気にしてる。
“きっとまた来てくれる”って」
ジージーの心臓が、少しだけ熱くなった。
「……行かなきゃだな」
ミナが笑う。
「うん。行ってあげよ」
⸻
◆3 商人シワジと“渦の航路”
宿から外へ出ると、潮風が頬を叩いた。
「おっ、皆さん! いいタイミングで!」
手を振ってきたのは――
商人ガイド・シワジ・サラメ。
相変わらず派手な布を全身に巻きつけ、
金銀のアクセをジャラつかせている。
「あっしの知り合いがねぇ、
明日、ヘリオポラ行きの商船を出すんでさぁ!
便乗してみませんかい!?」
「ありがたいけど、危険なんだろ?」
「そりゃあ、**雲梯渓**は
渦潮の巣でしてね。
航海司祭さまの加護がなきゃ沈むって噂ですよ」
リゲロが肩をすくめる。
「だったら普通、沈むだろ」
「ところがどっこい!
航海司祭さまの祝詞を受けた船は安全なんで!」
「祝詞……って何だ?」
「この地域では“祈り=魔法の一種”でしてねぇ」
セルグレンは、海を見た。
大きく、果てなく、危険と隣り合わせの青い世界。
「値段は?」
「……お仲間価格で」
シワジは耳元で囁き、指を一本立てる。
「金貨一枚。食事込み。寝床付き」
「高くね?」
「いや、安いぞリゲロ」
セルグレンが静かに言う。
「舟は命を預ける場所だ。
金を渋ると、命も渋られる」
シワジは満面の笑み。
「話が早い! じゃあ決まりで!」
⸻
◆4 鏡の海へ
港の灯火が揺れ、
船大工たちの掛け声が遠くに響く。
ジージーは帆柱を見上げた。
夜の海風に、帆布がバサバサと鳴る。
「……今日のうちに手紙、送っとこ」
共有鞄から紙を取り出し、
ボロい机の上でペンを走らせる。
『無事だよ。
今は灰港シャルナって港町。
今度は海を渡る。
たぶん危ない道だけど、行く。
心配しないで。
食料ありがとう。
ポーション、すっごく助かった。
また手紙出すね。 ジージー』
袋に入れ、鞄へ。
ミナが肩越しに覗き込む。
「ふふ。ちゃんと“心配しないで”って書いた」
「……しないでって言っても、するんだろうけどな」
「うん。だからいいんだよ」
潮騒が、静かに寄せては返す。
太陽塔の都。
魔女の気配。
姫の願い。
――次の目的地は、決まっている。
リゲロが槍の柄を背中で叩いて言った。
「よし。船旅だ。
新しい冒険の匂いがしやがる」
セルグレンは短く頷き、
ジージーは風を吸い込んだ。
(まだ見ぬ海の向こうへ)
――行く。
その一歩が、今日、始まる。
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◆次回
その26 雲梯渓、渦潮の門
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船出+渦潮の強敵+
航海司祭の儀式(加護魔法)
海上戦も視野に入れながらいきます




