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首輪

「ミア、起きてください。」

そっと肩を揺さぶられる。

「んん……。」

「随分と深く眠れるようになったのですね。」

聞きなじみのある朗々とした声に、私はゆっくりと目を開ける。

朝靄に溶け込むような金の髪とエメラルドのごとく深い緑の瞳。

「夢?」

「ふふ。どう思いますか?」

先生はそう言って穏やかに微笑んだ。

彼は遠く離れた王都の教会にいるはずなのに、どういうわけか私の目の前にいるようだった。

「夢かも。」

マレッタの宿で、いつものようにベッドに入った記憶がある。

私はまだその上に横になっていて、ここにいるはずのない先生がベッドの淵に腰かけていた。

隣に寝ているトールとナギは私たちの話し声に目覚める様子もない。


「私が怖いですか?」

視線を左右に彷徨わせた私の瞳を、先生はじっと覗き込む。

「人はみんな怖いよ。」

以前あったときも、このような話をした気がする。

「では、ミアの首輪を付けていたら?」

先生はそう言って私の手を取ると、自分の首輪に触れさせた。

銀色の首輪はつるりとしていて、何の飾りもない。


「そんなの、怖くないに決まってる。」

チクリとした痛みの後、みるみるうちに首輪に模様が走る。

夢なので実際はなんともないのだろうが、これまでの経験から痛いと感じたのだろうか。


「ふふ。ミアは私と契約したいと思ってくれていたのですね。」

契約の意思を持って触れることで、首輪の契約は完了する。

「まあ、先生が嫌じゃないなら、やぶさかでないというか……。」

自分の欲望が目に見える形で現れたことに気恥ずかしくなって、視線を彷徨わせた。

心を読む魔法でも使わない限り、他人が考えていることなんて実際のところ分からない。

その不安が人より大きい私は、この世の中のシステムにどこまでいっても甘んじてしまう。

「私も、ミアがこれで安心できるなら、やぶさかではありません。」

先生はそう言って笑うと、次の瞬間姿を消した。


変な夢だと思いながら寝返りをうつ。

まるで眠りに落ちるように意識が沈んでいった。




「ああ、ミア。おはようございます。」

朝、徐々に覚醒する意識の中で、声をかけられる。

朝日に目をしかめつつ、ゆっくりと声の方を確認すると、見知ったエルフがいた。

それを確認した瞬間、一気に目が覚めた。

「もしかして、夢じゃなかった?」

先生の首輪には夢で見たものとそっくりな模様が付いていた。

「はい。」

先生は嬉しそうな顔で頷く。

「五感の鋭さだけは誰にも負けないつもりでしたが、全く気付かないとは不覚です。」

トールの声が聞こえて顔を上げると、彼はまじめな顔で反省しながら、傍らで私の着替えを用意したりしていた。

先生の寝そべっているところは、いつもトールが寝ている場所だ。

「信じられない。結界を気付かれずに突破するなんて。」

反対側からナギの不満そうな声が聞こえる。

振り向くと、ナギは驚いた様子を隠さずに先生を見ていた。


「えっと、どういう状況?どうして先生がここに?先生と契約していた王族はどうしたの?」

「私とミアは確かに首輪の契約をしました。私と前の主の契約が突然切れたので、いてもたってもいられず、夜中にミアを起こしてしまったのです。」

混乱する私の頭を撫でて先生は笑った。

「首輪の契約が切れたのは例の誘拐犯の手口で?」

「ええ。あれは人間を一時的に仮死状態にする薬を飲ませていたのです。仮死状態は一瞬のことで、本人も気付きませんが、魔法契約は契約者の死によって切れてしまいます。」

「そうだったの?」

誰も分からなかった誘拐犯の手口をあっけなく説明されて私は驚く。

他の2人は私が寝ている間にすでに聞いていたのか、驚いた様子はなかった。

お茶会で首輪の契約が切れたのは、お茶にその薬を混ぜたからか。

本人も気付かないとしたら、いくら毒見役がいる王族や貴族でも警戒するのは難しいだろう。

「安心してください。私が傍にいれば、二度とそのようなもの口にさせることはありません。」

先生はそう言ってニコリと笑った。

「それはとても有難いんだけど……え、それじゃあ本当に前の主との契約は切れていて、先生は私の首輪を付けているってこと?」

「ええ。なにか命令してみますか?ご主人様。」

先生は茶化すように私に言った。

「え、えっとじゃあ、命令する。頭を撫でて。」

とっさに思いついた命令がこれとは、我ながら甘ったれている。

先生は赤く光った首輪を見せつけるように、やたらもったいぶって私の頭に手を乗せた。

首輪の光が消えて、元の銀色に戻る。

「……これは、たまりませんね。」

先生はそう言って破顔する。

なんか恥ずかしいのでやめてほしい。

「ずるいなぁ。私もそういう甘い命令が欲しい。ねぇ、主様、私にも命令してみてよ。」

ナギが後ろからそっと抱き着いてくる。

首元に息がかかってくすぐったい。

「嫌だ。」

頭を撫でられるのは好きだが、わざわざ命令してやってもらうほどのことではない。

そして、それは多分皆にばれていて、私は命令などしなくても、いくらでも頭を撫でてもらえるのだ。



先生が私の魔族になるという個人的に大きな出来事があった一方で、あれから世の中がどうなったかというと、どうにもならなかった。

正確には色々あったが結局丸く収まったと言えば良いのだろうか。


先生の主である王族の魔族との契約が切れたことをを境に、王は本気で解放派の粛清にかかった。

最初は国民の反感を買ったが、それもすぐに納まる。


仮死の薬が明らかになったからだ。

さらに奴隷商人の翼人と解放派がつながっていたこと、その薬を使って王城の茶会で出席者の契約を一方的に解除したことなどが明るみに出たことで、解放派は一瞬で下火になった。


それらを発見したのは国防のトップである騎士団長で、奴隷商人の捜査の際に、仮死の薬を発見したことになっている。

実際は先生がアイザックさんに仮死の薬について説明したのだ。

薬は奴隷商人の館からは見つからなかったが、強硬派の幹部の屋敷からは見つかった。

それに伴って、都心で起きた金品を目的とする誘拐や、お茶会での事件の手引きが発覚したという流れだ。

私たちは目立ちたくないし、他人から詮索を受けるのも御免だったので、すべてアイザックさんによる手柄とすることを希望した。

実際、そんなことで注目を集めると解放派から報復を受ける可能性があったので、アイザックさんは快く受け入れてくれた。


そうして解放派がいなくなり、誘拐の手口も発覚し、騎士団の優秀さを見せつけられた人々は、次第に元の様子を取り戻していった。

新聞にはゴシップ記事ばかりあふれ、人々は基本的に親切で、何かの思想にすがる必要もない。

魔族の自由を犠牲に人間にとっては平和で優しい世界。

私にとって都合の良い、首輪のある世界。

そんな世界で私は今日も、人を疑い、首輪を信頼しながら生きている。

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