第11話 その音色に導かれて。
……ふう。
アウリウスさまって心配性だな。
一人、庭園のベンチに腰かけて、空を見上げる。
真っ青な空と、輝くような緑の木々。吹き渡る風も心地いい。
さっきまでずっと緊張していた分、ここの豊かな自然が気持ちいい。お嬢さまでいるのは、正直疲れるから、こうして誰もいない静かな空間でゆっくりできるのは、うれしいかな。
時折聞こえる小鳥のさえずり。梢の揺れる音。
女神さまのいらっしゃる天上の世界というのは、こういう場所なのかもしれない。
目を閉じて、先ほどのお話を思い出す。
天地創造の女神、ルビーニア。彼女はこの世界を構成する精霊たちを統べる偉大な存在で、今は天上世界から、この地上を、おのれの産み落としたこの世界を見守っているのだという。
人は善き行いをして死ぬと、女神の暮らす天上に行ける。そうでない者は、地下の冷たい世界で苦しむことになる。
天上の世界なんて、想像もできないけど、きっとこんな風に心穏やかに過ごせて、幸せな気分でいられるんだろうな。
そうそう、こんなかんじで、清らかな音楽も流れて……。
(……って、音楽?)
あわてて目を開ける。
さっきまで聞こえてなかったその音のもとを捜す。
(誰か、いるの……?)
誰もいないと思っていたから、油断して、ボーッとしてた。
(こんな所で、誰か、練習でもしているのかな)
神官なら、今日みたいな日に、音楽を演奏しなくちゃいけないから、練習は必要だけど。でも、儀式は終わったし、もう練習は必要ないよね。
というか、この音、練習してるっていうのと違うような……。
音に惹かれて立ち上がる。
なんだろう。スゴく心が洗われるような。すがすがしい気分になる。この音。
茂みをかき分け、その音を見つける。
(うわ……)
茂みの先にあったのは、キレイな噴水。そのヘリに腰かけて、竪琴を奏でる人。
静かな水の音と、竪琴の音色。その周囲を飛ぶ小鳥たちは、さえずりをやめ、音に聴き入るようにして、噴水の周りに集まってくる。
「そこにいるのは、誰?」
音色が止まる。
こちらを見て誰何した。
同時に、小鳥たちがいっせいに飛び立つ。
「えっ? あっ、あのっ、すみませんっ! お邪魔する気はなかったんです」
あわてて謝罪する。
「その、キレイな音色だなって思って、そのっ、ごめんなさいっ!」
「いえ、怒っているわけではありませんよ」
ニッコリ笑って立ち上がる。
竪琴を片手に近づいてくるけど。
(どわあぁぁぁぁっ!)
この人、スゴいカッコいいっ!
青銀の珍しい色の長い髪。抜けるように白い肌。瞳も透き通った水のように澄んでいてとてもキレイ。
これで男性なの!? 声は低いから間違いないだろうけど、女性が男性のフリをしてるって言われても納得しそうなその美貌。
きっと、女神さまもこんな容姿なんだろうな……って、違う、違う。この人は男性だ。
「よろしければ、一曲、お聞かせいたしましょうか?」
「えっ? いいんですか?」
「ええ。私のつたない演奏でよろしければ、ですが」
つたないって。あれでつたなければ、世のどんな音楽でも下手くそ認定されると思う。
男性が、茂みを越えて、こちらにやって来た。
間近に立ってみると、あたしより頭一つ分ほど背が高い。神官さまなのだろう。真っ白な衣装は、先ほどミサキさまがお召しになっていたのと同じものだった。
戸惑ってるあたしをベンチに腰かけさせ、竪琴を構える。
「どのような曲をお弾きしましょうか?」
「えっ? あのっ、そのっ……」
あたし、そんなに音楽を知らない。お嬢さまならたくさんご存知なのだろうけど。
返事に困っていると、少しだけ微笑まれた。
「では、女神を讃える曲を一つ」
細く長い指が弦を弾く。
その仕草一つ一つが優雅で、繊細で。あたし一人で見ているのはもったいないような気がする。
(あ、この曲、知ってる……)
よく神殿で聴く、女神の賛歌。この世界を創造してくださったことに感謝の祈りをこめた曲。この先の未来も、その祝福を賜ることを願い、慈愛深き女神の恩寵がいつまでも続くことを祈る。
目を閉じてその曲を聴けば、まるで天上にいるかのように錯覚してしまう。目の前には、慈しみ深き女神ルビーニア。
その柔らかな眼差しに感謝を表して、女神を讃える歌を贈る。
女神が微笑めば、世界は目覚め、色鮮やかに祝福される。
空気は澄みわたり、木々は喜びに枝葉を震わす。小鳥は羽ばたき、光は幸せに満ち溢れた世界を照らす。
ビィン……。
唐突に音が途切れた。
(えっ? どうしたの?)
「あの、あなたは、どなたですか?」
へっ?
ビックリして目を開ければ、男性の方があたしよりも驚いたような顔をして立っていた。
弦を弾きかけた状態で、指は止まっている。
「あの。カルティミラル公爵家の、ローゼリィ・カルティミラですわ」
そう言って、スカートをつまんで軽く会釈する。
「…………違う」
えっ?
「あなたは、かのご令嬢ではない」
うえっ? 神官さまともなれば、アッサリとバレるの?
フルフルと首を横に振られて焦る。
「ローゼリィさまに、こんな力は備わっていない」
男性が、空を見上げる。
力……?
「うえええええっ!」
素で驚きの声が出た。
「なっ、なにっ! なにこれっ!」
見上げた空を覆いつくすように葉を茂らせた木々。周囲の花壇には無秩序なまでに花が咲き乱れている。
ちょっと前まで、整えられた庭園で、そこそこ緑に溢れていた空間だったのに。これじゃあ、鬱蒼とした森。密林。
「あなたが歌を口ずさみ始めてから、こういうことに。こんな魔力は初めて見ました」
ええっ? あたし、歌ってたの?
それすらも記憶にない。
ただ、気持ちよく竪琴の音色を聴いていたような気がするんだけど。
「あなたは、いったい、誰なのですか」
グイッと腕を掴まれた。
「ローゼリィさまっ!」
鋭い声。ガサガサとへき地探検隊のように森をかき分けて現れたのは、アウリウスさま。
必死な形相で、こちらに近づいてくる。
「これは、いったい……。何が起きたのですか? ……オーウェン?」
目の前まで来たアウリウスさまが、神官様を見て驚きの声を上げた。
「お久しぶりですね、アウリウス」
オーウェンと呼ばれた神官さまが一礼をする。
……知り合い?
二人の間に挟まれた格好になったあたしは、それぞれの顔をキョロキョロと交互に眺める。
オーウェンさまは少し微笑んでいらっしゃるけど、アウリウスさまの表情は硬い。
「これは、どういうことなのか、教えてもらってもいいか?」
「どういうことも何も。そのお嬢さまが曲に合わせて歌われたら、こうなったのですよ」
うえっ? この異様な森は、あたしが作り出したってこと?
にわかには信じられなくって、はあ~っとため息とともに上を見る。
こんな魔法が使えるなら、レヴィル先生も喜んでくれるんじゃないかなあ。
「私の方かからも訊ねたい。アウリウス、その方はどなたなのですか?」
ジッと水色の瞳があたしを射るように見つめる。この目の前で、嘘をつくことは出来ない。ついたところで、簡単に見破られる。見透かされる。
「……ナディアード殿下の婚約者、ローゼリィ・カルティミラ嬢だ」
うわぁ。アウリウスさま、堂々と嘘ついたぁっ!
「殿下がお待ちなのでな。これで失礼する」
言うなり、あたしをヒョイッと横抱きにする。
そして、今来た茂みのなかに突っ込んでゆく。
「あっ、あのっ、素晴らしい演奏、ありがとうございましたっ!」
アウリウスさまの肩越しに、お礼だけ伝える。
何が何だか理解出来なくても、お礼を忘れちゃいけない。
……にしても。
どうして、いきなり植物が育っちゃったんだろう。
これ、元通りに剪定し直すの、大変だろうなあ。
第十一話です。
大人しそうな男性をイメージすると、付いてくるのが竪琴。
……ナゼダ!?
あ。リュミエールさまだ。(by『アンジェリーク』)
私とは、誕生日の関係上、あまり親密度は高くなかったんだよな。低いところから墜としにいくという、醍醐味はあったけど。どっちかというと、風の守護聖ランディさまとか、炎の守護聖オスカーさまのが好みだった……。リュミエールさまは、よくロザリア側におりましたよ。クスン。
これからもよろしくお願いします。




