パーティへ逆招待
ケインのパーティに呼ばれてから一週間が経ち、今度はエリーゼから彼をパーティに招待することになった。といっても、彼を呼ぶのは彼女が開催したパーティではない。彼女の家に届けられる――という設定の――招待状。その招待されるパーティに一緒に出てほしいというものだ。
これを彼は快く承諾し、エリーゼは彼とともにパーティへ向かうことになる。そして今夜、まさにそのパーティ会場へと到着したのだが、
「…………」
ケインは呆然としていた。彼女のジルヴァン家がどのくらいの家柄か確かめるためにも、彼女のもとに届けられる招待状のパーティに出席することにした。
我が家が伯爵家で彼女の家が侯爵家であることから、自分が主催するのもよりかはいくらか豪勢なものだろうと予想していた。実際その予想は間違っておらず、これは間違いなく自分のもの以上だと断言できる。何故なら――
彼はパーティ会場である王城を前にして立ち尽くしていた。恐らく自分の想像より上過ぎて、中々受け入れられないのだろう。このようなパーティに呼ばれることなんて、そうそうないんじゃなかろうか。
「け、ケイン様……。行きましょう」
彼の袖に触れながら呼びかけるとようやく我に返る。
「あ、あぁ……」
驚きに頷くことしかできない彼を連れて、城の中へと入った。
城の中は想像通り人、人、人だった。彼のものとは規模も違うので、招待客の数も圧倒的に多い。広い空間を照らすたくさんのシャンデリアによってホールは眩いばかりの光に溢れている。さらに、テーブルの上に並べられたこの世の贅沢を尽くしたかのような食事は、さすが王族が主催するパーティと考えているところだろう。
初めての場所でどうしたらいいか戸惑っている彼を、こちらで誘導してやる。後で女性に手を煩わせてしまった事実に恥ずかしさを覚えるかもしれないが、些細なことだろう。
会場へ入り、比較的人が少ない空間へと移動する。周りに人が少なくなったことでゆとりができたのか、彼もようやく落ち着いてきたようだ。
「こ、こんなに人が溢れているとは……」
「わ、私もびっくりしました……」
「ヘレン嬢もこういった場所は初めてなのかい?」
「は、はい。今までは招待を断っておりましたので……」
「そういえば言ってたね。じゃあ、お互いに初めてか」
「お、お揃いですね」
ふふ、とお互いに笑い合う。
他愛もない話で仲を深めていると、急に辺りがざわつく。前方を見やれば、正装に身を包んだ黄金の髪の男性がいた。
「このたびはこの場にお集まりいただき、誠に感謝する」
主催者である王太子アレクサンド・スチュワートだ。彼は招待客に対し、始まりの挨拶を述べていく。
「――どうか今日は、心ゆくまで楽しんでいただきたい」
一通り言葉を述べた後、そう締めくくった。周りから溢れる拍手。エリーゼたちも同じように合わせる。王太子がその場を移動すると、パーティが始まった。
周囲では食事やワインを片手に歓談している。楽しむと言ってもあくまで社交場。情報の交換など政治的な部分は切り離せないのだ。
とは言っても、始めて来たケインたちがその中に入り込んで行くことはできない。彼らはお互いが旧知の仲のようで、そこに割っていくのには勇気がいる。さすがの彼もそんな度胸はなかったようだ。
「パーティは楽しんでくれているかな?」
どうするべきか迷っていると、二人に声をかけてくる人物がいた。そちらを向くと、先ほど前で話していた王太子その人だ。どうやら周囲に声をかけて回っているようだ。
「は、はい。もちろんでございます」
「そうか。それはよかった」
王太子の言葉にケインは緊張して答えた。普段から接することのない身分の高い人物相手なら、そうなっても仕方ないだろう。
「この後も楽しんでいってほしい」
それだけ言い残し、この場を去る。別の人のところへと向かっているようだ。そんな中、数人のペアが中央へと歩み出す。どうやらダンスが始まるようだ。
「け、ケイン様。い、一曲いかがでしょう?」
「あ、あぁ……。君がよければ……」
「じ、じゃあ、行きましょう」
ケインはまだ固さが残っている。さっきまではマシになっていたのに、王太子が来たことで再び戻っていた。
あまりでしゃばるのもよくないし、仕方ない。
彼にエスコートされるように、一歩引いた位置を保つ。少しぎこちなくも到着すると、演奏が開始される。
ふふ、どうよこの足さばき。先日の二の舞にはならないからね。
さすがにエリーゼも前回のことを反省し、この日のためにダンスを練習してきていた。昔はできていたこともあり、勘を取り戻すのは難しくなかった。
そのおかげで少しぎこちなさが残るケインのリードを、さも完璧であるかのように上手く見せていた。周囲からは男性側が上手く導いているように見えていることだろう。
ほどなくして演奏が終了しダンスが終わると、周囲からの拍手を浴びる。エリーゼが彼から少し距離を取ると、貴族たちがケインの周囲に集まってきて話をしていた。そこでようやく緊張から解かれ、彼も満更でない様子をしていた。
これで、彼の欲求が刺激されたことだろう。そして、この快感を味わってしまったら、もう戻ることはできない。次もこの場に来たいと考える。ならばどうするか。当然、ジルヴァン家と関係を持ちたいと考えるはず。
後の成り行きは簡単で、考えるまでもない。彼は欲を満たすため、ヘレン嬢と結ばれようとするはず。パーティが終わるまで待っていればいい。エリーゼの仕事ととしては終わりだ。
ひとまず終わりかな……。じゃあもういいよね。
周囲にばれないように、テーブルの上のスイーツを隠れて物色していた。どこからともなく取り出した入れ物に一つ一つ入れていく。
帰ってから食べよっと。
そんな意地汚い様子を、遠目から呆れた様子で見る人物がいるとは知らずに。
パーティも終わり、解散となった頃合い。人気の少ない中庭にケインとエリーゼはいた。
「き、今日は、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ感謝している」
「い、いえ。感謝されるほどでは……」
「招待してくれたことだけじゃない。この場に慣れていない僕を、陰ながら助けてくれていただろう?」
「え……っと……」
言葉に詰まる様子を見せる。
「いや、別に咎めるわけじゃないんだ。君のおかげで僕は恥をかかずに済んだ。おかげで他の貴族たちとも交流を持つことができた。そのことに感謝してるんだ」
さわやかな笑みを見せながら、その胸の内を語る。
こいつの本性知らなかったら、簡単に騙されそうだね。
「君ほど素晴らしい女性はいない。だから……その……。よかったら僕と婚約をしてくれないか?」
「け、ケイン様と?」
「僕は君が欲しい。君とずっと一緒にいたいんだ……。だから、どうだろう?」
こちらの真意を測るように問う。
「け、ケイン様には婚約者が……」
「大丈夫だ。ティアナとは婚約を解消する。君が心配することはない」
「で、でも……」
「そんなに僕のことが嫌かい?」
少し不安そうな、近しい者にしか見せない顔をしてくる。
「い、嫌じゃないです……」
「じゃあ、受けてくれるかい?」
「は、はい……」
彼の目を見て、少し涙を滲ませながら嬉しそうな顔をする。彼はそれを見て、自身が受け入れられたことに安堵した。
「次のパーティで、ティアナとの婚約は解消する。そこで新たに君との婚約を発表するよ」
エリーゼを抱きしめながらそんなことを告げる。
「晴れて君の家と関係を持つことができる」
それ言うんだ……。めっちゃ欲でてるじゃん……。
二人はしばらくの間、ずっと抱き合っていた。
家まで送っていくという彼の誘いを風に少し当たりたいからという理由で断り、エリーゼは一人中庭に残っていた。招待客も帰り、夜の静けさが残るその場所にしばらくいると、石畳を踏みしめる音が背後から聞こえてくる。
「これで準備完了ってとこかい?」
その人物は背後まで来ると足を止め、気さくな様子でエリーゼへと声をかけてくる。
「だね。後は結果を御覧じろってね」
エリーゼは振り返ることもしない。彼女は夜の月を眺めながら、軽い調子で返すのだった。




