第36話 おいしいゴハンは、幸せを運ぶ。
はじめチョロチョロ、なかパッパ。ジュウジュウ吹いたら火を引いて。赤子泣いてもフタ取るな。
「なんだその呪文は」
「お嬢さまから伺った、お米を美味しく調理する方法だそうですよ」
厚手の鍋にお米を入れ、火にかけてしばらく。
火加減を歌の通りにして、最後に蒸らす。
火を消したあたしに対して、「出来たんじゃないのか!?」と、ルッカさまが蓋に手をかけようとしたので教えたのだ。
「何があっても蓋を取っちゃいけないんです。しばらく蒸らしておかないと」
「そうなのか」
「はい。お米はガマンが肝心なんです」
その間に、次の工程で必要な塩を探す。
「塩、塩、塩……」
「これか?」
「あっ、……ありがとうございます」
ん~っと伸ばしたあたしの手の先、棚の上から塩の壺をヒョイッとルッカさまが取ってくださった。
なんだろ。ありがたいのに、素直に喜べないや。
……まあいいや。深くは考えない。
頃合いを見計らってから、鍋の蓋を外す。途端に広がる炊き立てご飯の香り。
そのままでは熱すぎて手にすることは出来ないので、ここでもしばらく待つ。
それから、水で濡らした手のひらに塩をふって、いざご飯をギュッと握りしめる。
「とっ、とっ、とっ……」
ちょっと熱い。けど、リズミカルにお米の塊を回しながら、ギュッ、ギュッ、ギュッと握っていく。握ってる間に、熱さも気にならなくなってくる。
「これがおにぎりか」
皿に置いたおにぎりを、ルッカさまが興味深げに眺めた。
「はい、『塩むすび』だそうです」
塩だけを使っているから、塩むすび。
「本当は、中にいろんな具をいれるんだそうですが、この国では手に入らなくて」
お嬢さまがおっしゃるには「梅干し」とか、「ツナマヨ」とか、さまざまな具があるらしい。
「手に入れたいの!?」
「まあ、そうですね。手に入れられれば、お嬢さまも喜んでくださるでしょうし」
お嬢さま好みのおにぎりが出来たら、きっと喜んでくださる。「ありがとう、リュリ」とかおっしゃっていただけたら、きっとうれしいに違いない。
「ふーん。お前は、どこまでも『お嬢さま、お嬢さま』なんだな」
「はいっ。でも、ルッカさまも、殿下第一でいらっしゃるんでしょう?」
何よりも誰よりも、主を第一に考える。それがお仕えする者の役目であり、喜びであるはずだ。
「ローゼリィさまって、ホント、不思議な記憶をお持ちだよな」
あ、話題変えられた。
「この世界の未来に起きることをご存知だったり、こんな食べ物をお好きだったり。昔からそうだったのか!?」
「まあ、そうですね。時折、不思議なことをおっしゃるクセはありましたけど」
多分、それが「前世の記憶」だったのだろう。お米の炊き方はもちろんだけど、殿下のことを「いけめん」と評されたり、朝、起こしてさし上げれば「あとごふん」と不思議な呪文を唱えられていた。男性のような格好をしたがった時もあったし、知らない変わった歌を口ずさまれたこともあった。
ハッキリと思い出されたのは、つい最近かもしれないけれど、それまでにも前世の記憶を取り戻されていたんだろう。
おにぎりを見て思う。
「ローゼリィさまといい、ミサキさまといい。この世界にはそんな『転生者』がゴロゴロいたりするのかな」
「どうなんでしょうね。もしかしたら、いらっしゃるのかもしれませんよ」
もしいらっしゃるのなら、是非、あちらの、前世のお話を伺ってみたい。お嬢さまが話してくださったことはまだ断片的で、どんな世界で過ごされていたのか、あたしはよく知らない。知らない世界の話だ。きっと、何かの物語のように、ワクワクするに違いない。
「まあ、いたとしても、こちらのことを引っ掻き回さなければ、どうでもいいけどな。……手伝うよ」
「あ、ありがとうございます」
ルッカさまが、見よう見真似で、ご飯を手に取る。
「こんな……かんじ、か?」
「そうです……、ああ、もう少し優しく。そうですね、軽く握って、回して、もう片方の手で上から押さえて……、三角を作っていくかんじです」
言いながら並んで、お手本を作っていく。リズミカルにギュッ、ギュッ、ギュッと。
「意外と、米が、熱い、なっ」
「ですから、クルクル回すんですよ。熱っ、熱っ、熱ってふうに」
握りすぎたら手のひらがヤケドするかもしれない。クルクル回すことで、空気に触れて、少しだけ熱いのがとれる。
「こんなかんじでいいか?」
出来上がったおにぎりを皿の上に置く。
あたしの作ったおにぎりより、ルッカさまのほうが少し大きくてちょっといびつ。
「はい、ありがとうございます」
その少しだけ不格好なおにぎりに、笑いそうになったのは秘密だ。
「ふぅん。これが『おにぎり』ねえ」
あたしとルッカさまの作ったおにぎりを前に、殿下が唸った。
「ローゼリィから聞いたことがあるよ。お米を使った珍しい料理だと」
「はい、お嬢さま直伝の方法で作りました。よろしければ、お召し上がりください」
そう言うと、皆さまが不思議そうな顔のまま、それぞれ手に取った。
「手づかみなのか」
「そのまま、パクッて口に入れちゃってください」
感覚としては、サンドウィッチなんかの軽食に近い。手軽につまめるのが、おにぎりの特長だ。
「……美味いな」
「不思議な食感だが、悪くない」
「素朴な味だな」
おっ。評価、悪くないみたい。うれしくって、思わずルッカさまと目を合わせて笑いあう。
よかった。不味いとか言われなくって。
ポンッ……!
部屋の中に、白い煙が上がる。
「我にも食させろ」
えええっ。聖獣さま、そのために人型に変身されたんですか? 魔力不足はどうなったんですか?
なんて意地汚……、いやいや、なんてスゴいおにぎり効果。
第三十六話です。
おにぎり……握っちゃいました。
あんまり、こういうネタはやりたくなかったんだけど…。現代のそういうの作って、突然異世界人に食べさせて、「美味い」と好評を得るのはいかがなものかと。だって。もし自分が突然見知らぬ、そうだな、アフリカ料理とか食べさせられて、「美味い」って言えるのかな。そりゃ、美味しいのもあると思います。でもね。そんな簡単に口に合うのなら、こっちの世界で、母国料理の店をやってるマスターさんは、誰も苦労しないと思う。文化が違うのだから、好みの味も違って当然なんじゃない!?
ということで、偏見かもしれないけど、異世界でこっちの料理が大人気的な展開の作品は、あまり好きじゃないです。……おにぎり作っといて、どの口が言うんだ状態ですけど(笑)
これからもよろしくお願いします。




