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長期休暇

 太陽の位置が頂点を過ぎ、東へ影が伸びだした頃。王都のとある一軒家で庭の手入れに精を出す人物がいた。麦わら帽子で日差しを遮り、半袖のシャツに半ズボンといったラフな格好で、一人黙々と作業にいそしんでいる。庭には色とりどりの花がたくさん咲いていて、その一つ一つへ丁寧に水をあげていた。そして、その花に向かってぼそぼそと独り言をつぶやく奇人。――そう、エリーゼである。



 先日依頼が終わり、また学園へ行くことができるようになった。そこまではよかったのだが、気付けば学園が長期休暇に入るまであと数日となっていた。


 長期休暇となると、皆実家に戻ったり旅行に行ったりして会うことがほとんどできなくなる。友人二人も例にもれず、休暇中は実家に戻るそうだ。


 「せっかく久々に会えたのに」とかマルクが言っていたような気がするが、エリーゼも同感だ。友人二人と久々に会えたと思ったのに、また長い間会えないのかと思うと少し寂し――くはないが遊び相手が減って残念な気持ちだ。


 休暇前の最後の日、エリーゼは学園から皆が発っていく様子を見ていた。キリカやエリンとは少し会話し、「休み明けにまた」と言って馬車に乗り込み発っていく彼女たちを見送った。マルクに至っては今生の別れのような感じで話していたので、少しひいた。


 さて、エリーゼは戻る場所などないため休暇中は王都に残っている。彼女たちと会えず一人寂しいかと言われれば、そんなことはない。何故なら、彼女の家には愛する花たちが待っているからだ。


 エリーゼが心を込めて育てた花たちには『マイちゃん』やら『プラムちゃん』など名前が付けられていて、一つ一つ名前を呼びながら水をあげて丁寧に育てていた。


 彼らが小さい芽の頃から育つ様子を見ていたエリーゼには、『エリーゼちゃんありがとう』『僕たち君のために頑張るよ』と自分に呼びかける声が聞こえていた。だから彼女は「頑張れー、頑張れー」とより一層彼らに愛情を注いでいた。


 ――当然、幻聴なのだが……。


 そんな頑張りのおかげか花たちもすくすく育ち、今や立派な花を咲かせていた。おかげでわざわざ遠くに行かなくても、綺麗な景色を眺めることができてエリーゼはうっとりとしていた。


「よく頑張ったねー『シロナちゃん』。このままずっと咲き続けるんだよ、よしよし」


 ペットにするかのように優しく花を撫でる。


「『キィちゃん』はもう少しで咲きそうだね。頑張るんだよー」


 蕾でもう少しで咲きそうな花にはエールを送る。


 そんな会話を一つ一つにしていった。



 彼らとのスキンシップを終え、エリーゼは家の中に戻ってきた。ずっと見ていても飽きないのだが、さすがに他にもすることがある。名残惜しく思いつつも、仕方なく戻ってきたのだ。


 すると、家の中に誰かがいた。その人物は我が物顔でソファーに座り、まるで自分の家かのように紅茶とお菓子を用意して一人くつろいでいた。


 彼女は呆れたように言う。


「あなた頭いかれてない? さっきの独り言家の中まで聞こえてきたんだけど……」


 レナであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「何か用? 私、今休暇中なんだけど?」


 エリーゼは向かいのソファーに寝転がりながら、用意されていたお菓子をつまんでいた。


「それよりさっきの何なの?」


「さっきのって?」


「あなたが外で何か言ってたじゃない。『シロナちゃん』とかだっけ?」


 レナが汚物でも見るかのような目を向けてくる。


「可愛いでしょ?」


「可愛いとかいう以前に花に名前付けて話しかけるなんて、周りから見ればただの頭おかしい人なんだけど……」


「自分の家だし、別にいいじゃん」


「……まぁ、あなたがいいなら別にいいけれど」


 近くを通った人に見られたらどうするつもりなのだろうか。レナは深く考えないことにした。


「ペットに名前を付けて呼ぶのは普通じゃない?」


「ペットならそうでしょうけど、花相手にはあまり聞いたことないわね」


「ペットも花も可愛がるって意味では同じだし」


 エリーゼ的には花もペットも同類らしい。


「それに、花たちは人間と違って騙したり裏切ったりしないから、安心して見てられるしね」


「……婚約を破棄してくることもないものね」


「そうそう」


「はぁ……」


 レナは大きくため息をついた。


「それで、どうしてうちに?」


 冗談はさておき、そろそろ真面目に話し出す。彼女がわざわざここまで来ていることから、大体の要件は察することができている。


「あなたへの依頼があったわ」


 まぁ、予想通りだった。


「相手は?」


「依頼者はカレン・キャンベリー。セイレーン王国にあるキャンベリー公爵家の一人娘よ」


「えぇーっ! 相手はセイレーン王国なの?」


 エリーゼは嫌そうな顔をしている。


「何か不満でもあるの?」


「あるよ! だってめっちゃ遠いじゃん」


 ここクライン王国からかなり離れていて、馬車で数日かかる距離にある。正直なところ、日帰りできない場所へは行きたくないと思っていた。


 ずっとお花たちを見ていたいんだけど……。


 彼らの面倒を見ることができないのも不安要素の一つだ。


「はぁ……。それで、そのカレンなにがしさんは一体どこの誰と婚約を破棄したいのよ?」


 しかし、仕事である以上仕方ない。エリーゼは諦めて依頼内容を聞く。


「ターゲットはライル・セイレーン。セイレーン王国の王子らしいわよ」


「王子ぃ? これまた理想的な婚約者じゃない。……前みたいに『愛を確かめたいの!』とかは勘弁だからね」


「恐らくそれは問題ないわ。依頼にははっきりと婚約を破棄したいと書かれているから」


 エリーゼはレナの持つ紙を覗き見ると、確かにそう書かれていた。


「期間は約ひと月。それでターゲットとの関係を綺麗さっぱり無くしたい。どう? この依頼受けるの?」


「うーん……。ひと月もかぁ……」


「あら? 丁度いいんじゃないの?」


「何がよ?」


「学園の休みってひと月なんでしょ?」


 その通りではあるが……。


「それに、ひと月もここで花を眺めているより、どこか他の場所に観光がてら行ってきたらいいんじゃない?」


「知らない場所に行くより、お花たちを眺めている方が好きなんだけど……」


 それに、仕事で行くわけだから観光なんてしている時間なんてないだろうし……。というか、そもそも花たちの世話もあるし、ひと月もこの家から離れたくないんだけど……。


「一応依頼には、必要に応じて依頼者も協力すると書かれているわ。行って話だけでも聞いてみたら?」


「……まぁ、そうしようかな。……うん、そうしよう。一度話を聞いてみて、やっぱり難しそうなら受けないことにする」


 協力次第じゃ期間を早めることができるかも……。それに仕事がなくなれば、その分観光する時間ができるわけだしね。よし、そのプランでいこう。


「そう。なら、依頼者にはそちらに向かうことを連絡しておくわね」


 レナはソファーから立ち上がり、ドアへと向かう。


「あ、そうだ。私がいない間、花たちの世話をしておいてくれない?」


「それくらいなら別にいいわよ。依頼を持ってきたのも私だしね」


 レナは了承する。


「もちろん、彼らに愛情込めて名前を呼んであげてね」


「えっ……。それはちょっと……」


「世話するって言ったからにはちゃんとしてもらわないとね。じゃあ庭に行こう。一つ一つ名前を教えてあげるから」


 エリーゼも立ち上がり、レナを庭に連れて行こうとした。


 ここでようやく、レナは自分の失敗を悟ったのだった。

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