09ドングリ池
「うわあっ」
「きれいだ」
二匹はやっとのことで、ドングリ池につきました。
そこだけは、日が差し込んでいて、真っ白に凍った池がキラキラと白く輝いています。
「ん? 凍っているよ?」
クマさんが気づきました。
冬のドングリ池は凍りついていて、ドングリを投げ入れられません。
「僕が、氷をわるよ」
キツネくんはドングリを落とした失敗をうめあわせようと、張り切って氷をわろうとします。
でも、地面の近くの氷は分厚くて、なかなかわれません。
キツネくんはどんどんと、池の真ん中の方へと進んでいきます。
「キ、キツネくん。あ、危ないよ。氷が割れちゃったらどうするの?」
「僕は、クマさんよりは軽いから。クマさんが来るよりは安全だよ」
そう言って、池の真ん中でドングリを入れられるくらいの小さな穴を開けようとしていましたが、
――ピシリ、ピシピシッ
とつぜん、足元の氷がわれ、キツネくんは池に落ちてしまいました。
「キ、キツネくんっ!」
クマさんはキツネくんを助けようと、池の真ん中に開いた穴をのぞきこみますが、キツネくんは見えません。
池を見回しても、真っ白な氷が見えるばかりで、キツネくんが今、どのあたりにいるのかすらわかりません。
クマさんは手の中のドングリを見つめました。
一粒のドングリに、一つの願いごと。
クマさんの心に、迷いが生まれましたが、それも一瞬のこと。
クマさんはえいやっ、とドングリを池に投げ入れ叫びました。
「ドングリ池さん、お願いですっ! キツネくんを助けてっ!」
ぽちゃんっ、とドングリは音を立てて池の中に落ちていきました。
静まり返った池の上で、クマさんがすすり泣く声だけが聞こえています。
ドングリ池は応えてくれないのかもしれない、とクマさんはボロボロと涙をこぼし、大きな泣き声が出ようとしていたので口を大きく開けました。
すると……。
――リーン
鈴の音のような、キレイな音が響きます。
――ピシ、ピシピシピシッ
そして、池の上の氷全体にヒビが入り、クマさんは慌てて池のふちまで走って戻ります。
――パンッ
池の氷がすべて砕け散り、真っ白な粉がキラキラと輝きながら空へと昇っていきます。
すると、池から、ボコボコとたくさんの泡がのぼってきました。
シャボン玉のような泡は、最初は何も入っていませんでしたが、途中からはドングリを包んだ泡がたくさん。
今まで、森の動物たちが投げ込んできたドングリすべてが、のぼってきているようです。
そして、いま、ひときわ大きな泡が一つ。
「あ、キツネくんっ!」
キツネくんの入った泡がふわふわと、クマさんの方へやってきます。
――ぱちんっ
泡がわれると、キツネくんはぶるぶるぶるっと体をふるわせ、目の前の光景に愕然としました。
目の前の地面にはたくさんのドングリ。
池の上には真っ白な光。光は空へと昇っていきます。
そして、光が空へ昇ると、太陽の下に、大きな大きな逆さ虹が。
「……キレイ」
クマさんがポツリと呟きます。
キツネくんは黙ってうなずきました。
「……そういえば、クマさん。願いごとは?」
「うーん、もってきたドングリはキツネくんを助けるのに使っちゃって。そこにあるドングリはもともと、ドングリ池にあったものだから、それを投げ入れてお願いするのは、なんか、ちがうよねぇ」
「ごめんね、僕のせいだ」
「ううん、いいんだ。僕の願いなんかより、キツネくんのほうが大事だったもの」
困ったように笑うクマさんに、キツネくんはそわそわと、気まずそうにしています。
「クマさんの願いごと、何だったんだい?」
「……ボク、勇気がほしかったんだ。ボク、すごい、こわがりだろう? それが嫌で、勇気のある人になりたくて。……でも、それは、きっと、お願いしてなるものじゃなかったんだ。だから、きっと、こんな結果になったのさ」
キツネくんは目を丸くしてその話を聞いていましたが、はっと笑いました。
「なんだ、そんなもの、お願いする必要ないよ。だって、クマさんはもともと、勇気があるじゃないか」
「え?」
クマさんは、予想外の言葉に、目をまんまるにしてキツネくんを見つめました。
「自分の嫌なところ、ダメなところを見つめて、認めるのは勇気のいることだよ。それを変えたいと挑戦するのも、勇気がなくちゃできないことだ」
「で、でも、ボクは根っこ広場でも、オンボロ橋でも……。ずっと、こわがってばかりで、ぜんぜん、変われなくて……」
「すごい怖がりなのにあきらめないで、なんども怖いものを乗り越えられたのは、そのたびに、クマさんが勇気を出したからだよ。クマさんは僕がやめるよう言っても、自分の意見をしっかりと言えた。僕のうしろに隠れるくらい怖くても、進み続けた。ぜんぶ、クマさんがすごい勇気を持っていたから できたことだよ」
クマさんは泣きそうになりましたが、それをこらえ、満面の笑みを浮かべていいました。
「キツネくん、ありがとうっ!」
クマさんは、春、コマドリさんに合うのが待ち遠しいと、にっこり笑います。
そして、逆さ虹が消えてしまうまで、いつまでも いつまでも キツネくんと空を見つめていました。