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第10話 完全なる、お子ちゃま扱い。

 それからというもの。

 毎朝、学園に登校するときは、必ず、アウリウスさまが護衛についてくださった。毎朝、同じ時間キッカリに屋敷を訪れる。

 そして後ろ手に組んだまま、直立不動で「おはようございます」と言うのだ。

 学園に着いてからは、そのまま直行で先生の所へ向かう。一応18歳になるように魔法をかけてもらうため。今の身体つきとさほど変わらないと言われても、少しでも成長しておいた方が、お嬢さまのフリもしやすいだろう。日暮れとともに解けてしまう程度の魔法だけど、それでも身代わりを務めるのには、ありがたかった。

 「ローゼリィ、一緒にお茶しないか?」

 休憩時間になれば、殿下がわざわざお誘いに来てくださる。あたしが他の令嬢と接することでボロが出てしまわないようにという配慮だった。実際、令嬢たちと過ごさなくていいのは、気持ちが楽でいい。

 そしてつつがなく、学園生活を送る。

 平和だ。

 気持ちいいほど平和だ。

 バレたらどうしようって、不安に思っていた過去が嘘みたい。

 このままノンビリと、お嬢さまが帰っていらっしゃるのを待っていられればいいのに。

 そう簡単に、事は進まない……のよねえ。はあ。


 その日は、神殿訪問の日だった。

 神殿は、いつ訪問してもかまわないのだけど、月に一度、世界を創造された女神さまを讃える日というのが存在する。

 この日だけは、学園の授業は休みとなり、貴族の子女なら全員神殿に向かわなくてはいけない。

 そこで、女神に感謝の祈りを捧げ、神官から、世界創造について、有難いお話を聞く……ことになっているらしい。

 なぜ、「らしい」とつくかって?

 答えは簡単。

 あたし、神殿に入ったことがない。

 お参りしたことがないってわけじゃないよ!? 公爵家のご領地にあった神殿なら、参拝したことあるし、この王都の神殿にもお参りに来たことはある。

 ただ、あたしみたいな庶民は、入り口までしか参詣することが出来ず、お嬢さまに付き添ってきても、奥に入ることが出来なかった。

 でも、今、あたしはお嬢さまなわけで。それも王太子であるナディアード殿下の婚約者の立場なわけで。当たり前のように、みんなにかしずかれながら、神殿の最奥まで訪れている。

 (ほえええぇぇ……)

 初めて入った神殿のなかの荘厳さに目を瞠る。

 これでもかってぐらいの装飾。ドーム状になった丸い天井。その周囲を取り囲むように据えられた、色とりどりのステンドグラス。差し込んだ光が七色に輝いて、壁に施された金の装飾を照らし出す。壁にはいくつもの絵画が掲げられていて、そこに描かれていたのは、女神さまの天地創造の物語で、誰の絵かは知らないけど、とても躍動感に溢れてて、見ているだけで圧倒されるし、飽きることなく眺めることが出来そうだった。

 「口を閉じろ、リュリ」

 ボソッと、傍ら控えていたアウリウスさまから指摘を受ける。

 あ。しまった。

 ポッカリと口を開けて上を見てた。

 あわてて、口を押えると、隣にいた殿下もご覧になっていたのだろう。クスリと笑われてしまった。

 うう。ちょっと恥ずかしい。

 「仕方ないよ、リュリがここに入るのは初めてだもんね」

 殿下、擁護ありがとうございます。初めてだから、仕方ないんです。そういうことにしておいてください。

 殿下と並んで祭壇の手前に設けられた席に座る。アウリウスさまは、そのやや後方、壁に沿うようにして立っている。

 後ろの席には、貴族の子息、令嬢たちが、その身分にあった席次でそれぞれ腰を下ろす。その末席近くには、ルッカさまのお姿も。ルッカさま、殿下の小姓を務めるだけあって、ご身分は子爵家ご令息なのよね。跡継ぎ、長男ではないとお聞きしているけど。

 まあ、それを言ったらアウリウスさまも貴族なのだけど、こちらは、殿下の護衛優先らしい。

 (あたし、こんな最前列でいいのかな)

 本来の身分であれば、絶対に入れなかった空間。

 バレたら、絶対に大変なことになりそう。

 あ、ダメだ。ドキドキしてくる。落ち着かない。

 「大丈夫だよ、リュリ」

 殿下があたしの手をそっと握ってくれた。

 「僕たちが、きみを守るからね。きみは、何も心配しないで、堂々と僕の隣にいたらいい」

 「あ、ありがとうございます」

 そんなふうに、優しく言われると……。

 うわわわ。顔、熱いよ。多分耳まで赤くなってる。

 殿下の方に顔、向けられないし。必要ないのに、ドキドキしちゃう。

 いやいや、殿下は、お嬢さまの婚約者だよ。あたしがときめいてどうするのよ。

 落ち着け、自分。取り戻せ、平常心。

 何度か深く息を吸い込んで、気持ちを落ち着ける。

 殿下が面白そうにこっちを見たけど、緊張しているからだ、ぐらいの誤解をしてくれると助かる。

 とまあ、そんなこんなをしているうちに、祭壇に、白い法衣をまとった男性たちが並び始めた。黄金に輝く司教杖。法衣の裾には赤い縁取り。重厚な書を手に祭壇に上がる。

 女神像を背に、朗々と語られる天地創造の物語。厳かな神殿に鳴り響く音楽。

 誰もが知っている女神の物語なのに、この場所で聴くと、何倍にも有難さが増す気がする。

 最後に、女神を讃える歌が奉じられると、この日の集いはおしまいになる。

 奏でられた音楽の余韻が静寂に呑み込まれると、参列者たちはそれぞれ立ち上がり、神殿の外へと歩き出す。

 「リュリ……?」

 「え? ああ、すみません。ボーっとしてました」

 あまりに集いがスゴくて。圧倒されてました。街の小さな神殿で聴いてる物語と、神聖さというのか、格というのか、そういうのがあまりに違いすぎて、もうビックリ。

 「まさか、目を開けたまま寝てたんじゃないだろうな」

 んなっ!

 「そんなことありませんっ!」

 ヒドいです、アウリウスさま。

 ムッとしてみせれば、殿下に笑われてしまった。

 殿下に手を取られ、席から立ち上がる。

 「ナディアード殿下」

 ちょうどその時、殿下に声をかけた人物がいた。白地に赤い縁取りの法衣。先ほどの神官さまだ。背後には、同じように白い法衣のミサキさま。

 (げっ……)

 これも、もしかして「いべんと」?

 かすかに警戒をにじませたあたしに対して、殿下がギュッとその手に力をこめた。

 「少しお話をさせていただきたいのですが、お時間はよろしいでしょうか」

 神官が言う。

 なに? なんのお話?

 「構いませんが、ローゼリィ。少し、待っていてくれるかな?」

 「あ、はい。では、外でお待ちしております」

 殿下の目がもの言いたげにあたしを見る。多分、大丈夫だと伝えてくれているのだろう。

 待っていろと言うことは、一緒に帰って、これから聞くだろうお話の内容を教えてくれるつもりに違いない。

 「では、こちらへ……」

 殿下が神官に案内されていく。ミサキさまに続いてルッカさまも付き従う。

 残ったのは、あたしとアウリウスさま。

 「よろしいんですか? 殿下についていかなくって」

 「大丈夫だ。こんな神殿のなかでなら、何も起きないだろう」

 とかなんとか言いながら、アウリウスさまは何度も殿下の行かれた方をふり返っている。

 気になるんだろうな。やっぱり。

 「あの、アウリウスさま」

 神殿を出て、その脇に設けられた庭園に出たところで声をかける。

 「あたし、ここで待っていますから、殿下のもとに行って差し上げてください」

 「しかし……」

 「大丈夫ですよ。それこそ、ここであたしに何かするような人はいないでしょうし」

 木々に囲まれ、小鳥のさえずりが聞こえる、平和な空間。こんな場所で、何かが起きるとは考えにくい。

 「……わかった。では、言葉に甘えて、少しだけ席を外す」

 納得してくれたのだろう。アウリウスさまが、軽くため息をもらした。

 「だがな」

 あれ? 納得してない?

 「絶対、ここから動くなよ。絶対、絶対だぞ。誰にもついていくなよ。お菓子をあげると言われてもついていくなよ。おもちゃもダメだ。知らない人はもちろん、知ってる人でもついていくなよ。おとなしく、この場所にいろよ。何かあったら、大声を出して助けを呼べよ。すぐに逃げろよ。わかったか? 必ずだぞ? いいな」

 両肩をガシッとつかまれて、目ん玉覗き込まれて言い含められた。

 あの~。

 あたしは、どっかのお子ちゃまですか?

 第十話です。

 「いかのおすし」

 ついて「いか」ない。車に「の」らない。「お」お声をだす。「す」ぐに逃げる。だれかに「し」らせる。

これに近いことを言われてます、リュリ。小学生か。

 アウリウスから見たら、その程度の存在なんでしょうね。守ってあげなきゃいけないというか、保護者気分になるというのか。

 これからもよろしくお願いします。

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