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第24話 精霊達と楽の精霊

 





 ネクターが精霊樹の杖を構え、女の生み出した奇妙な生き物達を相手取ろうとしたとき、何かが決定的に壊れる音がした。


 水晶が砕け散るような硬質なそれは空間を揺るがせ、波紋と余波がネクターと女を飲み込む。


 それを感じたことで、ネクターはそれが何かの結界が砕けたこと。

 何よりびりびりと肌に怖気を運ぶ異質な存在が奥に現れたことを理解したのだ。


 一瞬、硬直したネクターは、通路の奥の暗がりから、ひたりとあふれ出す白い霧を見た。


 それが通路に入ってきた瞬間、今まで沈黙していた通路の防護術式が全起動し、強固な結界を張り巡らせ始めたのだ。


 女も奇妙な生き物の一人に抱えられて逃れてくるのすら気にする余裕もなく、慌てて通路から逃れたネクターは、再び振り返る。

 いつの間にか明らかに緊急事態を表すサイレンが鳴り響いていた。

 白い霧が現れたとたん防護術式が起動したことから、あの白い霧を押しとどめるためのものなのだろう。


 一刻も早く逃げなければいけないと精霊としての感覚は訴えていたが、ネクターはその感覚をねじ伏せて通路の先の白い霧をじっと見つめる。


 白い霧は見つめている先でゆっくりと通路を満たしていき、防護術式にふれた。


 とたん、術式が反応光を散らし、白い霧が押しとどめられたが、刹那ネクターは目を疑う。


 白い霧が術式の刻まれた壁を浸食し始めたのだ。

 白い霧がふれた場所は術式がぼろぼろに崩れて吸収され、ついには防護術式が敗れ去る。


「術式を、喰っているのですか!?」


 阻むものがなくなった白い霧がこちらへ向かって押し寄せてくるのを阻んだのは、女の描いた奇妙な生き物だった。

 通路をふさぐように立ちふさがった生き物達を前に、女が手の絵筆をふるうと、たちまち壁に変化する。

 その瞳が、先ほどとは違い、わずかに金色を帯びているように思えた。


「すこしは、保つ」


 そう言った直後、傍らの壁がぼろぼろに崩れ去り、吹き出してきたのはあの不気味な白い霧だった。

 ネクターはものは試しと杖を構え、高速で術式を編む。


風障壁(ウインドウォール)!』


 古代語によって定義された魔力はたちまち対魔結界を構築するが、白い霧に張り付かれたとたん、解け崩れ去った。

 ゆっくりと、じりじりと白い霧に追いつめられていく。

 このままでは女と共に行き止まりに押し込まれ、逃げ場がなくなる。


 だが、自分はここで終わるわけにはいかない。

 誰よりも愛する竜を悲しませるわけにはいかないのだ。

 ネクターがめまぐるしく思考を回転させるさなか、目の前に空間転移の魔法陣が現れた。


 そこから、歌が響いた。


 歌詞のない、だが、圧倒的な声量と音域と、何より含まれる魔力の奔流があふれ出す。


 それが魔法なのだとネクターが気づいたときには、白い霧に広がっていき、その進行を押しとどめられていた。

 魔法陣から現れたのは、リュートを抱えた青年と、身の丈ほどの両手剣を保った壮年の男だ。


 ネクターはリュートを持った青年が、町中で出会ったあの楽師だと言うことをそれほど意外には思わなかった。


 一方、その青年は、絵筆の女ににっこり笑いかけた。


「パレット、助けにきたよ。ベルガはどこ?」

「おそらく上で、襲撃者と交戦している。主はどうした」

「やっぱだめだったから、仲間だけ回収してきたよ」


 絵筆の女――パレットに応えた青年はそこで初めてネクターに気づいて軽く目を見張った。

 すぐに、残念そうに寂しそうに苦笑を浮かべる。


「そっかあ。君は、あの竜の仲間なんだね」

「ラーワを知っているのですか?」


 青年はその問いには答えず、パレットに視線を移した。


「じゃあ、ベルガを拾ってとんずらかますよ。パレットはでっかいのを、バスタードは道を造って。よろしく」


 青年の言葉に二人はうなずくと、それぞれの技をふるった。


 パレットがいつの間にか指の間に複数の絵筆を取り出し、高速でふるえば、あっと言う間に虚空へ巨大なゴーレムが描かれ、完成したとたん質量を伴って実体化した。

 その通路ですら破壊しそうな大きさのゴーレムの肩を足場に飛んだ壮年の男は、天井へ大剣を複数回振り抜いた。

 どんな物理攻撃も受け付けない迷宮の堅固な石材が、バターのように切り裂かれ、ゴーレムが立ち上がるに足る巨大な穴が空き、活路が生まれる。


「さ、君も来なよ」


 白い霧が間近に迫る中、ゴーレムの肩に乗ったリュートに手招きされたネクターは驚くが、白い霧は間近に迫っている。

 ためらっている暇はないと、ネクターがゴーレムの腕に乗った瞬間、ゴーレムは頭上に空いた穴へ上昇を始めた。


「そうだ、前は自己紹介を忘れていたね。僕はリュート。君は?」

「ネクター、ですが。なぜ私を助けるのです?」

 ネクターは、リュートと名乗ったこの青年こそが、今回の人工魔石に関する首謀者だとほぼ確信していた。


 だが、彼もまたネクターが敵対する立場だということはすでにわかっているはず。


 リュートの意図が読めずに問いかければ、彼は寂しそうに笑った。


「僕はあいつらと同じになりたくないからさ。君が仲間になってくれなくても、同じ精霊だってことは変わらないから、助けるんだ」


 その意味をさらに尋ねる前に、上の階層へたどり着き、会話は中断した。







 *






 カイルと銃使いの力関係は拮抗していた。


 銃使いの魔弾の連射とカイルの雷撃が交錯し、決定打が与えられない状況が続いていた。

 だが、カイルは若干銃使いが焦り始めていることに気づく。


 仙次郎が相手にしていたゴーレム達が数えるほどに減っていたからだ。


 弱い、とはいえゴーレムを危険種ランクで当てはめるとすれば三級から二級になるだろう。


 在る程度実力の片鱗を見ていたからこそまかせたが、そんなゴーレム達を単体で相手取っている仙次郎の活躍ぶりにカイルは舌を巻いていた。


 銃使いもそのことを理解し、遠からず均衡が破れる事を予測して打開策を伺っているのが手に取るようにわかった。


 とすると次は――……


 周囲に展開していた魔術銃を一気に操り、全方位から一斉掃射する。


 カイルも雷を操ることでその掃射を迎え撃ったが、魔力反応光が派手に散り視界がすべて塗りつぶされる。


 その一瞬の隙に音もなく背後から現れた銃使いが魔術銃を繰り出した。

 その銃口の先に出現している魔力の剣を紙一重で避け、無防備になった腕を捕まえる。


 かなり際どいタイミングに冷や汗をかいたが、その隙の作り方に、これはベルガだという思いを深くする。

 驚く麦穂色の瞳が目を見開かれるのを見ながら、一気に畳みかけようとした矢先。


 ぞわりと悪寒を感じた。


 カイルの魔族としての感覚が、ここではない何かの危機を示していた。


 それは自分の足下からくる。


 思わず手をゆるめてしまったとたん、強烈な足撃をくらい、銃使いを逃してしまう。

 たたらを踏んだカイルは、瞬間、通路の照明が赤く染まり、不安をあおるサイレンが鳴り響いた。


 それは明らかに緊急事態を知らせる不穏な警報だった。


 そして背後の生成工場からぞろぞろと魔物があふれ出してくるのに、カイルと仙次郎は愕然とした。

 目の前の銃使いを見たカイルは、彼女の驚愕ののちに厳しくすがめられた表情に面食らう。


「行かなきゃっ」


 つぶやいた銃使いが、のろのろとした後ろの魔物を無視して、わき目もふらずに前方へ走り始めたのにはおどろいた。

 一拍置いて、ゴーレム達も仙次郎との戦闘を中止して続くさまに、カイルは彼女においすがって問いかけていた。


「なにが起こってる!?」

「”(しょく)”が目覚めた。パレットを助けなきゃ!」


 それだけ言った銃使いが魔術銃の一つを引きよせると、すぐに魔術銃は乗れるほどの長さになった。


「すまん、仙次郎先行くぞ!」


 その銃身に腰掛けた銃使いが加速するのに、カイルも杖に乗って追いかける。

 わずかにカイルの方が早いようで、銃使いの姿をとらえた時には彼女は前方の扉に向かっていく最中だった。


 だがカイルは膨れ上がる不穏な気配に杖へ魔力を込めて、ゴーレム達を飛び越えると同時に銃使いの襟首をひっつかんだ。

 そうして急ブレーキと逆噴射を仕掛けた瞬間、扉が音もなく崩れ、ゆらりと白い霧が静かにあふれ出した。


 銃使いの銃が霧に飲み込まれる。


 すると、霧に当たった瞬間、砂のように解け崩れていったのだ。

 殺到していたゴーレムは、多少持ちこたえたが、次々に霧と同じ色合いの砂塵になっていくのを愕然と眺めていると。


「なんで、助けた」


 見れば腕に抱えた銃使いが敵意と困惑のない交ぜになった鋭い視線で見上げている。


「そりゃあ、お前に聞きたいことが山ほどあったからさ。この現象についてもな」


 いぶかしげに顔をしかめる銃使いが口を開こうとしたとたん、背後で轟音が響く。

 振り返れば、もうもうと立ちこめる粉塵とともに、ぽっかりと穴が空いた床から、何者かが現れるところだった。


「あーいたいた。よかったベルガ、無事だったんだね!」


 巨大なゴーレムの肩に乗った青年がにっこりと笑って手を振りながら言うのに、カイルは耳を疑う。

 だが青年の姿を視認したとたん、銃使いは反動をつけてカイルの腕を蹴り上げ、ゆるんだ隙に銃を引き寄せ飛んでいく。

 みすみす逃してしまったカイルは喜色すらうかべて青年の元へ降り立つのに異様に腹が立った。


「リュート、来てくれたんだ! パレットは!?」

「いる」

「バスタードもいるよ」

「そっか、よかった」


 心底安堵の色を浮かべる銃使いと青年のほかにも、長身の女や男がいたが、すでにカイルにはリュートと呼ばれた青年とベルガと呼ばれた銃使いしか目に入っていなかった。


 今の今までくすぶっていた怒りが一気に吹き出す。

 杖をとり雷光を身にまとって一瞬で肉迫したカイルは、その青年へ向けて、巨大な杖をふるった。


「俺の、妻に、なにをした!?」


 だがその寸前、当の銃使いベルガに阻まれた。


「リュートに手を出すな!」


 怒りと敵意をあらわにするベルガに、砕けそうなほど奥歯をかみしめたカイルは、脇から肉薄してきたバスタードの鋭い大剣を避けられなかった。


 だが追いついた仙次郎がバスタードに渾身の突きを放った。


 死角からの突きだったにもかかわらず、バスタードはその剣筋を直前で変えて槍をはじく。

 いなされた仙次郎は軽く目を見張りつつも、カイルを助ける役目は果たせたと距離を取る。

 仙次郎に助けられたカイルはゴーレムから降りてくる人影に身構えたが、ネクターだと理解して軽く目を見張った。


「おま、ネクター!? 何で一緒に」

「後で説明します」


 カイルが驚いている間に、銃使いはゴーレムに飛び乗る。

 顔をこわばらせたネクターが見上げた先には、残念とでも言いたげなリュートがいた。


「君だけなら助けてあげるのに」

「仲間を見捨てるつもりはありませんので」

「しょうがないなあ」


 リュートが抱える楽器に手を滑らせた瞬間、魔法陣が立ち上がりゴーレムごと包まれる。


 転移術が使い勝手の良い魔法ではないことを知っているネクターは、この短時間で連続して発動する彼の魔力操作に目を見張り、自分たちまで範囲に入っていることに驚いた。


「忠告してあげる。魔物はあんまり倒さないこと、これは魔法じゃないと対抗できないよ」

「まてっベルガ!!」


 カイルが手を伸ばす先で、ベルガがちらりと振り返ったが、転移術の反応光にかき消される。


「じゃあまた会えるといいね」


 青年の低く柔らかな声と妙なる音色に包まれて、ネクターは転移していくのを感じたのだった。



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