第18話 知らぬは恥ではないようです。
「まあ、かわいらしいお連れ様ですわね」
そう言ってくれたのは、メイフィリア伯爵令嬢。
いつものように学園に登校して、さっそくのように肩の上のリスに目ざとく視線を向けられる。
「ローゼリィさまのペットですか?」
「え、ええ。先日、公園で出会ったら、なつかれてしまって。木の上で、猫に襲われたらしくて。落っこちてきたんですの」
嘘は言ってない。嘘は。
髪の毛に引っかかってあたしが悲鳴を上げたことや、驚いたせいで、お嬢さまのメモをダメにしてしまったことは内緒だ。
「猫にだなんて。怖かったでしょうに」
「お優しいのですね」
「よい方に助けられましたわね、リスちゃん」
ロードガルド子爵令嬢、ルイゼバード侯爵令嬢と、シェープフィード伯爵令嬢。それぞれがリスを眺めながら、おっしゃってくださった。
「ところで、もう名前はお決めになられましたの?」
「ええ。セルヴェ、と」
朝、起きて、その名前が一番ふさわしい。なぜか、そう思っていた。
……夢のなかで、誰かに名づけのヒントを、もらったような……。気のせいかな?
記憶、曖昧。夢だし。
「まあ。素敵な名前ですこと」
「これから、よろしくね、セルヴェちゃん」
よかった。
お嬢さまのご学友には、好意的に受け入れられたみたい。
皆さま、お嬢さまのことを「お優しい」と評されるけど、皆さまだって、じゅうぶんにお優しいわ。
「やあ、今日も楽しそうだね、ローゼリィ」
「あ、殿下。おはようございます」
ドレスのスカートを軽くつまんでお辞儀をする。ご学友の皆さまも一拍置いてから同じように。
「きみの楽しそうな声が聞こえてきたからね。元気そうで何よりだ」
軽く手を挙げて、殿下が応じる。
その爽やかな笑顔といい、その振る舞いといい。
今日も完璧ですっ、殿下っ!
殿下の背後には、アウリウスさまとルッカさま。お二人にも軽く会釈をする。
「今日は、カワイイ連れがいるんだね。名前はつけたの?」
「はい、セルヴェ、と」
お嬢さま方に話したことをくり返す。
「セルヴェか。いい名だね」
殿下が、肩に顔を近づける。その指で、セルヴェの顎を撫でているようだ。
だけど、その近さは、その……。あたしには困りますっ! 整ったそのご容姿に、ムダにドキドキしてしまうっ!
「セルヴェ?」
少し離れたところで、誰かが聞きとがめたように声を上げた。
「やあ、ミサキ嬢。おはよう」
殿下のお顔が離れる。ふり返ったその視線の先には、少し青ざめた顔のミサキさま。
「おはようございます、殿下。あの、今、セルヴェと言う名が聞こえたのですが」
「ああ。ローゼリィが飼っているリスのことだよ」
それがどうかした? 殿下がミサキさまに問うた。
「……リス」
近づいてきたミサキさまが、驚いたようにセルヴェを見る。
どうしたのかな。ミサキさま、ものすごく元気がない。ずっとセルヴェを凝視している。
「あの…。よろしければ、触りますか?」
ミサキさまが、セルヴェに手を伸ばそうとしているように見えたので、そう伝えたのだけど。
「え? ああ、大丈夫です。ありがとう」
ミサキさまは、その手をギュッと握りしめられた。口も、一文字にグッと引き締められている。
…………? どうしたの?
「ああ、ごめんなさい、ローゼリィさま。少し知っているお名前でしたので、驚いてしまって」
ミサキさまが頬に手を当てながら話し出した。
「セルヴェちゃんって言うのね。とても愛らしいリスさんですわ」
そして、何事もなかったかのようにほほ笑まれた。
…………? なんだろう。気になるんだけど。
「で? どうして守護獣にあやかったような名前にしたんだ?」
殿下のお部屋に案内されてから、アウリウスさまが言った。
「うえっ? セルヴェって、守護獣となにか関係があるんですか?」
「お前。あのメモを読んでないのか?」
「えと……。そういうわけじゃないですけど……」
読みはした。ただ、全部読めてなかっただけで。
だって、ね。
「文字…、読めますけど、時間がかかるんで……」
あたしの言葉に殿下とアウリウスさま、ルッカさまが顔を見合わせる。
あああ。情けないヤツだと思ったよね。
でも、仕方ない。
あたし、まだちゃんと読みを覚えていない。文字を知らないわけじゃないけど、ちょっと難しい言葉遣いになると、綴りが読めない。もしくは、読めても時間がかかる。だから、少しづつでも時間を作って、メモを読み進めていたんだけど。そのメモも池に落ちたせいて読めなくなってしまったし。
こんなこと、幼少のころからちゃんと勉学されている皆さまには理解していただけないだろうけど。こういう、些細なことからでも、身分の差を感じてしまう。
どうしようもなくなって、下を向き、唇をかむ。
――ポンポン。
ふと、髪を撫でるように、軽く叩かれる。
顔を上げれば、そこにいたのはアウリウスさま。
あたしを見る眼差しは、心なしか優しい気がする。
「守護獣の名前は、セルヴェスティ。覚えておけ」
「はい」
知らないのならば、これから覚えていけばいい。
そう励まされた気がした。
第十八話です。
識字率問題。
以前もどこかで書いたような気がするけど……。皆さまがイメージするような中世~近世のヨーロッパは識字率が低いです。身分があれば、ある程度は読み書き出来ますが。イギリスなんぞ、19世紀に公立の学校が出来るまで、市民の識字率、特に女子はヒドいもんです。プロテスタントの国は、各自で聖書を読むことが推奨されていたので、17世紀オランダで、男子57%女子32%の識字率を誇っていたらしいですが。それでも、当時、江戸時代だった日本の方が高いです。平安時代に貴族がやっていたような文のやり取りなど、あちらでは夢のまた夢だったんじゃないかなあ。というわけで、身分の低いリュリは字がさほど読めません。このあたりにも身分格差があるかな。一応の世界イメージは、19世紀あたりで、飛び道具はあまり発達してない魔法世界というかんじなので、そのあたりだけでも忠実に。なんちゃってゲーム世界なので、そこまで気にしなくてもいいのかもしれないけど、使用人と雇用者(支配側)の差を出したかったので、そのまま設定として利用。魔力だけが身分差の元ではないんだよ。
これからもよろしくお願いします。




